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3. 野獣、企む
野獣、企む ④
しおりを挟む瀬里の提案は悉く晃に却下された。
やはりと言うか、住み込みに関して京平が余計な事を言ったからだと非難されたが、想定内である。
(攫って行くよりマシだろ?)
それでも京平は一向に構わないのだが。
自分の部屋に瀬里を軟禁し欲に塗れた日々を妄想をして、瀬里をマジマジと見ると「アリだな」と独り言ちる。
滾る怒りの発露が双眸を彩り、睨んでくる瀬里に背筋がゾクリとした。
人目がなければ押し倒したいほどの喜悦。
以前、瀬里に抱くこの感情を力に話したことがあるが、『変態だっ』と思い切り引かれたので、取り敢えず三発ほど殴っておいた。雉も鳴かずば撃たれまい、という言葉を力に進呈したのは、はてさて何度目だったか。
怒りに任せて殴りかかって来ようとする瀬里に「外すなよ」と蟀谷を指し示すと、フェイントをかけて顎を狙ってきた。
ちょっと腕に覚えのある程度の輩であれば、真面に瀬里の攻撃を喰らっているだろう。しかし京平の目には、瀬里が攻撃を繰り出す時にほんの僅かに見せる筋肉の緊張が判ってしまう。
瀬里の手首を掴んで強く引き、序でに足元を掬ってやると、面白いくらい呆気なく胸に倒れ込んで来る。すかさず腕の中に閉じ込めた。
「はーなーせぇぇぇぇっ」
「冗談。瀬里自ら飛び込んで来たのに」
「んなわけあるか!」
「照るなって」
「照れとらんわ!」
京平の顎と胸とに手を着いて腕を突っ張る姿は、抱っこを嫌がる猫のようで実に可愛い。だから返り討ち覚悟で構い倒したくなる。懐いてきたら懐いてきたで、やはりまた構い倒すのだろうが。
飼い猫に嫌がられる飼い主代表のような京平である。
瀬里は半狂乱で叫んだ後、何とかして京平の腕から逃れようと必死に足掻いていたが、唐突に瀬里が力尽きた。
無駄な努力を、とは言わない。寧ろそれすらも愛おしい。
京平の胸に撓垂れかかる瀬里の頭を「よしよし」とぽんぽんする。文句を言いたそうに京平を見上げるが、もう口を開く気力もないようだ。
「やっと猛獣姫が大人しくなったな。流石だ京平」
やたら感心した眼差しを向けてくる力。そんな四兄を闘争心だけは萎えない瀬里が睨み据えると、妹の眼力に短い悲鳴を漏らして、ソファの端まで逃げて行く。瀬里の舌打ちも可愛いと、京平は満面の笑顔だ。
因みに他の兄弟たちは瀬里から目を逸らして無言に徹した。
瀬里が動けないうちに脚の間に抱き込んだ。
すんと鼻を鳴らして瀬里の匂いを吸い込むと、物凄く嫌な顔をされた。そう言う顔をされる度に京平の嗜虐心が煽られると、いい加減彼女は覚えるべきだと思いつつ、敢えて口にしない。
彼女の家族を前にして、平然と耳のすぐ近くに唇を寄せる。吐息がかかる度に身動いで逃げようとする瀬里に、「耳噛んで欲しいのか?」と問うたら硬直して、次には大人しくなった。これにはちょっと不満である。京平的にはもう少し抵抗して欲しかったのだが。
すっかり大人しくなってしまった瀬里に、晃が決定事項を告げる。
(なんか色々頭ン中巡ってんな、これは)
京平の腕の中で瀬里の表情が目まぐるしく変わっていくのが何とも面白い。
口元が弛みそうになったのを慌てて引き締める瀬里の耳元で「何か企んでるだろ?」と低く囁けば、彼女はカクンと脱力した。
もちろん確信犯である。
瀬里は耳元で囁かれることに慣れていない上に、京平のバリトンの声質がそうさせるようだ。
尤も、彼女の耳元で囁くなんて芸当が出来る男はそうは居ない。先ず彼女が近寄らせないし、迂闊に近付けば痛い目を見るのは必至だ。実際、止めておけば良いものを、こっそり背後を取ろうとして吹っ飛ばされる次兄から下二人の兄の姿を何度も見ている。瀬里のこの反応速度の速さも京平が彼女に惹かれるポイントの一つである。
彼の声に腰砕けになる様は実に好ましい、と京平はほくそ笑む。
そこをすかさず抱き込めば、利加香が微笑まし気な言葉を発する。京平が肯定すれば、瀬里は悪態を織り交ぜながら否定する。それも必死に。
ニヤニヤが止まらない。
「腰抜けるくらい俺の声が好きだろ?」
「……好きじゃない、し」
やはり耳元で甘く囁けば、瀬里はほんの少しだけ語尾に躊躇いを覗かせつつ、ゴッと室内に打撃音が響く程の頭突きを仕掛けてきた。こちらは一切の躊躇いを見せない所が瀬里らしい。
頭突きを喰らった頬骨の辺りが痛くてしばらく言葉を失っていると、瀬里の家族たちが慌てた声を掛けて来る。京平が瀬里の攻撃を真面に受けるなんて事は稀だから、更なる負傷の心配をしたようだ。
なのに当の京平は頬に違和感を覚えつつ、今日は左側が厄日らしいと、暢気にそんな事を考えていた。
京平はにこやかに「大丈夫ですよ」と告げながら、瀬里の腰を引き寄せる。彼女にのみ聞こえる音量で「啼かすぞ」と呟けば、肩越しに振り返った瀬里が目を瞠って京平を見、身震いした。
強張った表情もまた可愛く見えて、キスの雨を降らせたい衝動に駆られるも、それを何とか捻じ伏せて吐息をひとつ。ここまで京平を惚れこませた瀬里は偉大だと、本気で思う京平は満面の笑みを浮かべて、うんうんと頷くのであった。
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