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3・桐とタルト
桐とタルト・6
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「どうして、花屋に勤めることにしたの? 花は苦手だったよね」
話しやすいように水を向けると、雪乃はコクリとうなずいた。
「そう、花は苦手っていうより、嫌いだった。憎んでたって言ってもいい」
秀治ほどの目に遭っても、花を憎むという気持ちにはならない。一体どんな目に遭ったのかと、秀治は続きを促した。
「うちの母親ね、ひどいアレルギー持ちなの。特にブタクサとヨモギね。それらの花粉が飛ぶ時期は、草むらには近寄らないようにして、私にもあんまり外で遊ばないように、家に帰ったら着替えるようにって、かなり神経質に言われて育ったの」
うなずきながら、雪乃のきれい好きはその辺りに起因するのかと考える。
「私が十歳くらいの時かな。お母さんの誕生日にプレゼントしようと思って、花屋でガーベラの花束を作ってもらったの。お母さん喜んでくれるかなって、期待して、家に帰って背中に隠していた花束を渡したら、途端にお母さんくしゃみが止まらなくなって……」
「アレルギー?」
こくんと雪乃はうなずく。
「ブタクサはキク科でガーベラもキク科なの。でも私、そんなこと知らなかったから。ブタクサとガーベラが同じ種類なんて、子供にわかるわけないじゃない」
秀治だって知らなかったことなのだから、小学生の雪乃が知らなくて当然だ。
「お母さんの目が真っ赤に腫れ上がっちゃって、お母さんゴミ袋を持って来るとそれに花束を入れて、口をしばって外に放りだしちゃったの。それで『私のアレルギーを知ってて、ガーベラを選んだんでしょう。何て意地悪な子なの』って言われたの」
「濡れ衣もいいところだ」
「知らなかったって言っても信じてもらえなかった。私は母にとって意地悪な子になってしまった。そんなことがあってから、ガーベラどころか他の花を見るのも嫌になってしまったの」
うつむく雪乃の背中を、思わず秀治は撫でていた。母親の言葉に傷ついた小さな雪乃は、まだそのままの姿で雪乃の中にいる気がする。その子にまで手が届くようにと願いながら、華奢な背中を撫でた。
「でも、雪乃は変わろうとしている。だから、家を出て花屋で働き始めたんだろ」
雪乃が顔を上げる。再会してから初めて、雪乃の唇が笑みの形にほころんだ。花の蕾がほどけるような、温かな笑みだった。
「一人になって考えて、わかったの。莉々子が好きなものを止める権利なんて、私にはないんだって。だったら少しずつでも私が歩み寄っていかなきゃいけない。莉々子の好きな世界に、私も一緒にいられるように」
うなずきながら、秀治はつぶやく。
「普通ってさ、人の数だけあるものじゃないかな。莉々子の普通と雪乃の普通はそもそも違うものだから。違うことを受け入れられるようになればいいのかもしれない」
雪乃はため息のように、言葉をもらす。
「そもそも私の普通は、お母さんに作られたものだったから……」
雪乃は普通という感覚すら、自分のものとして感じられていないのだ。
「だったら、これから雪乃の普通を作っていけばいい。世間からどう見られるかなんて気にしないで、自分がどうありたいかを考えていくんだ」
雪乃は何だかまぶしそうな顔で、秀治を見つめた。
「何?」
「私の旦那さんって、こんないいこと言う人だったかしらって思って」
「しばらく会わなかったから、惚れ直したか?」
照れ隠しにそう言うと、雪乃は素直にうなずいた。
「ええ、前よりかっこよくなったみたい」
ここしばらく御園生の庭で花にモテモテの生活だったせいで、色男のフェロモンでも出せるようになったのだろうか。
秀治は苦笑しながら、雪乃を見つめる。
「うちに、戻ってくる気はある?」
「今は……まだ」
これから莉々子の生活は、植物と切り離せないものになっていくだろう。雪乃にも莉々子のそういう生き方を受け入れてもらいたい。木と語らう莉々子を自然に見守っていてほしい。
だけど今まで憎んでいたという花を好きになるには、時間が必要だということもわかる。
「うちの伯父はさ、植物のスペシャリストだから、わからないことあったら何でも聞いてくれ。後、もうすぐカフェが開店する予定なんだ。開店パーティみたいなの開く予定なんだけど、ここ宛に招待状送ってもいい?」
雪乃はカフェのことについて、何も言わなかった。資金はとか、生活していけるの、とか言いたいことはたくさんあっただろう。ただ秀治の言葉に、コクリとうなずいただけだった。
雪乃が認めたのは、招待状を送るという事柄についてだけだ。行くとは言っていない。
「莉々子は、ママに会いたがってるよ」
ダメ押しのようにつけ加えて、秀治は立ち上がった。
自分には、雪乃が必要だ。
今なら堂々と、有麻に言える気がした。
話しやすいように水を向けると、雪乃はコクリとうなずいた。
「そう、花は苦手っていうより、嫌いだった。憎んでたって言ってもいい」
秀治ほどの目に遭っても、花を憎むという気持ちにはならない。一体どんな目に遭ったのかと、秀治は続きを促した。
「うちの母親ね、ひどいアレルギー持ちなの。特にブタクサとヨモギね。それらの花粉が飛ぶ時期は、草むらには近寄らないようにして、私にもあんまり外で遊ばないように、家に帰ったら着替えるようにって、かなり神経質に言われて育ったの」
うなずきながら、雪乃のきれい好きはその辺りに起因するのかと考える。
「私が十歳くらいの時かな。お母さんの誕生日にプレゼントしようと思って、花屋でガーベラの花束を作ってもらったの。お母さん喜んでくれるかなって、期待して、家に帰って背中に隠していた花束を渡したら、途端にお母さんくしゃみが止まらなくなって……」
「アレルギー?」
こくんと雪乃はうなずく。
「ブタクサはキク科でガーベラもキク科なの。でも私、そんなこと知らなかったから。ブタクサとガーベラが同じ種類なんて、子供にわかるわけないじゃない」
秀治だって知らなかったことなのだから、小学生の雪乃が知らなくて当然だ。
「お母さんの目が真っ赤に腫れ上がっちゃって、お母さんゴミ袋を持って来るとそれに花束を入れて、口をしばって外に放りだしちゃったの。それで『私のアレルギーを知ってて、ガーベラを選んだんでしょう。何て意地悪な子なの』って言われたの」
「濡れ衣もいいところだ」
「知らなかったって言っても信じてもらえなかった。私は母にとって意地悪な子になってしまった。そんなことがあってから、ガーベラどころか他の花を見るのも嫌になってしまったの」
うつむく雪乃の背中を、思わず秀治は撫でていた。母親の言葉に傷ついた小さな雪乃は、まだそのままの姿で雪乃の中にいる気がする。その子にまで手が届くようにと願いながら、華奢な背中を撫でた。
「でも、雪乃は変わろうとしている。だから、家を出て花屋で働き始めたんだろ」
雪乃が顔を上げる。再会してから初めて、雪乃の唇が笑みの形にほころんだ。花の蕾がほどけるような、温かな笑みだった。
「一人になって考えて、わかったの。莉々子が好きなものを止める権利なんて、私にはないんだって。だったら少しずつでも私が歩み寄っていかなきゃいけない。莉々子の好きな世界に、私も一緒にいられるように」
うなずきながら、秀治はつぶやく。
「普通ってさ、人の数だけあるものじゃないかな。莉々子の普通と雪乃の普通はそもそも違うものだから。違うことを受け入れられるようになればいいのかもしれない」
雪乃はため息のように、言葉をもらす。
「そもそも私の普通は、お母さんに作られたものだったから……」
雪乃は普通という感覚すら、自分のものとして感じられていないのだ。
「だったら、これから雪乃の普通を作っていけばいい。世間からどう見られるかなんて気にしないで、自分がどうありたいかを考えていくんだ」
雪乃は何だかまぶしそうな顔で、秀治を見つめた。
「何?」
「私の旦那さんって、こんないいこと言う人だったかしらって思って」
「しばらく会わなかったから、惚れ直したか?」
照れ隠しにそう言うと、雪乃は素直にうなずいた。
「ええ、前よりかっこよくなったみたい」
ここしばらく御園生の庭で花にモテモテの生活だったせいで、色男のフェロモンでも出せるようになったのだろうか。
秀治は苦笑しながら、雪乃を見つめる。
「うちに、戻ってくる気はある?」
「今は……まだ」
これから莉々子の生活は、植物と切り離せないものになっていくだろう。雪乃にも莉々子のそういう生き方を受け入れてもらいたい。木と語らう莉々子を自然に見守っていてほしい。
だけど今まで憎んでいたという花を好きになるには、時間が必要だということもわかる。
「うちの伯父はさ、植物のスペシャリストだから、わからないことあったら何でも聞いてくれ。後、もうすぐカフェが開店する予定なんだ。開店パーティみたいなの開く予定なんだけど、ここ宛に招待状送ってもいい?」
雪乃はカフェのことについて、何も言わなかった。資金はとか、生活していけるの、とか言いたいことはたくさんあっただろう。ただ秀治の言葉に、コクリとうなずいただけだった。
雪乃が認めたのは、招待状を送るという事柄についてだけだ。行くとは言っていない。
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ダメ押しのようにつけ加えて、秀治は立ち上がった。
自分には、雪乃が必要だ。
今なら堂々と、有麻に言える気がした。
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