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○2章 あやめ荘の愛おしき日常
-11『和気藹々』
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「結局やるんだな」
「うるさいわね馬鹿」
卓球台の前に立ったアーシェを茶化すと、彼女は不機嫌に眉をひそめて罵声を返してきた。
ラケットを渡す際もいろんな罵詈雑言を浴びせてきた。俺は何もしていないのにひどい言われようだ。おそらくシエラに乱された自分の調子を取り戻そうとしているのだろう。
と、突然アーシェに胸元を掴まれ、顔の側へと引っ張られる。
あまりの力の強さに抵抗できずに無理やり身を屈められてしまう。
アーシェは俺の耳元に口を寄せると、
「どういう競技か教えなさい」と誰にも聞こえないように囁いた。
やはり未経験だったか。
シエラがまた千穂に指導されている間に、ラケットの持ち方や最低限のルールなどを教えてやった。
俺が身体を寄せて教えてやっていると、
「ああ、ちょっと!」と後ろで休憩していたエルナトが叫ぶ。
「そこ、イチャイチャしないで。ハルはボクと婚約したんだから!」
「だから違うって言ってるだろ」
厄介ごとをぶり返してこないでくれ、と俺の心が泣きながら絶叫している。
気がつくとアーシェは、まるで侮蔑するような冷めた目つきで俺を見ていた。
「婚約?」
声があからさまに低い。
口を尖らせて怒っているようにすら見える。
「どういうこと。貴方、そこの細い枝のような娘と付き合っているの」
「いや、そんなわけないだろ。あいつは男だし。っていうか随分な言いようだな」
お前も子供体型だろ、と言ったら殴られそうなので我慢しよう。
「貴方は私の世話係になったんでしょう。つまり私と主従関係にあるも同然よね」
「はい?」
「貴方たちが婚約したとしても、主人を無視して勝手なことは許さないわ」
「いや、待て」
もう何から突っ込めばいいのやら。
全て投げ出してゆっくりと風呂に入りたいくらいだ。
「ちょっと待ってよ。ハルは確かにボクに求愛してきたんだ。もうボクはハルのものだし、ハルもボクのものなんだから」
「風でも吹いているのかしら。葉擦れにしては随分とうるさい音を鳴らす細枝ね」
「むう、なんだよ。自分だってチンチクリンのくせに」
「なっ。私を誰だと思っているの」
「誰だって関係ないよ。ボクたちの邪魔はさせないんだから」
いつの間にか口喧嘩にまで発展してしまった二人は、何を思ったか、やがて勝手に卓球で勝負を始めていた。
お互いの実力は初心者同士で拮抗していた。
エルナトが勝ってはアーシェが負けず嫌いをこじらせて「もう一回よ」と言い出し、アーシェが勝っては「ハルの前では負けられない」とエルナトも変な意地を張って対抗する。
まるで暴走したように歯止めが利かなくなった二人を止めることはできず、シエラはそれを余所に千穂からレクチャーを受け続け、俺だけが台の横でぽつりと取り残されてしまう。
放置されすぎてもう帰ってもいいのではないかと棒立ちしていた俺の背後で、
「ご婚約、おめでとうございます」
またどこからともなく現れたマリーディアがどこか嬉しそうに囁いてきたのに、もはや反応する気力すら残されていなかった。
○
卓球は俺たちの間でちょっとしたブームになった。
館内に身体を動かせる娯楽が少ないこともあって、元気の有り余る若者連中には大好評だったようだ。
次の日からも、エルナトとシエラは夜になるとアミューズメントコーナーへ通うようになっていた。
隣のゲームコーナーに入り浸るアーシェも、シエラによって有無を言わさず連行され、付き合わされる形で卓球をするようになっている。
独りで佇んでいた以前までの彼女からは考えられない変化だろう。
嫌々ながらも、いざ卓球を始めれば持ち前の負けず嫌いでエルナトといい勝負を繰り広げている。
俺はというと、出勤日でなくても何故か卓球の時には駆り出され、レクチャーや審判役として都合よく働かされていた。
どうして俺も一緒なのかは納得いかないが、浴衣姿で汗を流す女の子たちを眺めるのもいい目の保養だと納得しておこう。
「アーシェとボクの戦績は十九勝十九敗。次に勝った方が本当の勝者ってことでどうかな」
「異論はないわ。貴方みたいな女男に私が負けるわけないけれど」
「言ったなあ。それならボクは、更に改良を重ねた全自動卓球振り子くん改だ」
「なによそれ!」
「お二人とも、すごいですねえ」
エルナトがどこからともなく、部品を付け加えられ動きが機敏になった振り子くんを持ち出してくる。それは反則だと騒ぐアーシェの後ろで、シエラが二人を眺めながら微笑んでいる。
和気藹々とした雰囲気はいつしか賑やかになり廊下の奥にまで響いていた。
前までは、大浴場から客室とは正反対にあるこの場所に気づく客すら少なかったが、彼女たちの喧騒に興味を惹かれ、やれ何事かと顔を出す客も日に日に増え始めるようになっていた。
「あらぁ、楽しそうなことやってるじゃない?」
相撲取りよりも巨漢な浴衣姿のゴーレム嬢がやって来たり、柄の悪いリザードマンが覗きに来たり、小人族の家族が数人で押し寄せたり。
一緒に混ざりたいと言い出したゴーレム嬢が卓球のラケットを握ろうとしても、自分の小指程度の大きさしかなくて非常に掴みづらそうだった。しまいにはラケットを諦め、自分の手のひらをラケット代わりにピン球を打ち飛ばしていた。
加減を知らないものだから、ピン球を打ち返すどころか全力の振りで球を割ってしまったのは衝撃的だった。
リザードマンは卓球に興味を示さなかったが、隣のゲームコーナーで俺が教えた無料のパチンコにドハマりしていた。時折「ふざけんな!」と怒鳴る声が球戯場にまで響き、俺が慌ててなだめに行くのが延々と続いたりした。
小人族は子どもたちが卓球に興味を示したが、彼らの身長だと背筋を伸ばしてようやく卓球台から顔を出せる程度のため、泣く泣く諦めて他の遊具へと興味を移していた。
他にも魚のエラを持った魚人族や腕に鳥の翼が生えている鳥獣族など、なかなか館内でも俺が普段見かけなかった客たちまでもが顔を出してきた。これまで見向きもしなかった物にみんなが興味を示している。
みんなが飽きるまでのほんの数日の間だけだっただが、アミューズメントコーナーはちょっとした館内の一大ムーブメントとして盛り上がっていた。
誰もが楽しそうで、ここにしかない特別な時間を満喫している。
現世を忘れてどんちゃん騒ぎ。
「やっぱ、これでこそ温泉旅館だよな」と、そんな光景を眺めていた俺はなんだか嬉しい気持ちでいっぱいになっていた。
「うるさいわね馬鹿」
卓球台の前に立ったアーシェを茶化すと、彼女は不機嫌に眉をひそめて罵声を返してきた。
ラケットを渡す際もいろんな罵詈雑言を浴びせてきた。俺は何もしていないのにひどい言われようだ。おそらくシエラに乱された自分の調子を取り戻そうとしているのだろう。
と、突然アーシェに胸元を掴まれ、顔の側へと引っ張られる。
あまりの力の強さに抵抗できずに無理やり身を屈められてしまう。
アーシェは俺の耳元に口を寄せると、
「どういう競技か教えなさい」と誰にも聞こえないように囁いた。
やはり未経験だったか。
シエラがまた千穂に指導されている間に、ラケットの持ち方や最低限のルールなどを教えてやった。
俺が身体を寄せて教えてやっていると、
「ああ、ちょっと!」と後ろで休憩していたエルナトが叫ぶ。
「そこ、イチャイチャしないで。ハルはボクと婚約したんだから!」
「だから違うって言ってるだろ」
厄介ごとをぶり返してこないでくれ、と俺の心が泣きながら絶叫している。
気がつくとアーシェは、まるで侮蔑するような冷めた目つきで俺を見ていた。
「婚約?」
声があからさまに低い。
口を尖らせて怒っているようにすら見える。
「どういうこと。貴方、そこの細い枝のような娘と付き合っているの」
「いや、そんなわけないだろ。あいつは男だし。っていうか随分な言いようだな」
お前も子供体型だろ、と言ったら殴られそうなので我慢しよう。
「貴方は私の世話係になったんでしょう。つまり私と主従関係にあるも同然よね」
「はい?」
「貴方たちが婚約したとしても、主人を無視して勝手なことは許さないわ」
「いや、待て」
もう何から突っ込めばいいのやら。
全て投げ出してゆっくりと風呂に入りたいくらいだ。
「ちょっと待ってよ。ハルは確かにボクに求愛してきたんだ。もうボクはハルのものだし、ハルもボクのものなんだから」
「風でも吹いているのかしら。葉擦れにしては随分とうるさい音を鳴らす細枝ね」
「むう、なんだよ。自分だってチンチクリンのくせに」
「なっ。私を誰だと思っているの」
「誰だって関係ないよ。ボクたちの邪魔はさせないんだから」
いつの間にか口喧嘩にまで発展してしまった二人は、何を思ったか、やがて勝手に卓球で勝負を始めていた。
お互いの実力は初心者同士で拮抗していた。
エルナトが勝ってはアーシェが負けず嫌いをこじらせて「もう一回よ」と言い出し、アーシェが勝っては「ハルの前では負けられない」とエルナトも変な意地を張って対抗する。
まるで暴走したように歯止めが利かなくなった二人を止めることはできず、シエラはそれを余所に千穂からレクチャーを受け続け、俺だけが台の横でぽつりと取り残されてしまう。
放置されすぎてもう帰ってもいいのではないかと棒立ちしていた俺の背後で、
「ご婚約、おめでとうございます」
またどこからともなく現れたマリーディアがどこか嬉しそうに囁いてきたのに、もはや反応する気力すら残されていなかった。
○
卓球は俺たちの間でちょっとしたブームになった。
館内に身体を動かせる娯楽が少ないこともあって、元気の有り余る若者連中には大好評だったようだ。
次の日からも、エルナトとシエラは夜になるとアミューズメントコーナーへ通うようになっていた。
隣のゲームコーナーに入り浸るアーシェも、シエラによって有無を言わさず連行され、付き合わされる形で卓球をするようになっている。
独りで佇んでいた以前までの彼女からは考えられない変化だろう。
嫌々ながらも、いざ卓球を始めれば持ち前の負けず嫌いでエルナトといい勝負を繰り広げている。
俺はというと、出勤日でなくても何故か卓球の時には駆り出され、レクチャーや審判役として都合よく働かされていた。
どうして俺も一緒なのかは納得いかないが、浴衣姿で汗を流す女の子たちを眺めるのもいい目の保養だと納得しておこう。
「アーシェとボクの戦績は十九勝十九敗。次に勝った方が本当の勝者ってことでどうかな」
「異論はないわ。貴方みたいな女男に私が負けるわけないけれど」
「言ったなあ。それならボクは、更に改良を重ねた全自動卓球振り子くん改だ」
「なによそれ!」
「お二人とも、すごいですねえ」
エルナトがどこからともなく、部品を付け加えられ動きが機敏になった振り子くんを持ち出してくる。それは反則だと騒ぐアーシェの後ろで、シエラが二人を眺めながら微笑んでいる。
和気藹々とした雰囲気はいつしか賑やかになり廊下の奥にまで響いていた。
前までは、大浴場から客室とは正反対にあるこの場所に気づく客すら少なかったが、彼女たちの喧騒に興味を惹かれ、やれ何事かと顔を出す客も日に日に増え始めるようになっていた。
「あらぁ、楽しそうなことやってるじゃない?」
相撲取りよりも巨漢な浴衣姿のゴーレム嬢がやって来たり、柄の悪いリザードマンが覗きに来たり、小人族の家族が数人で押し寄せたり。
一緒に混ざりたいと言い出したゴーレム嬢が卓球のラケットを握ろうとしても、自分の小指程度の大きさしかなくて非常に掴みづらそうだった。しまいにはラケットを諦め、自分の手のひらをラケット代わりにピン球を打ち飛ばしていた。
加減を知らないものだから、ピン球を打ち返すどころか全力の振りで球を割ってしまったのは衝撃的だった。
リザードマンは卓球に興味を示さなかったが、隣のゲームコーナーで俺が教えた無料のパチンコにドハマりしていた。時折「ふざけんな!」と怒鳴る声が球戯場にまで響き、俺が慌ててなだめに行くのが延々と続いたりした。
小人族は子どもたちが卓球に興味を示したが、彼らの身長だと背筋を伸ばしてようやく卓球台から顔を出せる程度のため、泣く泣く諦めて他の遊具へと興味を移していた。
他にも魚のエラを持った魚人族や腕に鳥の翼が生えている鳥獣族など、なかなか館内でも俺が普段見かけなかった客たちまでもが顔を出してきた。これまで見向きもしなかった物にみんなが興味を示している。
みんなが飽きるまでのほんの数日の間だけだっただが、アミューズメントコーナーはちょっとした館内の一大ムーブメントとして盛り上がっていた。
誰もが楽しそうで、ここにしかない特別な時間を満喫している。
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