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-2 『商工会』
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フィルグの町の規模は、昔の交易路の名残もあってそれほど小さくはない。
今でこそ中継町ではなくなったが、商人ギルドの拠点は今でも健在で、町の中心部にはそのギルドの紋章を掲げた一際大きな建物があった。
交易路から外た今ではこの町の商店を取り纏める商工会として存在しており、非常に影響力の強い場所だ。この町で商売をするならば誰もがここに相談を持ちかけ、援助を受けたりする。
私達の旅館も例に漏れず商工会に加盟しているが、女将さんが寝込んでからというもの疎遠になっていたらしい。
できることならば商工会と親密に。欲を言えば有益な関係を結べたら。と私はロロを引き連れて、彼らの本部にある商工会議所へと足を運んでいた。
非番であったフェスもついてきている。なんだかいつの間にか懐かれてしまったらしく、仲居の仕事がない時はよく私の周りをうろちょろするようになっている。ああ愛犬のようで可愛らしいから良いけれど。
いざ踏み入れた会議所の中は広々としていて、まるで国立の役所のような事務的な雰囲気をしていた。入ってすぐに受付のカウンターがあり、待合用の長椅子が幾つも並べられている。
「ここの代表に会いたいのだけれど」
来訪して早々、受付をしていた獣人に声をかける。しかしふと周囲から冷たい視線を浴びせられた。
どうやら順番待ちをしている人が多くいたらしい。後ろの長椅子には埋め尽くさんばかりの人が座っていた。
「あの。みなさんお待ちですので、少しお席にてお待ちいただけますでしょうか」
「……そう。悪かったわね、わかったわ」
「では、こちらに順番待ちのお名前と、可能でしたら勤めているお店の名前を」
そう言って、受付の獣人は私達に紙を差し出してきた。
「ロロ」
「え、僕?」
「当然よ。あの旅館の今の代表は貴方なんだから」
もっと自覚を持ってほしいくらいだ。穏和な性格から来る腰の低さが頼りなさを出してしまっている。
「しっかりしてよね。貴方は『せみしぐれ』の未来を担ってるんだから」
「う、うん……」
やはり頼りなげにうなずいたロロが、名前と旅館名を書き記して受付に手渡そうとした時、
「……あっ」
ふと、それを遮るように横から手が伸び、紙を奪い取った。
私とロロが揃って隣に視線を向けたそこには、小綺麗すぎるほど律儀の整った洋服を着込んだ長身の男がいた。
体格は平凡だが頬骨が広く、顔も縦長で細い輪郭をしている。細目の小さな瞳は底知れない奥深さがあり、そこを通して私を見透かしてくるかのように不気味だ。やや紫がかった頭髪はこめかみを剃り上げ、前髪を持ち上げて固めている。
「ほう、『せみしぐれ』の。これは珍しい来客だ」と男はうっすらと笑みを交えて言った。
あまり歓迎という感じてはなく、珍獣でも見るかのような目をしている。
「なになに。代表との面会を希望する、と。キミ達がかい? ハルさんじゃなくて? いったいどういう用件でだい?」
過疎の男は矢継ぎ早にそう言うが、言葉に反して興味がなさそうに見えた。質問をしたいのではなく、まるで話を流すかのよう。
私は決して苛立ちも動揺も見せないように気丈に言葉を返した。
「女将は今、床に伏せて療養しているところよ。私達も商工会に所属しているはず。代表と話をさせてもらえる権利はあるわよね?」
「まあ、あるね。だが、会って何をはなすつもりなのかな。まさか女将が倒れて経営が成り立たなくなったから助けてほしいっていう相談かな? でも残念。ここの代表も決して暇って訳じゃない。そもそもここは町の無料お悩み相談所じゃあないんだ。忙しい代表がざわざキミたちの相談に耳を貸すとでも?」
「相談じゃないわ。商談よ」
「…………へえ」
男の細い目の瞼がやや持ち上がる。
露わになった澄んだ瞳に睨まれ、気味の悪い感覚が私の背筋を走った。
「わかった。それじゃあ行こうか」
「え?」
男が眉を持ち上げて表情を和らげた。その温度差に拍子抜けしそうになった。
「行くってどこに」
「キミは代表と話をしに来たのだろう」
「え、ええ」
まさか本当に連れて行ってくれるとでも言うのだろうか。この事務的な嫌味ったらしい男が。
「ただし、来るのはキミだけだ。そこの少年と獣人の少女はここにいたまえ」
「なっ、どうしてよ!」
「それが条件だ」
「なんで。どうにかならないの。代表に取り合ってお願いしてみるとか」
「無理だ」
「どうして貴方がそれを決めるのよ」
私の問いに、男は背筋を伸ばして襟元をただす。
「私がここの代表だからだ」
今でこそ中継町ではなくなったが、商人ギルドの拠点は今でも健在で、町の中心部にはそのギルドの紋章を掲げた一際大きな建物があった。
交易路から外た今ではこの町の商店を取り纏める商工会として存在しており、非常に影響力の強い場所だ。この町で商売をするならば誰もがここに相談を持ちかけ、援助を受けたりする。
私達の旅館も例に漏れず商工会に加盟しているが、女将さんが寝込んでからというもの疎遠になっていたらしい。
できることならば商工会と親密に。欲を言えば有益な関係を結べたら。と私はロロを引き連れて、彼らの本部にある商工会議所へと足を運んでいた。
非番であったフェスもついてきている。なんだかいつの間にか懐かれてしまったらしく、仲居の仕事がない時はよく私の周りをうろちょろするようになっている。ああ愛犬のようで可愛らしいから良いけれど。
いざ踏み入れた会議所の中は広々としていて、まるで国立の役所のような事務的な雰囲気をしていた。入ってすぐに受付のカウンターがあり、待合用の長椅子が幾つも並べられている。
「ここの代表に会いたいのだけれど」
来訪して早々、受付をしていた獣人に声をかける。しかしふと周囲から冷たい視線を浴びせられた。
どうやら順番待ちをしている人が多くいたらしい。後ろの長椅子には埋め尽くさんばかりの人が座っていた。
「あの。みなさんお待ちですので、少しお席にてお待ちいただけますでしょうか」
「……そう。悪かったわね、わかったわ」
「では、こちらに順番待ちのお名前と、可能でしたら勤めているお店の名前を」
そう言って、受付の獣人は私達に紙を差し出してきた。
「ロロ」
「え、僕?」
「当然よ。あの旅館の今の代表は貴方なんだから」
もっと自覚を持ってほしいくらいだ。穏和な性格から来る腰の低さが頼りなさを出してしまっている。
「しっかりしてよね。貴方は『せみしぐれ』の未来を担ってるんだから」
「う、うん……」
やはり頼りなげにうなずいたロロが、名前と旅館名を書き記して受付に手渡そうとした時、
「……あっ」
ふと、それを遮るように横から手が伸び、紙を奪い取った。
私とロロが揃って隣に視線を向けたそこには、小綺麗すぎるほど律儀の整った洋服を着込んだ長身の男がいた。
体格は平凡だが頬骨が広く、顔も縦長で細い輪郭をしている。細目の小さな瞳は底知れない奥深さがあり、そこを通して私を見透かしてくるかのように不気味だ。やや紫がかった頭髪はこめかみを剃り上げ、前髪を持ち上げて固めている。
「ほう、『せみしぐれ』の。これは珍しい来客だ」と男はうっすらと笑みを交えて言った。
あまり歓迎という感じてはなく、珍獣でも見るかのような目をしている。
「なになに。代表との面会を希望する、と。キミ達がかい? ハルさんじゃなくて? いったいどういう用件でだい?」
過疎の男は矢継ぎ早にそう言うが、言葉に反して興味がなさそうに見えた。質問をしたいのではなく、まるで話を流すかのよう。
私は決して苛立ちも動揺も見せないように気丈に言葉を返した。
「女将は今、床に伏せて療養しているところよ。私達も商工会に所属しているはず。代表と話をさせてもらえる権利はあるわよね?」
「まあ、あるね。だが、会って何をはなすつもりなのかな。まさか女将が倒れて経営が成り立たなくなったから助けてほしいっていう相談かな? でも残念。ここの代表も決して暇って訳じゃない。そもそもここは町の無料お悩み相談所じゃあないんだ。忙しい代表がざわざキミたちの相談に耳を貸すとでも?」
「相談じゃないわ。商談よ」
「…………へえ」
男の細い目の瞼がやや持ち上がる。
露わになった澄んだ瞳に睨まれ、気味の悪い感覚が私の背筋を走った。
「わかった。それじゃあ行こうか」
「え?」
男が眉を持ち上げて表情を和らげた。その温度差に拍子抜けしそうになった。
「行くってどこに」
「キミは代表と話をしに来たのだろう」
「え、ええ」
まさか本当に連れて行ってくれるとでも言うのだろうか。この事務的な嫌味ったらしい男が。
「ただし、来るのはキミだけだ。そこの少年と獣人の少女はここにいたまえ」
「なっ、どうしてよ!」
「それが条件だ」
「なんで。どうにかならないの。代表に取り合ってお願いしてみるとか」
「無理だ」
「どうして貴方がそれを決めるのよ」
私の問いに、男は背筋を伸ばして襟元をただす。
「私がここの代表だからだ」
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