『神遊び』

Haru,d

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1話「出会い」

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「どうか、あの人に、もう一度だけ、会えますように。」


【語り部】
むかし。むか~し、とある町に、古ぼけた神社がありました。
町の外れの森の中。いつ建てられたのか、だれが建てたのかもわかりません。
どれくらい時間がたっているのか、装飾は剥がれ、鳥居も拝殿もボロボロです。
かろうじて本殿では雨風がしのげるので、旅人達が宿をとることはできました。

【行商人】
いや~、まいった。まいった。まさか、雨に降られるとは。
しかし、、、こんなところに神社があったとは、まさに神の助け。
随分、廃れてしまってはいるが、この造りを見るに
ひと昔前は立派な神社だったのだろう。
…おぉ、奥には仏様がおられたのか。
…どうか一晩だけ、このしがない行商人に宿をお貸しください。。。

(ふむ。ものは試しか。)
…明日は商品がたくさん売れますように。

なぁんてやってはみたが、この有様じゃ、神さんもすでにおらんか。。

【神様】
おい、客人。

【旅人】
んっ? なんだ、だれだ?

【神様】
何(百)年ぶりだろうな、人の姿を見たのは。
さて、、、客人。
お前は何を見せてくれる?



【行商人】
だ、だれだ、俺に話しかけるのは⁉ …誰もいねぇ!?
これはきっと、この神社の祟りに違いねぇ!!
こんなとこにはいられねぇぞ。
なんまいだぶ、なんまいだぶ。

【語り部】
男は荷物を手早くまとめると、雨の中を駆けていきました。
それから、男は行く町々で昨夜の出来事を話して回ります。

「さぁさぁ、この品物を買ってくれた客には、
俺のとっておきの話を聞かせてあげるよ。
おっ、毎度! 旦那ぁ、「幽霊神社」って知ってるかい?そいつはねぇ…」
「あ~、そこの奥方、、、」

“あの廃神社には幽霊が出る”
噂が噂を呼び、幽霊の正体は昔の宮司だ、とか、
落ち武者の魂が集まっている、とか
なかには、四ツ目の鬼がいて人を騙して食う。なんて、話をするものもいました。

今回の物語はそんな噂が少し落ち着いたころ。。。




【うた】
行ってきます。

【母】
また、あそこに行くのかい?
あそこは人もいないし、それに、ねぇ。

【うた】
幽霊神社でしょ。大丈夫だよ。一度も出たことないし。

【母】
すぐ帰ってくるんだよ。

【語り部】
少女の名前は“うた”と言いました。齢は13。
仕事が休みの日は、決まって幽霊神社にお参りに出かけます。

・・・「おい、目隠しおばけが来たぞ。」
「や~い、おばけ女~。」「今日も幽霊に会いにいくのか~。」
「幽霊がおっともだち~!」
「死んだ父ちゃんが幽霊にでもなってんのか~?」

【うた】
・・・・きっ

【朝吉】
いい加減にしろよ!
おまえら! うたが黙ってるからって好き放題言いやがって!
あっちいけ! ぶっとばすぞ!
・・・ったく、、毎度毎度、しょうがねぇ奴らだな。

【語り部】
少年は“朝吉”齢は14。
うたが奉公している、髪結い床の息子でありました。


【うた】
あさちゃん。

【朝吉】
うた も うた だぞ。少しくらい言い返せよ。

【うた】
ごめんなさい。

【朝吉】
それに、幽霊神社にはあまり行くな。
そのせいでお前も馬鹿にされる、、、
親父さんのことは残念だったけど、その、死んだ人には会えねぇんだ。
だから、その、
お前は俺が守ってやるというか、なんというか。。。(ごにょごにょ)

【うた】
うん。心配してくれて、ありがと。あさちゃん。
私は大丈夫。お父さんのことはもう平気だから。またね。

【朝吉】
うた。。。

【語り部】
うたは朝吉に手をふると、慣れた足取りで、幽霊神社に向かいました。
鳥居を抜け、いつも通り、奥にある仏様の前で手を合わせました。

【うた】
神様、どうか、お父さんが向こうでも健やかに過ごせますように。

お願いばかりで、申し訳ありませんが、

最近、お母さんの体の具合がよくありません。どうか良くなりますように。

…ふう。
あさちゃんに迷惑かけちゃうから、お参りも今日で最後かな。
【神様】
まて。娘。
せっかく来たのだから、少しゆっくりしていけ。

【うた】
ひゃぁ!? 誰かいたんですか? すみません、私、気が付かなくて。。

【神様】
時に娘。
なにか、おもしろいことはないか?
余は楽しいことが大好きだ。

【うた】
おもしろいこと?

【神様】
なんでもいいぞ、剣術・武術・馬術。
蹴鞠に、詩に、舞に。猿楽も久しぶりにいいのう。

【うた】
わたし、何もできないです。。

【神様】
なにかないのか? なんでもいいと言っておろうに。
最後に来た男も逃げてしまったし。退屈で死んでしまいそうだ。

【うた】
どうしよう。。。なにか、、、私にできること。
…そうだ!
旦那さまと、あさちゃんによく連れて行ってもらってる歌舞伎のあれ。
やってみようかな。。。できるかな。。

…せっしゃ、親方と申すは、お立合のうちに、
御存知のお方もござりましょうが、 お江戸をたって二十里上方、
相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、
欄干橋虎屋藤衛門。只今は剃髪致いたして、円斎と名乗りまする。
【語り部】
うたは一生懸命、見よう見まねで話しました。

【神様】
おぉ。それは初めて聞く詩だな。

【うた】
元朝より大晦日まで、お手に入れまする この薬は、昔ちんの国の唐人、
外郎という人、わが朝へ来きたり、帝へ参内の折から、この薬を深くこめおき、
用ゆる時は一粒づつ、冠の隙間より取り出いだす
よってその名を帝より、とうちんこうと賜わる
すなわち、文字には、「頂き、透く、香い」と書いて、
「とうちんこう」と申す。

【神様】
これは愉快だ。
それは、あの小田原の菓子・薬売りの詩か。
今はそのようになっているのか。

【うた】
あの…全然上手にできなくて、ごめんなさい。
これは詩じゃなくて、歌舞伎っていうんです。
知りませんか?

【神様】
知らん。何せ長い間だれも寄り付かなかったのでな。
歌舞伎というのか。
なかなかおもしろいものを聞かせてもらった。

【うた】
あの、私、そろそろ帰ります。お母さんもあさちゃんも心配するし。
どなたかわかりませんが。喜んでいただけたなら良かったです。

【神様】
娘。名は?

【うた】
うたといいます。

【神様】
うた。
明日も聞かせてくれ。気に入った。

【うた】
(あんまり来ちゃいけないって言われてるけど、、、)
わかりました。お邪魔しました。


【神様】
母親の体調を良くしてほしいだったか。
今日の礼だ。その願い、叶えてやろう。


【朝吉】
うた!

【うた】
あさちゃん。

【朝吉】
へへっ。餅だぞ、うた!

【うた】
お餅!? どうしたの!?

【朝吉】
なんか偉い客が突然店に来たもんで、
店の手伝いしていた俺に。って。置いてったんだと。
たくさんもらったから、うたたちにもお裾分けだ。

【うた】
え~!いいの!? 嬉しいけど。。。

【朝吉】
遠慮すんなって! …うたもいつも仕事頑張ってくれるだろ…
奥様にもよろしくな。

【うた】
うん。えへへ。
ありがと、あさちゃん。

【朝吉】
(どきっ)
お、おう。それじゃあな。

【うた】
お母さん! 今ね、あさちゃんが!

【母】
おや。ありがたいね。お餅なんて。旦那様にもお礼言わないとね。
【うた】
うん!

【語り部】
朝吉からもらったお餅は、それはそれは美味しく、
お腹も心もいっぱいになりました。
その晩、うたは不思議な夢を見ました。



【父】
うた。うた。

【うた】
お父さん! ほんとにお父さん?(あぁ。)・・・お父さぁん。お父さぁん。。。

【父】
うた。ごめんな。母さんと二人で、寂しい思いをさせてしまって。

【うた】
ううん。ぜんぜん、全然平気だよ。旦那様も良くしてくれるし、
それに、あさちゃんはいつも助けてくれて、今日はお餅ももらっちゃった。

【父】
そうか。良い人たちに恵まれて、うたは幸せものだね。
…うたは、朝吉のことが好きかい?

【うた】
えっ、、その、、わかんない。。。

【父】
ふふっ。彼はとてもいい子だね。うたも精一杯、恩返しするんだよ。

【うた】
うん。
お父さんこそ、、斬られたとこ、痛くない?苦しくない?大丈夫?

【父】
うん、私は大丈夫。うたがお祈りしてくれたからね。
それに、母さんも。

【うた】
えっ?

【父】
お母さんの具合もきっと、朝になればよくなっているよ。
さて、もう行かなくては。
うた、これからも健やかに。皆に感謝の気持ちを忘れてはいけないよ。
私はいつも うた と 母さんを見守っているから。
【うた】
お父さん、お父さん、、 お父さん!
・・・お父さん…?

【母】
おはよう、うた。

【うた】
お母さん。いまね、お父さんが、もう体も痛くないし、苦しくないって。
それで、お母さんの体も良くなってるって。。。

【母】
そうかい。会いにきてくれたのかい。
私にも顔くらい見せてくれてもいいのにね。

【うた】
いつでも一緒にいるって言ってたよ。

【母】
そうじゃなきゃ困っちゃでしょ。
昨日食べたお餅のおかげか、なんだか調子もいいよ。

【うた】
本当!?

【母】
本当さ。父さんの分も、お仕事も頑張らなくちゃね。

【朝吉】
うた~、迎えにきたぞ~。

【母】
ほら、朝吉が来たよ。仕事、行っておいで。

【うた】
うん、行ってきます。
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