12 / 42
第2部 ヴァン=ブランの帰還
第12話 Vanblan‐Voice【ヴァンブラン・ボイス】
しおりを挟む
わしゃの名はペイザンヌ。N区の野良猫だ。ここまで第一部を読んで頂けて大感謝なのである。
が、本当に読んで頂きたい物語はここから。なぜなら──おっと、その前にコーヒー・ブレイクでもいかがですかにゃ? あ、わしゃはコーヒーよりもミルクの方が……猫舌なもんでできればヌルめにして頂けると嬉しいな~なんて………あ、イヤイヤ、お構いなく、スミマセンねこりゃ、なんだか催促したみたいで。
おほん、わしゃの日課に決して欠かせない最重要項目のひとつに『昼寝』があるのだが、うとうと微睡んでいる時など鳥たちの井戸端会議が耳に入ってくることも少なくない。
そんな中で彼らが時々使う言葉のひとつに『ヴァンブラン・ボイス』というものがある。意味としては〈透き通るような七色の声〉といったところか。これはもちろん鳥たちの造語であるのだが、これにはちょっとした逸話が絡んでいる。昔話や伝説の類だ。
話の腰を折るようで申し訳ないのだが、この物語を語るにおいて奇妙な共時性があると思われるのでその一部を急遽差し込むことにした次第である。
そう、それは昔々で始まる物語──
ある大きな森にヴァンブランという一羽の鳥がいました。
見かけはどこにでもいるような小さな鳥でしたが彼には他の鳥たちにはない、ある特殊な能力があったのです。それは一度歌い出せば常に周りを魅了し、聴くものの心を虜にしてしまうという不思議な『声』でした。
鹿も熊も虫も、果ては恐ろしい猛禽類でさえもがヴァンブランが歌い始めるや否や争いや活動を一時中断し、じっと目を瞑って歌声に聞き入ります。ですから森に生息する全ての動物たちは彼を守り、また褒め称え重宝しました。
しかし、そうやって皆にチヤホヤされることに慣れてしまったヴァンブランはいつしかすっかり天狗になってしまったのです。『俺はおまえたちとは違うんだ──特別なんだぞ』と。
ところがそんな中、たった一羽だけ彼の歌声に耳を傾けていないメスの鳥がいたのです。彼女はとても美しく、名をトリルといいました。
ヴァンブランはなんとか彼女の気を引こうとして高らかに歌いますが彼女は一向に彼の歌声に興味を示そうとしません。それもそのはず、トリルは耳が聞こえないのです。
トリルからしてみれば自分などただのみすぼらしい口パク人形でしかないのだろうか。そう考えるとヴァンブランは意気消沈します。
『一番聴いてほしい彼女に届かないこの歌声などいったい何の意味があるんだろう──』と。
そんなことを思いながら彼は幾日も眠れぬ夜を過ごし、どうすれば彼女にこの思いが伝わるのかを必死に考えました。
そんなある時、ヴァンブランはひょっこり森にやってきた年若い魔法使いに出会います。彼が言うには魔法によって声を目に見えるようにすることも不可能ではないというのです。
ある夜、ヴァンブランは魔法使いに悩みを打ち明けました。
「お願いです。俺の声を目に見えるようにしてくれませんか?」
そんなヴァンブランの問いに魔法使いは答えます。
「いいだろう、小さなヴァンブラン。ただし願いには常にリスクというものが伴う。ともすれば君はその美しい声を失ってしまう危険だってあるんだぞ。それでもかまわないのか?」
彼女のことで頭がいっぱいのヴァンブランはすぐに答えました。
「はい、構いません」
魔法使いは木の枝をポキリと折って言いました。
「よし、わかった。だったら歌うがいい。小さな友よ。君が持つ最高の声で」
ヴァンブランは目を瞑って今まで以上に心を込めて歌い始めました。ただ、愛しいトリルのことを思いながら。
するとどうしたことか。この世のものとは思えぬその美しい歌声を魔法使いは次々と光る糸に変えていくではありませんか。その髪の毛よりも細い細い糸はまるで生き物のようにするすると伸び始め、自ら光を放つかのごとく想像の範疇では届かぬほどの色彩を奏で始めました。
「凄いぞ! 小さなヴァンブラン。これほどの上質な声は見たこともない」
魔法使いが木の枝を指揮者のように振ると今度は空中で糸が見事に紡がれていきます。糸は徐々に形を織り成しながら光を、声を、音楽を発しました。
さらに驚くことにそれらは耳からではなく、『視覚』から頭に入り込んでくるのです。そうして完成した一枚の織りはまさに見事としか言い様がありませんでした。ヴァンブラン自身も自分の声を『目で見る』のは初めてでした。
『すごい……! これできっとトリルに想いが伝わるに違いない』
自分の声が作り出した作品をうっとりと眺めているうちにヴァンブランは肩の力が抜け、歌い疲れたのかすっかり眠り込んでしまいました。
目が覚めるとそこには魔法使いも魔法使いの小屋も、そしてあの織物も全てが霧のように消え去っていました。
──なんだ、夢だったのか。
そう思った次の瞬間ヴァンブランはさっと青ざめました。彼の口から出てくるのはすかすかとした呼吸音ばかりで、どれだけ嘴をパクパクと動かしても声はひと欠片も残ってはいなかったのです。
『声が……出ない…………』
彼の声を奪ったのが“美しい声”を織物に、“画才”を指輪に、“あらゆる類まれな豊かな才能”を宝石に変えては奪っていく“魔物”の仕業だと気付くまでにさほど時間はかかりませんでした。
歌声を失うと同時に誰からも相手にされなくなったヴァンブランはいかに自分が高飛車だったのかを思い知ることになります。下げずまれ、見下され、居場所がなくなった哀れなヴァンブラン。
やがて彼はもう一度“本当の自分の声”を取り戻すために長い長い冒険に旅立つことになるのでした──
▼▲▼▲▼▲
この物語にはもちろん続きがあるのだが、それはまた別の機会に聞いてもらうことにしよう。第二部へ繋がるプロローグはこの辺りで終わりにしておくことにする。……ところで──え~と、そろそろコーヒーはできあがりましたかね? あ~、その……お菓子とかも買ってきた方がいんじゃね? あ、ついでにわしゃポテチね。できれば“のりしお”がいいかな~なんて……あ、イヤイヤ、ホントにお構いなく。
では、引き続き『イシャータの受難』第二部《ヴァン=ブランの帰還》もぜひお楽しみ頂きたいのである。おっと、その前に“看板”をもとに戻しておかねば、えっこらせ……と。
うん、これでいいのにゃ。
が、本当に読んで頂きたい物語はここから。なぜなら──おっと、その前にコーヒー・ブレイクでもいかがですかにゃ? あ、わしゃはコーヒーよりもミルクの方が……猫舌なもんでできればヌルめにして頂けると嬉しいな~なんて………あ、イヤイヤ、お構いなく、スミマセンねこりゃ、なんだか催促したみたいで。
おほん、わしゃの日課に決して欠かせない最重要項目のひとつに『昼寝』があるのだが、うとうと微睡んでいる時など鳥たちの井戸端会議が耳に入ってくることも少なくない。
そんな中で彼らが時々使う言葉のひとつに『ヴァンブラン・ボイス』というものがある。意味としては〈透き通るような七色の声〉といったところか。これはもちろん鳥たちの造語であるのだが、これにはちょっとした逸話が絡んでいる。昔話や伝説の類だ。
話の腰を折るようで申し訳ないのだが、この物語を語るにおいて奇妙な共時性があると思われるのでその一部を急遽差し込むことにした次第である。
そう、それは昔々で始まる物語──
ある大きな森にヴァンブランという一羽の鳥がいました。
見かけはどこにでもいるような小さな鳥でしたが彼には他の鳥たちにはない、ある特殊な能力があったのです。それは一度歌い出せば常に周りを魅了し、聴くものの心を虜にしてしまうという不思議な『声』でした。
鹿も熊も虫も、果ては恐ろしい猛禽類でさえもがヴァンブランが歌い始めるや否や争いや活動を一時中断し、じっと目を瞑って歌声に聞き入ります。ですから森に生息する全ての動物たちは彼を守り、また褒め称え重宝しました。
しかし、そうやって皆にチヤホヤされることに慣れてしまったヴァンブランはいつしかすっかり天狗になってしまったのです。『俺はおまえたちとは違うんだ──特別なんだぞ』と。
ところがそんな中、たった一羽だけ彼の歌声に耳を傾けていないメスの鳥がいたのです。彼女はとても美しく、名をトリルといいました。
ヴァンブランはなんとか彼女の気を引こうとして高らかに歌いますが彼女は一向に彼の歌声に興味を示そうとしません。それもそのはず、トリルは耳が聞こえないのです。
トリルからしてみれば自分などただのみすぼらしい口パク人形でしかないのだろうか。そう考えるとヴァンブランは意気消沈します。
『一番聴いてほしい彼女に届かないこの歌声などいったい何の意味があるんだろう──』と。
そんなことを思いながら彼は幾日も眠れぬ夜を過ごし、どうすれば彼女にこの思いが伝わるのかを必死に考えました。
そんなある時、ヴァンブランはひょっこり森にやってきた年若い魔法使いに出会います。彼が言うには魔法によって声を目に見えるようにすることも不可能ではないというのです。
ある夜、ヴァンブランは魔法使いに悩みを打ち明けました。
「お願いです。俺の声を目に見えるようにしてくれませんか?」
そんなヴァンブランの問いに魔法使いは答えます。
「いいだろう、小さなヴァンブラン。ただし願いには常にリスクというものが伴う。ともすれば君はその美しい声を失ってしまう危険だってあるんだぞ。それでもかまわないのか?」
彼女のことで頭がいっぱいのヴァンブランはすぐに答えました。
「はい、構いません」
魔法使いは木の枝をポキリと折って言いました。
「よし、わかった。だったら歌うがいい。小さな友よ。君が持つ最高の声で」
ヴァンブランは目を瞑って今まで以上に心を込めて歌い始めました。ただ、愛しいトリルのことを思いながら。
するとどうしたことか。この世のものとは思えぬその美しい歌声を魔法使いは次々と光る糸に変えていくではありませんか。その髪の毛よりも細い細い糸はまるで生き物のようにするすると伸び始め、自ら光を放つかのごとく想像の範疇では届かぬほどの色彩を奏で始めました。
「凄いぞ! 小さなヴァンブラン。これほどの上質な声は見たこともない」
魔法使いが木の枝を指揮者のように振ると今度は空中で糸が見事に紡がれていきます。糸は徐々に形を織り成しながら光を、声を、音楽を発しました。
さらに驚くことにそれらは耳からではなく、『視覚』から頭に入り込んでくるのです。そうして完成した一枚の織りはまさに見事としか言い様がありませんでした。ヴァンブラン自身も自分の声を『目で見る』のは初めてでした。
『すごい……! これできっとトリルに想いが伝わるに違いない』
自分の声が作り出した作品をうっとりと眺めているうちにヴァンブランは肩の力が抜け、歌い疲れたのかすっかり眠り込んでしまいました。
目が覚めるとそこには魔法使いも魔法使いの小屋も、そしてあの織物も全てが霧のように消え去っていました。
──なんだ、夢だったのか。
そう思った次の瞬間ヴァンブランはさっと青ざめました。彼の口から出てくるのはすかすかとした呼吸音ばかりで、どれだけ嘴をパクパクと動かしても声はひと欠片も残ってはいなかったのです。
『声が……出ない…………』
彼の声を奪ったのが“美しい声”を織物に、“画才”を指輪に、“あらゆる類まれな豊かな才能”を宝石に変えては奪っていく“魔物”の仕業だと気付くまでにさほど時間はかかりませんでした。
歌声を失うと同時に誰からも相手にされなくなったヴァンブランはいかに自分が高飛車だったのかを思い知ることになります。下げずまれ、見下され、居場所がなくなった哀れなヴァンブラン。
やがて彼はもう一度“本当の自分の声”を取り戻すために長い長い冒険に旅立つことになるのでした──
▼▲▼▲▼▲
この物語にはもちろん続きがあるのだが、それはまた別の機会に聞いてもらうことにしよう。第二部へ繋がるプロローグはこの辺りで終わりにしておくことにする。……ところで──え~と、そろそろコーヒーはできあがりましたかね? あ~、その……お菓子とかも買ってきた方がいんじゃね? あ、ついでにわしゃポテチね。できれば“のりしお”がいいかな~なんて……あ、イヤイヤ、ホントにお構いなく。
では、引き続き『イシャータの受難』第二部《ヴァン=ブランの帰還》もぜひお楽しみ頂きたいのである。おっと、その前に“看板”をもとに戻しておかねば、えっこらせ……と。
うん、これでいいのにゃ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる