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第2部 ヴァン=ブランの帰還
第22話 Jealous guy【嫉妬】
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わしゃの名はペイザンヌ。N区の野良猫だ。
心のGoogleで『疑い』という言葉を検索していけばどうなるか? それはきっと際限なく広がっていくことだろう。どんどんどんどん枝別れをし続け増殖する一方だ。さて、では端無くもそんな気持ちになってしまった時にはハタシテどうすればいいのか?
そんな時には『考えを反転させる』ということも一つの解決方法なのかもしれない。たとえば『信じる』という言葉は決して増殖をしない。たった一ぺージしかないただひとつだけの言葉だ。けれど──
まだ年端もいかぬ者たちに対し、そういったことを求めるのはとても難しいことなのかもしれにゃい。わしゃだって若い頃といえばそりゃあ純真無垢な……おっと過去の甘美な思い出に浸るのはオヤジへの第一歩だ。今日のところはやめておこう。
彼らは自分の気持ちを制御する術をまだ知らない。けれど、そのこともまた『反転』させるのであれば──彼らはそれほどに純粋であり、また硝子のように傷つきやすい──それだけなのだ。
ここ『猫屋敷』にいるあの小さな二匹のように──
ヴァンが歩けば佐藤も歩く。
のしのし。
ちょこちょこ。
ヴァンが座れば佐藤も座る。
ずかっ。
ちょこり。
あくび──
ふわぁーっ。
ふにゃ~っ。
くしゃみ──
うぇっくしゅ!
へっくちん!
遠目からその二匹の姿を見ていたイシャータはクスクス笑いながら隣にいるギリーに話しかけた。
「あの二匹、いつの間にあんなに仲良しさんになっちゃったのかしらね」
「そ、そうね……」
ヴァンが毎夜、愛の歌を捧げ続けたシャム猫、イシャータ。そのイシャータが今、目の前にいる。ギリーはどう会話していいのかわからなかった。
「イシャータさんは……」
イシャータはそのまん丸な目でギリーを見た。
「ん?」
(──ヴァンのことをどう思ってるんですか?)
だめだだめだだめだ。そんなこと聞けるわけない。
「ヴァンのこと知ってるんですか?」
そう探りをいるので精一杯だった。ギリーの淡い気持ちなど知るはずもないイシャータはその言葉をそのままにしかとらえない。
「へ? ええと……まぁ、そうね……」
知ってるのかと問われてみても言葉につまる。『よくよく考えてみると私はヴァンのことなど何も知らないのだな』とイシャータは目を細めた。
「歌がとっても上手だってことは聞いたことがあるわ」
( ………………嘘だ)
ギリーは目を細めイシャータをそっと観察した。
──なぜそんな嘘をつく必要があるのだろう? 何とも思ってないなら笑い飛ばせばいいじゃないか。『ヴァンは私の家の庭で何日も何日も歌い続けていたバカな猫なのよ』とか。そう言わないのはイシャータもヴァンに気がある証拠だ!
……だから、何だというのだ?
もし、そうだとして私にそれを止める権利などはない。これっぽっちもだ。
ギリーは深く息をついた。もはや何に対しても疑いの気持ちが強まる自分に嫌気がさし始めていた。
ヴァンは立ち上がると木の幹で爪を研ぎ始めた。
バリッ、バリバリッ──
急いで佐藤も真似をする。
コリッ、コリコリッ──
さすがにヴァンも口を開く。
「いったいこれは何の遊びなんだ?」
「べ、別になんでもあらへんよ」
単純な図式だった。ギリーはヴァンに恋い焦がれている。ならばヴァンのようになればギリーもちょっとは自分の方に目を向けてくれるかもしれない、と。
とはいえヴァンと同じ行動をしたからといってそれがどうなるわけでもないことくらい佐藤もよくわかっていた。ただ何かをせずにはいられなかったのだ。
ヴァンは伸びをして言う。
「よし、佐藤。いっちょモンでやろう」
「え? な、なに?」
「おまえは筋がいいと言ったろう? 鍛えればもっともっと強くなれるぞ」
佐藤は真顔で答えた。
「……ヴァンより?」
ヴァンはあっはっはと笑った。
「ああ、俺なんかよりもっともっと強くなれる」
「ほんま?!」
「ああ、ほんまだ。さあ、かかってこい」
佐藤はヴァンから少し距離をとり、そして振り向き様に言った。
「なあ、ヴァンは誰かを好きになったことってある?」
「俺がおまえくらいの頃はメスのことしか頭になかったぞ」
ヴァンはコキコキと首を鳴らした。佐藤は腰を落とし、その小さな体をさらに小さく丸めると狙いを定めた。
「ははぁ、さてはまたギリーのことだな?」
「そ、そんなんちゃうよ。い、いくで!」
そして弓を放つかのごとく自分の体の二三倍はあるであろうヴァン=ブランの体に飛びかかっていった。
ひゅっ。
「うわはははは、くすぐったいぞ!」
ヴァンはブルルと背中を揺らすと 佐藤を振り落とした。
どすっ。
「佐藤?!」
何事が起こったのかとイシャータが心配して声を張り上げた。
それに対しヴァンは『なんでもない』というかのごとく片足を上げた。
地面に叩きつけられた佐藤はすぐに体勢を立て直し再びヴァンに向かっていく。が、今度は軽く前足で払いのけられてしまった。
どしゃ!
佐藤は再び土を噛む。
「無理やわこんなん! 体の大きさが全然ちゃうんやもん」
「体の大きさは関係ない。力づくで向かっていこうとするからだ」
「………………」
「どうした。そんなんじゃいざという時ギリーも守ってやれんぞ? ん?」
なんだか小馬鹿にされたような気がして佐藤は少しカチンときた。
「うっさいわ!」
今度は後ろ足をすくおうと下からかかっていく。ヴァンは体を下げ、しばらく取っ組み合う形になったがあえなく佐藤は押し潰されてしまった。
「今のはまあまあ良かったぞ。だがもっと頭を使え。考えて考えておまえがこれでいいと思ってるところから行動に移す直前にそれをあと半ランクだけ上げろ。それが相手の裏をかくということだ。さあ、本気で俺を倒そうと思ってみろ」
だが佐藤は今度は立ち上がることもせずぼそりと呟いた。
「ずるい……」
「?」
「ヴァンは……ずるい」
「んぁ? 俺の、何がずるい?」
「ヴァンは……強いし、デカいし、カッコええし──」
「?」
「それに……それに、歌だってうまいし、おもろいことも言うし、おまけに名前までカッコええし……ズルいわ」
「お、おいおい。いったい何の話だ?」
「逆立ちしたってボクなんかヴァンに勝てへんよ……」
佐藤はヴァンに背を向けとぼとぼと歩きだした。
「ふむ……」
佐藤の後ろ姿を見つめるヴァンの背後から声がした。
「ヴァン!」
フライだった。ヴァンにその座を奪われたこの『猫屋敷』のもとリーダーである。
「いつまで遊んでるつもりだ。四日で計画を立てるんじゃなかったのか?」
「フライか。別段遊んでるつもりじゃないんだがなぁ」
「真面目にやってるとも思えん」
「深刻な顔をしてればいい案が浮かぶというわけではなかろう」
ヴァンは歩き出す。
「お、おい! どこへ行く?」
「ちょっと表へな。屋敷にばかりいるとクサっちまいそうだ」
「おい、ヴァン!」
「そうだフライ。おまえも一緒に来ないか? 見せたいものもあるしな」
「?」
心のGoogleで『疑い』という言葉を検索していけばどうなるか? それはきっと際限なく広がっていくことだろう。どんどんどんどん枝別れをし続け増殖する一方だ。さて、では端無くもそんな気持ちになってしまった時にはハタシテどうすればいいのか?
そんな時には『考えを反転させる』ということも一つの解決方法なのかもしれない。たとえば『信じる』という言葉は決して増殖をしない。たった一ぺージしかないただひとつだけの言葉だ。けれど──
まだ年端もいかぬ者たちに対し、そういったことを求めるのはとても難しいことなのかもしれにゃい。わしゃだって若い頃といえばそりゃあ純真無垢な……おっと過去の甘美な思い出に浸るのはオヤジへの第一歩だ。今日のところはやめておこう。
彼らは自分の気持ちを制御する術をまだ知らない。けれど、そのこともまた『反転』させるのであれば──彼らはそれほどに純粋であり、また硝子のように傷つきやすい──それだけなのだ。
ここ『猫屋敷』にいるあの小さな二匹のように──
ヴァンが歩けば佐藤も歩く。
のしのし。
ちょこちょこ。
ヴァンが座れば佐藤も座る。
ずかっ。
ちょこり。
あくび──
ふわぁーっ。
ふにゃ~っ。
くしゃみ──
うぇっくしゅ!
へっくちん!
遠目からその二匹の姿を見ていたイシャータはクスクス笑いながら隣にいるギリーに話しかけた。
「あの二匹、いつの間にあんなに仲良しさんになっちゃったのかしらね」
「そ、そうね……」
ヴァンが毎夜、愛の歌を捧げ続けたシャム猫、イシャータ。そのイシャータが今、目の前にいる。ギリーはどう会話していいのかわからなかった。
「イシャータさんは……」
イシャータはそのまん丸な目でギリーを見た。
「ん?」
(──ヴァンのことをどう思ってるんですか?)
だめだだめだだめだ。そんなこと聞けるわけない。
「ヴァンのこと知ってるんですか?」
そう探りをいるので精一杯だった。ギリーの淡い気持ちなど知るはずもないイシャータはその言葉をそのままにしかとらえない。
「へ? ええと……まぁ、そうね……」
知ってるのかと問われてみても言葉につまる。『よくよく考えてみると私はヴァンのことなど何も知らないのだな』とイシャータは目を細めた。
「歌がとっても上手だってことは聞いたことがあるわ」
( ………………嘘だ)
ギリーは目を細めイシャータをそっと観察した。
──なぜそんな嘘をつく必要があるのだろう? 何とも思ってないなら笑い飛ばせばいいじゃないか。『ヴァンは私の家の庭で何日も何日も歌い続けていたバカな猫なのよ』とか。そう言わないのはイシャータもヴァンに気がある証拠だ!
……だから、何だというのだ?
もし、そうだとして私にそれを止める権利などはない。これっぽっちもだ。
ギリーは深く息をついた。もはや何に対しても疑いの気持ちが強まる自分に嫌気がさし始めていた。
ヴァンは立ち上がると木の幹で爪を研ぎ始めた。
バリッ、バリバリッ──
急いで佐藤も真似をする。
コリッ、コリコリッ──
さすがにヴァンも口を開く。
「いったいこれは何の遊びなんだ?」
「べ、別になんでもあらへんよ」
単純な図式だった。ギリーはヴァンに恋い焦がれている。ならばヴァンのようになればギリーもちょっとは自分の方に目を向けてくれるかもしれない、と。
とはいえヴァンと同じ行動をしたからといってそれがどうなるわけでもないことくらい佐藤もよくわかっていた。ただ何かをせずにはいられなかったのだ。
ヴァンは伸びをして言う。
「よし、佐藤。いっちょモンでやろう」
「え? な、なに?」
「おまえは筋がいいと言ったろう? 鍛えればもっともっと強くなれるぞ」
佐藤は真顔で答えた。
「……ヴァンより?」
ヴァンはあっはっはと笑った。
「ああ、俺なんかよりもっともっと強くなれる」
「ほんま?!」
「ああ、ほんまだ。さあ、かかってこい」
佐藤はヴァンから少し距離をとり、そして振り向き様に言った。
「なあ、ヴァンは誰かを好きになったことってある?」
「俺がおまえくらいの頃はメスのことしか頭になかったぞ」
ヴァンはコキコキと首を鳴らした。佐藤は腰を落とし、その小さな体をさらに小さく丸めると狙いを定めた。
「ははぁ、さてはまたギリーのことだな?」
「そ、そんなんちゃうよ。い、いくで!」
そして弓を放つかのごとく自分の体の二三倍はあるであろうヴァン=ブランの体に飛びかかっていった。
ひゅっ。
「うわはははは、くすぐったいぞ!」
ヴァンはブルルと背中を揺らすと 佐藤を振り落とした。
どすっ。
「佐藤?!」
何事が起こったのかとイシャータが心配して声を張り上げた。
それに対しヴァンは『なんでもない』というかのごとく片足を上げた。
地面に叩きつけられた佐藤はすぐに体勢を立て直し再びヴァンに向かっていく。が、今度は軽く前足で払いのけられてしまった。
どしゃ!
佐藤は再び土を噛む。
「無理やわこんなん! 体の大きさが全然ちゃうんやもん」
「体の大きさは関係ない。力づくで向かっていこうとするからだ」
「………………」
「どうした。そんなんじゃいざという時ギリーも守ってやれんぞ? ん?」
なんだか小馬鹿にされたような気がして佐藤は少しカチンときた。
「うっさいわ!」
今度は後ろ足をすくおうと下からかかっていく。ヴァンは体を下げ、しばらく取っ組み合う形になったがあえなく佐藤は押し潰されてしまった。
「今のはまあまあ良かったぞ。だがもっと頭を使え。考えて考えておまえがこれでいいと思ってるところから行動に移す直前にそれをあと半ランクだけ上げろ。それが相手の裏をかくということだ。さあ、本気で俺を倒そうと思ってみろ」
だが佐藤は今度は立ち上がることもせずぼそりと呟いた。
「ずるい……」
「?」
「ヴァンは……ずるい」
「んぁ? 俺の、何がずるい?」
「ヴァンは……強いし、デカいし、カッコええし──」
「?」
「それに……それに、歌だってうまいし、おもろいことも言うし、おまけに名前までカッコええし……ズルいわ」
「お、おいおい。いったい何の話だ?」
「逆立ちしたってボクなんかヴァンに勝てへんよ……」
佐藤はヴァンに背を向けとぼとぼと歩きだした。
「ふむ……」
佐藤の後ろ姿を見つめるヴァンの背後から声がした。
「ヴァン!」
フライだった。ヴァンにその座を奪われたこの『猫屋敷』のもとリーダーである。
「いつまで遊んでるつもりだ。四日で計画を立てるんじゃなかったのか?」
「フライか。別段遊んでるつもりじゃないんだがなぁ」
「真面目にやってるとも思えん」
「深刻な顔をしてればいい案が浮かぶというわけではなかろう」
ヴァンは歩き出す。
「お、おい! どこへ行く?」
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