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第3部 佐藤の試練
第27話 Knock to the future【約束】
しおりを挟む「そういうわけだ。俺たちは『S区』にある公園を開放してもらうべくザンパノに交渉する」
ざわつく三十匹の猫たちをヴァン=ブランはぐるりと見回した。
「なにか意見のあるものはいるか?」
「でも……もし、ザンパノが嫌だって言ったら?」
そう口火をきったのは巨漢のデブ猫メタボチックだった。メタボチックの大きな背中の上で跳んだりぶら下がったりして遊んでいたチビの黒猫ハッシュが意味もわからずその言葉を復唱する。
「いやだって言ったら~?」
「その時はボスの座をかけてザンパノと一戦を交える。そして『S区』全体を俺たちの領域にする」
「た、闘うって……誰が?」
「そうだなぁ……聞けばザンパノというやつはそうとうデカいらしいからな。こっちも一番体のデカいやつを出すしかないだろうなぁ…… 」
「ひ、ひえっ!」
メタボチックが頭を抱えると皆の顔が少し和らいだ。ヴァンもあっはっはと得意の笑い声を上げる。
「冗談だよ、メタボ。その時は俺が闘うさ。そして必ず勝つ。いや、勝ってみせる」
それでも他の猫たちは不安そうに顔を見合わせてボソボソと何か呟いている。
「でも……」
「ん?」
「もし……もしも負けたら?」
皆の煮え切らない態度に堪えられなくなったのかイシャータは一歩前に出て叫んだ。
「……おまえらっ。いい加減にしろっ!!」
場がシーンと静まり返る。
ヴァンもこれには驚いている様子だった。
「さっきから聞いてれば『でも』だの『もし』だの……ヴァンはねえ、ヴァンはすぐさまここを出て行ってまた一匹で生きていくことだってさ、その、できるわけじゃんか。だけどさ、だけどね、皆のため……仲間のために闘ってやろうって言ってるんだろ! それを……よくも。……やってもないうちから負けた時のことなんか考えるなっ!」
イシャータは声も途切れ途切れに肩を震わせた。
「イシャータ、おい、落ち着けって。皆不安なだけなんだよ。な」
ヴァンはイシャータだけに聞こえるようにそう囁くと再び全員の方に顔を上げた。
「皆も冷静になれ。闘いはあくまで最悪の場合だ。まだザンパノが公園を空け渡さないと決まったわけじゃないだろ」
一方、黒猫のフライは片隅でヴァンの答弁を聞きながら内心焦っていた。
『まずいな……。既に皆ヴァンに頼りきってしまっている。俺の出る幕などもはや……ない。それに──』
いざ闘いとなればヴァンは勝ってしまうかもしれない。いや、おそらくは勝つだろう。
フライは昨日のヴァンと巨大な犬との闘いを思い返す。
複雑だった。
ヴァンが勝たねば我々は共に行き倒れだ。だが、ヴァンが勝ってしまったらそれこそ俺は皆のリーダーに戻ることは不可能だろう。
ぼんやりとそんなことを考えているとさっきまでメタボチックの背中で遊んでいた息子のハッシュがそばに来て首を傾げた。
「パパはどうして真ん中で喋らないの?」
「ハッシュ……」
「パパはもう皆のリーダーじゃないの? ねえ、どうして真ん中で喋らないのさ?」
「…………」
息子の言葉は裁縫針のようにチクチクとフライの胸に突き刺さる。フライはぐっと顔を上げ、演説を続けるヴァン=ブランを睨みつけた。
「忘れるな。まずは話し合いだ。ザンパノに交渉をして……」
「その交渉には俺が行こう!」
イシャータに続き、今度はフライの声が場を制した。フライはつかつかとヴァンに近付くと顔もくっつかんばかりにもう一度同じことを言った。
「ザンパノへの交渉は俺が行こう。こういうことならおまえより俺の方がうまい。そう思わないか?」
「……ふむ」
しばらくフライの顔を確かめるように眺めていたヴァンだったがその目がゆっくりと横に逸れた。
「なんだよ、俺じゃ役不足とでも言いたいのか?」
「そうじゃない……フライ。その話の続きは後だ」
カチャリ。コトコト──
聞きなれない音がヴァンの耳に入ってきたのだ。
「みんなっ、隠れろ!」
そう叫ぶが早いか三十匹の猫たちは蜘蛛の子を散らすように走り出した。ヴァンが放った鶴の一声におのおのが隠れ場所を求める。別段意識したわけではないのだがイシャータはヴァンを同じ縁の下に潜り込む形になってしまった。
人間だ──
「ふん、思ったより早かったな」
犬山の婆さんが亡き後、この土地が誰のものになるのかなどとヴァンにとって知ったことではなかったが、早くも取り壊しの計画が進められているのは間違いないらしい。
やはりぐずぐずしてる時間はなさそうだな。ヴァンは思った。
人間たちが作業をしている間、三十匹の猫たちは気配を消し、張り子の虎のように動かなかった。
そんな状況下のもと、ようやくイシャータはヴァンが帰ってきてからこのかた、初めて二匹だけになってしまっていることに気がついた。一度そんなことを意識し始めるとさらに胸の高まりは強くなり、今度は心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと顔が熱くなる。ヴァンの匂いをこれほど近くに感じているのも初めてのことだった。
土と太陽の匂いがした。御主人様がベランダに蒲団を干した後のような、あの……。もし月に匂いがあるとするならきっとその匂いも含まれているのかもしれない。
『ヴァンを見ているとお月さまを思い出すのは何故なんだろう。ううん、違う、逆だ。それはよくお月さまを見て私がヴァンのことを……』
その時、急にヴァンが振り向いたのでイシャータは思わずドキリとして目を逸らした。それを見てヴァンはくすりと笑いを噛み殺す。
「まったく、おまえは相変わらずだな。気が強いというか、ツレないというか……」
ヴァンは警戒しているのか照れているのか母屋の人間たちの動きを見つめたままそう言った。
一陣の風がごごぅと吹く。お婆さんが手入れしていたのだろう、花壇の向日葵が揺れた。
あんなに大きな頭のくせに向日葵だって揺れるのだなとイシャータはぼんやり思った。
ゆらゆらと。ゆらゆらと。
「……私ね、ノラになったの」
「?」
我ながら『何を今さら』とイシャータは思った。
ヴァンだってきっとそう思ってるに違いない。だが、どうしてもその一言をヴァンに向けて直接伝えずにはいられなかったのだ。
「何をいまさら……」
そらきた。やっぱりだ。
「それがどうした──」
続く言葉はきっと……
「「おまえは猫で、俺も猫だろ」」
イシャータに同じ言葉を被せられて思わずヴァンはきょとんとする。
「……んぁ?」
「絶対言うと思った」
「くそ!」
イシャータはくすくす笑った。いつのまにか視界には自分の足があった。自分の足は嫌いだ。だって足が見えてるってことは自分が今、下を向いているということだもの。足はゆらゆらと揺れていた。水面に映る影のように。先程の向日葵のように──
「なんで──」
前足の甲にポツリと水滴が落ちた。
薄暗い縁の下に二匹だけという状況からかイシャータは言葉を止めることができなかった。まだ皆の前で叫んだ興奮が抜けきってないのかもしれない。
「なんで……なんで、急にいなくなったんだよぉ……!」
長い、それはそれは長い間押さえつけていた感情が堰を切ったように溢れ出してくる。
「バッカじゃないの?! たったあと一日だったのに……あんたほんっとバカじゃないの?!」
「あれは──最後の歌が思いつかなかっただけさ」
「嘘だ! 急にバカバカしくなったんだ。どうでもよくなったんだ……ヴァンも、御主人様も、みんなみんな勝手だ! 大嫌いだ!」
イシャータが顔を上げ鼻をすすった隙にヴァンはそのチョコレート色したイシャータの鼻先をペロリと舐めた。
「……!」
「ずいぶん時間がかかっちまったが、このゴタゴタが終わったら聞いてほしい歌がある。まだ、間に合うかい?」
“気持ち”というものに対し『間に合う』とか『間に合わない』とかいう単位が適切であるのかどうかイシャータにはよくわからなかった。
そもそも何故私は今ヴァンと縁の下にいてこんなことを話しているのだろう。二ヶ月前、いや、一週間前だってそんなことなどこれっぽっちも想像していなかったのに。イシャータは鼻をすすりながらそう思っていた。何だか不思議な気持ちだった。
「それは……このゴタゴタが終わったら、か、考えてやってもいいわ」
「そうはいかない。今、考えてやってくれ」
何が起こるか先のことなど誰にもわからない。未来とはだから楽しいのか、それとも不安になるのか。
これまでにいろんなことがあった。ただ言えるのは、こうして今ヴァンと心を通わせていられるのは、その『いろんなこと』があったからこそであり、そう思うことができるのならそれらは決して高い代償ではないのかもしれないということだ。
「もう言葉を後回しにするのは俺もごめんなんだ。それに──俺はまだおまえに惚れてるんだぜ」
イシャータは今度こそ目を逸らすことなく真っ直ぐにヴァンの目を見つめた。
「今度こそ……約束できる?」
「ああ、今度こそ約束する。この声が『盗まれない』限りな──」
イシャータはゆっくりと頷いた。
ただひとつだけ欲を言うのであれば『縁の下』というのは決してロマンチックな場所じゃないな──そんなことがつい頭に浮かび、イシャータは少しだけはにかんだ。
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