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番外編 4 カティの支えになったもの 2

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 その夜、アンジェリーノの裏手に炎が上がった。火を放った男の醜い笑顔が炎に照らされる。
 そして放火魔が、踵(きびす)を返して逃げようとしたとき、急に自分の身体が重くなり地面に押しつけられた。
 そして、炎は一瞬にして消える。

「な、んだ・・・これ?動けない・・」
 目に見えない何かに押しつぶされると思った瞬間、急に解放された。
 荒い息をつきながらホッとしたのもつかの間、何かがおかしいと恐ろしくなり再び走り出そうとした。
 すると今度は空からすごい勢いで何かが降ってくる。
「痛っ!いたたた・・た、助け・・痛っ!」
 必死で頭をかばおうとするが、その手や背中に何かが突き刺さる。
 地面に落ちたものを見ると栗のイガだった。中の栗はなく、イガだけが大量に放火魔を狙って飛んでくる。

「な、なんだ?・・・痛っ!やめて・・・誰か・・」
「闇夜に生じて卑劣な犯行。愚かな放火魔に正義の鉄拳を!闇に舞う蝶、カティヨン!」
 暗がりのどこかから声が聞こえる。
「な?!どこだ?痛っ・・た、たすけて!」
「誰に頼まれて放火したの?」
 声は聞こえど、姿は見えぬ。
 カティヨンの声とともにさらにイガが飛んでくる。
 頭や顔がすでに大惨事だ。
「い、いうから・・・助けて・・・子爵だ!イマル子爵だ!」
「なぜ?」
「栗を買い占めて高値で転売するつもりだ!それが駄目ならアンジェリーノを閉店に追い込んで、自分の店だけで栗のお山を高値で専売するつもりだった。なのに!どこかで栗を調達して店を継続するから大量の在庫を抱えて・・・」
「ほう、なるほど。私利私欲で栗を買い占めて、アンジェリーノを閉店に追い込むつもりだったと。え~い!天誅!!くそがきといった報いも受けよ!」
 最後の方は小さな声でつけたし、放火魔を空中に浮かせた。
「な、なんだ?これは?!おろせ!おろしてくれ!」
「いいの?ノーと言えない(元)日本人なの。」
 カティがそう言うと放火魔の身体は落下した。
「うぎゃあ~~!!」
 イガイガの絨毯の上に落下した男はそのまま気絶したようで、その後は何の声も聞こえなくなった。
 カティは大量のイガをバリアで包むと一旦転移で公爵邸に持ち帰った、また別のところで使うつもりだから大切に扱う。

 そして翌朝、イガが頭に整列して刺さりイガ栗仕様のパンチパーマ頭の男が縄でぐるぐる巻きにされ、「放火魔です。正義の味方より」というメモとともに、自白が録音された魔道具が見つかった。
 放火魔とイマル子爵は騎士団に拘束された。

 しかしイマル子爵はすぐに釈放された。
 放火や異物混入事件は使いの男が勝手に行ったこと。確かに栗の買い占めは行ったが、それはあくまでも商機を逃さないためにとった経済活動だと言い切った。
 放火魔を捕まえた者の正体さえ分からず、証拠も信用できない。放火魔の「イマル子爵から頼まれた」という証言は、自分の罪を軽くするための虚言とされたのだった。


 しかしその数日後、顔や頭そして体中を傷だらけにしたイマル子爵が自ら出頭した。
「栗のお化けが・・・」
「は?!」
 騎士団は顔を見合わせる。
「栗の怪物がいるんだよ!『栗を悪用したものは栗に泣く!』って声がして栗が襲って来るんだよ!」

 昼夜に関わらず子爵邸に栗が出現するようになった。
 初めはベッドに寝転んで仰向けに寝た時、天井をびっしり埋め尽くすように大量のイガ栗が漂っていた。
「は?!」
 声を上げたとたん、大量のイガ栗が降り注いだ。
「うぎゃあ?!痛っ・・いたたた・・助けて・・誰か?!」
 這う這うの体で部屋を逃げ出し、階段を下ろうとしたとき何かに足を取られて階段を転げ落ちた。そして落ちたその先にはイガ栗が敷きつめられていた。
「ぎゃあ!痛っ・・・だれ・・か・・」
「いかがいたしました?」
「おい、どうにかしてく・・・」
 助けを求めようと、声をした方を見た。
 そこには人の形をとったイガ栗の集合体が立っていた。
「旦那様~、どういたしました?」
 イガ栗の怪人が近づいてくる。
「!!」
 イマル子爵は後ずさりして逃げようとする。すると
「栗を悪用したものは栗に泣く!!」
 栗の怪物がそう言って襲い掛かってくる。
「うわあ!だ、誰か・・誰か助けてくれ!」
 栗の怪物が両手を突き出して突進してくる。
 イマル子爵は顔を腕でかばい身構えた。しかし何も起こらず恐る恐る顔をあげるとイガ栗がすべて消え去っていた。
「な、なんだ?なんなんだ?!」
 夜中にこれほど騒いでも使用人が誰も出てこなかったのも不思議だった。

 翌日、使用人の様子をうかがうも何も変わった様子はなかった。
 まさか夢でも見たのかと思うが、自分の身体にはイガ栗につけられた傷がある。
「湯を張ってくれ。」
「かしこまりました。」
 早く嫌な汗を洗い流したい。
 たっぷり湯船に張られたお湯に身を任せたとき、温かくて身を包んでくれていたものが冷たくて棘のあるものに変わった。全身裸で栗のイガにつつかれまくった子爵は悲鳴を上げて逃げ出す。しかしどこに逃げても栗のイガが飛んできてぶつかる。
 部屋に逃げ帰り、服を着ようとすると袖から裾からポケットから・・・あらゆるところからイガ栗が転がり出てくる。
「痛っ!」
「旦那様?なぜ栗が?」
 わけも分からず使用人が尋ねる。
「知らん!か、片づけておけ!」
 そう命じながらもどこかから栗が飛んでくるのではないかとビクビクして食堂に向かう。
 慎重に周りを見渡すもいつもと同じ景色で異変はない。テーブルに乗っている料理にも問題なし。
「よし。」
 イマル子爵は恐る恐るスープを救って口元に運ぶ。温かい湯気がまだ残るスープを見てほっとして口に入れた。
「いっ!!」
 口の中イガに刺されて血だらけになる。
「ゆ・・・許して・・・悪かった・・・私が・・私が命令したんだ!おい、栗!栗よ、許してくれ!」
 ついに観念した子爵はその後自首し、放火という大罪を命じたことにより子爵家はお取り潰しとなった。
 子爵は罰として自ら大量の栗のイガをむく作業を科され、その栗をアンジェリーノに慰謝料とともに渡すこととなった。
 子爵の自白で共犯者の商人のもとへ騎士が捕縛に向かったところ、こちらもイガ栗仕様のパンチパーマの商人が「助けてくれ!栗がっ栗が!と、うわ言のように口走り騎士に縋り、即刻罪を認めたのだった。

 アンジェリーノはこの事件によりさらに名が広まり、これまで以上に繁盛したという。

「取り調べで、栗のお化けが襲ってきた、なんて言ったそうだよ。」
「そうなの?」
「カティ、君の強さはわかってるけど無茶をしないでよ。栗のお化けってカティでしょ?」
 栗のお山を食べながら、ヴィクトルが言う。
「ええ?何のこと?」
「先に捕まった放火魔はカティヨンと名乗る者にやられたと白状してるよ。」
「放火魔の聞き間違いじゃない?それに栗のお化けなんてねぇ・・・これだからお子様は。いやだ、いやだ。」
 カティはにっこり笑う。
 ヴィクトルが半目でカティを見る。
「・・・・。ふ~ん、くそがきって言われたこと根に持ってたんだ。」
「私はそんな子供ではありません。」
「まあ、結局その騒動のせいで栗のお山を真似していた店もつぶれたし、アンジェリーノはもう大丈夫だよ。」
「よかった!」
 これで思い出のお菓子を守れる。

「ん?あ、もう一人成敗しなきゃならないわ。」
 小声でぶつぶつ言ってると
「僕が父上に報告したよ。農園でしょ?アンジェリーノはもうあの農園から栗は買わないらしいし、他の店もつぶれたからね。農園を閉めるしかなくなるさ。そこを王家が買い取り、正統な価格でまたアンジェリーノと取引するというのはどうかな。」
「うわあ、ありがとう!」
「それで、その農園の管理を孤児院にお願いして子供たちにも手伝ってもらおうと思ってる。大きくなったらそこに勤めることもできるし。」
「ヴィー!大好き。」
 カティはヴィクトルに思わず抱き着く。
 前のオセロの事業もうまくいっており、また新たに孤児院の収入源と就職先を確保できそうだ。
「ふふふ。うれしいよ。これからも一緒にこうして国を守っていこうね。」
「うん!」
 ヴィクトルは嬉しそうにカティを抱き上げる。

「でも危ないことはしないですぐに僕に相談する事!いい?」
「・・・。もちろん!」
 でもカティは今回の事で分かったことがあるのだ。
 悪人退治をするために密かに動き回っていた時、悪人を懲らしめている時。エドヴァルドが行方不明である喪失感、悲壮感が少し緩和された。
 ぽっかりと開いた穴を埋めることは出来ないけれど、その瞬間意識をそらすことは出来たのだ。
「なんか間(ま)があったけど・・・。それとさ、もう一つ知りたいんだけど。アンジェリーノの店主が店を閉めたとき、良質の栗が店に届けられたらしいんだ。どこから調達してきたの?」
「え?なんで私に聞くの?」
「ばれないとでも思ってるの?」
「・・・。」
 バレないと思っていた。
「カティぐち隊長!カティぐち探検隊の一員として知りたいです!」
 ヴィクトルはまじめな顔をして敬礼する。
「・・・ヴィー副隊長。口は堅いですか?」
「もちろんです。」
「魔獣の出る森の奥に栗の木がいっぱいあるの。そこに行ってちょこっと収穫してきたの。イマル子爵の倉庫から持っていったら犯罪になっちゃうからね。」
「・・・魔獣の森に一人で行ってきたの?」
「うん。」
「どうやって?!」
 大人でさえ、手練れを何人も連れだって入らなければ危険な森だ。
「乙女の秘密です。」

 ヴィクトルもうすうすは感じている。
 詳細はわからないものの、カティが「ちょっと魔力が強い」で片付けられるレベルではないことを。しかしそれを隠そうとしていることも。
 なのに、隠しているつもりで何か行動するたびにぼろが出ている。困った人がいるとつい力を使って助けているのだから、いずれ誰かに気が付かれてしまう。
「わかった。だけど僕も両陛下もいつだってカティの味方だってことは覚えておいてね。」
「ありがとう。」

 これからもカティは一人で悪人退治をするつもり。
 世の中のためではない、自分の心の為に。やるせない気持ちを悪人退治ではらすため、ぽっかり空いた穴を何かでごまかすため。
 そしてそれが結果的に誰かの為になる。こんないいことはない。

 ヴィクトルは何も気が付かぬふりをし、エドヴァルドの代わりにカティとカティの秘密を守っていこうと決意したのだった。



番外編は次話で最後になります。
ただし、本編とは全く関係のないパロディになります。こんなんちが~う( `ー´)ノと思った方は飛ばしてください(*´▽`*)
その後、本編の続きを数話投稿する予定です。

よろしくお願いします。
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