魔女の恋文【宛先知れず】

寄賀あける

文字の大きさ
1 / 15

しおりを挟む
 ミルタスの花が咲き、芳香を放つ。ドアを開け放しておけば甘い香りが店の中まで漂ってくる。ロファーの好きな季節だ。

 大通りに面したロファーの店の目隠しに植えられたミルタスは、毎年盛んに花を咲かせ、前を通る人ともどもロファーの目を楽しませた。純白の控えめな花びらの中心から飛び出す無数の長いしべ……なんとも可愛らしい花だ。

 花を食べる事もできるが、花のない季節でも、葉を肉の香りづけやお茶として利用することもできる。バスに浮かべてもいい。枝の伸びが早いので、こまめに剪定せんていしなくてはならないが、その時に出た枝葉を乾燥させてロファーは保存していた。

 そのことをなんの気なしに魔導士ジゼェーラに話したら、欲しいというので分けたところ、ごっそりリンゴジャムのびんが送られてきて、ロファーを苦笑させた。収穫を手伝った謝礼にもらったリンゴジャムが仕舞しまい所に困るほどまだ残っていた。

 魔導士のところにも、増築した倉庫に山積みのリンゴのジャムとジュースがあったはずだ。『あいつ、押し付けてきたな』と、ロファーは苦笑する。まぁ、あの魔導士らしい。

 魔導士はミルタスの実も欲しいと言った。収穫が面倒とロファーが断ると、採りに行くというので収穫できるようになったら教えると約束した。半年は先の話だ。あの忘れっぽい魔導士は、その頃まで覚えちゃいないとロファーは見込んでいる。

「まいど!」
伝令屋の下遣したづかいのカールが店に入ってきた。

「よぉ、ご苦労さん」
「今日は少なめ。十三通」
ロファーの横のカウンターに手紙の束を置く。

 ロファーの生業なりわいは代書屋だ。カールが持ってきた手紙はどれも外国便で、外国語が扱えるこの街唯一の代書屋ロファーに宛先をやくして貰うために持ってきたのだ。

 外国便を扱っている伝令屋もカールが働いているシスの店しかないのだから、この街ではシスとロファーが居なければ、外国とのやり取りができない。

「こっちは十五通だ」
と、ロファーが取り出したのは国内向けの封書だ。

 頼まれた代書のうち、配達が必要な分はいつもシスの伝令屋にロファーは頼んでいた。ロファーの父親がこの街で代書屋を始めた時から、シスは商売の相棒だった。

 さっそくカールが持ってきた手紙の束を取り、一通一通、宛先をロファーが書き込み始める。それを見ながらカールがかがみ込んで、もう一通、手紙をカウンターに置いた。
「なんか、これ、ここに落ちていた」

 うん? とロファーが見ると、裏表、何も書かれていない。うっすら桃色の染色が施され、ユリの花を浮かせた加工がある、高価な封筒だ。

「落とし物かな?」
ロファーが呟くと
「代書屋の店の中に? 道で落としたのが舞い込んだにしても偶然過ぎる。ロファーが落としたんじゃないの?」
カールが笑う。

「ふむ……あとで見ておくよ。ほい、できた。確認してくれ」
宛先を書き終えた封筒と記録簿をカールに渡すと、カールは記録簿と照らし合わせてから、サインを書き込んだ。

「今月の請求はいくらぐらいか、親方シスが気にしていた」
と、カールが訊いてきた。

「そっちの取り分と差し引きで、八百……行くか行かないか、ってとこだ。シスによろしくな」
そう答えてから、もう一度、何も書かれていない封筒を眺めて、机の引き出しに仕舞った。

 一通り、予定していた仕事を終え、そろそろ今日はしまいかな、とロファーが思うころ、開け放したドアからスズメが飛び込み、グルリと店の中を巡って出ていく。

 途中、ロファーの手元にポトリと何か落とした。魔導士ジゼェーラが、何やら言ってきたようだ。

 スズメが落としたのは一本のわらだ。中が空洞になっていて、いつもその中に手紙が仕込まれている。

 手紙の端が少しだけき出しになっていて、そこを引っ張ると取り出せる。どうやって入れているのだろうと感心するが、どうせ魔導術だ。考えるだけ無駄だ。

「なになに?……ゴジックの店が羊肉を仕入れた、買ってきて、って、俺は使いっ走りか!」
呆れるが笑ってしまう。ジゼェーラもとい、ジゼルにそんなつもりがないと、ロファーにだって判っている。

 きっと、会いにきて欲しいんだ。それで口実に羊肉を使った、可愛いヤツだ。と、実は騙されているかもと感じつつ、そう思ってしまう。

 店の戸締りをしているときに、カールが拾い上げた封筒を思い出した。あんな高価な封筒を街人が使うはずがない。ジゼルの悪戯かもしれないと思い、引き出しから出して開封する。

 中には封筒と同じ素材の便箋が一枚、
(ミルタスの花束を下さい)
と、書いてある。ジゼルの筆跡ではないし、文面もジゼルらしくない。

 どこかに落ちないが、悪ふざけが過ぎることもあるあの魔導士の仕業と決めつけて、ロファーは店先のミルタスの枝を数本、持参する事にした。羊肉の匂い付けにでも使うのだろう。

 市場では、
「ほい、羊肉、十八シリンに負けとくよ。そうそう、珈琲豆も今日はあるんだ、持ってくかい?」
ゴジックに勧められて、つい珈琲豆も買ってしまった。珈琲なんて、この街じゃ知っている者は少ない。

 以前、仕入れたはいいが売れなくて困っているというゴジックを気の毒に思って、買ったことがある。それをゴジックは覚えていて、滅多に仕入れられない珈琲豆を入手すると、ロファーのために取っていてくれるのだと、ロファーは気付いていた。高価なものだが、つい買ってしまうロファーだ。

 魔導士の果樹園では、リンゴとミカンの花が満開を迎えたところだった。住処の平屋と果樹園との境にフェンス代わりに植えられたバラが咲き誇っている。建屋を縁取る色とりどりのポピー、ドアの横にはシャクヤク、建屋の前に新設されたテラスの天井はウィステリアの棚だ。少しの間でも来ないと、魔導師の住処はあちこち変わってしまう。

 中に入ると、ジゼルは本棚の前のソファーで昼寝中(いや夕寝か)だったようで、目をこすりながら上体を起こした。
「やぁ、ロファー。うっかり寝てしまって、サッフォを迎えにやるのを忘れてしまった」
サッフォとは、ジゼルの馬小屋にいる雌馬だ。ロファーを迎えに、よく寄越す。

 ロファーがミルタスを持っているのに気が付くとジゼルは
「ミルタスを持ってくるとは、あなたにしては気がいているね」
クスリと笑った。

「何を言うんだか、おまえが持ってこいと言ったんだろうが?」
軽く笑うとキッチンに向かうロファー、その背中を眺めながら
「頼んだ覚えがない。そんな夢を見た覚えもないけれど、忘れてしまったかな?」
と、ジゼルが首をひねる。

「夢を見ながら、魔導術とやらを使うこともあるんだ?」
「たまぁにね。まぁ、たいてい不完全燃焼になるみたいだけど」
ジゼルがニヤリと笑う。

「不完全燃焼、って?」
「たとえば、夢の中でわたしがどうしてもロファーをウサギに変えたいと思って、そんな術をロファーに掛ける」
「で、掛けたらどうなる?」
「巧く行けば、ロファーはウサギになるが、巧く行かないと、ウサ耳とか、ウサ尾のロファーが誕生する、かもね」
ジゼルがケラケラ笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

聖女は聞いてしまった

夕景あき
ファンタジー
「道具に心は不要だ」 父である国王に、そう言われて育った聖女。 彼女の周囲には、彼女を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなっていた。 聖女自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という治癒道具になりきり何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々を過ごしていた。 そんな日々が10年過ぎた後、勇者と賢者と魔法使いと共に聖女は魔王討伐の旅に出ることになる。 旅の中で心をとり戻し、勇者に恋をする聖女。 しかし、勇者の本音を聞いてしまった聖女は絶望するのだった·····。 ネガティブ思考系聖女の恋愛ストーリー! ※ハッピーエンドなので、安心してお読みください!

【読切短編】処刑前夜、地下牢に現れた王女は言った。「お前でなければ駄目なんだ」滅びの未来を覆す、騎士との契約

Lihito
ファンタジー
王国騎士団の副長ヴェルドは、無実の罪で投獄され、明日処刑される運命にあった。 腐敗した国に絶望し、静かに死を待つ夜。 地下牢に現れたのは、実権を持たない「傀儡」と噂されるイゾルデ王女。 彼女はヴェルドに仮死毒を渡し、こう告げた。 「死んで、私の影になれ」 彼女は知っていた。 この国が三年後に滅ぶこと。誰が裏切り者か。 そして——ヴェルドこそが、国を救うための唯一の「切り札」であることを。 これは、滅びの未来を知る孤独な王女と、一度死んで生まれ変わった騎士が、裏から国を救う「共犯」の物語。

処理中です...