魔女の恋文【宛先知れず】

寄賀あける

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 どうせジゼルは寝坊を決め込む。いつも通りに起きたロファーが手持ち無沙汰に馬小屋の手入れをしていると、牛飼いのマルの娘マーシャがミルクの配達に来た。

「おはよう、ロファー。昨日は泊まり込みだったの?」
「やぁ、マーシャ、ご苦労さん」

 ロバからミルクを降ろすのを手伝っていると
「昨日はお店、大変だったらしいね」
マーシャがクスクス笑う。
「何か、魔導士様のお気にさわることでもしたの?」
と、尋ねてくる。

「ドアがふさがれたことを言っているんだったら、あれはここの魔導士様の仕業しわざじゃないよ」
「そうなんだ。てっきりロファーが魔導士様を怒らせたんだと思ったわ。街じゃ噂になってる」
更にマーシャが笑う。

「みんな、噂が好きだよね。ほかに最近、噂になっていることってある?」
「あるある。物凄く綺麗なお嬢様が、ジュードの『星降る宿』にご滞在中。もう今日で四日目かな」
「お嬢様?」
「どう見ても貴族のお姫様。着ている物も見た事ないくらい上等だし、高そうな宝石で飾り立てているし……ジュードが対応に困って、頭を悩ませているらしいわよ」
「へぇ……なんでジュードは困っているんだい?」

「何をお出ししても、召し上がらないんですって。で、時どき涙ぐんだり。宿に不満があるなら言ってくれってジュードが言っても、何もおっしゃらないとか」
「こんな田舎町の安宿のレストランの飯は食えないってか? さっさと大きな街に移ればいいのにね」
「それがしばらく滞在したいって、ジュードにかなりの前金を支払ったそうよ。困ってはいるけれど、問題を起こすわけじゃない。お金もいただいている、となると、ジュードとしても追い出せないみたい」

「そのお嬢さん、この街で何がしたいんだろう?」
「ジュードの見立てではどうも、思い人がいるんじゃないかって。ジェシカも面白がって見に行ったらしいけど、あれは恋煩こいわずらいだねって笑っていたわ」
「恋煩いか、厄介だね」

「で、そのお嬢さんを一目見ようって、ジュードのレストランは男の客で大盛況。何しろうちの街ではまずいないような美人さんらしいわよ。声を掛けた人もいるらしいけど、返事すらしなかったって」
「美人見物か。ジュードは喜んでいいものか、悪いものか微妙だね。で、そんなに美人なんだ?」
と、ロファーの言葉にマーシャが少し嫌な顔をする。

「興味があるならロファーも『星降る宿』のレストランに行くといいわ。ほんと、ジェシカやうちのママが言っていたけど、男ってバカね」
パパまで見に行ったから、ママの機嫌が悪くなるし、とつぶやいて、それじゃあね、とマーシャは帰ってしまった。やれやれ、と肩をすくめるのはロファーだ。

「ふーん、『星降る宿』で恋煩い……」
ホウレン草のソテーをつつきながらジゼルが言う。
「噂が本当なら、ロファーの言う通り、その線が強そうだね」
ベーコンエッグとほうれん草のソテー、レーズンを練り込んだパンの朝食を摂りながら、マーシャから聞いた話をジゼルにした。朝食を作ったのはもちろんロファーだ。たっぷりのミルクティーも忘れていない。

「今日はコッコさん、卵、いくつ産ませていた?」
「四つだ。雌鶏めんどり全部に産ませたようだね」
「サッフォとシンザンに変わりは?」
「二頭とも元気。シンザンに、もう少し大人しくするよう言っておいてよ。油断すると、蹴られかねない」
「判った、きつく叱っておく」
とジゼルが苦笑しながらうけあう。

 コッコは雄鶏の名前、サッフォは雌馬、シンザンは牡馬、どれもジゼルの鶏小屋、馬小屋にいる。ほかに雌鶏が四羽、鶏小屋にいる。

 旅の途中、たまたまこの街を通ったジゼルが長老に頼まれて、ドラゴン退治をしたときの褒美ほうびもらった馬がサッフォ、もとは長老の馬だった。ロファーがジゼルと知り合う前の話だ。ドラゴン退治で長老に見込まれて、ジゼルはこの街の契約魔導士になった。

 サッフォは長老のところで悪環境に苦しめられていたようで、そこから助け出してくれたジゼルに揺るぎない忠誠を誓っている。驚くほど賢い馬で、とても役に立つ。

 シンザンは、ロファーがジゼルの助手になってすぐの事件で、燃え盛る炎の中からジゼルに助け出され、元の持ち主がジゼルへの謝礼として譲ってくれた馬だった。ジゼルの事は大好きだが、なぜかロファーに懐かない。むしろ敵意を剥き出しにする。牡馬だからかもしれない。

 鶏小屋の鶏たちは、ロファーが伝令屋のシスに依頼して、シスがルル婆さんから譲り受けてくれたものだ。鳥と話ができるジゼルは雄鶏のコッコから聞いた話を、雄鶏が雌鶏に、上から命じることで卵は生まれると勘違いしている。そのために鶏小屋に棚を作ったのだと信じて疑っていない。面倒なので、勘違いを解いていないロファーだ。

 ジゼルはもちろん、馬小屋の馬たちとも意思の疎通ができる。

「星降る宿に様子を見に行きたいところだけれど、やめておいた方がいいだろうね」
ミルクティーを注ぎ足しながらジゼルが言う。一口食べてはニッコリし、ミルクティーを飲む、それを繰り返すジゼルの食事は時間が掛かる。とっくに食べ終わったロファーはやることもなく、それを眺めるだけだ。

「見に行って、その気はない、とはっきり言う、って選択肢は?」
「ない、ない」
ジゼルが笑う。
「それで諦めてくれるなら世話がない。かえって気持ちをあおるだけだ。魔女のプライドを傷つけてはならない」

「ほっといて諦めてくれるのかな?」
「今まではどうしていた?」
「今まで? はっきり言うのが……」
一番手っ取り早かった、と言おうとして、ジゼルがニヤニヤ見ていることにロファーが気づく。

「おまえ、俺に何を言わせたいんだ?」
「いいや、べつに。ロファーが人気者なのはこの前、街を回った時に判っている。その経験を聞いてみようと思っただけ」
「おまえの言いかただと、まるで俺が女性経験豊富なように聞こえる。そうだとしたら思い違いだ」
これは本当の事だ。

「モテて困っていたくらいだと思ったが?」
「そんな事はない」
これは半分嘘だ。モテる事はモテた。

 最初は幼馴染のリルで、周囲はロファーはリルと一緒になるものだと思っていた。でも、巧くいかなかった。

 リルに誘われたとき、ロファーの身体に痛みが走り、頭の中に『死にたいのか』と罵声が響いた。反射的にロファーはリルを突き飛ばし、それ以降、ロファーはリルを避けた。

 リルはその一年後、別の男と所帯を持った。

 リルはロファーを落とせなかった、最初はそんな噂が流れ、リルの後釜を狙う娘もロファーが驚くくらいいて、あの手この手で近寄ろうとしているのに気が付いた。

 けれど、ロファーがのらりくらりと逃げ回っているうちに噂は違うものに塗り替えられて、そんな誘いは激減した。噂は『ロファーは役立たず』に変わっていた。

 友達のグレインやレオン・オーギュ・ジュードたちが心配するので、一応は噂を否定したものの、馬鹿馬鹿しいと、それ以外の人には何を言われても放って置いた。まったく、この街は平和だな、とロファーは思う。

 体に走った痛みや頭に響いた罵声について、ロファーは誰にも話していない。親代わりの伝令屋シスにも話せていない。

 気のせいだ、と自分に思いこませようとしていた。
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