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市場はなかなかの盛況で、まだ朝も早いというのに人やロバや、様々な商品、そして雑多な食べ物の匂いで満ちていた。
フィルが椀に入ったシチューを受け取って金を支払い、店とは道の反対側に用意されたテーブルと椅子に向かおうとしたとき、五つか六つくらいの子どもがウサギのように足元を走り抜けた。寸でのところで躱してシチューの無事を確かめる。すると子どもが来た方向から、
「泥棒だ、そのガキ、捕まえてくれ!」
と、声が聞こえた。
なるほど、それで一目散に逃げていたのか。逃げ足なら早いはずだと感心していると、今度は声がした方から男が人込みを掻き分けて駆けてくる。人混みが切れた隙間に飛び出してきた男に、狙いすましてフィルがぶつかった。
「おい、こら! せっかく買ったシチューなのに……零れちまった、どうしてくれるんだ!」
自分でわざとぶつかっておきながら、勢い余って転んだ男を睨みつける。
「いや、おニイさん、すまないね。盗人を追っかけて、つい夢中になっちまった」
転んだ男はフィルのせいだと気付かずに謝ってくる。すぐさま盗人を追いたそうな男をフィルが止める。
「へぇ、そいつは気の毒だ。いったい何を盗まれたんだい?」
「いやさ、パン一つなんだけどさ。こっちも慈善事業じゃない。くれてやるわけにもいかないんだ」
「そりゃあそうだよな」
フィルが内心ニヤリと笑う。
「その盗人ってのは、さっきここを走り抜けたガキだろ?」
「そうだよ、知り合いか?」
「いや、俺は今日この街に来た。知り合いは一人もいない……さっきのはほんの子どもだった」
「それが? 子どもだろうが慈善事業じゃないって言っただろう」
フィルが『許してやれ』と言い出すと思ったのだろう、転んだ男があからさまに嫌な顔をする。
「タダで、とは言わないさ。あんたが零したこのシチューを弁償する代わりに許すってのはどうだ?」
「あ……」
男がシチュー屋の看板を見る。盗まれたパンより高額だ。
「ん……なんだな。今日のところは勘弁してやるよ」
差額を請求されたらたまらないとでも思ったのか、『じゃあな』と男はさっさと行ってしまった。
男の姿が見えなくなるのを待って、道の反対側、さっき座ろうとしていた椅子にフィルが腰掛ける。そして手にした椀をテーブルに置き、少し冷めたシチューを食べ始めた。
「やっぱり少しも零しちゃいなかったんだね」
様子を窺っていたシチュー屋の女将が面白そうに笑う。それに答えず『目ざといババァだ、気を付けなきゃ』と内心フィルがヒヤリとする。
(人の出が多く、流れも速い。だが、金を持っているヤツは少ない)
シチューを食べながらフィルは道を行き交う人々を観察する。
(この辺りの住人はせいぜい食べるに困らない程度の稼ぎ……やはり市場ではなく商店が立ち並ぶ辺りがいいか)
シチューを受け取った時に言われたとおり、空いた椀を水の入った桶に浸す。
「ごちそうさん」
女将に声をかけ、フィルは市場を通り抜けていった。
フィルが椀に入ったシチューを受け取って金を支払い、店とは道の反対側に用意されたテーブルと椅子に向かおうとしたとき、五つか六つくらいの子どもがウサギのように足元を走り抜けた。寸でのところで躱してシチューの無事を確かめる。すると子どもが来た方向から、
「泥棒だ、そのガキ、捕まえてくれ!」
と、声が聞こえた。
なるほど、それで一目散に逃げていたのか。逃げ足なら早いはずだと感心していると、今度は声がした方から男が人込みを掻き分けて駆けてくる。人混みが切れた隙間に飛び出してきた男に、狙いすましてフィルがぶつかった。
「おい、こら! せっかく買ったシチューなのに……零れちまった、どうしてくれるんだ!」
自分でわざとぶつかっておきながら、勢い余って転んだ男を睨みつける。
「いや、おニイさん、すまないね。盗人を追っかけて、つい夢中になっちまった」
転んだ男はフィルのせいだと気付かずに謝ってくる。すぐさま盗人を追いたそうな男をフィルが止める。
「へぇ、そいつは気の毒だ。いったい何を盗まれたんだい?」
「いやさ、パン一つなんだけどさ。こっちも慈善事業じゃない。くれてやるわけにもいかないんだ」
「そりゃあそうだよな」
フィルが内心ニヤリと笑う。
「その盗人ってのは、さっきここを走り抜けたガキだろ?」
「そうだよ、知り合いか?」
「いや、俺は今日この街に来た。知り合いは一人もいない……さっきのはほんの子どもだった」
「それが? 子どもだろうが慈善事業じゃないって言っただろう」
フィルが『許してやれ』と言い出すと思ったのだろう、転んだ男があからさまに嫌な顔をする。
「タダで、とは言わないさ。あんたが零したこのシチューを弁償する代わりに許すってのはどうだ?」
「あ……」
男がシチュー屋の看板を見る。盗まれたパンより高額だ。
「ん……なんだな。今日のところは勘弁してやるよ」
差額を請求されたらたまらないとでも思ったのか、『じゃあな』と男はさっさと行ってしまった。
男の姿が見えなくなるのを待って、道の反対側、さっき座ろうとしていた椅子にフィルが腰掛ける。そして手にした椀をテーブルに置き、少し冷めたシチューを食べ始めた。
「やっぱり少しも零しちゃいなかったんだね」
様子を窺っていたシチュー屋の女将が面白そうに笑う。それに答えず『目ざといババァだ、気を付けなきゃ』と内心フィルがヒヤリとする。
(人の出が多く、流れも速い。だが、金を持っているヤツは少ない)
シチューを食べながらフィルは道を行き交う人々を観察する。
(この辺りの住人はせいぜい食べるに困らない程度の稼ぎ……やはり市場ではなく商店が立ち並ぶ辺りがいいか)
シチューを受け取った時に言われたとおり、空いた椀を水の入った桶に浸す。
「ごちそうさん」
女将に声をかけ、フィルは市場を通り抜けていった。
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