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トヨミの悲し気な眼差しに狼狽えるのはホキだ。
「そ、そんな! 嫌うだなんて……そんなことは」
咄嗟に否定したが、嫌っていないなら好いているかと訊かれたらどうしようという思いで、尻すぼみに声が小さくなった。好いているとは言えるはずもない、だってトヨミは吾の手の届く相手ではない――が、あることを思い出してホキがハッとする。
居住まいを正し両手をついて頭を下げる。どうしてトヨミを呼び捨てになどしていたのだろう。
「嫌うだなんて滅相もない。トヨミさまは吾が父親の大事なおかた。それにもまして都の貴人。畏れ多いことでございます」
気安く口など聞けない相手、うっかりそれを忘れていた。
「ふぅん……」
トヨミがホキから目を逸らす。
「カタブが吾を頼りにしてくれているのは承知している。吾もカタブを頼りにしている。カタブはソガシとも近しいしな――だが、今日はカタブと話しに来たわけでも、カタブの話をしに来たわけでもない。其方と話したい……イヤか?」
「イヤだなんて、そんな!」
「それは父親、カタブのためか?」
「違います! 吾が望んで……あっ!」
つい本音を口にしたホキが自分の口を手で押さえる。視線をホキに戻しトヨミがふわっと笑みを浮かべた。
「其方も吾と話したいと思ってくれていた? 嬉しいぞ」
この人はなんて柔らかく笑うんだろう? 眼差しで包み込まれてしまう……口元を手で隠したままトヨミに見惚れるホキ、トヨミがそっと手を伸ばし、ホキの手に触れる。ギュッと身を縮めるホキに苦笑するトヨミ、
「顔が見たい。手をどかしてくれないか?」
迷いながらホキが手を降ろせば、その手をトヨミがそっと握る。トヨミの手は滑らかだ。
ホキが慌てて手を引っ込めようとするがトヨミは放してくれそうもない。
「お放しください」
「どうしてもイヤだというなら放しもするが、どうしてもイヤなのか?」
トヨミはホキの手を握ったまま、トヨミの目を覗き込んでくる。嘘を吐いたら見抜かれそうだ。
「いえ、その……ガサついた手が恥ずかしいのです」
「ふむ……」
ホキを見詰めたまま、トヨミが掌でホキの手を撫でる。
「確かに少しカサカサしているかな? でも、恥ずかしがるようなことなのか?」
「だって、トヨミさまの手は滑らかだわ」
「こないだ其方と芹を摘んだら、吾の手も荒れたぞ」
「も、申し訳ありません。吾のせいだわ。都の貴人とも知らず、芹なんか摘んで貰ったから」
「何を謝る? 吾が強引に手伝ったようなものだ――其方の手荒れは働き者だからだと言いたかった」
「そんなことくらいしか吾にはできないので」
するとトヨミが首を傾げた。
「そんなこと? 其方、己の意思で芹を摘んだのだろう? あんなに冷たい水に入るなど、そうできるものではないぞ。しかし……カタブはこの辺りの豪族、それなりの権力も財も持っているはず。誰かに命じればよかったのでは?」
「そんな……水が冷たいのが判っていて、誰かに頼むなんてとんでもない」
「買い取ってやれば、郷の者は喜ぶのでは?」
「あ……それは思いつきませんでした。でも、父親さまがお許しにならないかと思います。それに吾が摘んだものを分けてやればみなが喜びます」
「そうだった。みなに分けてやりたいと言っていたな」
こんな話をしながらも、トヨミはホキの手を放さない。両手で包んで撫でまわしている。掴まれていないほうの手でホキがトヨミの手を剥がそうとするが、今度はその手を掴まれて撫でまわされる。そしてトヨミの視線はホキの顔から離れない。
「ところで今日の装束は、あの時よりもずっと華やかだな」
「えっ?」
煌びやかな装束のトヨミに言われたくない。トヨミから目を逸らしてホキが答える。
「こ……これが精いっぱいです」
「精一杯? カタブの財力ならもっと高価なものも手に入れられそうだが?」
「母さまが贅沢はせず、できる限り郷の者にとの考えなのです。それに吾が家は子も多いし……騒乱への備えも必要です」
「うーーん。確かに武具の備えは必要かもしれないが。吾に出してくれた食事はなかなか贅沢なものだったが?」
「あぁ、父親さまがトヨミさまのために取り寄せたものです。吾など食べたことがないばかりか、見るのも初めてのものがありました」
「其方の口には入らなかった?」
「いいえ、しっかりいただきました。父親さまにだけ食べさせるのは癪に触ると母さまが。小さい弟妹の子守りに来て貰っている手伝いの人たちも喜んでいました。父親さまったら張り切ったのか、たくさん用意したものですから」
「カタブもたまには其方たちに都の食べ物を食べさせたかったのでは?」
「都ではあのような食事をしているのですね……」
「イヤ、いつもと言うわけではない――美味かったか?」
「はい。牛の乳があのように美味だとは思いもしませんでした……母さまは蘇を食べたことがあると懐かしんでいました。父親さまが都の土産に持ってきてくれたのに牛の乳と聞いて『気味が悪い』と言ってしまったことを後悔していました」
「うん? 母者は蘇を食べなかったのか?」
「あとでこっそり食べたそうです。そしたらことのほか美味だったとか……だけど父親さまが蘇を土産にしたことはその時だけなのだとか。母さまが貶したからだろうと笑っていました」
トヨミがゆったりと笑み、やっとホキの手を放した。
「手を見てごらん。其方の手は小さくて、可愛らしいな」
「そんなお世辞は結構、普通の手です――えっ?」
見るとホキの手荒れは治り、滑らかな肌になっている。
「いったい……?」
「其方の手荒れが治るよう念じながら撫でていた。随分と良くなっただろう?」
「撫でただけでこんなに? なんて不思議なことか……そうよ、トヨミ! 不思議と言えば犬が喋ってたわ」
ホキがついトヨミを呼び捨てにする。トヨミがホキを咎めることはなかった。ニッコリしただけだ。
「ユキマルのことだね。雪の中で見つけた白い犬だからユキマルと名付けた。なぜ人語が使えるのか吾にも判らない。ある日突然、『トヨミ、そっちに行くと危ないぞ』って言ったんだ。調べてみると少し先に洞穴があって、大蛇が潜んでいた。それからはことあるごとに吾に意見する。煩いと思うこともあるが、いい話相手だ」
「それに馬が空を飛んだわ。空を駆けた? 黒いおっきな馬よ」
「それはクロコマ。足だけ白い馬だろう?」
「そうそれ。都の馬は空を駆け抜けるものなの?」
愉快そうにトヨミが笑う。
「都にだってそんな馬はいないよ。吾が知る限りクロコマだけだ――馬の群れを見付けた時に、クロコマのほうから吾に話しかけてきた」
「あの馬も喋るの?」
「いいや、話しかけてきたというのは語弊があった。頭の中に声が聞こえたって言ったほうがいい。『自分は神獣だ。其方になら仕えてもいい』って言うから、だったら一緒に来いって頭の中で考えたらついてきた。乗ってみると、『天の高いところから地上を見降ろして見たくはないか』ってまた聞こえた。見てみたいって思ったら駆け出して、あっと言う間に雲の上だった」
「へぇ……不思議な話ね」
ホキがうっとりとトヨミを見る。
「トヨミの周りにはもっと不思議な話がありそう。他にも話して」
「それはいいけど……そんなふうに言われると、何から話していいか迷うな」
「そんなにいっぱい不思議な話があるのね」
「其方、そんなことを言って、吾が作り話をしてると思っているな?」
「あらヤダ、そんなこと思ってないわ」
「吾の話を信じてくれるのか?」
「あら、ユキマルもクロコマもこの目で見たわ。信じないわけないでしょ?」
「そうでもないよ、自分の目でさえ信じない輩のほうが多い。理屈で説明できないことになると特にね」
「ねぇ、トヨミ自身も不思議な力があるんでしょう? 撫でただけで手荒れを治しちゃうなんて凄いわ。他には何ができるの?」
「他かぁ……まぁ、いろいろあるけど、其方はどんなことができるといいと思う? あぁ、そうだ。それと、吾に不思議な力があることはカタブにも内緒にして欲しい」
「判った、誰にも言わない。でもどうして?」
「吾の力を悪用されないためだ。と言っても、幾つかはすでに周知されているんだけどね」
「みんなに知られてるってこと?」
「そうだよ……例えば数人が同時に喋っても全部聞き分けられるとかだね――ねぇ、吾のことはこれくらいにして、其方のことを聞かせてくれないか?」
「吾のこと? 平凡で、何も話せるようなことがないわ」
「ほかの人とまったく同じ人間なんていない。其方はこの世にただ一人。其方だけの何かが必ずある――んー、ねぇ、まずは名を教えておくれ。其方じゃなく、名を呼びたい」
「あら? 父親さまに吾がいいって言ったんじゃなかったの?」
「三日前、芹を摘んでいた娘がいいって言ったんだ」
「あぁ、なるほど。妹は芹を摘んだりしないもの。だから父親さまは吾だと判ったのね」
「折敷を運んで来たのが妹だろう? なんで一緒に摘みに行かない?」
「妹は立ち働くのがあまり好きじゃないから」
「カタブに『庭に背を向けて折敷を置いた娘ではなく?』って訊かれたけれど、なぜだ?」
「それは……吾と妹なら、みんな妹を選ぶからだと思うわ」
「みんな? 其方をなぜ望まない?」
「だって、それは、妹のほうが美しいからだわ」
「美しい? 吾には其方のほうが美しく見えるぞ?」
「そんな嘘は言わないで。母さまでさえ吾より妹のほうが器量よしだと思ってるんだから――それに母さま、言ってた。たとえ妹でも都の女人の美しさには対抗できないって」
「ふぅん、美しさって競うものなのか?」
「吾は競いたいわけじゃない。でも、みんな比べたがるじゃないの。そして男の人は美しい女人が好きだわ」
「そうか。競う気がないと言う事は、其方は美しくなりたいとは思わないのか?」
「そういうわけじゃないけど、そこまでは……だけど、今日はね、新しい装束を着せてもらったんだけどね、綺麗な染めだなぁって少し嬉しかった。それに髪を結い上げたり、簪を刺したりも初めて。たまにはこんなのもいいかな」
「今は簪で纏めているだけだね。結い上げたところを見てみたかったな――そうだ、カタブに聞いたが庭のカタカゴは其方が植えたんだって?」
「えぇ、花が綺麗だし、子どもの頃に根は食べられるって聞いて植えたのよ。ずいぶん増えたわ」
「なんだ、食べるために植えたんだ?」
「そうよ。飢饉のときに少しくらいは役に立つかもしれないと思ったのよ」
「子どもの頃に?」
「うん。郷のみんなに分けてあげたいなって思ったの」
トヨミがゆったりとホキを見て微笑んだ。
「確かに都の女どもは美しい。だけど、それは見た目だけだ――心まで美しい者はそうはいない。其方ほど美しい人を吾は知らない」
「そ、そんな! 嫌うだなんて……そんなことは」
咄嗟に否定したが、嫌っていないなら好いているかと訊かれたらどうしようという思いで、尻すぼみに声が小さくなった。好いているとは言えるはずもない、だってトヨミは吾の手の届く相手ではない――が、あることを思い出してホキがハッとする。
居住まいを正し両手をついて頭を下げる。どうしてトヨミを呼び捨てになどしていたのだろう。
「嫌うだなんて滅相もない。トヨミさまは吾が父親の大事なおかた。それにもまして都の貴人。畏れ多いことでございます」
気安く口など聞けない相手、うっかりそれを忘れていた。
「ふぅん……」
トヨミがホキから目を逸らす。
「カタブが吾を頼りにしてくれているのは承知している。吾もカタブを頼りにしている。カタブはソガシとも近しいしな――だが、今日はカタブと話しに来たわけでも、カタブの話をしに来たわけでもない。其方と話したい……イヤか?」
「イヤだなんて、そんな!」
「それは父親、カタブのためか?」
「違います! 吾が望んで……あっ!」
つい本音を口にしたホキが自分の口を手で押さえる。視線をホキに戻しトヨミがふわっと笑みを浮かべた。
「其方も吾と話したいと思ってくれていた? 嬉しいぞ」
この人はなんて柔らかく笑うんだろう? 眼差しで包み込まれてしまう……口元を手で隠したままトヨミに見惚れるホキ、トヨミがそっと手を伸ばし、ホキの手に触れる。ギュッと身を縮めるホキに苦笑するトヨミ、
「顔が見たい。手をどかしてくれないか?」
迷いながらホキが手を降ろせば、その手をトヨミがそっと握る。トヨミの手は滑らかだ。
ホキが慌てて手を引っ込めようとするがトヨミは放してくれそうもない。
「お放しください」
「どうしてもイヤだというなら放しもするが、どうしてもイヤなのか?」
トヨミはホキの手を握ったまま、トヨミの目を覗き込んでくる。嘘を吐いたら見抜かれそうだ。
「いえ、その……ガサついた手が恥ずかしいのです」
「ふむ……」
ホキを見詰めたまま、トヨミが掌でホキの手を撫でる。
「確かに少しカサカサしているかな? でも、恥ずかしがるようなことなのか?」
「だって、トヨミさまの手は滑らかだわ」
「こないだ其方と芹を摘んだら、吾の手も荒れたぞ」
「も、申し訳ありません。吾のせいだわ。都の貴人とも知らず、芹なんか摘んで貰ったから」
「何を謝る? 吾が強引に手伝ったようなものだ――其方の手荒れは働き者だからだと言いたかった」
「そんなことくらいしか吾にはできないので」
するとトヨミが首を傾げた。
「そんなこと? 其方、己の意思で芹を摘んだのだろう? あんなに冷たい水に入るなど、そうできるものではないぞ。しかし……カタブはこの辺りの豪族、それなりの権力も財も持っているはず。誰かに命じればよかったのでは?」
「そんな……水が冷たいのが判っていて、誰かに頼むなんてとんでもない」
「買い取ってやれば、郷の者は喜ぶのでは?」
「あ……それは思いつきませんでした。でも、父親さまがお許しにならないかと思います。それに吾が摘んだものを分けてやればみなが喜びます」
「そうだった。みなに分けてやりたいと言っていたな」
こんな話をしながらも、トヨミはホキの手を放さない。両手で包んで撫でまわしている。掴まれていないほうの手でホキがトヨミの手を剥がそうとするが、今度はその手を掴まれて撫でまわされる。そしてトヨミの視線はホキの顔から離れない。
「ところで今日の装束は、あの時よりもずっと華やかだな」
「えっ?」
煌びやかな装束のトヨミに言われたくない。トヨミから目を逸らしてホキが答える。
「こ……これが精いっぱいです」
「精一杯? カタブの財力ならもっと高価なものも手に入れられそうだが?」
「母さまが贅沢はせず、できる限り郷の者にとの考えなのです。それに吾が家は子も多いし……騒乱への備えも必要です」
「うーーん。確かに武具の備えは必要かもしれないが。吾に出してくれた食事はなかなか贅沢なものだったが?」
「あぁ、父親さまがトヨミさまのために取り寄せたものです。吾など食べたことがないばかりか、見るのも初めてのものがありました」
「其方の口には入らなかった?」
「いいえ、しっかりいただきました。父親さまにだけ食べさせるのは癪に触ると母さまが。小さい弟妹の子守りに来て貰っている手伝いの人たちも喜んでいました。父親さまったら張り切ったのか、たくさん用意したものですから」
「カタブもたまには其方たちに都の食べ物を食べさせたかったのでは?」
「都ではあのような食事をしているのですね……」
「イヤ、いつもと言うわけではない――美味かったか?」
「はい。牛の乳があのように美味だとは思いもしませんでした……母さまは蘇を食べたことがあると懐かしんでいました。父親さまが都の土産に持ってきてくれたのに牛の乳と聞いて『気味が悪い』と言ってしまったことを後悔していました」
「うん? 母者は蘇を食べなかったのか?」
「あとでこっそり食べたそうです。そしたらことのほか美味だったとか……だけど父親さまが蘇を土産にしたことはその時だけなのだとか。母さまが貶したからだろうと笑っていました」
トヨミがゆったりと笑み、やっとホキの手を放した。
「手を見てごらん。其方の手は小さくて、可愛らしいな」
「そんなお世辞は結構、普通の手です――えっ?」
見るとホキの手荒れは治り、滑らかな肌になっている。
「いったい……?」
「其方の手荒れが治るよう念じながら撫でていた。随分と良くなっただろう?」
「撫でただけでこんなに? なんて不思議なことか……そうよ、トヨミ! 不思議と言えば犬が喋ってたわ」
ホキがついトヨミを呼び捨てにする。トヨミがホキを咎めることはなかった。ニッコリしただけだ。
「ユキマルのことだね。雪の中で見つけた白い犬だからユキマルと名付けた。なぜ人語が使えるのか吾にも判らない。ある日突然、『トヨミ、そっちに行くと危ないぞ』って言ったんだ。調べてみると少し先に洞穴があって、大蛇が潜んでいた。それからはことあるごとに吾に意見する。煩いと思うこともあるが、いい話相手だ」
「それに馬が空を飛んだわ。空を駆けた? 黒いおっきな馬よ」
「それはクロコマ。足だけ白い馬だろう?」
「そうそれ。都の馬は空を駆け抜けるものなの?」
愉快そうにトヨミが笑う。
「都にだってそんな馬はいないよ。吾が知る限りクロコマだけだ――馬の群れを見付けた時に、クロコマのほうから吾に話しかけてきた」
「あの馬も喋るの?」
「いいや、話しかけてきたというのは語弊があった。頭の中に声が聞こえたって言ったほうがいい。『自分は神獣だ。其方になら仕えてもいい』って言うから、だったら一緒に来いって頭の中で考えたらついてきた。乗ってみると、『天の高いところから地上を見降ろして見たくはないか』ってまた聞こえた。見てみたいって思ったら駆け出して、あっと言う間に雲の上だった」
「へぇ……不思議な話ね」
ホキがうっとりとトヨミを見る。
「トヨミの周りにはもっと不思議な話がありそう。他にも話して」
「それはいいけど……そんなふうに言われると、何から話していいか迷うな」
「そんなにいっぱい不思議な話があるのね」
「其方、そんなことを言って、吾が作り話をしてると思っているな?」
「あらヤダ、そんなこと思ってないわ」
「吾の話を信じてくれるのか?」
「あら、ユキマルもクロコマもこの目で見たわ。信じないわけないでしょ?」
「そうでもないよ、自分の目でさえ信じない輩のほうが多い。理屈で説明できないことになると特にね」
「ねぇ、トヨミ自身も不思議な力があるんでしょう? 撫でただけで手荒れを治しちゃうなんて凄いわ。他には何ができるの?」
「他かぁ……まぁ、いろいろあるけど、其方はどんなことができるといいと思う? あぁ、そうだ。それと、吾に不思議な力があることはカタブにも内緒にして欲しい」
「判った、誰にも言わない。でもどうして?」
「吾の力を悪用されないためだ。と言っても、幾つかはすでに周知されているんだけどね」
「みんなに知られてるってこと?」
「そうだよ……例えば数人が同時に喋っても全部聞き分けられるとかだね――ねぇ、吾のことはこれくらいにして、其方のことを聞かせてくれないか?」
「吾のこと? 平凡で、何も話せるようなことがないわ」
「ほかの人とまったく同じ人間なんていない。其方はこの世にただ一人。其方だけの何かが必ずある――んー、ねぇ、まずは名を教えておくれ。其方じゃなく、名を呼びたい」
「あら? 父親さまに吾がいいって言ったんじゃなかったの?」
「三日前、芹を摘んでいた娘がいいって言ったんだ」
「あぁ、なるほど。妹は芹を摘んだりしないもの。だから父親さまは吾だと判ったのね」
「折敷を運んで来たのが妹だろう? なんで一緒に摘みに行かない?」
「妹は立ち働くのがあまり好きじゃないから」
「カタブに『庭に背を向けて折敷を置いた娘ではなく?』って訊かれたけれど、なぜだ?」
「それは……吾と妹なら、みんな妹を選ぶからだと思うわ」
「みんな? 其方をなぜ望まない?」
「だって、それは、妹のほうが美しいからだわ」
「美しい? 吾には其方のほうが美しく見えるぞ?」
「そんな嘘は言わないで。母さまでさえ吾より妹のほうが器量よしだと思ってるんだから――それに母さま、言ってた。たとえ妹でも都の女人の美しさには対抗できないって」
「ふぅん、美しさって競うものなのか?」
「吾は競いたいわけじゃない。でも、みんな比べたがるじゃないの。そして男の人は美しい女人が好きだわ」
「そうか。競う気がないと言う事は、其方は美しくなりたいとは思わないのか?」
「そういうわけじゃないけど、そこまでは……だけど、今日はね、新しい装束を着せてもらったんだけどね、綺麗な染めだなぁって少し嬉しかった。それに髪を結い上げたり、簪を刺したりも初めて。たまにはこんなのもいいかな」
「今は簪で纏めているだけだね。結い上げたところを見てみたかったな――そうだ、カタブに聞いたが庭のカタカゴは其方が植えたんだって?」
「えぇ、花が綺麗だし、子どもの頃に根は食べられるって聞いて植えたのよ。ずいぶん増えたわ」
「なんだ、食べるために植えたんだ?」
「そうよ。飢饉のときに少しくらいは役に立つかもしれないと思ったのよ」
「子どもの頃に?」
「うん。郷のみんなに分けてあげたいなって思ったの」
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