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トヨミが都から帰ってきたのは昼、今日は一日ノンビリしてると言ってごろごろしていた。厠にでも行くのだろうか?
ところが
「行くぞ、ホキ。さっさと支度しろ」
と身支度を整え始める。戻ってきてすぐに睦みあい、そのままのしどけない姿、それはホキも同じだ。
「行くってどこに?」
「それは行ってからのお楽しみ。ほら、早くしないとそのままの姿で連れてくぞ」
さすがにそれは勘弁だ。慌ててホキも身支度を整えた。
表に出るにはホキの母親の部屋の前を通る。トヨミが
「義母さま、少しホキと出かけてまいります」
と通り過ぎる。すぐに中から戸が開くが、トヨミはとっくに行ってしまった。
「ホキ、どこに行くのです?」
「それが……吾にも判らないの。とにかく行ってくる。トヨミが一緒だから心配ないわ」
カタブはアスハナに行って留守だ。
表に出るとトヨミの足元に白い犬がいた。ユキマルだ。
「お、ホキ、久しぶり」
ホキを見るとトヨミから離れ、ホキの前でクルクル走り回った。
「ユキマル、久しぶりね。元気にしてた?」
「元気は元気だけど、ちょっと撫でられ不足。トヨミはホキを撫でるのに忙しくて、このところ撫でてくれないんだ」
「ちょ……」
誰かに聞かれていたら恥ずかしい……周囲をキョロキョロ見渡すホキ、トヨミはどんどん行ってしまう。
「ごめんユキマル、また今度ね。トヨミにユキマルを撫でてやれって言っとく」
「おう、よろしくな!」
そう言うとユキマルは庭の方へと走っていった。トヨミに何か言いつかられたのかしら? ユキマルを見送ってから急いでトヨミを追いかけるホキ、トヨミは厩の前で黒い馬を牽き出していた。
「ホキ、馬に乗ったことは?」
「クロコマで出かけるの?」
ひょっとしたらフシヤマを見に連れて行く気? いや、それはないか、行って帰ってくるのに三日かかるはず。
「乗ったことがなさそうだな……どれ、こっちにおいで。抱きかかえてクロコマに乗っけるから」
ホキを抱き上げ鞍に乗せると、トヨミはホキの後ろに跨った。
「しっかり掴まっていろ――行くぞ、クロコマ!」
クロコマが嘶いて前脚を高く上げた。反動でトヨミに身体を投げ出すホキを、手綱を持つ手でトヨミが受け止めた。
「えっ?」
クロコマが宙を蹴る。すると地面が遠のいていく。思わず声を上げたホキ、トヨミがニヤッとしたのを感じた。
思ったよりも身体が揺れない。
「馬ってもっと揺れるものだと思ってた」
呟くホキに
「クロコマは特別なんだ」
トヨミが答える。
「前脚と後脚を動かす振動で背中が揺れるものだけど、空を飛ぶときのクロコマの背は揺れない。傾くのも最初だけ、もう水平になってるだろ?――地面を走る時はクロコマだって、背が揺れるがな」
ホキはトヨミの説明を半分も聞いていない、景色に夢中だ。
「屋根ってあんなふうになっているのね……」
なんだ、聞いていないのか? ちょっと拗ねたトヨミ、だけどそれを口にも表情にも出さないで、ホキに微笑む。
「ホキは高さを怖がらないんだね。ユキマルなんか吾が抱いてたって酷く怖がるぞ」
「あ、ホント。少しも怖くないわ。きっとトヨミが一緒だからね」
そんな話をしているうちに、地上は見る見る遠くなっていく。
「川が蛇みたい」
「蛇だなんて言うと竜神に怒られるぞ?――川を辿って見てごらん。ずっと先に大きな川がある。ヤマテ川だ」
「ヤマテ川?」
言われた通り前を見透かすと、大きな川がうねうねと蛇行しているのが見えた。陽の光を反射して煌めいている。
「ヤマテ川ってアスハナを流れてる大きな川だって父親さまが言ってたわ――アスハナに行くの?」
「うん。アスハナをホキにも見せたいと思ってね。でも下には降りない。空の上から見るだけだ」
とうとうヤマテ川を越えた。
「このあたりがアスハナだ。道はほとんど出来上がってる――クロコマ、止まれ」
走るのをやめたクロコマ、それでも宙に浮いている。なんて不思議なんだろう?
空の上から見ているからか、あそこは屋敷が建つんだな、随分広いお屋敷はひょっとしたら宮かしら? 向こうは畑を作ってる、あそこに立ち並ぶ小振りの建物はきっと、豪族に仕える者たちの住処ね……そんな具合ににホキにも判る。
「ねぇ、トヨミ。トヨミの宮はどこにできるの?」
「ん? あれ、失敗した。真上で止めたからクロコマの影で見えないや――クロコマから降りようか」
「えっ?」
聞き間違いかと思ったが、さっさとクロコマから降りたトヨミ、宙に浮かんで立っている。夢でも見てるのかと思いながら差し出されたトヨミの腕にホキが縋ると、トヨミに抱かれクロコマから降ろされる。トヨミがそっと、ホキを宙に置いた。
「落ちないわ」
「うん、吾と一緒だからね」
トヨミがニッコリ笑う。
「やっぱりホキは凄いな。ユキマルは『落ちる、落ちる』って叫びながら走り回ってた。落ちてないのに、なんでかな?」
「だってそれは」
ホキもニッコリ微笑んだ。
「トヨミが言ったじゃないの。自分の目で見たものさえ信じない者もいるって」
「そう言えばそんなことも言ったね」
真上から見るトヨミの宮は、ぐるりと塀に囲まれた中にいくつもの建屋、屋根はすっかり出来上がっている。広い回廊もあるようだ。いったい何人住むのかしら? クルメの宮は別に造るって聞いてるし……ひょっとしてトウジを呼び寄せる? もしそうなら、仲良くして貰えるよう頑張らなくちゃ。どんなかたなんだろう、楽しみだ。トヨミはあんまりトウジのことを話したがらないけど、きっと吾に遠慮してるのね。
それにしても、広い庭。これだけ広いのならいろいろな木や花を植えられそう。何がいいかな? 四季折々に花が咲き乱れるように工夫しよう。あ、あれは池?
だけど、やっぱり不思議……小さな川に囲まれたトヨミの宮は、なんだか宙に浮かんでいるみたい。川がキラキラ光っているからかしら?
「ねぇ、トヨミ。トヨミはやっぱり雲の上に住んでいるの?」
「また言ってるよ。笑われたいのかい? だいたい今日は快晴。どこに雲が見えている?」
「たまには見えないものを信じるのもいいかもしれない」
「見えないものって?」
「そうねぇ、例えば……」
ホキが悪戯そうに目をクリっとさせた。
「トヨミの心、とか?」
一瞬息を詰まらせたトヨミが苦笑する。
「それは大いに信じて欲しいところだ――吾もホキの心を信じているよ」
そっと抱き締め唇を寄せてから、トヨミがホキを抱き上げクロコマに乗せた。
「ここで睦みあいたい気分だが、我慢するか」
と笑う。
「当り前じゃないの、下で働いている人たちに見えちゃうわ」
足のずっと下で、人々がウロウロと動いているのが見えていた。あの中に父親さまもいるのかしら? と思っていたホキだ。
自分もクロコマに乗りながらトヨミが言った。
「それが、吾にも理由は判らないんだが、屋根の高さを越えるとクロコマは見えなくなるらしい。クロコマに乗っている吾の姿も消えるって。だから多分ホキの姿も見えてないと思う」
「多分って?」
「ユキマル以外をクロコマに乗せたのは初めてだから。それにユキマル以外の誰かの前で空に駆け上ったこともない」
「トウジは?」
つい訊いてしまったホキ、トヨミがイヤそうな顔をしたのを見て聞かなきゃよかったと思う。
「ないよ。初めてホキを乗せたって言っただろう――行くぞ、クロコマ!」
今度はクロコマは嘶かない。そのまますっと前に進み、円を描くように方向転換した。
「もう帰るのね」
「どこか行きたいところがある?」
訊かれても思いつかない。黙っているとトヨミが言った。
「吾としては、早く帰って睦みあいたい」
「好きね」
苦笑するホキ、
「好きさ」
トヨミがニヤッと笑う。
行きと帰りでは景色が違った。ふと目に付いた丸い山をホキが指さす。
「なんだか変わった形の山だわ」
するとトヨミが真面目な声で答えた。
「あれは吾が父の陵だ」
「陵?」
「うん。父が葬られている」
「あ……」
重暗くなった空気を少しでも軽くしようとしたのか
「母者が一人きりで陵に眠るのは寂しいと言いうから、父者と同じ陵に埋葬してやるって言ったらイヤなんだと。とっくに顔なんか忘れたってさ。冷たいもんだよな」
と、笑いながら言った。ホキが
「吾はトヨミの顔を忘れたりしないわ」
呟くと、トヨミが嬉しそうな顔になる。
「じゃあ、どうしたらいいんだって訊くと『待ってるから、其方、吾と同じ陵にしろ』だって」
「それで、なんて答えたの?」
「うん……吾は母者よりホキと一緒がいいって答えた」
「まぁ?」
微笑んでいたトヨミが再び真面目な顔になった。
「なぁ、ホキ。人はいつかは必ず死を迎える。それでも吾はホキとは離れたくない」
「吾だってそうよ」
「吾と其方、どちらが先に命を落とすかは判らない。それでも――同じ墓で眠ってくれるか?」
ホキがトヨミにしがみつく。
「えぇ、死んだってトヨミと一緒に居たいわ」
トヨミがホキを抱き返す。
「うん、約束したぞ。死んでもホキと離れない――あ、でも、だからって吾の後を追って自死しようなんて考えるなよ」
「判った。トヨミが悲しむようなことはしない。トヨミもよ?」
「うーん、それはどうかなぁ? ホキが居なくなったら吾は生きて行けそうもないからな。自死することはなくても、あと追うように、すぐにでも眠りにつきそうだ」
「だったら吾は少しでもトヨミより長生きするわ」
「吾が亡きあともホキなら人生を謳歌できそうだな」
「まっ! 酷いこと言うのね」
「こらホキ、暴れるな――っと、そこにカタブの屋敷が見えて来た」
白い犬が庭を走り回っている。ユキマルが庭に向かったのはトヨミに何か言いつかったわけではなく、ただ走りたかっただけなようだ――
トヨミのマダラ宮が一応の完成を見せたのは、ちらほらと雪が舞い始めた頃だ。今年の冬の訪れはいつもより若干早い。家移りの際、ホキはトヨミの馬に同乗させられた。クロコマだ。が、トヨミが言っていた通り、かなり揺れた。酔ってしまったホキは、到着した時には自力で歩けなかった。
ところが
「行くぞ、ホキ。さっさと支度しろ」
と身支度を整え始める。戻ってきてすぐに睦みあい、そのままのしどけない姿、それはホキも同じだ。
「行くってどこに?」
「それは行ってからのお楽しみ。ほら、早くしないとそのままの姿で連れてくぞ」
さすがにそれは勘弁だ。慌ててホキも身支度を整えた。
表に出るにはホキの母親の部屋の前を通る。トヨミが
「義母さま、少しホキと出かけてまいります」
と通り過ぎる。すぐに中から戸が開くが、トヨミはとっくに行ってしまった。
「ホキ、どこに行くのです?」
「それが……吾にも判らないの。とにかく行ってくる。トヨミが一緒だから心配ないわ」
カタブはアスハナに行って留守だ。
表に出るとトヨミの足元に白い犬がいた。ユキマルだ。
「お、ホキ、久しぶり」
ホキを見るとトヨミから離れ、ホキの前でクルクル走り回った。
「ユキマル、久しぶりね。元気にしてた?」
「元気は元気だけど、ちょっと撫でられ不足。トヨミはホキを撫でるのに忙しくて、このところ撫でてくれないんだ」
「ちょ……」
誰かに聞かれていたら恥ずかしい……周囲をキョロキョロ見渡すホキ、トヨミはどんどん行ってしまう。
「ごめんユキマル、また今度ね。トヨミにユキマルを撫でてやれって言っとく」
「おう、よろしくな!」
そう言うとユキマルは庭の方へと走っていった。トヨミに何か言いつかられたのかしら? ユキマルを見送ってから急いでトヨミを追いかけるホキ、トヨミは厩の前で黒い馬を牽き出していた。
「ホキ、馬に乗ったことは?」
「クロコマで出かけるの?」
ひょっとしたらフシヤマを見に連れて行く気? いや、それはないか、行って帰ってくるのに三日かかるはず。
「乗ったことがなさそうだな……どれ、こっちにおいで。抱きかかえてクロコマに乗っけるから」
ホキを抱き上げ鞍に乗せると、トヨミはホキの後ろに跨った。
「しっかり掴まっていろ――行くぞ、クロコマ!」
クロコマが嘶いて前脚を高く上げた。反動でトヨミに身体を投げ出すホキを、手綱を持つ手でトヨミが受け止めた。
「えっ?」
クロコマが宙を蹴る。すると地面が遠のいていく。思わず声を上げたホキ、トヨミがニヤッとしたのを感じた。
思ったよりも身体が揺れない。
「馬ってもっと揺れるものだと思ってた」
呟くホキに
「クロコマは特別なんだ」
トヨミが答える。
「前脚と後脚を動かす振動で背中が揺れるものだけど、空を飛ぶときのクロコマの背は揺れない。傾くのも最初だけ、もう水平になってるだろ?――地面を走る時はクロコマだって、背が揺れるがな」
ホキはトヨミの説明を半分も聞いていない、景色に夢中だ。
「屋根ってあんなふうになっているのね……」
なんだ、聞いていないのか? ちょっと拗ねたトヨミ、だけどそれを口にも表情にも出さないで、ホキに微笑む。
「ホキは高さを怖がらないんだね。ユキマルなんか吾が抱いてたって酷く怖がるぞ」
「あ、ホント。少しも怖くないわ。きっとトヨミが一緒だからね」
そんな話をしているうちに、地上は見る見る遠くなっていく。
「川が蛇みたい」
「蛇だなんて言うと竜神に怒られるぞ?――川を辿って見てごらん。ずっと先に大きな川がある。ヤマテ川だ」
「ヤマテ川?」
言われた通り前を見透かすと、大きな川がうねうねと蛇行しているのが見えた。陽の光を反射して煌めいている。
「ヤマテ川ってアスハナを流れてる大きな川だって父親さまが言ってたわ――アスハナに行くの?」
「うん。アスハナをホキにも見せたいと思ってね。でも下には降りない。空の上から見るだけだ」
とうとうヤマテ川を越えた。
「このあたりがアスハナだ。道はほとんど出来上がってる――クロコマ、止まれ」
走るのをやめたクロコマ、それでも宙に浮いている。なんて不思議なんだろう?
空の上から見ているからか、あそこは屋敷が建つんだな、随分広いお屋敷はひょっとしたら宮かしら? 向こうは畑を作ってる、あそこに立ち並ぶ小振りの建物はきっと、豪族に仕える者たちの住処ね……そんな具合ににホキにも判る。
「ねぇ、トヨミ。トヨミの宮はどこにできるの?」
「ん? あれ、失敗した。真上で止めたからクロコマの影で見えないや――クロコマから降りようか」
「えっ?」
聞き間違いかと思ったが、さっさとクロコマから降りたトヨミ、宙に浮かんで立っている。夢でも見てるのかと思いながら差し出されたトヨミの腕にホキが縋ると、トヨミに抱かれクロコマから降ろされる。トヨミがそっと、ホキを宙に置いた。
「落ちないわ」
「うん、吾と一緒だからね」
トヨミがニッコリ笑う。
「やっぱりホキは凄いな。ユキマルは『落ちる、落ちる』って叫びながら走り回ってた。落ちてないのに、なんでかな?」
「だってそれは」
ホキもニッコリ微笑んだ。
「トヨミが言ったじゃないの。自分の目で見たものさえ信じない者もいるって」
「そう言えばそんなことも言ったね」
真上から見るトヨミの宮は、ぐるりと塀に囲まれた中にいくつもの建屋、屋根はすっかり出来上がっている。広い回廊もあるようだ。いったい何人住むのかしら? クルメの宮は別に造るって聞いてるし……ひょっとしてトウジを呼び寄せる? もしそうなら、仲良くして貰えるよう頑張らなくちゃ。どんなかたなんだろう、楽しみだ。トヨミはあんまりトウジのことを話したがらないけど、きっと吾に遠慮してるのね。
それにしても、広い庭。これだけ広いのならいろいろな木や花を植えられそう。何がいいかな? 四季折々に花が咲き乱れるように工夫しよう。あ、あれは池?
だけど、やっぱり不思議……小さな川に囲まれたトヨミの宮は、なんだか宙に浮かんでいるみたい。川がキラキラ光っているからかしら?
「ねぇ、トヨミ。トヨミはやっぱり雲の上に住んでいるの?」
「また言ってるよ。笑われたいのかい? だいたい今日は快晴。どこに雲が見えている?」
「たまには見えないものを信じるのもいいかもしれない」
「見えないものって?」
「そうねぇ、例えば……」
ホキが悪戯そうに目をクリっとさせた。
「トヨミの心、とか?」
一瞬息を詰まらせたトヨミが苦笑する。
「それは大いに信じて欲しいところだ――吾もホキの心を信じているよ」
そっと抱き締め唇を寄せてから、トヨミがホキを抱き上げクロコマに乗せた。
「ここで睦みあいたい気分だが、我慢するか」
と笑う。
「当り前じゃないの、下で働いている人たちに見えちゃうわ」
足のずっと下で、人々がウロウロと動いているのが見えていた。あの中に父親さまもいるのかしら? と思っていたホキだ。
自分もクロコマに乗りながらトヨミが言った。
「それが、吾にも理由は判らないんだが、屋根の高さを越えるとクロコマは見えなくなるらしい。クロコマに乗っている吾の姿も消えるって。だから多分ホキの姿も見えてないと思う」
「多分って?」
「ユキマル以外をクロコマに乗せたのは初めてだから。それにユキマル以外の誰かの前で空に駆け上ったこともない」
「トウジは?」
つい訊いてしまったホキ、トヨミがイヤそうな顔をしたのを見て聞かなきゃよかったと思う。
「ないよ。初めてホキを乗せたって言っただろう――行くぞ、クロコマ!」
今度はクロコマは嘶かない。そのまますっと前に進み、円を描くように方向転換した。
「もう帰るのね」
「どこか行きたいところがある?」
訊かれても思いつかない。黙っているとトヨミが言った。
「吾としては、早く帰って睦みあいたい」
「好きね」
苦笑するホキ、
「好きさ」
トヨミがニヤッと笑う。
行きと帰りでは景色が違った。ふと目に付いた丸い山をホキが指さす。
「なんだか変わった形の山だわ」
するとトヨミが真面目な声で答えた。
「あれは吾が父の陵だ」
「陵?」
「うん。父が葬られている」
「あ……」
重暗くなった空気を少しでも軽くしようとしたのか
「母者が一人きりで陵に眠るのは寂しいと言いうから、父者と同じ陵に埋葬してやるって言ったらイヤなんだと。とっくに顔なんか忘れたってさ。冷たいもんだよな」
と、笑いながら言った。ホキが
「吾はトヨミの顔を忘れたりしないわ」
呟くと、トヨミが嬉しそうな顔になる。
「じゃあ、どうしたらいいんだって訊くと『待ってるから、其方、吾と同じ陵にしろ』だって」
「それで、なんて答えたの?」
「うん……吾は母者よりホキと一緒がいいって答えた」
「まぁ?」
微笑んでいたトヨミが再び真面目な顔になった。
「なぁ、ホキ。人はいつかは必ず死を迎える。それでも吾はホキとは離れたくない」
「吾だってそうよ」
「吾と其方、どちらが先に命を落とすかは判らない。それでも――同じ墓で眠ってくれるか?」
ホキがトヨミにしがみつく。
「えぇ、死んだってトヨミと一緒に居たいわ」
トヨミがホキを抱き返す。
「うん、約束したぞ。死んでもホキと離れない――あ、でも、だからって吾の後を追って自死しようなんて考えるなよ」
「判った。トヨミが悲しむようなことはしない。トヨミもよ?」
「うーん、それはどうかなぁ? ホキが居なくなったら吾は生きて行けそうもないからな。自死することはなくても、あと追うように、すぐにでも眠りにつきそうだ」
「だったら吾は少しでもトヨミより長生きするわ」
「吾が亡きあともホキなら人生を謳歌できそうだな」
「まっ! 酷いこと言うのね」
「こらホキ、暴れるな――っと、そこにカタブの屋敷が見えて来た」
白い犬が庭を走り回っている。ユキマルが庭に向かったのはトヨミに何か言いつかったわけではなく、ただ走りたかっただけなようだ――
トヨミのマダラ宮が一応の完成を見せたのは、ちらほらと雪が舞い始めた頃だ。今年の冬の訪れはいつもより若干早い。家移りの際、ホキはトヨミの馬に同乗させられた。クロコマだ。が、トヨミが言っていた通り、かなり揺れた。酔ってしまったホキは、到着した時には自力で歩けなかった。
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