秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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3章  画家は絵筆を貪りつくす

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 自分をマジマジと見るクルテをピエッチェも見詰め返す。それからフッと目をらした。

「おまえと一緒だ。自分でもよく判らない」
「判らないって? ザジリレンに帰りたいかどうか? ナリセーヌに会いたいかどうか?」

「そこからかよ?――ザジリレンには帰る。必ずネネシリスを倒すし、姉上を助け出す」
「じゃあ、ナリセーヌはどうでもよくなった?」

「どうでもよくはないけど、はっきり言って俺はいつ帰れるか判らない。まして死んだことになってる。ナリセーヌは他の誰かと一緒になるだろう。それはそれで仕方ない」
「諦めたってこと?」

「諦めとはちょっと違うな……落ち着いたって感じか」
「落ち着いたって?」

「父が亡くなるまでは平和だった。王太子として父の補佐をしながら王になるべく学んでいた。これと言って変化のない日常だ、少しんでいたのかもしれない。そんな俺をナリセーヌはときめかせてくれた。刺激的だったんだよ」
「交尾したがってたもんね」
「おいっ!」
見るとクルテの表情は真面目まじめだ。揶揄からかおうとしているとは見えない。ピエッチェが失笑する。

「おまえ、ある意味カッチーより子どもだよな。知恵がある分、扱いにくいけど」
「うん、否定しないよ。ずっと閉じ込められてて、解放されたら世界が変わってた。今の世の中を学び始めてまだ半年くらい?」
「生後六か月? 赤ん坊じゃん――どれくらい封印されてたんだ?」
「七百年ほどだよ」

「ザジリレン建国のころからじゃないか」
「うん、建国の王とは知り合い」
「マジか!? って、やっぱりおまえ、魔物なんだな。おまえを封印したのって、建国の王なんてことはないよな?」
「結果的にはそうなるのかな? 協力して唆魔ゴルゼを封印したんだけど、おとりになったわたしも一緒に封印されちゃったんだ」

「なるほど、ゴルゼとはずいぶん昔から対立してたってことだな。でもさ、それならおまえだけ解放したら良かったんじゃないのか?」
「わたしを解放すればゴルゼも解放される。だからわたしもそのまま囚われの身」
「実体がなくても囚われのなんだな」
「その頃は生身の身体もあったからね」
「そうなんだ? どんな?」
「見た目は今と同じ」
「見た目だけなんだ?」
「ほかに何が? それよりナリセーヌの話の続きは?」
「あぁ……」

 少しだけ考えてからピエッチェが答えた。
「さっきも言ったけど、よく判らん。今もナリセーヌが好きかって聞かれれば、『うん』と答える。でも、以前のようにはときめかない。きっと毎日が刺激的だからじゃないかな? 騎士病だ、ヤギの魔物退治だ、誘拐されたお姫さまだ、って次から次に事件が舞い込む。ナリセーヌより、そっちのほうが刺激的ってことなんだろうな」
「……そっか。それじゃあ、ネネシリスを倒して、以前の日常が戻ってくればまたナリセーヌに夢中になるね?」
「そんなの判らないって」
「なんで?」
「なんでって訊かれてもなぁ……このままどんどん遠くなっていく気がするんだ」

「いつかはちゃんとザジリレンに帰るよ?」
「遠いってのは心の距離だよ。そもそも俺、ナリセーヌと親しかったわけじゃない。ロクに口を利いたこともない。何度かダンスの相手をして貰っただけだ」
「でもさ、結婚したかったんでしょう?」

「舞い上がってたってのもある――初めて会った時、なんて愛らしい人なんだろうって見惚れちまった。こんな人が妃になってくれたら幸せだろうって思った。でもさ、ナリセーヌがどんなことを喜ぶのか、どんな事で怒るのか、何一つ知らないんだ」
「結婚してから知っていけばいいんじゃないの?」

「それもありだけどさ、どうせなら、気心知れた相手がいいんじゃないかってのもある。会えなくなって冷静になったからさ、果たしてナリセーヌは自分に合う相手なのかって考える余裕もできた。だから迷いも生まれた、そんなところだよ――ところでクルテ、おまえ、俺とナリセーヌを一緒にしたいのか? ヤケにけしかけるじゃないか」
「一緒にしたいとかじゃなくって、ピエッチェの幸せにナリセーヌは必要なんだと思っていたから」
「うん?」
「だとしたら一緒になれるよう、わたしに出来る事はないかを考えようと思って――ナリセーヌのことだけじゃなく、なんだってそうだよ。ピエッチェのためならなんだってする」
「そうか……」
ピエッチェとしては苦笑するしかない。

「俺がおまえを解放したことを恩に着てくれているようだけど、俺は知らずにそうしただけだ。そんなに気にするな――でもまぁ、ありがとう。助けて欲しい時は言うから、何もしなくていいんだ。むしろしない方がいいかもしれない……なんで、って訊くなよ。おまえは『なんで?』が多過ぎる」

 クルテはどことなく不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。

 マデルとカッチーが帰ってきてからは、買ってきた石盤と石筆を使って文字を書く練習に時間を費やした。教本は『ギュリュー千年史』、笑い転げるマデルは無視した。

「ピエッチェさん、これ、なんて読むんですか? 意味は?」
ギュリュー千年史は大いにカッチーの役に立ったようだ。

 夕飯も勿論ルームサービス、いつもの給仕係が何か言いたげだったが、対応をカッチーに任せてクルテはソファーから動かなかった。
「明日の朝もルームサービスで」
「畏まりました。お時間は今日と同じで?」
「祭りに間に合う時間に……何時ころになる?」
「お出かけになるのですね」
給仕係がチラリとクルテを見る。するとクルテが、
「わたしは出かけない……午後にお茶のサービスをお願い」
と給仕係を見て言った。

 給仕係が退出してからピエッチェが、
「おまえがお茶を欲しがるなんて珍しいな」
と少しばかりムッとした口調で言う。
「そうだね、カッチーたちが帰ってきたら咽喉のどが渇いてるんじゃないかな、って思っただけだよ」
「クルテは自分よりも誰か、だもんね」
マデルが微笑んだ。

 そしてその夜も、やっぱりクルテにまとわりつかれて眠るピエッチェ、どこかでペットとでも思えばいいかと開き直っている。そう考えれば可愛いもんだと思えるし、コイツが元の場所に戻るまでの辛抱だ。

 寝返りを打とうとして腕の束縛で目が覚めた時、ふと思った。居ないと寂しいなんて事にはならないよな?――

 朝食が終わる前から外は騒がしさを増していた。お祭りの開始を告げる花火の音が聞こえ、カッチーがソワソワし始める。

「俺、山車フルート見るの、初めてです!」
「マデルとはぐれるなよ」
「心配しないで任せっとけって……カッチー、手を繋いでいこうか?」
「えぇ!? 勘弁してください!」
「手なんか繋がんでいい。魔法使いなんだからカッチー一人くらい見失うな」
「はいはい、少年に悪影響を及ぼすようなことはしませんよ」

そしてマデルが声を潜める。
「クルテの具合はどうなの?」
ピエッチェが寝室の扉を見る。調子が悪いと言ってクルテは寝室に引っ込んでしまった。

「寝とけば治るって本人も言ってるから心配ないだろう」
「最近あの子、体調不良が続いてるよね」
「旅の疲れが出てきたんじゃないかな?」
「もともと体力なさそうだしね。だからもっと太ったほうがいいんだよ」
「こないだは消化不良だって言ってたぞ」
食物の摂り過ぎではなく秘密の食い過ぎなんだが、そのあたりは秘密なので省略だ。

「そうなの? そりゃあ可哀想なことをしちゃったね。でも、あれくらいで胃に響くんじゃ、やっぱり少しずつでも食べる量を増やしたほうがいいね」
「まぁ、お手柔らかに頼むよ」

 ふたりが出かけるのを見送って寝室に行くと、クルテは毛布にくるまってソファーで震えていた。
「なんだ、寒いのか?」
「寒いのかな? 怖いだけじゃなく?」
「怖い? 何が?」
「誰かがわたしに悪意? 敵意? そんなものを向けている」
「誰かって誰だよ?」
「判ってたら誰かだなんて言わない」
そりゃそうか。

「でもさ、少なくとも向こうはおまえを知ってる。心当たりはないのか?」
「そっか、知らなきゃ恨んだり憎んだりできない。心当たり? この宿のどこかにいるってことなら判る」
「あれ? 見える範囲しか心は読めないんじゃなかった?」
「特別強い感情は飛び込んでくるんだよ。特にこっちに危害を加えるようなものは、いち早く察知するみたい。魔物の本能?」

 いまいちスッキリしないがクルテがそう言うのならそうなのだろう。少なくともクルテが怯えているのは間違いない。
「詳しく話せ」
クルテの前に膝をつき、視線の高さを会わせてピエッチェが言った。

「時どき、外のお祭りで興奮した人の感情も飛び込んでくる。こっちは頭痛がしそうなだけで大して怖くはないんだけど」
「外ってどれくらいの範囲?」
「通りの向こうの建物くらい。昨夜は向かい側、右に三件目で夫婦喧嘩したらしくって、いきなり『出て行け!』って響いたんでびっくりして飛び起きた。ピエッチェのことも起こしちゃったよね。覚えてない?」
「いや、まったく――しかし、やっぱり俺が寝ている間くらい精神体に戻ってた方がいいんじゃないか?」
するとクルテが悲しそうな顔になる。

「わたしが隣に寝ていると迷惑? 夜中に起こされちゃうんじゃ迷惑だよね?」
「イヤ、そうじゃなくって……おまえが辛いんじゃないかと思って」
「わたしとしては今のままがいい」
「だったらそうしろよ」
なんだが面白くないピエッチェだ。

「そんな事より、おまえに悪意だか敵意を持ってるヤツがこの宿にいるってのは確かなのか?」
「うん、この建物の一階にいる」
「どんなヤツ?」
「見えないんだから判らないよ」
「人間なんだろう?」
「多分ね。魔物とかの気配じゃない。だけど恨みや憎しみを持った人間は魔物よりも怖い。それに、あんまり負の感情が強くなると人間だって魔物に変わる」
「ヤギが魔物になったみたいに?」
「そうなるともっと怖くなる。どうしよう、ピエッチェ!?」

「判らないでもないが、ソイツがおまえに何かできるのか? 怖がってるけど、どうせ向こうはおまえに何もできないだろう? いざとなったらおまえは姿を消しちゃえばいいわけだし。おまえが怖がるなんて珍しいな」
「精神的な攻撃には弱いんだよ。ジリジリ苛まれる感じで消滅しそうだ」
「消滅?」
事態の深刻さにピエッチェも顔色を変える。

「つまり、なんだ。ソイツのおまえに向ける憎しみをおまえは遮断できずに感じ取ってしまう。で、それがおまえを消耗させて、おまえを弱らせ、最終的におまえは存在を、精神体でさえも維持できなくなるってことか?」
「弱体化し過ぎると実体を維持できなくなるし、精神的に攻められ続ければ精神が崩壊するのは人間も、他の生き物も同じだよ」
「あぁ、植物も罵り続けると枯れるって聞いたことがある。まぁ、今は植物はどうでもいい――だとしたら、ソイツが誰かを突き止めて、さっさと決着つけよう」
「わたしがいなくなるのは困るって思ってくれたね」
毛布の中からクルテの腕が伸びて抱き着いてくる。避けられなかったピエッチェ、戸惑うが振り払うのも違うとそのままに、いや、軽く抱き返した。

「当り前だ。おまえは俺の命の恩人だからな。それにネネシリスを倒すのを助けてくれるんだろう? おまえは唆魔ゴルゼを封印する。それまでは俺から離れるな」
クルテは何も答えない。ピエッチェを抱き締める腕にギュッと力を込めただけだ。

「だけどクルテ、どうしたら相手を特定できるんだ?」
「目視できればすぐに判る」
「だったら一階に行ってみるか? そいつは一階にいるんだろう?」
「一緒に行ってくれる?」
「おまえを一人で行かせるもんか」

 安心したのかクルテが抱き着いていた腕を緩めてピエッチェを見た。泣いたのか、頬が濡れている。
「誰かが誰かを憎んだり恨んだりってのは幾つも見てきた。だけどそんな感情が自分に向けられたのは初めてで、こんなに怖いものだなんて知らなかった」

 クルテの涙を拭ってやりながら、ふとピエッチェが不思議に思う。
唆魔ゴルゼもおまえを恨んでいるんじゃなかったのか?」

「ヤツは……わたしを欲しがっただけだ」
「欲しがった?」
「自分のものにしたかったんだよ。わたしはそれを拒んだ。逃げるためにわたしはになり、ヤツは唆魔さまになった。大昔のことだよ」
「それって?」
「それでおしまい。ただそれだけ――ありがとう、凄く落ち着いた。ピエッチェがいてくれれば怖い物なんかないって、少しだけ思えた」
「少しかよっ!?」
思わず吹き出したピエッチェに、クルテが申し訳なさそうに
「だって、やっぱり怖いんだもん」
と、微かだが笑顔になった。
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