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5章 碧色の湖と人魚の涙
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ピエッチェがクルテを見る。すると
「戻ってきたときのために、コテージを空けておかなかったの?」
クルテが宿の主人に訊いた。
「居なくなったら送金も止まっちゃってね。空けておくほどうちは儲かっちゃいないからさ。戻った時に客が入っていたら、その客が帰るまで他の部屋で待って貰うさ」
と宿の主人、
「そんな部屋じゃイヤだとお思いなら、他のコテージもありますよ。ただ、他には暖炉はないよ。まぁ、この時期、暖炉はなくてもいいんじゃない?……コテージの前庭に竈と水場があって自炊もできるんでお勧めなんだけどなぁ」
と言った。
「竈があるの?」
「食事はお注文してくれれば運ぶけど、お任せで食材だけの用意もできる。鉄板を置いて自分たちで焼く。味付けは塩を振るだけ。それでも旨い」
「楽しそうね」
クルテが微笑むと宿の主人もニッコリ微笑む。
コホンと咳払いしてピエッチェが言った。
「それじゃあ、そのコテージで。今夜と朝の食事は運んで欲しい。二泊で頼む。それと、何かフルーツがあればそれも頼む。あと、オレンジジュースはあるかな?」
「ありますよ、大瓶でいいかい?」
そう言いながら宿の主人が背後の棚を開け、吊るされている鍵の中から木札のついた鍵を一本取り出した。
「あっ……」
小さな叫びをあげたのはマデルだ。
「わぁ、可愛い!」
と言ったのはクルテ、宿の主人がクルテにニッコリと微笑む。
「見つかっちゃった、この人形だろう? 子ども連れのお客さんにサービスしてるものなんだけど……」
宿の主人が鍵をカウンターに置いてもう一度棚を見る。両開きの扉のついた棚の最下段にずらりと人形が並べてあった。すべて同じものだ。
「特別にあげるよ、他のお客に見られないように気を付けて」
人形を一つ手に取りクルテに渡す。
「ありがとう」
嬉しそうに受け取ったクルテに宿の主人が
「湖へ散歩に行くなら案内するよ」
と、そっと言った。
「けっこう道が入り組んで、迷子になるお客さんも多いんだよね――散歩に行くなら言ってくれれば案内するよ。もちろん無料」
と、今度は普通の大きさの声でピエッチェに言った。
「水入らずで過ごしたいんで結構だよ」
表情を硬くしたピエッチェが答える。
「それより案内用の地図はないか?」
とカウンターの端をチラリと見る。そこには折りたたまれたパンフレットがあった。
「あぁ、俺が言ったのは地図に載ってない、地元の人間しか知らない場所へのご案内ですよ」
パンフレットをピエッチェに渡し、別の紙片に何か書き込むと
「代金はこちらになりますがよろしいですか?」
と紙片をピエッチェに渡した。クルテがすぐに覗き込み、いつの間にか手にしたサックの口を広げる。
「なんだ、お嬢さんがお金の管理をしてるんだ? ねぇ、歳は幾つ?」
「俺の婚約者に齢を訊いてどうするつもりだ?」
「えっ! いや、これは失礼しました。まだ十四・五かと思ってて。可愛いなって、つい」
「可愛いからつい、なんだ?」
「よしなさいよ」
憤るピエッチェを嗜めたのはマデルだ。
「婚約したばかりで、弟ったら彼女に夢中なのよ」
ピエッチェの顔が赤くなる。原因は怒りとは別の物だ。
「で、彼女はこう見えても十八なの。子どもに見られるのを嫌がるからよろしくね」
「そうなんですか!? それじゃあ人形なんてとんでもなかった? まぁ、最初は人形を喜ぶ齢でもないかなって思って出さなかったんだけど」
「ううん、お人形は好き。とっても嬉しいわ」
答えたのはクルテ、マデルが
「幾つになってもお人形が好きな人はいるわよ」
と苦笑した。
「ところで、荷馬車に乗ってきたんだけど何処に繋げばいい?」
「馬のお世話はうちではできないなぁ。何かあったら責任取れないからね――コテージの横に屋根が張り出したところがあるから、そこに馬は繋げられるし、荷馬車もおける。それでいいかな?」
「判った、そうしよう」
ピエッチェがクルテに頷くと、クルテがカウンターに金を置いた。
釣り銭を出そうとするのを不要と断る。それじゃあありがたく、と宿の主人は金を引っ込めた。
「コテージに案内しますね」
奥のほうに『案内してくる。受付の方を見といてくれ』と声を掛けると宿の主人がカウンターに置いた鍵を持って、カウンターから出てきた。
宿の主人の歩調に合わせて、御者台に乗ったピエッチェがゆっくり馬を歩かせる。他の三人は荷馬車に乗り込む手間を省いて徒歩だ。
「農家ですか? この時期は繁忙期なんじゃ?」
「いいえ。こんなに老いぼれた馬は処分するかって相談してるところに通りかかったんで、買い取ったんです」
宿の主人の質問にクルテが答える。
「へぇ、じゃあ、ご職業は? いえ、お嬢さんではなくご主人の」
「それ、ちょっとヘンよ? お嬢さんなのにご主人って?」
クルテが笑って誤魔化そうとする。
「じゃあ、将来のご主人って言い直しますよ――さぁ、着きました、こちらです」
白く塗られた木戸を開けると、今度は反対側の柵を持ち上げた。人が通るには問題ない木戸も、馬や荷台は通れそうもない。可動式の柵を動かして、荷馬車が通れるくらい開けるのだろう。カッチーがすぐに行って手伝うと
「ありがとう、助かるよ」
と宿の主人が嬉しそうに微笑んだ。
コテージも白、ウッドデッキの横に竈があるのが見える。その傍にはどこからか繋がれた筒があり、水をたらたらと流している。水を受けているのは積み上げられた小石だ。水場はこの建屋の専用らしい。
張り出した屋根はウッドデッキと水場を覆い、さらに奥へと続いている。ピエッチェがそこに荷馬車を停め、荷台を外し始めた。慌ててカッチーが手伝に行く。
柵にはもう一つ、入ってきた木戸とは違う木戸があった。その先には細い道が湖に向かって続いている。湖はすぐそこらしい。視界を遮る高い木もなく眼下に広がっている。
「あそこから湖畔に出られるのかしら?」
クルテが宿の主人に尋ねた。
「えぇ、すぐ岸辺です。だけどそこから先は迷路みたいなもんだから行ったら迷子になりますよ。それに夜に行っちゃ絶対ダメです」
マデルが、
「人魚が棲んでて人を湖に引き込むって聞いたけど、本当?」
と宿の主人を覗き込む。
「あぁ、その噂、迷惑してるんですよね。人魚なんていませんよ。ただね、夜は足元が見えなくて湖に落ちる人もいる。だから夜は近づくな、ってのがいつの間にか変な話になっちまったんだ」
「なるほどね」
「これだけ綺麗な湖なら、伝説とかありそうだわ」
クルテが訊くと、
「うん、たくさんあるよ。怖い話とか悲しい恋の話とか――そろそろ恋に興味を持つ年ごろかな?」
と言って、
「違った、お嬢さんは大人でした。それに婚約者も居るんだった。まったく『うっかり者』ってしょっちゅう女房に怒られるんです」
と宿の主人が照れて笑った。
「子ども好きだけどまだ子どもはいない?」
微笑むクルテに
「勘がいいねぇ。早く欲しいんだけど、授かりものだからね。いつになることだか」
と少しだけ寂しそうに笑った。
ピエッチェが馬の世話を終えて近づいてくると、自分の方からピエッチェに向かった宿の主人、『こちらです』とピエッチェに声を掛けると、コテージの扉を開けて客を迎え入れた。
コテージは扉を入ると玄関ホール、正面の飾り棚には壺に花が活けてあったがよく見ると造花だった。一つしかないドアを入ると居間、窓はないが暖炉がある……
(ここだな)
クルテの声が頭の中で聞こえた。
(あぁ、ここだ。俺たちが部屋に入ったら消えたドアもあの場所にある)
玄関ホールとつながるドアとは別ドアの向こうはもう一つ居間があり、ここには見覚えのあるキャビネットが正面にでんと置かれていた。ドアを塞いだキャビネットに違いない。ピエッチェとクルテが目混ぜする。
二つ目の居間には入ってきたドア以外にも二つのドアがあり、奥のドアはダイニング、もう一つのドアは廊下に出られた。廊下には正面と壁に三つ、ドアが並んでいるのが見えた。
「奥はバスルーム、入浴できるけど自分で焚いて貰うことにしてる。水は水場からバケツで運ぶ、窯は外――薪は受付まで取りに来ればあげるし、バケツも貸すよ。だけど大変だから大浴場がお勧め。あ、そうだ、大浴場を使うならタオルも貸し出す。使い回しだけどきっちり洗濯してるから清潔だよ。何か訊きたいこと、ある? あ、大浴場の場所は受付にタオルを取りに来たら説明するからね。忘れちゃって、何度も聞きにくるお客がいるんで、そうすることにしたんだ」
宿の主人はピエッチェたちを見まわして、誰も何も言い出しそうもないと見て取ると、
「すぐにジュースとお茶をお持ちします。あと、水場の水は湧き水を一度沸かしたものをポンプで送ったものですから、飲用もできますよ――では、ごゆっくり」
とコテージから出て行った。
宿の主人が居なくなってからも機嫌が悪いピエッチェ、クルテが他の男に笑顔を見せたのが気に入らない。が、それを言えるはずもなく悶々としている。それに、そんな事より話さなくてはならないことがある。
「このコテージで間違いなさそうだな」
「うん、ここだけ特別って言ってたから同じ部屋はないってことだよね」
暖炉のある居間の、無理すれば三人座れそうな二人掛けソファーに腰かけたピエッチェとクルテ、先に座ったのはピエッチェだが自分の場所とばかりに、すぐにクルテが隣に腰を降ろした。クルテの向こうには子どもがゆったり座れるほどの隙間、くっつき過ぎだと思ったが敢えて言わないピエッチェだ。
クルテの対面の一人掛けのソファーに座ったマデルが、
「それより、その人形、よく見せて」
とクルテが抱いた人形に手を伸ばす。
「人形を見て、マデル、驚いたよね。その人形は? って宿に訊こうと思ったんだけど、くれたから貰っといた」
マデルに人形を渡してクルテが言った。
「その人形がどうかした?」
「うん……フレヴァンスさまが子どもの頃に大事にしていた人形に似てる。王妃さまがご病気になられて、沈みがちだったフレヴァンスさまに誰かがくれたものなの」
「誰か? 玩具とは言え、王女さまに誰が献上したか判らないものを渡した?」
ピエッチェの疑問に、
「それが献上品ではなくて、フレヴァンスさまが王宮の庭で見つけたって。みんなが取り上げようとしてもどうしても離さなかった」
とマデルが答えた。
「それっていつ頃の話?」
「わたしがフレヴァンスさま付きになって間もなくだから、十七年くらい前」
「で、その人形、今は?」
「お人形遊びなんかしなくなっても部屋に飾ってあったんだけど、いつの間にかなくなったってフレヴァンスさまが探してた。五年くらい前の話だよ」
「一番気になるのは……その人形がクマのぬいぐるみだってことだ」
ピエッチェが唸るように言った。
「戻ってきたときのために、コテージを空けておかなかったの?」
クルテが宿の主人に訊いた。
「居なくなったら送金も止まっちゃってね。空けておくほどうちは儲かっちゃいないからさ。戻った時に客が入っていたら、その客が帰るまで他の部屋で待って貰うさ」
と宿の主人、
「そんな部屋じゃイヤだとお思いなら、他のコテージもありますよ。ただ、他には暖炉はないよ。まぁ、この時期、暖炉はなくてもいいんじゃない?……コテージの前庭に竈と水場があって自炊もできるんでお勧めなんだけどなぁ」
と言った。
「竈があるの?」
「食事はお注文してくれれば運ぶけど、お任せで食材だけの用意もできる。鉄板を置いて自分たちで焼く。味付けは塩を振るだけ。それでも旨い」
「楽しそうね」
クルテが微笑むと宿の主人もニッコリ微笑む。
コホンと咳払いしてピエッチェが言った。
「それじゃあ、そのコテージで。今夜と朝の食事は運んで欲しい。二泊で頼む。それと、何かフルーツがあればそれも頼む。あと、オレンジジュースはあるかな?」
「ありますよ、大瓶でいいかい?」
そう言いながら宿の主人が背後の棚を開け、吊るされている鍵の中から木札のついた鍵を一本取り出した。
「あっ……」
小さな叫びをあげたのはマデルだ。
「わぁ、可愛い!」
と言ったのはクルテ、宿の主人がクルテにニッコリと微笑む。
「見つかっちゃった、この人形だろう? 子ども連れのお客さんにサービスしてるものなんだけど……」
宿の主人が鍵をカウンターに置いてもう一度棚を見る。両開きの扉のついた棚の最下段にずらりと人形が並べてあった。すべて同じものだ。
「特別にあげるよ、他のお客に見られないように気を付けて」
人形を一つ手に取りクルテに渡す。
「ありがとう」
嬉しそうに受け取ったクルテに宿の主人が
「湖へ散歩に行くなら案内するよ」
と、そっと言った。
「けっこう道が入り組んで、迷子になるお客さんも多いんだよね――散歩に行くなら言ってくれれば案内するよ。もちろん無料」
と、今度は普通の大きさの声でピエッチェに言った。
「水入らずで過ごしたいんで結構だよ」
表情を硬くしたピエッチェが答える。
「それより案内用の地図はないか?」
とカウンターの端をチラリと見る。そこには折りたたまれたパンフレットがあった。
「あぁ、俺が言ったのは地図に載ってない、地元の人間しか知らない場所へのご案内ですよ」
パンフレットをピエッチェに渡し、別の紙片に何か書き込むと
「代金はこちらになりますがよろしいですか?」
と紙片をピエッチェに渡した。クルテがすぐに覗き込み、いつの間にか手にしたサックの口を広げる。
「なんだ、お嬢さんがお金の管理をしてるんだ? ねぇ、歳は幾つ?」
「俺の婚約者に齢を訊いてどうするつもりだ?」
「えっ! いや、これは失礼しました。まだ十四・五かと思ってて。可愛いなって、つい」
「可愛いからつい、なんだ?」
「よしなさいよ」
憤るピエッチェを嗜めたのはマデルだ。
「婚約したばかりで、弟ったら彼女に夢中なのよ」
ピエッチェの顔が赤くなる。原因は怒りとは別の物だ。
「で、彼女はこう見えても十八なの。子どもに見られるのを嫌がるからよろしくね」
「そうなんですか!? それじゃあ人形なんてとんでもなかった? まぁ、最初は人形を喜ぶ齢でもないかなって思って出さなかったんだけど」
「ううん、お人形は好き。とっても嬉しいわ」
答えたのはクルテ、マデルが
「幾つになってもお人形が好きな人はいるわよ」
と苦笑した。
「ところで、荷馬車に乗ってきたんだけど何処に繋げばいい?」
「馬のお世話はうちではできないなぁ。何かあったら責任取れないからね――コテージの横に屋根が張り出したところがあるから、そこに馬は繋げられるし、荷馬車もおける。それでいいかな?」
「判った、そうしよう」
ピエッチェがクルテに頷くと、クルテがカウンターに金を置いた。
釣り銭を出そうとするのを不要と断る。それじゃあありがたく、と宿の主人は金を引っ込めた。
「コテージに案内しますね」
奥のほうに『案内してくる。受付の方を見といてくれ』と声を掛けると宿の主人がカウンターに置いた鍵を持って、カウンターから出てきた。
宿の主人の歩調に合わせて、御者台に乗ったピエッチェがゆっくり馬を歩かせる。他の三人は荷馬車に乗り込む手間を省いて徒歩だ。
「農家ですか? この時期は繁忙期なんじゃ?」
「いいえ。こんなに老いぼれた馬は処分するかって相談してるところに通りかかったんで、買い取ったんです」
宿の主人の質問にクルテが答える。
「へぇ、じゃあ、ご職業は? いえ、お嬢さんではなくご主人の」
「それ、ちょっとヘンよ? お嬢さんなのにご主人って?」
クルテが笑って誤魔化そうとする。
「じゃあ、将来のご主人って言い直しますよ――さぁ、着きました、こちらです」
白く塗られた木戸を開けると、今度は反対側の柵を持ち上げた。人が通るには問題ない木戸も、馬や荷台は通れそうもない。可動式の柵を動かして、荷馬車が通れるくらい開けるのだろう。カッチーがすぐに行って手伝うと
「ありがとう、助かるよ」
と宿の主人が嬉しそうに微笑んだ。
コテージも白、ウッドデッキの横に竈があるのが見える。その傍にはどこからか繋がれた筒があり、水をたらたらと流している。水を受けているのは積み上げられた小石だ。水場はこの建屋の専用らしい。
張り出した屋根はウッドデッキと水場を覆い、さらに奥へと続いている。ピエッチェがそこに荷馬車を停め、荷台を外し始めた。慌ててカッチーが手伝に行く。
柵にはもう一つ、入ってきた木戸とは違う木戸があった。その先には細い道が湖に向かって続いている。湖はすぐそこらしい。視界を遮る高い木もなく眼下に広がっている。
「あそこから湖畔に出られるのかしら?」
クルテが宿の主人に尋ねた。
「えぇ、すぐ岸辺です。だけどそこから先は迷路みたいなもんだから行ったら迷子になりますよ。それに夜に行っちゃ絶対ダメです」
マデルが、
「人魚が棲んでて人を湖に引き込むって聞いたけど、本当?」
と宿の主人を覗き込む。
「あぁ、その噂、迷惑してるんですよね。人魚なんていませんよ。ただね、夜は足元が見えなくて湖に落ちる人もいる。だから夜は近づくな、ってのがいつの間にか変な話になっちまったんだ」
「なるほどね」
「これだけ綺麗な湖なら、伝説とかありそうだわ」
クルテが訊くと、
「うん、たくさんあるよ。怖い話とか悲しい恋の話とか――そろそろ恋に興味を持つ年ごろかな?」
と言って、
「違った、お嬢さんは大人でした。それに婚約者も居るんだった。まったく『うっかり者』ってしょっちゅう女房に怒られるんです」
と宿の主人が照れて笑った。
「子ども好きだけどまだ子どもはいない?」
微笑むクルテに
「勘がいいねぇ。早く欲しいんだけど、授かりものだからね。いつになることだか」
と少しだけ寂しそうに笑った。
ピエッチェが馬の世話を終えて近づいてくると、自分の方からピエッチェに向かった宿の主人、『こちらです』とピエッチェに声を掛けると、コテージの扉を開けて客を迎え入れた。
コテージは扉を入ると玄関ホール、正面の飾り棚には壺に花が活けてあったがよく見ると造花だった。一つしかないドアを入ると居間、窓はないが暖炉がある……
(ここだな)
クルテの声が頭の中で聞こえた。
(あぁ、ここだ。俺たちが部屋に入ったら消えたドアもあの場所にある)
玄関ホールとつながるドアとは別ドアの向こうはもう一つ居間があり、ここには見覚えのあるキャビネットが正面にでんと置かれていた。ドアを塞いだキャビネットに違いない。ピエッチェとクルテが目混ぜする。
二つ目の居間には入ってきたドア以外にも二つのドアがあり、奥のドアはダイニング、もう一つのドアは廊下に出られた。廊下には正面と壁に三つ、ドアが並んでいるのが見えた。
「奥はバスルーム、入浴できるけど自分で焚いて貰うことにしてる。水は水場からバケツで運ぶ、窯は外――薪は受付まで取りに来ればあげるし、バケツも貸すよ。だけど大変だから大浴場がお勧め。あ、そうだ、大浴場を使うならタオルも貸し出す。使い回しだけどきっちり洗濯してるから清潔だよ。何か訊きたいこと、ある? あ、大浴場の場所は受付にタオルを取りに来たら説明するからね。忘れちゃって、何度も聞きにくるお客がいるんで、そうすることにしたんだ」
宿の主人はピエッチェたちを見まわして、誰も何も言い出しそうもないと見て取ると、
「すぐにジュースとお茶をお持ちします。あと、水場の水は湧き水を一度沸かしたものをポンプで送ったものですから、飲用もできますよ――では、ごゆっくり」
とコテージから出て行った。
宿の主人が居なくなってからも機嫌が悪いピエッチェ、クルテが他の男に笑顔を見せたのが気に入らない。が、それを言えるはずもなく悶々としている。それに、そんな事より話さなくてはならないことがある。
「このコテージで間違いなさそうだな」
「うん、ここだけ特別って言ってたから同じ部屋はないってことだよね」
暖炉のある居間の、無理すれば三人座れそうな二人掛けソファーに腰かけたピエッチェとクルテ、先に座ったのはピエッチェだが自分の場所とばかりに、すぐにクルテが隣に腰を降ろした。クルテの向こうには子どもがゆったり座れるほどの隙間、くっつき過ぎだと思ったが敢えて言わないピエッチェだ。
クルテの対面の一人掛けのソファーに座ったマデルが、
「それより、その人形、よく見せて」
とクルテが抱いた人形に手を伸ばす。
「人形を見て、マデル、驚いたよね。その人形は? って宿に訊こうと思ったんだけど、くれたから貰っといた」
マデルに人形を渡してクルテが言った。
「その人形がどうかした?」
「うん……フレヴァンスさまが子どもの頃に大事にしていた人形に似てる。王妃さまがご病気になられて、沈みがちだったフレヴァンスさまに誰かがくれたものなの」
「誰か? 玩具とは言え、王女さまに誰が献上したか判らないものを渡した?」
ピエッチェの疑問に、
「それが献上品ではなくて、フレヴァンスさまが王宮の庭で見つけたって。みんなが取り上げようとしてもどうしても離さなかった」
とマデルが答えた。
「それっていつ頃の話?」
「わたしがフレヴァンスさま付きになって間もなくだから、十七年くらい前」
「で、その人形、今は?」
「お人形遊びなんかしなくなっても部屋に飾ってあったんだけど、いつの間にかなくなったってフレヴァンスさまが探してた。五年くらい前の話だよ」
「一番気になるのは……その人形がクマのぬいぐるみだってことだ」
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