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8章 窪みは常に動く
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マジマジとピエッチェを見詰めてからクルテが言った。
「判った。もう何も言わない――何か訊かれたら答えるだけにする」
「ちょっと、クルテ……」
マデルが取りなそうとするが、クルテはピエッチェから目を離さない。
「果物も要らない。出されたものを黙って食べる」
「そうか。じゃあ、わざわざ買い入れたりしないからな」
「うん。そうして……ごちそうさま。そしてオヤスミ」
「えっ?」
食べかけのパンを取り皿に置いて立ち上がるクルテ、カッチーが慌てて
「クルテさん、リンゴは!?」
と引き留める。
「箱に残ってるのはカッチーの分。小腹が空いた時に食べれば咽喉も潤う。そう言うこと」
「おい!」
面白くないのはピエッチェだ。
「干した物じゃ喉が渇くだけだって?」
「そんなの知らない――眠い、寝る」
「待てよ、おい!」
ピエッチェを見もせず寝室に行ってしまった。
舌打ちするピエッチェに、マデルが
「クルテを相手にするには忍耐が必要ね」
と、同情しているのか非難しているのか判らないことを言う。
「だけど、珍しいわ。ピエッチェがきつく言うなんて」
やっぱり、遠慮がちだが非難だったようだ。ピエッチェが小さく溜息をついた。
「判ってる。俺が悪い」
「そんなこと言ってないよ」
「言ってないけど思ってるだろう?」
「思ってもいないって」
マデルが苦笑いする。
「クルテ、何度もピエッチェに『食べ物に文句を付けるな』って言われてるのに、一向に直らないんだもの。ピエッチェもイヤになるわ」
「いや、でも、今は料理にじゃなく、干した果物は嫌いだって言っただけだ」
「クルテの場合、嫌いなんじゃなくって生の果物が食べたいだけ。それが判ってるから『わがままはいい加減にしろ』って言ったんでしょ?」
マデルの言うとおりだ。食事のたびに刻まれているだの潰されてるだの文句を並べて、すんなり食べたことがない。さっきは干したものは果物じゃないとまで言い切った。
おまえの好きな物ばかりあるか馬鹿たれが、と思った。でもなぜだろう? 誰かにそれを指摘されるとクルテを庇いたくなる。マデルの言う通りなのに、そうじゃないんだと言い訳したくなる。
「何しろ俺が悪い。怒鳴るほどのことじゃなかった」
「怒鳴ってなんかいないじゃないの。少しキツく言っただけ」
「本人が怒鳴ったって言ってるんだ。間違いなく怒鳴ったんだ」
「ちょっと! 二人で言い争わないでくださいよ?」
黙って見ていたカッチーが慌てる。
「怒鳴ったか怒鳴ってないかで揉めないでください……まぁ、俺は、ピエッチェさんはもっと怒っていいと思いますけどね」
「怒っていいわけないだろうが」
呆れるピエッチェ、なのに、
「カッチーの言うとおりだと思うわよ。そもそもピエッチェは我慢し過ぎなのよ」
マデルがカッチーの味方をする。
「はい、俺もそう思います。いつも思ってますもん。よく本気で怒らないでいられるなぁって」
カッチーがニヤッと笑う。
「物凄くクルテさんが、えっと……大切で傷つけたくないんですよね」
大切でってところは『好きで』って言うのは拙いと言い変えたんだろう。
「そうね、それに嫌われたくないのよね」
これはマデル、
「でもね、嫌われたくないなら媚びてちゃダメよ」
と真面目な顔で言う。
「媚びちゃいないし……何も不必要に嫌な思いをさせることはないって思ってるだけだ」
なんだか最近言い訳ばかりしてると思うピエッチェ、そしてそんな言い訳を聞き逃してくれるマデルではない。
「それで自分は我慢しちゃう? 自分さえ我慢すれば巧くいくって思うのは違ってると思うよ」
ムッとピエッチェが答える。
「だからって、相手に我慢させるのも違ってるんじゃないのか?」
「そうだね。だから話し合うんじゃないの? 相手を理解しようとするのはいいけど、自分のことも理解して貰わなきゃ。そこをピエッチェは忘れてない?」
「でも!」
でも、クルテには無理だ。だって、アイツは……自分でも言ってた。人間と同じようには考えられない。アイツが魔物である限り、自分を理解して貰おうなんて努力は無駄だ。
しかしそれは言えない。
「ごめん。少し考えてみるよ」
逃げ出す口実だ。これ以上マデルと話したって妥協点は見いだせない。クルテの正体を言わない事にはマデルを納得させるのは無理だ。
「考えるより、クルテさんと話したほうが早いと思いますよ?」
カッチーが遠慮がちに言った。
「きっと、いつになくピエッチェさんが強く叱ったから、クルテさんもいろいろ考えたんじゃないでしょうか? これはね、チャンスだと思うんです」
ごめん、カッチー、根本が違うんだ。アイツが人間なら、ちょっとした喧嘩や意見の不一致は仲を深めるきっかけにもなるだろう。
「悪いな」
ピエッチェが立ち上がる。
「俺ももう休むよ……ひどく疲れた」
「って、大して食べて――」
引き留めようとするカッチーの腕にマデルが手を置いて首を振った。
寝室に行くと、クルテはベッドに潜り込んで寝ていた。多分眠ったふりだ。もう一つのベッドにサックはない。おかしいなと思って部屋を見渡してみると、小さなテーブルの上にギュリューでマデルが買ってきてくれた花籠が置いてあり、サックは椅子の座面にあった。ベッドは二台、もう一台のベッドは空だ。
ゆっくりと部屋を進み、テーブルの横の、もう一脚の椅子に腰を掛ける。見るともなく花籠を見ると、なんとなく花に元気がないように見えた。宿に着いてすぐ、クルテがここに置いた時はまだまだ持つなと思ったのに? きっと、自分の心境が反映しているんだ……クルテと同じベッドに潜り込むこともできず、かといって空いたベッドに横になる気にもなれないピエッチェだった。
ついウトウトし、椅子から落ちそうになってハッとする。小さく舌打ちし、意地を張らずにベッドを使うかと思う。だけどどっちのベッド? サックをベッドに置かなかったのはクルテの意思表示だと思った。俺に謝れと言っている。
謝るのはいい。怒鳴って悪かった、そう思っているのは嘘じゃない。でも、このタイミングで謝ったら、一緒のベッドで寝たいから謝ってるみたいだ。
クルテを見ると、随分と静かだ。まぁ、寝相はいいほうだ。それにしても、痩せっぽちめ、まったく厚みが――
「クルテ!?」
厚みがないんじゃない。居ないから寝具がペシャンコ、いったいどこに行った? まさか?
テーブルに花籠はある。でも、椅子にいつものサックがない。マデルの寝室? それならいい。リュネのところか?――とりあえず、窓を開けてリュネを見る。すぐそこに立っていたリュネが、窓を開ける音にピエッチェを見た。クルテは居ない。
どうする? マデルの部屋に行ってみるか? 急く心を落ち着かせて寝室を出ると居間の方から話し声がする。マデルとカッチーの笑い声が聞こえた。
なんだ、大して眠っちゃいなかった。クルテのヤツ、腹を減らして起きだしたんだな。
「あら、ピエッチェ。寝たんじゃなかったの?」
居間に入ってきたピエッチェを見てマデルがニッコリする。
「ピエッチェさん、お腹、大丈夫ですか? パン、取ってありますよ。バターとハチミツで食べるしかないけど」
「いや……」
クルテがいない。クルテはどこかに行ったのか? そう聞こうとしてやめた。きっとマデルの部屋で寝てるんだ。騒ぐことじゃない。きっとそうだ。
「喉が渇いた。何か飲むかな」
いつも座る場所にゆっくりと腰を下ろす。するとすぐにカッチーがカップを出してきて茶を注いでくれた。
「ピエッチェさん、顔色が悪いですよ?」
「そんなことない」
「いいえ、真っ青ですってば」
「大丈夫だよ」
大丈夫なんかじゃない。カップを持つ手が震えて止まらない。マデルとカッチーが顔を見交わす。
「クルテと何かあった?」
マデルの問いに答えられない。
マデルの部屋にいると思おうとして、それを否定する自分がいる。きっとクルテはこのコテージの中になんか居ない。何度も頭の中でクルテを呼んだ。なのに返事がない。どこか遠くに行ってしまった。俺を見限ったんだ……そう思えて仕方ない。ピエッチェが両手で頭を抱え込む。
「ピエッチェ? あんた、まさか頭痛? そんなに酷いの?」
マデルがピエッチェを覗き込む。
「俺、本館に行って、医者を呼んでもら――」
「違うから。頭痛じゃないから」
「じゃあ、どうしたのよ?」
マデルがマジマジとピエッチェを見る。
「あんた、その顔……ひょっとしてクルテに嫌われた?」
ピエッチェがつい身動ぐ。
再び顔を見交わすマデルとカッチー、
「また喧嘩したんですか?」
とカッチーが呆れ、
「今度は何が原因? まったく、あんたたちときたら、相性がいいのか悪いのか、判んないわ」
とマデルが溜息をつく。
「喧嘩なんかしてない――アイツ、居なくなった」
「居なくなったって? またリュネのところにでもいるんじゃないの?」
「リュネのところには居なかった……サックをベッドに置いてなかったんだ」
「サック?」
何も話したくなんかなかったが、説明しなければマデルたちに判るはずもない。いつもクルテがベッドにサックを置くこと、今日は椅子に置いていたこと、気が付いたらサックもろともクルテが居なかったこと……なんだか自分でも要領が悪いと思いながら、しかもこれじゃあなんとかしてくれって訴えているみたいじゃないかと思いながらピエッチェが話す。
「ピエッチェはクルテに拒絶されたと思っちゃったのね」
溜息交じりのマデル、サックが椅子に置かれていたことを言っている。
「クルテは、それでも来てくれるって信じてたのかもしれないわね」
「そんな……あんなの、来るなって言われてると思う」
ピエッチェがそう言えば、
「俺もピエッチェさんと同じだと思います」
とカッチーがピエッチェの肩を持つ。
「でも、クルテさんの気持ちも判らなくもないです」
「カッチーたら、調子のいいこと言わないの」
マデルが苦笑する。
「まぁさ、わたしだって、その状況でピエッチェがクルテのベッドに入るとは思えない。あんたの性格じゃきっと無理。空いてるベッドで寝なかっただけ上出来よ」
「どうします? クルテさんを探しましょうか?」
「探すって言ってもどこを探す? 少し待ってたら? あの子だって行くところなんかないでしょう?」
「そうですねぇ……もともと住んでた森に帰ったとか?」
「ザジリレンの? でも、それなら遠いから、朝になって追いかければ追いつけるわね」
「まさか?」
突然ピエッチェが立ち上がる。
「あいつ、一人で森に行ったんじゃないよな?」
「えっ? 森って、この周辺の森?」
さすがのマデルも蒼褪めた。
「まさか? 危ないってクルテだって判っているはずよ?」
「クルテさんでも一人じゃどうにもなりそうもありませんね」
カッチーが真面目な顔で言った。
「判った。もう何も言わない――何か訊かれたら答えるだけにする」
「ちょっと、クルテ……」
マデルが取りなそうとするが、クルテはピエッチェから目を離さない。
「果物も要らない。出されたものを黙って食べる」
「そうか。じゃあ、わざわざ買い入れたりしないからな」
「うん。そうして……ごちそうさま。そしてオヤスミ」
「えっ?」
食べかけのパンを取り皿に置いて立ち上がるクルテ、カッチーが慌てて
「クルテさん、リンゴは!?」
と引き留める。
「箱に残ってるのはカッチーの分。小腹が空いた時に食べれば咽喉も潤う。そう言うこと」
「おい!」
面白くないのはピエッチェだ。
「干した物じゃ喉が渇くだけだって?」
「そんなの知らない――眠い、寝る」
「待てよ、おい!」
ピエッチェを見もせず寝室に行ってしまった。
舌打ちするピエッチェに、マデルが
「クルテを相手にするには忍耐が必要ね」
と、同情しているのか非難しているのか判らないことを言う。
「だけど、珍しいわ。ピエッチェがきつく言うなんて」
やっぱり、遠慮がちだが非難だったようだ。ピエッチェが小さく溜息をついた。
「判ってる。俺が悪い」
「そんなこと言ってないよ」
「言ってないけど思ってるだろう?」
「思ってもいないって」
マデルが苦笑いする。
「クルテ、何度もピエッチェに『食べ物に文句を付けるな』って言われてるのに、一向に直らないんだもの。ピエッチェもイヤになるわ」
「いや、でも、今は料理にじゃなく、干した果物は嫌いだって言っただけだ」
「クルテの場合、嫌いなんじゃなくって生の果物が食べたいだけ。それが判ってるから『わがままはいい加減にしろ』って言ったんでしょ?」
マデルの言うとおりだ。食事のたびに刻まれているだの潰されてるだの文句を並べて、すんなり食べたことがない。さっきは干したものは果物じゃないとまで言い切った。
おまえの好きな物ばかりあるか馬鹿たれが、と思った。でもなぜだろう? 誰かにそれを指摘されるとクルテを庇いたくなる。マデルの言う通りなのに、そうじゃないんだと言い訳したくなる。
「何しろ俺が悪い。怒鳴るほどのことじゃなかった」
「怒鳴ってなんかいないじゃないの。少しキツく言っただけ」
「本人が怒鳴ったって言ってるんだ。間違いなく怒鳴ったんだ」
「ちょっと! 二人で言い争わないでくださいよ?」
黙って見ていたカッチーが慌てる。
「怒鳴ったか怒鳴ってないかで揉めないでください……まぁ、俺は、ピエッチェさんはもっと怒っていいと思いますけどね」
「怒っていいわけないだろうが」
呆れるピエッチェ、なのに、
「カッチーの言うとおりだと思うわよ。そもそもピエッチェは我慢し過ぎなのよ」
マデルがカッチーの味方をする。
「はい、俺もそう思います。いつも思ってますもん。よく本気で怒らないでいられるなぁって」
カッチーがニヤッと笑う。
「物凄くクルテさんが、えっと……大切で傷つけたくないんですよね」
大切でってところは『好きで』って言うのは拙いと言い変えたんだろう。
「そうね、それに嫌われたくないのよね」
これはマデル、
「でもね、嫌われたくないなら媚びてちゃダメよ」
と真面目な顔で言う。
「媚びちゃいないし……何も不必要に嫌な思いをさせることはないって思ってるだけだ」
なんだか最近言い訳ばかりしてると思うピエッチェ、そしてそんな言い訳を聞き逃してくれるマデルではない。
「それで自分は我慢しちゃう? 自分さえ我慢すれば巧くいくって思うのは違ってると思うよ」
ムッとピエッチェが答える。
「だからって、相手に我慢させるのも違ってるんじゃないのか?」
「そうだね。だから話し合うんじゃないの? 相手を理解しようとするのはいいけど、自分のことも理解して貰わなきゃ。そこをピエッチェは忘れてない?」
「でも!」
でも、クルテには無理だ。だって、アイツは……自分でも言ってた。人間と同じようには考えられない。アイツが魔物である限り、自分を理解して貰おうなんて努力は無駄だ。
しかしそれは言えない。
「ごめん。少し考えてみるよ」
逃げ出す口実だ。これ以上マデルと話したって妥協点は見いだせない。クルテの正体を言わない事にはマデルを納得させるのは無理だ。
「考えるより、クルテさんと話したほうが早いと思いますよ?」
カッチーが遠慮がちに言った。
「きっと、いつになくピエッチェさんが強く叱ったから、クルテさんもいろいろ考えたんじゃないでしょうか? これはね、チャンスだと思うんです」
ごめん、カッチー、根本が違うんだ。アイツが人間なら、ちょっとした喧嘩や意見の不一致は仲を深めるきっかけにもなるだろう。
「悪いな」
ピエッチェが立ち上がる。
「俺ももう休むよ……ひどく疲れた」
「って、大して食べて――」
引き留めようとするカッチーの腕にマデルが手を置いて首を振った。
寝室に行くと、クルテはベッドに潜り込んで寝ていた。多分眠ったふりだ。もう一つのベッドにサックはない。おかしいなと思って部屋を見渡してみると、小さなテーブルの上にギュリューでマデルが買ってきてくれた花籠が置いてあり、サックは椅子の座面にあった。ベッドは二台、もう一台のベッドは空だ。
ゆっくりと部屋を進み、テーブルの横の、もう一脚の椅子に腰を掛ける。見るともなく花籠を見ると、なんとなく花に元気がないように見えた。宿に着いてすぐ、クルテがここに置いた時はまだまだ持つなと思ったのに? きっと、自分の心境が反映しているんだ……クルテと同じベッドに潜り込むこともできず、かといって空いたベッドに横になる気にもなれないピエッチェだった。
ついウトウトし、椅子から落ちそうになってハッとする。小さく舌打ちし、意地を張らずにベッドを使うかと思う。だけどどっちのベッド? サックをベッドに置かなかったのはクルテの意思表示だと思った。俺に謝れと言っている。
謝るのはいい。怒鳴って悪かった、そう思っているのは嘘じゃない。でも、このタイミングで謝ったら、一緒のベッドで寝たいから謝ってるみたいだ。
クルテを見ると、随分と静かだ。まぁ、寝相はいいほうだ。それにしても、痩せっぽちめ、まったく厚みが――
「クルテ!?」
厚みがないんじゃない。居ないから寝具がペシャンコ、いったいどこに行った? まさか?
テーブルに花籠はある。でも、椅子にいつものサックがない。マデルの寝室? それならいい。リュネのところか?――とりあえず、窓を開けてリュネを見る。すぐそこに立っていたリュネが、窓を開ける音にピエッチェを見た。クルテは居ない。
どうする? マデルの部屋に行ってみるか? 急く心を落ち着かせて寝室を出ると居間の方から話し声がする。マデルとカッチーの笑い声が聞こえた。
なんだ、大して眠っちゃいなかった。クルテのヤツ、腹を減らして起きだしたんだな。
「あら、ピエッチェ。寝たんじゃなかったの?」
居間に入ってきたピエッチェを見てマデルがニッコリする。
「ピエッチェさん、お腹、大丈夫ですか? パン、取ってありますよ。バターとハチミツで食べるしかないけど」
「いや……」
クルテがいない。クルテはどこかに行ったのか? そう聞こうとしてやめた。きっとマデルの部屋で寝てるんだ。騒ぐことじゃない。きっとそうだ。
「喉が渇いた。何か飲むかな」
いつも座る場所にゆっくりと腰を下ろす。するとすぐにカッチーがカップを出してきて茶を注いでくれた。
「ピエッチェさん、顔色が悪いですよ?」
「そんなことない」
「いいえ、真っ青ですってば」
「大丈夫だよ」
大丈夫なんかじゃない。カップを持つ手が震えて止まらない。マデルとカッチーが顔を見交わす。
「クルテと何かあった?」
マデルの問いに答えられない。
マデルの部屋にいると思おうとして、それを否定する自分がいる。きっとクルテはこのコテージの中になんか居ない。何度も頭の中でクルテを呼んだ。なのに返事がない。どこか遠くに行ってしまった。俺を見限ったんだ……そう思えて仕方ない。ピエッチェが両手で頭を抱え込む。
「ピエッチェ? あんた、まさか頭痛? そんなに酷いの?」
マデルがピエッチェを覗き込む。
「俺、本館に行って、医者を呼んでもら――」
「違うから。頭痛じゃないから」
「じゃあ、どうしたのよ?」
マデルがマジマジとピエッチェを見る。
「あんた、その顔……ひょっとしてクルテに嫌われた?」
ピエッチェがつい身動ぐ。
再び顔を見交わすマデルとカッチー、
「また喧嘩したんですか?」
とカッチーが呆れ、
「今度は何が原因? まったく、あんたたちときたら、相性がいいのか悪いのか、判んないわ」
とマデルが溜息をつく。
「喧嘩なんかしてない――アイツ、居なくなった」
「居なくなったって? またリュネのところにでもいるんじゃないの?」
「リュネのところには居なかった……サックをベッドに置いてなかったんだ」
「サック?」
何も話したくなんかなかったが、説明しなければマデルたちに判るはずもない。いつもクルテがベッドにサックを置くこと、今日は椅子に置いていたこと、気が付いたらサックもろともクルテが居なかったこと……なんだか自分でも要領が悪いと思いながら、しかもこれじゃあなんとかしてくれって訴えているみたいじゃないかと思いながらピエッチェが話す。
「ピエッチェはクルテに拒絶されたと思っちゃったのね」
溜息交じりのマデル、サックが椅子に置かれていたことを言っている。
「クルテは、それでも来てくれるって信じてたのかもしれないわね」
「そんな……あんなの、来るなって言われてると思う」
ピエッチェがそう言えば、
「俺もピエッチェさんと同じだと思います」
とカッチーがピエッチェの肩を持つ。
「でも、クルテさんの気持ちも判らなくもないです」
「カッチーたら、調子のいいこと言わないの」
マデルが苦笑する。
「まぁさ、わたしだって、その状況でピエッチェがクルテのベッドに入るとは思えない。あんたの性格じゃきっと無理。空いてるベッドで寝なかっただけ上出来よ」
「どうします? クルテさんを探しましょうか?」
「探すって言ってもどこを探す? 少し待ってたら? あの子だって行くところなんかないでしょう?」
「そうですねぇ……もともと住んでた森に帰ったとか?」
「ザジリレンの? でも、それなら遠いから、朝になって追いかければ追いつけるわね」
「まさか?」
突然ピエッチェが立ち上がる。
「あいつ、一人で森に行ったんじゃないよな?」
「えっ? 森って、この周辺の森?」
さすがのマデルも蒼褪めた。
「まさか? 危ないってクルテだって判っているはずよ?」
「クルテさんでも一人じゃどうにもなりそうもありませんね」
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