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9章 女神の約束
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デッセムはガラガラだと言ったが紹介された宿に着いてみると
「一人部屋が三室ならあります」
と言われてしまった。マデルが、
「デッセムの紹介なのよ?」
ごり押ししようとするが、
「なんとかしたいのはやまやまだけど……他のお客を追い出すわけにもいかないんです。判ってくださいよ」
と本気で困っている。
「一人部屋に二人でってのはダメか?」
ピエッチェが訊くと、
「本当はダメなんだけど、まぁ、ベッドが狭いだの苦情を言わないって約束してくれるなら」
渋々承知してくれた。
「代金は三人分でいいですよ。あぁ、でも食事は頼まれた人数分の代金ね」
宿の受付はそう言ってコソッと『デッセムの紹介じゃ断れないって』と苦笑した。受付はデッセムと同じくらいの年頃の男、少し似ていなくもない。従兄弟か何かなのかもしれないなと思いながら、部屋の鍵を受け取る。
「最初に言ったけど、今からじゃ夕食は出せないから」
「部屋があるだけでありがたい」
「朝は一階の食堂、他のお客とも共用の大皿に用意されてる。取り皿に好きなように取り分けて食べてくれ。席も決まってないんで空いてるところを使う――この村には他に宿がないからさ、ほっぽり出せないって。でもよかったよ、三室でも空きがあって。今の時期、夏物の売り込みで商人が大勢来るんだ。うちも夏向きの食器を新調したさ」
そう言えばデッセムは、タオルを新調したと言っていた。同じ流れなのだろう。
クサッティヤに着いたのはとっくに日が暮れて、気が早い者ならそろそろ寝ようかと言う時刻だった。
「近くに美味い飯を食わせる店はあるかな?」
「それならここを出て右に曲がって最初の角を左に行って四軒目に居酒屋がある。この時刻だともうあそこしか開いてない。旨いかどうかはともかく、ちゃんと食えるものを出す。食べたいなら早く行ったほうがいい――馬車? 裏手に回ると厩がある。行けば判るよ。馬の世話はしないからね」
と言うわけで、ピエッチェたちが荷物を部屋に運んでいる間にカッチーがリュネを厩に連れて行くことにした。
「デッセムに似てるんで笑いそうになっちゃった」
部屋に向かう途中ニヤニヤするマデル、
「えっと、ここだな」
とピエッチェが鍵の札と部屋の扉の番号を見比べる。
「他はもう一階上だったっけ?」
「うん、この部屋だけ二階。あと二部屋は三階だけど、番号が飛んでるところを見ると離れてそうだな。とりあえず、荷物は全部この部屋に置いて出かけよう」
宿を出て裏に回るとカッチーが木戸を閉めているところだった。
「ちゃんとした厩でした。荷台は外して隅に置かせて貰いました」
手にリンゴを三個持っている。
「これで終わりです。箱、どうしますか?」
手を差し出すクルテにリンゴを渡しながらカッチーが訊いた。クルテは二個受け取り、マデルに一個渡してから
「あとで半分にして」
とピエッチェを見上げた。
教えられた居酒屋こそガラガラ、客は三組しかいない。
「そろそろ店じまいだから、長居はできないよ」
入るなり言われる。
「夕食がまだなんだ。何か作れるかな?」
「四人前だね。なんでもいいなら何か見繕うよ。腹減ってちゃ眠れないよな」
出された料理はパスタ、生野菜、果物が一人分ずつ一皿に盛りつけられたもの、パスタは小さなエビと小さく切ったイカを具材にトマトソースで和えてあった。クルテは勝手にパスタのほとんどをピエッチェとカッチーの皿に移してしまった。
「それで足りるのか?」
と言いながらピエッチェが果物をクルテの皿に乗せた。果物と言っても八等分されたオレンジが一切れだ。嬉しそうにクルテがピエッチェを見上げ、
「野菜は半分でいい」
と言った。
半分しか食べないのかと思ったが、どうも様子が違う。あぁ、と思いついたピエッチェが、自分の皿からトマトとキュウリをクルテの皿に移す。それを見て再びクルテがピエッチェを見上げてニンマリした。
「マデルさん。目が羨ましいって言ってますよ」
カッチーがパスタをクルクル巻き取りながら笑った。
ピエッチェたちが食べ終わったときには、他の客は帰ってしまっていた。代金を聞くと随分と安い。
「余り物で作った、メニューにないものなんだ。安くしといた。内緒だぞ」
礼を言って店を出ると街灯もまばらなクサッティヤ村、道行く人影は見あたらない。
「この村の夜は早いようだな」
「グリュンパやセレンヂュゲみたいな、街とは違いますからね」
「なんだか寒くない? 早く宿に帰りましょう」
クルテが
「街じゃないと早く暗くなって寒い?」
首を傾げたが答える物好きは居なかった。
いきなり訪問するには遅い時刻だ。ノホメを訪ねるのは明日にすることにし、そのまま部屋に戻った。
「来てることだけでも伝えて貰った方がいいんじゃない?」
受付を通る時、クルテはそう言ったが、気を遣わせるだけだと却下された。その判断が間違いだった。
翌朝、食事をしに食堂に行った帰りに受付に寄った。
「実はノホメさんに会いたくてここに来たんだ」
すると受付の男が
「えっ?」
とピエッチェを見た。
「それ、なんで来てすぐに言ってくれなかったんだよ? 祖母ちゃん、出かけたよ」
「そうなんだ? 元気だとは思ってたけど、本当に活動的だね――部屋で待ってるから、戻ってきたら教えてくれ」
「うーーん、うちはいつまでいて貰ってもいいし、今夜は空きがあるから四部屋用意できるけど、祖母ちゃん、いつ帰るか判らないよ? 王都に行くって言ってたからね」
「王都!?」
「王都に住んでる友達に会いに行くって言ってた。なんか、喫緊で会わなきゃならないとか言っちゃってさ、昨日、帰ったと思ったらすぐに出たんだ」
「その相手、誰だか判る?」
「そこまで聞いてないなぁ……祖母ちゃんさ、家族にも内緒の友達が何人かいるんだよね。一緒に行くって母ちゃんが言ったけど気が付いたらいなくなってた」
「ひとりで王都まで行かせた? お袋さん、追いかけなかったのかい?」
「追いかけたって、祖母ちゃんには追い付けない」
受け付けの男がちょっと身を乗り出して小声になった。
「うちの祖母ちゃんさ、若い頃は王室魔法使いだったんだ。今でも魔法が使える。お袋をまくなんてお手のものさ」
チラリとマデルを見てからピエッチェも声を潜める。
「そりゃあ凄いな。でもさ、王室魔法使いなら貴族さまだろう? なんでベスク村の宿屋の女将さんに納まったんだい?」
「一目惚れした祖父ちゃんが、やっとのことで口説き落としたらしいよ。まぁ、王室魔法使いって言ってもベスク村に来た時は辞めてて、どこぞのお嬢さまの護衛で村に住み着いたって話だ」
「お嬢さまって?」
「デッセムのとこ、コテージが有っただろ? 昔、あのコテージの一つに住んでたお嬢さまがいたんだ。住み始めた頃はまだ子どもだったらしいね。祖母ちゃんともう一人の護衛が一緒に住んでて面倒を見てたんだって。祖父ちゃんと一緒になったのはお嬢さまのそばに居るためだった、なんて言ったことがある。祖父ちゃんの葬式の時はわんわん泣いたくせにね――王都に会いに行ったのは、その時のもう一人かも知れないや」
「ノホメさんってベスク村の生き字引って言われてるんだろ? あの村の出身じゃないんだ?」
「お客さん、話しちゃんと聞いてる? 祖母ちゃん、元王室魔法使い。なんでも知ってて、聞けば大抵のことには答えをくれる。だからいつの間にか生き字引って言われるようになったんだよ。もっとも、ベスク村では最高齢。村のことを一番よく知ってるって言っても過言じゃない」
「そう言うことなんだね――ところで、そのもう一人の名前、判る?」
「判んないって。内緒の友達だって言っただろ? って、お客さん、そんなにうちの祖母ちゃんに会いたいなんてなんの用?」
「ベスク村で世話になったから礼をと思ったんだけど……森の貴婦人の話は何かしてなかったかい?」
「あぁ、してた、してた。森の貴婦人に気に入られて花を貰った子がいるんだよ、羨ましいことだねって」
「それがコイツだよ」
ピエッチェが、腕にしがみ付いてニコニコしているクルテを顎で指した。
「なるほど」
受付係は大いに納得したようだ。『森の貴婦人のお陰でこの二人、巧く行ったんだな』とでも思ったのだろう。
ノホメが居ないのならクサッティヤに用はない。支度をしてすぐに出ると言い置いて部屋に戻った。
すぐに宿を出るとは言ったがこれからどうするのか、ピエッチェたちの部屋で相談することにした。
「わたしたち、ノホメに騙されたのかしら?」
マデルが憤る。
「そんなつもりはないんじゃないかな? 言えることと言えないことがあった、そして俺たちがなぜラジのことを聞くのか判らない以上、迂闊なことは言えない。当然のことだ」
半分に切ったリンゴを齧りながらピエッチェが言った。もちろんもう半分はピエッチェの隣でクルテが嬉しそうに食べている。
「ノホメさんに聞いても教えて貰えないって、はっきりしたって事ですか?」
やっぱりリンゴを齧りながらカッチーが訊いた。二つしかない椅子に腰かけているのはマデルとカッチー、ピエッチェとクルテは仕方がないのでベッドに腰を下ろしている。
「教えて貰えない可能性も出てきたってことだ――ノホメが元王室魔法使いだってマデルは知らなかったのか?」
「わたしを幾つだと思ってるのよ? ノホメが本当に王室魔法使いだったとしても、ラジの母親が子供の頃に辞めてるのよ? わたし、生まれてなかった」
それもそうかとピエッチェが苦笑いする。
「それにしてもなぁ……ノホメから、魔力を感じたか?」
「感じなかったわ。通常の人程度にしかね。王室魔法使いだったとしたらそれなりの魔力を有していそうなんだけど。高齢のせいで衰えたのかしら?」
「そもそも王室魔法使いだったってのも鵜呑みにできない話だと思わないか?」
「まぁねぇ……」
リンゴを食べ終わったピエッチェが立ち上がり
「それくらいにしておけ」
とクルテがしゃぶっていたリンゴを取り上げる。クルテのリンゴは食べ尽くされ、ほっそり芯が残っているだけだ。名残惜しそうに食べかすをピエッチェに渡すクルテ、
「それで? これからどうしよう?」
誰にともなく訊いた。
「そうだな、とりあえずグリュンパに戻ってリュネに牽かせるキャビンを買うか」
カッチーが差し出したゴミ箱に食べかすを放り込むピエッチェ、やっぱりカッチーが手渡してきた濡れタオルで手を拭く。
「ノホメを追って王都に行ったところでどこを探せばいいのかは判らない。だったらギュリューに戻って、もう一度ギュームに話を聞くか?」
そう言いながら、使ったタオルをクルテに渡した。
「タオルで拭いたくらいじゃ、手がベトベト」
タオルで手を抜いてからクルテがピエッチェを見上げた。
「一人部屋が三室ならあります」
と言われてしまった。マデルが、
「デッセムの紹介なのよ?」
ごり押ししようとするが、
「なんとかしたいのはやまやまだけど……他のお客を追い出すわけにもいかないんです。判ってくださいよ」
と本気で困っている。
「一人部屋に二人でってのはダメか?」
ピエッチェが訊くと、
「本当はダメなんだけど、まぁ、ベッドが狭いだの苦情を言わないって約束してくれるなら」
渋々承知してくれた。
「代金は三人分でいいですよ。あぁ、でも食事は頼まれた人数分の代金ね」
宿の受付はそう言ってコソッと『デッセムの紹介じゃ断れないって』と苦笑した。受付はデッセムと同じくらいの年頃の男、少し似ていなくもない。従兄弟か何かなのかもしれないなと思いながら、部屋の鍵を受け取る。
「最初に言ったけど、今からじゃ夕食は出せないから」
「部屋があるだけでありがたい」
「朝は一階の食堂、他のお客とも共用の大皿に用意されてる。取り皿に好きなように取り分けて食べてくれ。席も決まってないんで空いてるところを使う――この村には他に宿がないからさ、ほっぽり出せないって。でもよかったよ、三室でも空きがあって。今の時期、夏物の売り込みで商人が大勢来るんだ。うちも夏向きの食器を新調したさ」
そう言えばデッセムは、タオルを新調したと言っていた。同じ流れなのだろう。
クサッティヤに着いたのはとっくに日が暮れて、気が早い者ならそろそろ寝ようかと言う時刻だった。
「近くに美味い飯を食わせる店はあるかな?」
「それならここを出て右に曲がって最初の角を左に行って四軒目に居酒屋がある。この時刻だともうあそこしか開いてない。旨いかどうかはともかく、ちゃんと食えるものを出す。食べたいなら早く行ったほうがいい――馬車? 裏手に回ると厩がある。行けば判るよ。馬の世話はしないからね」
と言うわけで、ピエッチェたちが荷物を部屋に運んでいる間にカッチーがリュネを厩に連れて行くことにした。
「デッセムに似てるんで笑いそうになっちゃった」
部屋に向かう途中ニヤニヤするマデル、
「えっと、ここだな」
とピエッチェが鍵の札と部屋の扉の番号を見比べる。
「他はもう一階上だったっけ?」
「うん、この部屋だけ二階。あと二部屋は三階だけど、番号が飛んでるところを見ると離れてそうだな。とりあえず、荷物は全部この部屋に置いて出かけよう」
宿を出て裏に回るとカッチーが木戸を閉めているところだった。
「ちゃんとした厩でした。荷台は外して隅に置かせて貰いました」
手にリンゴを三個持っている。
「これで終わりです。箱、どうしますか?」
手を差し出すクルテにリンゴを渡しながらカッチーが訊いた。クルテは二個受け取り、マデルに一個渡してから
「あとで半分にして」
とピエッチェを見上げた。
教えられた居酒屋こそガラガラ、客は三組しかいない。
「そろそろ店じまいだから、長居はできないよ」
入るなり言われる。
「夕食がまだなんだ。何か作れるかな?」
「四人前だね。なんでもいいなら何か見繕うよ。腹減ってちゃ眠れないよな」
出された料理はパスタ、生野菜、果物が一人分ずつ一皿に盛りつけられたもの、パスタは小さなエビと小さく切ったイカを具材にトマトソースで和えてあった。クルテは勝手にパスタのほとんどをピエッチェとカッチーの皿に移してしまった。
「それで足りるのか?」
と言いながらピエッチェが果物をクルテの皿に乗せた。果物と言っても八等分されたオレンジが一切れだ。嬉しそうにクルテがピエッチェを見上げ、
「野菜は半分でいい」
と言った。
半分しか食べないのかと思ったが、どうも様子が違う。あぁ、と思いついたピエッチェが、自分の皿からトマトとキュウリをクルテの皿に移す。それを見て再びクルテがピエッチェを見上げてニンマリした。
「マデルさん。目が羨ましいって言ってますよ」
カッチーがパスタをクルクル巻き取りながら笑った。
ピエッチェたちが食べ終わったときには、他の客は帰ってしまっていた。代金を聞くと随分と安い。
「余り物で作った、メニューにないものなんだ。安くしといた。内緒だぞ」
礼を言って店を出ると街灯もまばらなクサッティヤ村、道行く人影は見あたらない。
「この村の夜は早いようだな」
「グリュンパやセレンヂュゲみたいな、街とは違いますからね」
「なんだか寒くない? 早く宿に帰りましょう」
クルテが
「街じゃないと早く暗くなって寒い?」
首を傾げたが答える物好きは居なかった。
いきなり訪問するには遅い時刻だ。ノホメを訪ねるのは明日にすることにし、そのまま部屋に戻った。
「来てることだけでも伝えて貰った方がいいんじゃない?」
受付を通る時、クルテはそう言ったが、気を遣わせるだけだと却下された。その判断が間違いだった。
翌朝、食事をしに食堂に行った帰りに受付に寄った。
「実はノホメさんに会いたくてここに来たんだ」
すると受付の男が
「えっ?」
とピエッチェを見た。
「それ、なんで来てすぐに言ってくれなかったんだよ? 祖母ちゃん、出かけたよ」
「そうなんだ? 元気だとは思ってたけど、本当に活動的だね――部屋で待ってるから、戻ってきたら教えてくれ」
「うーーん、うちはいつまでいて貰ってもいいし、今夜は空きがあるから四部屋用意できるけど、祖母ちゃん、いつ帰るか判らないよ? 王都に行くって言ってたからね」
「王都!?」
「王都に住んでる友達に会いに行くって言ってた。なんか、喫緊で会わなきゃならないとか言っちゃってさ、昨日、帰ったと思ったらすぐに出たんだ」
「その相手、誰だか判る?」
「そこまで聞いてないなぁ……祖母ちゃんさ、家族にも内緒の友達が何人かいるんだよね。一緒に行くって母ちゃんが言ったけど気が付いたらいなくなってた」
「ひとりで王都まで行かせた? お袋さん、追いかけなかったのかい?」
「追いかけたって、祖母ちゃんには追い付けない」
受け付けの男がちょっと身を乗り出して小声になった。
「うちの祖母ちゃんさ、若い頃は王室魔法使いだったんだ。今でも魔法が使える。お袋をまくなんてお手のものさ」
チラリとマデルを見てからピエッチェも声を潜める。
「そりゃあ凄いな。でもさ、王室魔法使いなら貴族さまだろう? なんでベスク村の宿屋の女将さんに納まったんだい?」
「一目惚れした祖父ちゃんが、やっとのことで口説き落としたらしいよ。まぁ、王室魔法使いって言ってもベスク村に来た時は辞めてて、どこぞのお嬢さまの護衛で村に住み着いたって話だ」
「お嬢さまって?」
「デッセムのとこ、コテージが有っただろ? 昔、あのコテージの一つに住んでたお嬢さまがいたんだ。住み始めた頃はまだ子どもだったらしいね。祖母ちゃんともう一人の護衛が一緒に住んでて面倒を見てたんだって。祖父ちゃんと一緒になったのはお嬢さまのそばに居るためだった、なんて言ったことがある。祖父ちゃんの葬式の時はわんわん泣いたくせにね――王都に会いに行ったのは、その時のもう一人かも知れないや」
「ノホメさんってベスク村の生き字引って言われてるんだろ? あの村の出身じゃないんだ?」
「お客さん、話しちゃんと聞いてる? 祖母ちゃん、元王室魔法使い。なんでも知ってて、聞けば大抵のことには答えをくれる。だからいつの間にか生き字引って言われるようになったんだよ。もっとも、ベスク村では最高齢。村のことを一番よく知ってるって言っても過言じゃない」
「そう言うことなんだね――ところで、そのもう一人の名前、判る?」
「判んないって。内緒の友達だって言っただろ? って、お客さん、そんなにうちの祖母ちゃんに会いたいなんてなんの用?」
「ベスク村で世話になったから礼をと思ったんだけど……森の貴婦人の話は何かしてなかったかい?」
「あぁ、してた、してた。森の貴婦人に気に入られて花を貰った子がいるんだよ、羨ましいことだねって」
「それがコイツだよ」
ピエッチェが、腕にしがみ付いてニコニコしているクルテを顎で指した。
「なるほど」
受付係は大いに納得したようだ。『森の貴婦人のお陰でこの二人、巧く行ったんだな』とでも思ったのだろう。
ノホメが居ないのならクサッティヤに用はない。支度をしてすぐに出ると言い置いて部屋に戻った。
すぐに宿を出るとは言ったがこれからどうするのか、ピエッチェたちの部屋で相談することにした。
「わたしたち、ノホメに騙されたのかしら?」
マデルが憤る。
「そんなつもりはないんじゃないかな? 言えることと言えないことがあった、そして俺たちがなぜラジのことを聞くのか判らない以上、迂闊なことは言えない。当然のことだ」
半分に切ったリンゴを齧りながらピエッチェが言った。もちろんもう半分はピエッチェの隣でクルテが嬉しそうに食べている。
「ノホメさんに聞いても教えて貰えないって、はっきりしたって事ですか?」
やっぱりリンゴを齧りながらカッチーが訊いた。二つしかない椅子に腰かけているのはマデルとカッチー、ピエッチェとクルテは仕方がないのでベッドに腰を下ろしている。
「教えて貰えない可能性も出てきたってことだ――ノホメが元王室魔法使いだってマデルは知らなかったのか?」
「わたしを幾つだと思ってるのよ? ノホメが本当に王室魔法使いだったとしても、ラジの母親が子供の頃に辞めてるのよ? わたし、生まれてなかった」
それもそうかとピエッチェが苦笑いする。
「それにしてもなぁ……ノホメから、魔力を感じたか?」
「感じなかったわ。通常の人程度にしかね。王室魔法使いだったとしたらそれなりの魔力を有していそうなんだけど。高齢のせいで衰えたのかしら?」
「そもそも王室魔法使いだったってのも鵜呑みにできない話だと思わないか?」
「まぁねぇ……」
リンゴを食べ終わったピエッチェが立ち上がり
「それくらいにしておけ」
とクルテがしゃぶっていたリンゴを取り上げる。クルテのリンゴは食べ尽くされ、ほっそり芯が残っているだけだ。名残惜しそうに食べかすをピエッチェに渡すクルテ、
「それで? これからどうしよう?」
誰にともなく訊いた。
「そうだな、とりあえずグリュンパに戻ってリュネに牽かせるキャビンを買うか」
カッチーが差し出したゴミ箱に食べかすを放り込むピエッチェ、やっぱりカッチーが手渡してきた濡れタオルで手を拭く。
「ノホメを追って王都に行ったところでどこを探せばいいのかは判らない。だったらギュリューに戻って、もう一度ギュームに話を聞くか?」
そう言いながら、使ったタオルをクルテに渡した。
「タオルで拭いたくらいじゃ、手がベトベト」
タオルで手を抜いてからクルテがピエッチェを見上げた。
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