秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

文字の大きさ
155 / 434
9章  女神の約束

しおりを挟む
 ベッドはクルテが言ってたようにフカフカで寝心地がいい。横幅も余裕ゆとりがある。クルテと一緒だと落ちるのを恐れて半覚醒状態の寝返りも、このベッドならぐっすり眠ったままで心置きなくできそうだ。

 掛け布団もフワフワと軽い。横たわると思ったよりも疲れが溜まっているのを感じる。投げ出すように身体を伸ばして天井を見上げれば、身体だけでなく心も解放されたように思えた。隣を気にしないで寝るってこんなにリラックスできるんだ……たまには一人で眠るのもいいかもしれない。だけどだ。クルテが居ないと心配で眠れないに決まってる。心配で寂しくて、不安で眠れない。そうに決まってる。

 思った。封印されている間、クルテは窮屈だったんだろうか? どんな状態で封印されていたんだろう? 人魚たちは洞窟に閉じ込められた。クルテはどこに封印されていた? そこでは身体を伸ばして眠れたんだろうか? アイツの好きな朝陽が差し込むところだといいのに。それとも狭くて、陽の光も届かない場所だった?

 いや、待て――そうだ、クルテはゴルゼとともに封印されたと言っていた。ってことはずっとゴルゼと居たってことか? いや、そんな? だって、それじゃあ責め苦のようなもんじゃないか。ゴルゼがクルテを放っておく……はずなんかないよ、な?

 蒼褪めたピエッチェが、ガバッと上体を起こす。なん百年、封印されていたんだったっけ? あれ? クルテが魔物になったのはいつだった? 精神体の魔物なんだから肉体はない。魔物になってから封印されたのなら、ゴルゼを恐れることもない。でも、そうじゃないのなら? いやいや、もしも精神体だったとしても、嫌なヤツとつの突き合わせて居なくちゃならないなら堪らない。

 カチャッとドアがく音がしてシャボンの匂いが漂った。髪をタオルでこすりながらクルテが入ってきて、ピエッチェを見ると
「そっちのベッドにしたんだ」
と微笑んだ。同時に目の端に見えていたもう一つのベッドの上にいつものサックが現れる。

「それにしても顔色が悪い――ふぅん、そんな事を考えてたんだ?」
ピエッチェが何も答えないうちにクルテは心を読んだらしい。ベッドぎわまで来るとサックを探ってブラシを取り出し、ピエッチェがいる方のベッドに腰を下ろした。

 タオルで擦るのをやめると手櫛で髪を梳かし始めたクルテ、ピエッチェに背を向けたまま何も言わない。ピエッチェも、何を言っていいか判らず黙っている。

 クルテが口を開いたのは髪が乾いてから、
「お願い」
と言って後ろ手にブラシを渡してきた。反射的に受け取ってしまったピエッチェ、イヤとも言えず、クルテに少しブラッシングを始めた。そのままでは届きそうもなかった。

 髪を房に取りゆっくりとブラシを通す。少しだけ絡まっていた髪が真っ直ぐに伸びていく。
「封印されたのは空間じゃない。物に、うーーん、なんて言うか、りついた」
前を向いたままクルテが言った。
「その時、それまでの身体は捨てた」
魔物になったと言う事か……

「わたしよりも先にヤツが精神体になった。と言うよりわたしの父の魔法で肉体を奪われたんだ。だが、精神までは父も奪えない。何かに憑りつかせ封印する必要があった。その何かに誘導するためのおとりがわたしだ」

 クルテの父も苦渋の決断をしたと言う事か? 充分に慈しめなかった娘、不憫ふびんに思っていた娘を魔物に変える……どれほど迷っただろう? それとも、森の女神との間に誕生した、どう扱っていいか判らない娘の厄介払いも兼ねていたのか? そうは思いたくない。

「わたしとヤツが一緒に封印されていたんじゃないかと心配しているようだが、それは違う。大まかに言えば同じものだが、幾つかに分けられるものだ。そして部分ごとにそれぞれの役目があるもので、その一部にヤツを封印した。そうだな、たとえて言うなら入れ子の箱。ヤツは一番奥の箱に閉じ込められ、わたしは箱の一番外側。そんな感じだ」

「一番外側の箱なら、ヤツを封印した後、おまえは開放できたんじゃないのか?」
きっとできなかったんだと思いながらピエッチェが問う。クルテが少しニッコリしたように感じた。

「例えだからね。実際は箱ではなくて、もっと複雑な形状。そしてわたしは鍵でもあった」
「鍵でも? 入れ物であり、鍵?」
「その鍵をおまえが抜いてしまったからヤツの封印が解けたんだ」
俺が何をしたから封印が解けたんだろう? 封印されていたのが何かをクルテは教える気はないらしい。だとしたらいくら考えても無駄か。

「でも、それでおまえの封印も解けたんだろう?」
「わたしの封印が解けたのは、もっと後だ。おまえが崖から足を踏み外したあの直前のことさ」
「んんん? それだと矛盾しないか? ヤツはネネシリスに憑りついて、俺を排除しろとそそのしたんだよな?」
「そうだよ。それを手をこまねいて見ているしかなかったわたしがどれほど悔しかったか判るか?」

「封印されているのに、なんでヤツの動きを察知できたんだ?――そうだ、おまえ、秘密を食ってるって言ってた。あの時まで封印されていて、どうやって秘密を食えたんだ?」
「移動できたからだよ。物に封印されたって言っただろう? それが移動すればわたしも一緒に移動する。そして周囲を見ることも感じることもできる――何しろ、ヤツはわたしに触れることができなかった。これで安心した?」

「あ、いや……」
なんだかまた誤魔化されそうな気がする。
「そうだ、封印を解かれたのに、なんでヤツはおまえを追って来ない?」
するとクルテが溜息をついた。

「やっぱ、おまえ、どこか馬鹿だな。ヤツはネネシリスから離れられない。そしてネネシリスがわたしの居所を知らない限り、ヤツはわたしを追って来れない」
あ、そこを忘れてた。憑りついたら自分の意思では離れられないんだった。

「じゃあさ、ネネシリスがおまえの所在を知ったら追ってくるってことか?」
「わたしがおまえと一緒にいることは気付いていると思う。だからネネシリスはおまえを探すのさ――ねぇ、もうブラッシングはいいよ。いい加減、痛い。わたしの髪を全部抜く気か?」
「あ、あぁ、ごめん」

 ブラシを返すと抜け毛の始末を始めたクルテ、チラッとピエッチェを見ると、
「わたしがあげた指輪、無くしてないよね?」
と訊いてきた。

「おまえの髪が金に変わったあれか? あるにはあるが……あの指輪ってさ、時どき消える。どうなってるんだ?」
失くしたと思って慌てて探すと、いつの間にか指に戻っている。どこか不思議な指輪だったが、元をただせば魔物クルテの髪だ。そんなものなのだろうと思っていた。ふぅん、とクルテが鼻を鳴らす。

「やっぱり髪の毛じゃ力が弱いんだ」
立ち上がるとブラシをサックに戻し、中から黒い革袋を出した。宝石を入れている革袋だ。

「これがいいかな」
中から出したのは黒い宝石、オニキスだ。ピエッチェを見ると、
「指輪を付けてる方の手を出せ」
と、宝石を持っていないほうの手を差し出してくる。

 逆らう理由もないので言われたとおりに手を出すと、
「オニキスよ、カテロヘブを守れ」
と言って、指輪の上にオニキスを乗せた。すると金の指輪に黒い石が埋め込まれた。続いてクルテが言う。
「姿を隠せ」
その声と同時に指輪が消えた。

「これで指輪は誰にも知られない。だけど必要な時には現れておまえを守る。ま、おまえの力だけじゃ足りない時に限って、だけどな」
「基本的には自力でどうにかしろってことか?」
苦笑するピエッチェ、
「そのほうが、おまえはいいんじゃないのか?」
真面目な顔のクルテだ。

 ピエッチェから目を逸らし、クルテが語り始めた。それはピエッチェもよく知っている話だった。
「七百年前のことだ。ローシェッタ国王は二人の息子のどちらを後継にするか悩んでいた。賢く堅実な兄、才気煥発で向上心の強い弟、どちらも捨てがたかった。が、父王は兄王子を選んだ。弟王子にはザジリレンを平定し、その王となれと言った」
フッとクルテが笑ったのはなぜだろう?

「ザジリレン建国の王の言葉に『窮地に頼れるのは己一人』ってのがあったんじゃなかった? あれは父親と兄に見捨てられたザジリレン王の嘆きの言葉だったんだ」
「見捨てられた? いや、ローシェッタとは今でも友好関係にある」
「だよね。でも事実は違ってた。父王は気付いてたんだ。弟王子は自分よりも偉大な王となる。だから弟王に王座を譲りたくなかった」
「自分の息子に嫉妬?」

「そうだね――そもそもなぜ父王は迷ったか? 兄王子は父王によく似ていた。賢く堅実、その資質は父王によく似ていた。継承させるに不足のある息子ではなかった。何もなければ父王は、迷うことなく王位を兄王子に継承させていた」
「事実、兄王子がローシェッタの王位を継いだではないか」

「父王に迷いが生じたのはローシェッタの占有がほぼ確定し、都をギュリューからララティスチャングに移すことが決まった頃だ。弟王子をギュリューに残すと決めた父王に異を唱える者が多かったのだ。弟王子はローシェッタになくてはならない存在、ララティスチャングにお連れください……臣下の声を『次期国王には弟王子を』と言っているのだと父王は受け取った。臣下たちにそんなつもりがあったのかどうか、確かなところは判らない。しかし、弟王子は父王にそう思わせるのに充分な資質を有していた」

 ザジリレンの国土のほとんどは険しい山地、ローシェッタから見て敵国との境界ではあったものの山地であるがゆえ侵略を阻むものともなっていた。同時に領有しても旨味のないことから空白地帯とも言えた。

 そんなザジリレンを開拓し、村をつくり、街へと発展させたのは建国の王だ。各国が他国に干渉することのない今となっては不要なものだが、隣国への備えも地の利を生かした盤石なものだった。それを計画し、臣下を動かし、ザジリレンを国として成立させた建国の王弟王子は父王が考えた通り、王としての資質がひょっとしたら兄王子より優っていたのかもしれない。

「もしも弟王子を継承者としたら兄王子はどんな行動に出るだろう? 不服を申し立て、ローシェッタを二分する争いになりはしないか? では反対に兄王子を次期国王にしたら? 弟王子は優しい心根も持ち合わせていた。だから兄王子や、まして父王に逆らいはしない。が、周囲はどうだ? きっと黙ってなどいない。弟王子を担ぎ上げて、やはり国を乱すのではないか?――そして父王は決断する。国王としてなすべきは、国の安寧を図ること。ならばどちらかの王子を国から出すほかはない。父王は弟王子を追放することにした」

 ザジリレンを平定し新国家を成立させよ……それは追放を意味していた? 俺が教えられた話とは違うぞ、クルテ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。 しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。 「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。 書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。 だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。 高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。 本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。 その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...