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9章 女神の約束
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パーティー会場は大浴場の前の広場だった。料理などは営業中に用意し、営業が終わったら従業員総出で会場の設営をしたらしい。
ピエッチェたちは言われていた開始時間から少し遅れてパーティー会場に入った。時間通りに行って準備が整っていなかったら慌てさせてしまう。が、行ってみると既に大勢の人、大盛況だ。
ロープでぐるりと囲んだ中に小さめのテーブルや椅子が並べられている。やや大きなテーブルに料理が置かれ取り皿が何枚も並べられているところを見ると、めいめい好きに取って食べる形式だ。
大浴場入り口の前には楽団もいて何やら音楽を奏でている。いい具合に下手糞だ。演奏を趣味とする村人の寄せ集めだろう。選ぶ曲目はどれも軽快、ダンスを楽しむ人の輪ができていた。
席は決められていなかったがピエッチェたち四人は別格と言う事で大浴場に近い場所にテーブルが確保してあった。
「ここには他の者には座らせませんから」
受付で待っていた自警団団長に案内される。
「すぐにババロフも来ます。宿の仕事がひと段落したら従業員を引き連れて手伝いに来る手筈なんで」
それだけ言うと仕事があるからとどこかに行ってしまった。
「思ったよりも賑やかだわ」
マデルが周囲を見渡す。カッチーが
「まるでお祭りです」
と言えば、
「お祭り気分なのは間違いないな。まぁ、せっかくだからご馳走になるといい――好きなところに行っていいんだぞ。友人も来てるんだろう?」
ピエッチェが微笑む。会場に入った時からカッチーをチラチラ見ては、付かず離れずしている数人はカッチーと同じ年ごろだ。
「あいつらきっと、ピエッチェさんのことを聞きたがってるんですよ」
「話してもいいけど、あんまり大袈裟なことは言うなよ。それと、俺が恥を掻きそうなことも言わないでくれるといいな」
軽く笑うピエッチェに、
「じゃあ、行ってきてもいいんですか?」
カッチーの顔が輝く。
「何を言ってるんだか。ピエッチェは最初から行ってこいって言ってるじゃないの」
マデルが呆れて笑う。
「この席はわたしたち専用らしいから、ここに居なかったら屋敷に帰ったと思っていいわ――あんまり遅くならないうちに戻るのよ。ハメを外し過ぎないようにね」
喜び勇んで席を離れるカッチー、すぐに友人たちと合流した。肩を叩かれたり小突かれたりしているが嬉しそうだ。
「あの子のあんな笑顔、初めて見たわ」
マデルがシミジミと言った。だがすぐに、
「さてっと。わたしたちもご馳走になりましょうよ――お酒は何があるのかしら?」
と立ち上がる。
料理はマデルに任せ、ピエッチェとクルテは席で待っていた。すると入れ違いにババロフがやってきた。
「なんだ、料理がないね。口に合わなかったか?」
「今、マデルが取りに行ってるんだよ」
「あぁ、カッチーと二人で?」
「カッチーは友達と一緒に。そのあたりにいるんじゃないか?」
するとババロフが周囲を見渡した。カッチーを探しているようだ。
その様子にクルテが
「カッチーがどうかした?」
とババロフに尋ねた。
「イヤねぇ……アイツ、ヘンなこと言ってなかったか?」
「ヘンなこと?」
「うん。給金を仕送りしたいとかなんとか」
クルテがピエッチェと見交わした。
「聞いてないが? 何か、金に困るようなことでも?」
訊いたのはピエッチェだ。カッチーが金銭的に困窮する理由が思いつけない。怖い顔にもなる。
「ピエッチェさん、俺を睨みつけるなよ――それがさ、こないだうちに来た時、連絡なしに休んだ子が居るって言っただろう?」
「母親が病気とかって?」
「そう、その子なんだけどね、母親の治療に困ってるから金を貸してくれって言われたんだ。グリュンパから医者に来て貰ってるんだが、それが二月に一回だ。せめて一月に一回診て貰えれば、少しは容態が良くなるんじゃないかってことで給金を増やしてくれって言われた。でもよぉ、いくら事情があってもあの子だけ特別扱いもできないじゃないか。断ったんだよ。そしたら貸してくれって言い出した――真面目によく働いてくれる子だ。俺だって余裕があれば貸してやりたい」
騎士病のせいで蓄えはほとんどない状態、客が戻ったと言ってもまだまだこれからだ。
「もう少ししたら宿にも儲けが出る。給金だって、おまえに限らず増やしていく。だから、今は堪えてくれ……情けないけど、俺にはそう言うしかなかったんだよ」
それでも他の従業員には内緒で、少しでも足しになればと宿の残り物を持たせてやったりしていた。
「それがさ、昨日だ。金を貸してくれとはもう言わないって言ったんだよ。毎日のようになんとかならないかって深刻な顔で相談に来てたのにさ」
「ふむ……他から借りるとでも?」
「理由を訊いても、ババロフには関係ないって教えやしない。でもさ、気になることを言った。『わたしには優しい幼馴染がいるから』ってね」
「その幼馴染がカッチーだと?」
「あぁ、カッチーとサラスンは……ってサラスンってのがその子の名だ。サラスンの母親はカッチーの家の召使だったんだよ。だから二人は小さいころからよく一緒に遊んでた。カッチーだってサラスンの母親を知らないわけじゃないし、ひょっとしたらって思ったんだ」
「なるほどね……」
ピエッチェが腕を組む。
とっくに戻っていたマデルが揚げた鶏肉を頬張りながら
「カッチーが言い出してから考えればいいことよ」
大した問題じゃないと笑う。
「その、サラスンって子が言う『優しい幼馴染』がカッチーと決まったわけじゃないわ」
本当にそう思っているのかと訊きたいところが、
「それもそうだな」
ピエッチェが苦笑いする。
「マデルの言うとおりだ――ババロフ、心配かけてすまない」
「イヤ、とんでもない! うちの従業員がピエッチェさんの大事な弟子に迷惑かけちゃなんねぇってそれが心配なだけだ」
つまり心配なんだよな。
「大丈夫、カッチーには俺とクルテがいる。任せてくれていい」
うんうんと頷くババロフの顔を眺めてピエッチェが思う。そうは言ったものの、もしカッチーがサラスン絡みで金の話を言い出したらどうしたらいいのか迷っていた。
マデルが追加の料理を取りに行くと言って立ち上がった。
「ピエッチェ、なに飲む? ワインもあったよ」
「果物は何があった?」
ピエッチェが答える前にクルテが訊いた。
「さっき持ってきたので全種類よ」
「そっか……じゃあ、もう果物は要らない。ジュースはなかった?」
するとピエッチェと雑談していたババロフが、
「ブドウジュースがお勧めだよ。旨いって評判だ」
と赤ら顔で言った。隣にはババロフの女房も来ていて、『接待役が先に酔っぱらってどうするんだい!』と小言を口にする。
「じゃあ、マデル、ブドウジュースをお願い」
「俺にはワイン。悪いね、さっきからマデルにばかり取りに行かせてる」
「いいのよ、わたしがここに招待されているのはピエッチェとクルテのお陰だもの」
マデルが行ってしまってからババロフが、
「それにしてもマデルさんは酒が強いなぁ」
と感心する。
「うちの女房とどっちが強いかな?」
「わたしはね、あんたと違って肝が据わってるからね。少しばかりの酒じゃあ酔いやしないさ――そう言えば、クルテは飲まないのかい?」
ババロフの女房がクルテを覗き込む。ババロフはさん付けでピエッチェたちを呼ぶのに女房は呼び捨てなのも面白い。
「お酒って飲んだことがない」
「また可愛いことを言っちゃって――まったく、実は女の子だなんて、すっかり騙されてた。てっきり細っこい男だとばかり思ってたよ。でもさ、こうして見ると羨ましいくらいの別嬪さん」
今日のクルテはミントグリーンを基調としたチェック柄のワンピース、髪は三つ編みのおさげにしている。ババロフの女房じゃないが、可愛らしい街娘って感じだ。
「これだけ可愛くて魔物退治にも一緒に行ってくれる子なんて、もう見つからないさね――ピエッチェ、逃した魚は大きいなんてことにならないよう頑張りな」
豪快に笑うババロフの女房になんて答えるか困っているうちにマデルが戻り、テーブルにグラスを二つ置いた。クルテがさっそくグラスに手を伸ばす。
「わたし、少し踊ってくるわ」
席に座ることもなく、マデルはダンスの輪の中に入っていく。笑いながら、
「元気だなぁ」
と呟いて、残ったグラスを手に取り一口飲んだピエッチェが顔色を変える。
「おい、クルテ?」
「ふにゅ?」
ポカンとピエッチェを見るクルテ、途端に頽れ椅子から落ちる。
「おい、しっかりしろ!」
慌てて抱き起こすピエッチェ、ババロフと女房が驚いて立ち上がる。
「どうしたんだよ?」
「コイツ、間違えてワインを一気飲みした」
オロオロするピエッチェとババロフ、女房が『誰か水を!』と叫んだ――
先に帰るとマデルに伝えてくれ――ババロフたちにそう頼むと、クルテを小脇に抱えるようにカッチーの屋敷に戻ったピエッチェだ。水を飲んだもののクルテはすっかり酔っぱらってしまいフラフラだ。ピエッチェに支えられてなんとか歩いているが、何が可笑しいのか笑い続けていた。
ところが屋敷に入るとピエッチェの腕を擦り抜けてすたすた歩いて居間から庭に出て行った。
「コイツ、酔っぱらったふりかよ?」
「だってカティ、早く帰りたいって思ってたよね?」
そりゃそうなんだけど……
「カッチーのこと、どうするつもり?」
庭に出てきたピエッチェにクルテが問う。
「おまえはどうしたらいいと思う?」
「んー……カッチーに、サラスンを将来に渡って面倒見るつもりがあるならいいんじゃない? でもさ」
「でも?」
「その将来、サラスンに貢いじゃったカッチーは文無し。文無し男とサラスンは一緒になってくれるかな?――まぁ、全てカッチー次第の話」
どちらにしたってマデルが言うとおり、カッチーから言い出さなきゃ何もできない。
「ねぇ、カティ、踊ろうよ」
広場の音楽はこの庭にも届いていた。演奏されているのは抱き合って踊るスローな曲だ。
差し出されたクルテの手を取り、腕の中に抱き込んでゆっくりとステップを踏む。甘い香りは庭を満たす花々か、それともクルテか?
「おまえ、本当にチビで痩せっぽちだな」
照れ隠しのピエッチェ、怒るかと思ったがクルテは
「真珠の靴を履こうか? きっとカティと踊るのにちょうどいい背丈になる。痩せてるのはすぐにはどうにもできない。でもマデルが、心配しないでもちゃんと女らしい体つきになるよって言ってた」
含羞むような仕草で顔をピエッチェの胸に押し付けた。
チビでも痩せっぽちでもいい、おまえはおまえだ。この先、おまえがどう変わろうと俺はおまえが好きだ――ピエッチェがクルテを抱く腕に力を込める。
空に月はない。散りばめられた宝石のように星が輝く、風のない夜だった。
ピエッチェたちは言われていた開始時間から少し遅れてパーティー会場に入った。時間通りに行って準備が整っていなかったら慌てさせてしまう。が、行ってみると既に大勢の人、大盛況だ。
ロープでぐるりと囲んだ中に小さめのテーブルや椅子が並べられている。やや大きなテーブルに料理が置かれ取り皿が何枚も並べられているところを見ると、めいめい好きに取って食べる形式だ。
大浴場入り口の前には楽団もいて何やら音楽を奏でている。いい具合に下手糞だ。演奏を趣味とする村人の寄せ集めだろう。選ぶ曲目はどれも軽快、ダンスを楽しむ人の輪ができていた。
席は決められていなかったがピエッチェたち四人は別格と言う事で大浴場に近い場所にテーブルが確保してあった。
「ここには他の者には座らせませんから」
受付で待っていた自警団団長に案内される。
「すぐにババロフも来ます。宿の仕事がひと段落したら従業員を引き連れて手伝いに来る手筈なんで」
それだけ言うと仕事があるからとどこかに行ってしまった。
「思ったよりも賑やかだわ」
マデルが周囲を見渡す。カッチーが
「まるでお祭りです」
と言えば、
「お祭り気分なのは間違いないな。まぁ、せっかくだからご馳走になるといい――好きなところに行っていいんだぞ。友人も来てるんだろう?」
ピエッチェが微笑む。会場に入った時からカッチーをチラチラ見ては、付かず離れずしている数人はカッチーと同じ年ごろだ。
「あいつらきっと、ピエッチェさんのことを聞きたがってるんですよ」
「話してもいいけど、あんまり大袈裟なことは言うなよ。それと、俺が恥を掻きそうなことも言わないでくれるといいな」
軽く笑うピエッチェに、
「じゃあ、行ってきてもいいんですか?」
カッチーの顔が輝く。
「何を言ってるんだか。ピエッチェは最初から行ってこいって言ってるじゃないの」
マデルが呆れて笑う。
「この席はわたしたち専用らしいから、ここに居なかったら屋敷に帰ったと思っていいわ――あんまり遅くならないうちに戻るのよ。ハメを外し過ぎないようにね」
喜び勇んで席を離れるカッチー、すぐに友人たちと合流した。肩を叩かれたり小突かれたりしているが嬉しそうだ。
「あの子のあんな笑顔、初めて見たわ」
マデルがシミジミと言った。だがすぐに、
「さてっと。わたしたちもご馳走になりましょうよ――お酒は何があるのかしら?」
と立ち上がる。
料理はマデルに任せ、ピエッチェとクルテは席で待っていた。すると入れ違いにババロフがやってきた。
「なんだ、料理がないね。口に合わなかったか?」
「今、マデルが取りに行ってるんだよ」
「あぁ、カッチーと二人で?」
「カッチーは友達と一緒に。そのあたりにいるんじゃないか?」
するとババロフが周囲を見渡した。カッチーを探しているようだ。
その様子にクルテが
「カッチーがどうかした?」
とババロフに尋ねた。
「イヤねぇ……アイツ、ヘンなこと言ってなかったか?」
「ヘンなこと?」
「うん。給金を仕送りしたいとかなんとか」
クルテがピエッチェと見交わした。
「聞いてないが? 何か、金に困るようなことでも?」
訊いたのはピエッチェだ。カッチーが金銭的に困窮する理由が思いつけない。怖い顔にもなる。
「ピエッチェさん、俺を睨みつけるなよ――それがさ、こないだうちに来た時、連絡なしに休んだ子が居るって言っただろう?」
「母親が病気とかって?」
「そう、その子なんだけどね、母親の治療に困ってるから金を貸してくれって言われたんだ。グリュンパから医者に来て貰ってるんだが、それが二月に一回だ。せめて一月に一回診て貰えれば、少しは容態が良くなるんじゃないかってことで給金を増やしてくれって言われた。でもよぉ、いくら事情があってもあの子だけ特別扱いもできないじゃないか。断ったんだよ。そしたら貸してくれって言い出した――真面目によく働いてくれる子だ。俺だって余裕があれば貸してやりたい」
騎士病のせいで蓄えはほとんどない状態、客が戻ったと言ってもまだまだこれからだ。
「もう少ししたら宿にも儲けが出る。給金だって、おまえに限らず増やしていく。だから、今は堪えてくれ……情けないけど、俺にはそう言うしかなかったんだよ」
それでも他の従業員には内緒で、少しでも足しになればと宿の残り物を持たせてやったりしていた。
「それがさ、昨日だ。金を貸してくれとはもう言わないって言ったんだよ。毎日のようになんとかならないかって深刻な顔で相談に来てたのにさ」
「ふむ……他から借りるとでも?」
「理由を訊いても、ババロフには関係ないって教えやしない。でもさ、気になることを言った。『わたしには優しい幼馴染がいるから』ってね」
「その幼馴染がカッチーだと?」
「あぁ、カッチーとサラスンは……ってサラスンってのがその子の名だ。サラスンの母親はカッチーの家の召使だったんだよ。だから二人は小さいころからよく一緒に遊んでた。カッチーだってサラスンの母親を知らないわけじゃないし、ひょっとしたらって思ったんだ」
「なるほどね……」
ピエッチェが腕を組む。
とっくに戻っていたマデルが揚げた鶏肉を頬張りながら
「カッチーが言い出してから考えればいいことよ」
大した問題じゃないと笑う。
「その、サラスンって子が言う『優しい幼馴染』がカッチーと決まったわけじゃないわ」
本当にそう思っているのかと訊きたいところが、
「それもそうだな」
ピエッチェが苦笑いする。
「マデルの言うとおりだ――ババロフ、心配かけてすまない」
「イヤ、とんでもない! うちの従業員がピエッチェさんの大事な弟子に迷惑かけちゃなんねぇってそれが心配なだけだ」
つまり心配なんだよな。
「大丈夫、カッチーには俺とクルテがいる。任せてくれていい」
うんうんと頷くババロフの顔を眺めてピエッチェが思う。そうは言ったものの、もしカッチーがサラスン絡みで金の話を言い出したらどうしたらいいのか迷っていた。
マデルが追加の料理を取りに行くと言って立ち上がった。
「ピエッチェ、なに飲む? ワインもあったよ」
「果物は何があった?」
ピエッチェが答える前にクルテが訊いた。
「さっき持ってきたので全種類よ」
「そっか……じゃあ、もう果物は要らない。ジュースはなかった?」
するとピエッチェと雑談していたババロフが、
「ブドウジュースがお勧めだよ。旨いって評判だ」
と赤ら顔で言った。隣にはババロフの女房も来ていて、『接待役が先に酔っぱらってどうするんだい!』と小言を口にする。
「じゃあ、マデル、ブドウジュースをお願い」
「俺にはワイン。悪いね、さっきからマデルにばかり取りに行かせてる」
「いいのよ、わたしがここに招待されているのはピエッチェとクルテのお陰だもの」
マデルが行ってしまってからババロフが、
「それにしてもマデルさんは酒が強いなぁ」
と感心する。
「うちの女房とどっちが強いかな?」
「わたしはね、あんたと違って肝が据わってるからね。少しばかりの酒じゃあ酔いやしないさ――そう言えば、クルテは飲まないのかい?」
ババロフの女房がクルテを覗き込む。ババロフはさん付けでピエッチェたちを呼ぶのに女房は呼び捨てなのも面白い。
「お酒って飲んだことがない」
「また可愛いことを言っちゃって――まったく、実は女の子だなんて、すっかり騙されてた。てっきり細っこい男だとばかり思ってたよ。でもさ、こうして見ると羨ましいくらいの別嬪さん」
今日のクルテはミントグリーンを基調としたチェック柄のワンピース、髪は三つ編みのおさげにしている。ババロフの女房じゃないが、可愛らしい街娘って感じだ。
「これだけ可愛くて魔物退治にも一緒に行ってくれる子なんて、もう見つからないさね――ピエッチェ、逃した魚は大きいなんてことにならないよう頑張りな」
豪快に笑うババロフの女房になんて答えるか困っているうちにマデルが戻り、テーブルにグラスを二つ置いた。クルテがさっそくグラスに手を伸ばす。
「わたし、少し踊ってくるわ」
席に座ることもなく、マデルはダンスの輪の中に入っていく。笑いながら、
「元気だなぁ」
と呟いて、残ったグラスを手に取り一口飲んだピエッチェが顔色を変える。
「おい、クルテ?」
「ふにゅ?」
ポカンとピエッチェを見るクルテ、途端に頽れ椅子から落ちる。
「おい、しっかりしろ!」
慌てて抱き起こすピエッチェ、ババロフと女房が驚いて立ち上がる。
「どうしたんだよ?」
「コイツ、間違えてワインを一気飲みした」
オロオロするピエッチェとババロフ、女房が『誰か水を!』と叫んだ――
先に帰るとマデルに伝えてくれ――ババロフたちにそう頼むと、クルテを小脇に抱えるようにカッチーの屋敷に戻ったピエッチェだ。水を飲んだもののクルテはすっかり酔っぱらってしまいフラフラだ。ピエッチェに支えられてなんとか歩いているが、何が可笑しいのか笑い続けていた。
ところが屋敷に入るとピエッチェの腕を擦り抜けてすたすた歩いて居間から庭に出て行った。
「コイツ、酔っぱらったふりかよ?」
「だってカティ、早く帰りたいって思ってたよね?」
そりゃそうなんだけど……
「カッチーのこと、どうするつもり?」
庭に出てきたピエッチェにクルテが問う。
「おまえはどうしたらいいと思う?」
「んー……カッチーに、サラスンを将来に渡って面倒見るつもりがあるならいいんじゃない? でもさ」
「でも?」
「その将来、サラスンに貢いじゃったカッチーは文無し。文無し男とサラスンは一緒になってくれるかな?――まぁ、全てカッチー次第の話」
どちらにしたってマデルが言うとおり、カッチーから言い出さなきゃ何もできない。
「ねぇ、カティ、踊ろうよ」
広場の音楽はこの庭にも届いていた。演奏されているのは抱き合って踊るスローな曲だ。
差し出されたクルテの手を取り、腕の中に抱き込んでゆっくりとステップを踏む。甘い香りは庭を満たす花々か、それともクルテか?
「おまえ、本当にチビで痩せっぽちだな」
照れ隠しのピエッチェ、怒るかと思ったがクルテは
「真珠の靴を履こうか? きっとカティと踊るのにちょうどいい背丈になる。痩せてるのはすぐにはどうにもできない。でもマデルが、心配しないでもちゃんと女らしい体つきになるよって言ってた」
含羞むような仕草で顔をピエッチェの胸に押し付けた。
チビでも痩せっぽちでもいい、おまえはおまえだ。この先、おまえがどう変わろうと俺はおまえが好きだ――ピエッチェがクルテを抱く腕に力を込める。
空に月はない。散りばめられた宝石のように星が輝く、風のない夜だった。
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