秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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10章 友好と敵対

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 翌朝、雨音で目を覚ます。久々の雨だ。ベッドの上に座り込み、頭から布団を被ったクルテがおずおずとピエッチェに訊いた。
「雷、鳴る?」
窓辺に立って外を見ていたピエッチェが答える。
「いいや、しとしとだ。昼にはむな」
笑いたいのをこらえているのを知られたくなくて、言いかたがぶっきら棒になった。

「怒ってる? なんだか怖い」
「雷とどっちが怖い?」
「雷に決まってる」

「怒っちゃいない――さすがに、雷には勝てないか」
とうとう吹き出したピエッチェにクルテがホッとする。

「マデル、起きてる? 髪を編んで欲しい」
「寝てたら起こして、こっちに来るよう言うよ」
寝室からピエッチェが出て行った。

「仕方ないねぇ……」
ブツブツ言って部屋から出てきたマデル、
「髪の編み方は何度か教えたのに、クルテったら覚える気がないよね」
欠伸あくびをしながら笑う。さも今起きましたって感じだ。

「クルテじゃなくピエッチェに教えようかな? ピエッチェならすぐに覚えそうだよね?」
「どうだろう? まぁ、俺はカッチーを起こしてくる。頼んだよ」

 マデルは目の縁を赤くしていた。うっすらくまも浮いていた。訊かなくても判る。昨夜もラクティメシッスと連絡が付かなかったんだ――

 カッチーは起きて身支度を整えていたようだ。すぐに出てきた。
「寝坊しなくなったな」
ピエッチェが微笑むと、
「ピエッチェさんより先に起きなくちゃダメですよね」
気拙きまずそうにうつむいた。

「起こされても起きないなんてことはなくなったんだ。随分な進歩だよ」
「いえ、師匠より遅くまで寝てる弟子なんてダメです――ところでクルテさんは?」
「マデルに髪を編んで貰ってる」
「あぁ、それでマデルさんもいないんですね」

「マデルに、クルテの髪を編めるようになれって言われたよ」
ピエッチェが苦笑すると、
「ピエッチェさんには無理かも。てか、俺にも無理」
カッチーが笑う。

「クルテさん、今日も三つ編みかなぁ? パーティーの時、可愛かったですよね」
「そうだったか?」
「村の連中に『誰だ?』って訊かれて大変でした。友達には紹介してくれとまで言われちゃうし」
「クルテだって知って、みんな驚いたんじゃ?」

「それが……なぁんとなく、クルテさんだって言っちゃいけないような気がして『ピエッチェさんの婚約者だ』って言っちゃいました」
ペロッと舌を出すカッチーに舌打ちしたいところだが、ここは
「まぁ、旅の間中、そんな設定だったしな。今さらだな」
と何も気にしていないふうを装った。

 案の定クルテは三つ編みのおさげ、居間に入ってくるなり
「髪の編み方、覚えてくれるって?」
嬉しそうにピエッチェの隣に座る。マデルを睨みつけるが知らん顔をされたピエッチェだ。

(やっぱりラクティメシッスと連絡取れなかったみたい)
頭の中にクルテの声、
(やっぱり……)
答えるというより独り言のように頭の中で呟いた。

 レストランに行くと朝のメニューは二種類しかないと言われクルテの機嫌が悪くなる。デザートにさえ果物はなかった。
「ジュースで我慢しておけ」
オレンジとブドウ、両方頼むことでクルテが納得する。二杯も飲んで腹は大丈夫なのかと思ったが、面倒なので言わなかった。

「あとで詰め所に行ってみようと思う」
マデルがそう言ったのは食べ始めて少したってからだ。ピエッチェがパンにバターを塗りながら訊いた。
「詰め所って街の警備隊の? それとも別の?」
警備隊でなければ王室魔法使いのほうだ。レストランではほかの客の耳がある。王室魔法使いとは言わないほうがよさそうだ。

「別のほう……わたし一人で行ってもいい?」
「そうだな。俺とクルテは行かない。カッチーをお供に連れて行くといい」
マデリエンテ姫が供も連れずに行くのは拙かろうとピエッチェの気遣いだ。

「それじゃあ、カッチーが可哀想だわ」
「何を言ってるんです? それとも俺じゃお供も勤まりませんか?」

「ついてくだけでなんにも言わなくていいんだから、カッチーでも大丈夫」
身も蓋もないことを言ったのはクルテ、サンドイッチは口にあったようで、すでに食べ終えてオレンジジュースのお替りが来るのを待っていた。
「茹で卵だけって頼めないよね?」
ピエッチェを見上げる。クルテとマデルが頼んだサンドイッチに茹で卵はついていない。ピエッチェとカッチーは、サラダとソーセージ、茹で卵に丸パンだ。

「そんな言いかたはどうかと思うぞ。カッチーはおまえより常識もあるし、行儀もずっといい――ってか、おまえ、今日は随分食欲旺盛だな」
「カッチー、最近はテーブルマナーも上達した。なんかね、凄くお腹が減ってる。雨だからかな?」
雨降りだと腹が減る、なんて聞いたことがない。

 クルテの心無い言葉にしょげたカッチーにマデルが微笑む。
「カッチーが一緒に来てくれるんなら心強いよ。この街の詰め所の様子はまったく判らないから、本音を言えば心細かったの」
カッチーの表情に明るさが戻った。ところが……

「本当に俺なんかでいいんでしょうか?」
着替えるからと寝室に行ったマデルを待っていたカッチーが、出てきたマデルを見て怖じ気づく。マデルは盛装、どう見たって貴婦人、それに引き替え自分は一応余所よそきだが到底釣り合うとは言えない。

「召使のふりでいい」
クルテがポツンと言った。
「それなら黙りこくってたって誰も不審に思わない。そのほうがカッチーもらく。カッチーはまだ未成年。マデルをエスコートしたらそのほうが奇妙」
何も言わなくていいって、そんな意味だったのか?

「は、はい……えぇ、クルテさんの言う通りです」
「ごめんね、カッチー。あんたに召使のフリをさせるなんて忍びないんだけど、今日のところは我慢してね」
なんだよ、マデルもそのつもりだったのか。お供とは言ったけど、従者って感覚じゃなかった――

 ピエッチェが一緒に行けばどこの誰だと詮索される。街のどこかで会うのとはわけが違う。場所は王室魔法使いの詰め所だ。要はローシェッタ国の役所と同じ、身分を明らかにしなければ中には入れて貰えない。ラクティメシッスが居れば便宜を図ってくれるだろうが、必ず居るとも限らない。

 ピエッチェもマデルの護衛として同行することもできないわけではないがマデリエンテ姫の護衛なら王室魔法使いが知らないのは不自然、怪しまれる危険がある。クルテを侍女として行かせようかと思ったがピエッチェも一緒じゃなきゃ行かないと言われるのがオチだ。

 宿に頼んで馬車の手配をして貰った。雨が降っているのだからリュネに二人乗りってわけにはいかないし、リュネにはリュネで王室魔法使いの詰め所に行かせられないわけがある。

 ベランダで二人が出かけるのを見送ってからクルテが言った。
「そろそろ店が開く時間かな?」
何か買いたいものでもあるんだろうか?

「果物と花を買う」
「何も雨の中、出かけなくてもいいだろう? んでからにしよう」
「……お腹、いた」
朝食を食べたばかりじゃないか。

「受付でお茶とお茶請けを――」
「スイカ、飽きた」
「わがまま言うなよ」
「何しろ買い物に行く」

 ふぅん、さては……とピエッチェが思う。この舌ったらずめ。今日は何を企んでいる? クルテの行動に先を見越したものが多いことには気が付いていた。単なる我儘わがままかと思っていると、ちゃんと理由がある。だけどその理由を巧く説明できない。今回もそれか?

 まぁ、違ってたら違ってたでそれでもいい。グダグダ言われ続けるよりは雨に濡れたほうがマシだ。

 宿の受付で店の場所を訊いてからうまやに寄った。数頭の馬と一緒に並んだリュネはピエッチェたちを見るとヒヒンと笑った。笑った? 少なくともピエッチェはそう感じた。

 クルテがリュネを撫でる横で見るともなしに他の馬を見ると、何やらみんな怯えているようだ。リュネの機嫌を損なわないよう、気を遣っているのか?

「リュネはここのボス馬になった?」
ピエッチェの呟きにクルテがフフンと鼻を鳴らす。
「そりゃそうだよ――だからこそリュネを詰め所に行かせるわけにいかなかった」

 マデルが無害魔物の申請をし、それが認可されるまで王室魔法使いにリュネを見せるわけにはいかない。わざわざ詰め所に行かせるなんて、処分対象にしてくださいというようなもんだ。

 厩を出ると外は霧雨きりさめ、しっとりと濡れる。濡れるというより蒸されるか? 気温が高いが暑いというほどでもなく、じめじめと気持ちのいいものではないが風邪をひくことはなさそうだ。

「そう言えば、コゲゼリテではどれくらい包んだんだ?」
道すがらピエッチェが訊いた。大浴場前広場でのパーティーのことを言っている。招待されたからと言ってチャリティーに手ぶらでは行けないと、クルテは受付にかねの包みを渡していた。

 金額を聞いてピエッチェが笑いだす。
「大貴族並みだな」

「英雄ピエッチェはケチだ、なんて言われたくない」
「大金持ちだって言われちまうぞ」
「真実が知られた時に、困らない金額」
なるほど、隣国王が遊興でたまたま立ち寄った村に寄付するなら妥当な金額だ。

 八百屋で幾つかの果物を選んだ。代金を渡しながら、
「近くに鶏卵屋はない?」
とクルテが訊いた。

 鶏卵なんかどうするんだ? 茹で卵が食べたいって言ってたけど、自分で茹でるつもりか? 宿の部屋にキッチンはなかったはずだ。

 三軒先だというのですぐに向かった。
「できるだけたくさん欲しい。持てるだけちょうだい」
クルテの依頼に
「お菓子作りの練習でもするのかい?」
店番が笑う。

「ううん。食べる気はないから、古くってもいいよ」
「食べる気はない? 肥料にでもするのかな?」
「そう、そんな感じ。だから腐っててもいい」
「だったらさ――」
鶏卵屋は廃棄するのがあるから、それを持ってけと言った。
「捨てるもんだ、無料ただでいいよ」

 箱一杯の腐れ卵を貰い、どうせだからと売り物の茹で卵を十個買った。クルテは上機嫌だ。卵も果物も持たされて手一杯のピエッチェ、クルテは鶏卵屋の次に行った花屋で買った花籠を抱えて、いつものようにニマニマしてる。

 宿に着くとすぐ部屋に戻るのかと思ったら、厩に寄ると言う。
「卵の箱はキャビンにおいて。足元でいいよ――茹で卵は部屋で食べるから持ってって」
めんどくさいなと思いながら、腐れ卵の箱だけをキャビンの床に置く。

「こんなもん、どうするんだよ?」
「マデルが帰ってくれば判るよ――使わないでいられるといいんだけど」
「使わない可能性もあるのか?」
「そんなの判んない」
ってことはこれ以上聞いても無駄か。

「使わないほうがいいけど、その場合、どこに捨てるか困る」
クルテが花籠から視線をピエッチェに移した。なんだか嫌な予感がする。
「どうしたらいいと思う?」
知るかっ!

 とにかく、マデルが帰ってくるのを待つしかない。
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