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10章 友好と敵対
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宿を出て、セレンヂュゲの街を歩く。さすがはローシェッタ第二の都市、飲食店に限らず、まだ開いている店も、人通りも多く賑やかだ。魔法を使っているのか、高い位置にある街灯が明々と通りを照らしている。
「それがね、カッチー。クルテが間違ってワインを飲んじゃって、酔って倒れてフラフラでって聞いたから心配してすっとんで帰ったのよ。どっちがワインでどっちがジュースか、ちゃんと教えた覚えもなかったんでわたしにも責任あるしさ」
マデルがカッチー相手に文句を垂れている。
「そしたら何? この二人ったら楽しそうに踊ってたのよ? 心配するんじゃなかった」
カッチーは『二人のダンス、見てみたかったなぁ』と笑っている。
「マデルさんはポッピンズと踊ってましたよね」
「あのおじさん、ポッピンズって言うんだ? 奥さんに頼まれたのよ。踊り疲れちゃったから代わってくれって。じゃあ一曲だけ、って引き受けたんだ」
「足、踏まれませんでしたか?」
「踏まれたわよ、何度も。一曲って約束でよかったわ」
「ポッピンズさんはダンス好きなんだけど、下手だって有名なんです」
「えぇ!? そうなの? 奥さんに一杯食わされたわ」
マデルとカッチーの少し後ろを行くのはピエッチェとクルテ、一見すると物見遊山のそぞろ歩き、雑談しながら楽し気に歩いているように見える。だがその実、緊張した脳内会話が繰り広げられていた。
クルテの顔を見て微笑みながらピエッチェがチラリと後ろを見る。
(パン屋を覗き込んでるふりしてるヤツか?)
(その後ろの青いシャツの男だよ)
(見たことのない顔だな)
(うん、シスール周回道にも来なかった。ドンクの、セレンヂュゲでの子分)
(どうしてそれが判った?)
(さっき、目があっちゃったんだ)
(目があった?)
(慌てて向こうが目を逸らしたから、さてはって思って心を読んだんだよ)
(ドンクって、どんだけ子分が居るんだ?)
(王室魔法使いを下っ端とは言え抱き込んでる。少なくともセレンヂュゲの悪党の親玉なんじゃないか?)
(グリュンパにもシンパがいたよな?)
(ドンクは曲がりなりにもセレンヂュゲを取り仕切ってる。ガロムナッシムはそんなドンクの顔を立てただけだ)
(確かに、仲間って感じじゃなかったな)
(むしろドンクはガロムナッシムを警戒してると思う。彼は正義感が強い。グリュンパでの悪事を知られれば、ドンクは彼に絞められる)
(ところで、青シャツはなんで俺たちを尾行けてる?)
(王室魔法使いから聞いてわたしたちの宿泊先は判った。でも、宿を襲撃するわけにはいかない。きっと王室魔法使いに『派手な騒ぎを起こすな』と、釘を刺されたはずだ)
(ラクティメシッス不在時に何かあれば自分たちが責任を問われると?)
(だから、わたしたちがセレンヂュゲを出るのを待ってる)
(それならしばらくは襲って来ないな)
(だが、気掛かりは他にもある――マデルを見て、王室魔法使いの詰め所で高位魔法使いを騙った女はあれかって思ってた)
(マデルのことを偽マデリエンテ姫だと、下っ端どもは考えたってことか?)
(そのようだね――だから、セレンヂュゲにいる間、警戒すべきは王室魔法使い。マデルを捕らえに来るかもしれない)
(恥を掻くのは自分たちだろうに?)
(ラクティメシッス不在はいつまでなんだろう?――帰ってくる前にマデルを捕らえてくれるといいって青シャツは思ってる。マデルを捕らえるんならわたしたちもオマケで捕まえて、四人揃ってヤツラに下げ渡すって話が下っ端魔法使いと付いてるらしい)
「ねぇ、この店にしようよ」
少し先でマデルが振り返って、大声で言った。
「チーズのいい匂いがする。ピザですって。嫌いじゃないでしょ?」
マデルの横ではカッチーが店を覗き込んでいる。
「混んでるけど、一つだけテーブルが空いてます。入っちゃいましょう、マデルさん。席が無くなりますよ」
マデルの腕を引くカッチー、二人はピエッチェたちを待たずに店に入っていった――
ピザのほかにはサラダと飲み物しかなかった。当然クルテの機嫌が悪くなる。
「ジュースだけでいい」
と拗ねるのを
「果物のピザもあるみたいよ?」
とマデルが注文し、クルテも少し興味を示したが、出されたピザを睨みつけて動かない。ピエッチェまでも『放っておけ』と不機嫌になる。
「ごめん。わたしの店選びが悪かった」
「マデルのせいじゃない」
ビールをグビリと飲んでピエッチェが言った。カッチーは伸びるチーズと戦っている。
「コイツは二人が出かけてるとき、茹で卵を三つも食った。腹が減ってないんだよ」
「あら、そうなの?」
「だから気にしないで、マデルは好きなものを好きなだけ食べるといい。酒もどんどん飲め――ってビールしかないんだったか?」
「茹で卵、旨いですよね」
口をモグモグさせながらカッチーがニッコリする。
「クルテさんが三つ食べたなら、俺、十個は食べられるかなぁ」
するとクルテがフルーツピザを睨みつけるのをやめて
「カッチーも三個」
と言った。
「えっ? 俺、もっと食べられますよ?」
「残りは六個。みんなで四個、残り二個はカッチー」
「コイツ、茹で卵を十個買ったんだよ」
腐れ卵を思い出したが、言う必要を感じなかったピエッチェだ。
「で、どうかしたか?」
観察を終えて見上げてくるクルテに嫌な予感がするピエッチェ、それでもやっぱり訊かずにいられない。
「果物が過熱されてる――加熱されると水分が飛んで、甘さが増す。そこにチーズの塩気、きっと美味しい」
「だったら美味しいかどうか、食べて確かめてみろよ」
めんどくさいヤツだと思うがつい笑顔になってしまう。マデルもホッとしてビールのジョッキに手を伸ばした。
青シャツは店の中には入って来なかった。店を覗くことすらしなかった。外で待っているのだろうか? まさか、仲間を集めて待ち伏せ? いや、それはないはずだ。
一口食べてニッコリしてからはいつものペースでのんびりピザを食べるクルテ、何種類かの果物を乗せて焼いたピザを食べながら、『桃だ』『イチゴだ』と嬉しそうに時おり呟く。
クルテのことなんかまったく気にしていない様子だったカッチーは、クルテが食べ始めてからはペースが上がった。
「ピザ、大好きです。チーズのとろとろが溜まりません」
次々に追加で頼んでいる。
マデルは
「ビールじゃ酔えないわ」
と言ったが、
「ピザとビール、最高の取り合わせ!」
次第に陽気になっていった。
常に変わらないのはピエッチェ、ゆったりと落ち着いて、口数は少なめだが表情は明るく穏やか、安定しているというのが当たっている。クルテに関してはその限りではないが、滅多なことでは動じない。
そんなピエッチェが表情を急激にこわばらせたのは機嫌よく食べていたクルテが手にしたピザを皿に置き、隣の客を見た直後だった。
「戦の相手はザジリレンなんだってなぁ」
クルテが視線を向けた先、隣の客が話し始めた。
「向こうから吹っ掛けて来たって話だね」
「それで王室魔法使いが王都に緊急招集されたんだ?」
「街の治安が悪くなるんじゃないかって、金持ちどもが心配してるってさ」
隣の客は入ってきたばかり、店員がすぐに来て注文を取った。
ピエッチェたちのテーブルでは、ピエッチェだけでなくマデルもカッチーも蒼褪めている。
「どういうこと?」
声を潜めてマデルが訊くが、答えられる者がこのテーブルに居るはずもない。
注文を取り終えて店員が客に尋ねた。
「戦になるって噂は本当だったんだ? でも、まさか相手がザジリレンだとはね」
隣の客は常連のようだ。店員が馴れ馴れしい。
「だよなぁ、王家同士が親戚なんだろう?」
「ザジリレンって、国王不在だったんじゃなかった?」
「それがさ、ザジリレン王をローシェッタが監禁してるんじゃないかって向こうが言い出したのが発端なんだって」
「その王さまって川に落ちて、溺れたんだか生きてるんだか判らないんだったよな」
「落ちた川は我が国に流れ込んでる。これだけ探して見つからないのは下流に流されたからだ。ローシェッタにザジリレン王は居るってのがあちらさんの言い分さ」
「しかし、ザジリレン王を捕縛して、我が国になんの得があるんだろう?」
「国王を人質にしたんだ、国の明け渡しじゃないのか?」
「それだとザジリレンはローシェッタに攻め込めない道理だ。戦を仕掛けるってことは、国王が殺されても構わないって言ってるようなもんじゃないか」
「そこが狙いだって話もある――王姉を次期国王にするためにね」
「そうそう、王姉の夫君が野心家なんだっけ?」
「はん! いい迷惑だな。身内で揉めてろって話じゃないか……で、ほかに何か注文する? なければ厨房に通してくるよ」
クルテがそっとピエッチェの腕に手を添える。
「宿に帰ろう――カッチー、店員を呼んで、残っているものを持って帰りたいって交渉して」
カッチーが頷いた。
宿に戻り、居間でピザの包みを解いた。飲み物は宿の受付で貰ってきたお茶とレモン水だ。
「ピエッチェ、相当ショックを受けたみたいね」
冷めたピザを頬張りながらマデルが言う。
「フレヴァンス捜索どころじゃなくなっちゃったかな?」
カッチーがピエッチェたちの寝室のドアを見てから
「まぁ、ラクティメシッスさまが王都に行ったのは間違いなさそうですね」
と答えた。
「でもね、マデルさん。いくらショックを受けたからってピエッチェさんは、すぐにザジリレンに帰るなんて言い出さないと思います」
「どうしてそう思うの?」
「街の噂を鵜呑みにする人じゃないですよ」
「確かめるために何をするかしら?」
「フレヴァンスさまの救出です」
「えっ?」
「フレヴァンスさまを救出すれば、ローシェッタ王家に干渉できる立場を手に入れられる。俺ならそう考えます」
マデルがそっと微笑む。
「カッチー、あんた、優しいよね」
「マデルさんを元気づけようと思って言ってるわけじゃありません。戦が始まってしまう前にフレヴァンスさまを探し出す、ピエッチェさんはきっとそう思ってるはずです」
「戦が始まる前にかぁ……」
マデルが溜息をついた。
「ザジリレン王が、ここに居るぞって姿を現してくれるといいのにね」
「それは難しいんじゃ? 今まで出て来ないってことは、出て来られない理由があるんです。さっきの噂で確信しました」
「身内に命を狙われている? 姉上……じゃないな、その夫だね」
マデルの言葉に、カッチーがうっすら笑う。
「まぁ、噂話が本当だったとして、の話ですよ」
ピザ屋で隣の客の話を聞いてから一言も発さないピエッチェ、宿に戻るとそのまま寝室に籠ってしまった。椅子に腰かけて、寄り添って来たクルテの肩を抱いてはいるが表情は暗く硬い。
クルテも何も言わない。ピエッチェの動揺や考え事の、邪魔しはしない。
「それがね、カッチー。クルテが間違ってワインを飲んじゃって、酔って倒れてフラフラでって聞いたから心配してすっとんで帰ったのよ。どっちがワインでどっちがジュースか、ちゃんと教えた覚えもなかったんでわたしにも責任あるしさ」
マデルがカッチー相手に文句を垂れている。
「そしたら何? この二人ったら楽しそうに踊ってたのよ? 心配するんじゃなかった」
カッチーは『二人のダンス、見てみたかったなぁ』と笑っている。
「マデルさんはポッピンズと踊ってましたよね」
「あのおじさん、ポッピンズって言うんだ? 奥さんに頼まれたのよ。踊り疲れちゃったから代わってくれって。じゃあ一曲だけ、って引き受けたんだ」
「足、踏まれませんでしたか?」
「踏まれたわよ、何度も。一曲って約束でよかったわ」
「ポッピンズさんはダンス好きなんだけど、下手だって有名なんです」
「えぇ!? そうなの? 奥さんに一杯食わされたわ」
マデルとカッチーの少し後ろを行くのはピエッチェとクルテ、一見すると物見遊山のそぞろ歩き、雑談しながら楽し気に歩いているように見える。だがその実、緊張した脳内会話が繰り広げられていた。
クルテの顔を見て微笑みながらピエッチェがチラリと後ろを見る。
(パン屋を覗き込んでるふりしてるヤツか?)
(その後ろの青いシャツの男だよ)
(見たことのない顔だな)
(うん、シスール周回道にも来なかった。ドンクの、セレンヂュゲでの子分)
(どうしてそれが判った?)
(さっき、目があっちゃったんだ)
(目があった?)
(慌てて向こうが目を逸らしたから、さてはって思って心を読んだんだよ)
(ドンクって、どんだけ子分が居るんだ?)
(王室魔法使いを下っ端とは言え抱き込んでる。少なくともセレンヂュゲの悪党の親玉なんじゃないか?)
(グリュンパにもシンパがいたよな?)
(ドンクは曲がりなりにもセレンヂュゲを取り仕切ってる。ガロムナッシムはそんなドンクの顔を立てただけだ)
(確かに、仲間って感じじゃなかったな)
(むしろドンクはガロムナッシムを警戒してると思う。彼は正義感が強い。グリュンパでの悪事を知られれば、ドンクは彼に絞められる)
(ところで、青シャツはなんで俺たちを尾行けてる?)
(王室魔法使いから聞いてわたしたちの宿泊先は判った。でも、宿を襲撃するわけにはいかない。きっと王室魔法使いに『派手な騒ぎを起こすな』と、釘を刺されたはずだ)
(ラクティメシッス不在時に何かあれば自分たちが責任を問われると?)
(だから、わたしたちがセレンヂュゲを出るのを待ってる)
(それならしばらくは襲って来ないな)
(だが、気掛かりは他にもある――マデルを見て、王室魔法使いの詰め所で高位魔法使いを騙った女はあれかって思ってた)
(マデルのことを偽マデリエンテ姫だと、下っ端どもは考えたってことか?)
(そのようだね――だから、セレンヂュゲにいる間、警戒すべきは王室魔法使い。マデルを捕らえに来るかもしれない)
(恥を掻くのは自分たちだろうに?)
(ラクティメシッス不在はいつまでなんだろう?――帰ってくる前にマデルを捕らえてくれるといいって青シャツは思ってる。マデルを捕らえるんならわたしたちもオマケで捕まえて、四人揃ってヤツラに下げ渡すって話が下っ端魔法使いと付いてるらしい)
「ねぇ、この店にしようよ」
少し先でマデルが振り返って、大声で言った。
「チーズのいい匂いがする。ピザですって。嫌いじゃないでしょ?」
マデルの横ではカッチーが店を覗き込んでいる。
「混んでるけど、一つだけテーブルが空いてます。入っちゃいましょう、マデルさん。席が無くなりますよ」
マデルの腕を引くカッチー、二人はピエッチェたちを待たずに店に入っていった――
ピザのほかにはサラダと飲み物しかなかった。当然クルテの機嫌が悪くなる。
「ジュースだけでいい」
と拗ねるのを
「果物のピザもあるみたいよ?」
とマデルが注文し、クルテも少し興味を示したが、出されたピザを睨みつけて動かない。ピエッチェまでも『放っておけ』と不機嫌になる。
「ごめん。わたしの店選びが悪かった」
「マデルのせいじゃない」
ビールをグビリと飲んでピエッチェが言った。カッチーは伸びるチーズと戦っている。
「コイツは二人が出かけてるとき、茹で卵を三つも食った。腹が減ってないんだよ」
「あら、そうなの?」
「だから気にしないで、マデルは好きなものを好きなだけ食べるといい。酒もどんどん飲め――ってビールしかないんだったか?」
「茹で卵、旨いですよね」
口をモグモグさせながらカッチーがニッコリする。
「クルテさんが三つ食べたなら、俺、十個は食べられるかなぁ」
するとクルテがフルーツピザを睨みつけるのをやめて
「カッチーも三個」
と言った。
「えっ? 俺、もっと食べられますよ?」
「残りは六個。みんなで四個、残り二個はカッチー」
「コイツ、茹で卵を十個買ったんだよ」
腐れ卵を思い出したが、言う必要を感じなかったピエッチェだ。
「で、どうかしたか?」
観察を終えて見上げてくるクルテに嫌な予感がするピエッチェ、それでもやっぱり訊かずにいられない。
「果物が過熱されてる――加熱されると水分が飛んで、甘さが増す。そこにチーズの塩気、きっと美味しい」
「だったら美味しいかどうか、食べて確かめてみろよ」
めんどくさいヤツだと思うがつい笑顔になってしまう。マデルもホッとしてビールのジョッキに手を伸ばした。
青シャツは店の中には入って来なかった。店を覗くことすらしなかった。外で待っているのだろうか? まさか、仲間を集めて待ち伏せ? いや、それはないはずだ。
一口食べてニッコリしてからはいつものペースでのんびりピザを食べるクルテ、何種類かの果物を乗せて焼いたピザを食べながら、『桃だ』『イチゴだ』と嬉しそうに時おり呟く。
クルテのことなんかまったく気にしていない様子だったカッチーは、クルテが食べ始めてからはペースが上がった。
「ピザ、大好きです。チーズのとろとろが溜まりません」
次々に追加で頼んでいる。
マデルは
「ビールじゃ酔えないわ」
と言ったが、
「ピザとビール、最高の取り合わせ!」
次第に陽気になっていった。
常に変わらないのはピエッチェ、ゆったりと落ち着いて、口数は少なめだが表情は明るく穏やか、安定しているというのが当たっている。クルテに関してはその限りではないが、滅多なことでは動じない。
そんなピエッチェが表情を急激にこわばらせたのは機嫌よく食べていたクルテが手にしたピザを皿に置き、隣の客を見た直後だった。
「戦の相手はザジリレンなんだってなぁ」
クルテが視線を向けた先、隣の客が話し始めた。
「向こうから吹っ掛けて来たって話だね」
「それで王室魔法使いが王都に緊急招集されたんだ?」
「街の治安が悪くなるんじゃないかって、金持ちどもが心配してるってさ」
隣の客は入ってきたばかり、店員がすぐに来て注文を取った。
ピエッチェたちのテーブルでは、ピエッチェだけでなくマデルもカッチーも蒼褪めている。
「どういうこと?」
声を潜めてマデルが訊くが、答えられる者がこのテーブルに居るはずもない。
注文を取り終えて店員が客に尋ねた。
「戦になるって噂は本当だったんだ? でも、まさか相手がザジリレンだとはね」
隣の客は常連のようだ。店員が馴れ馴れしい。
「だよなぁ、王家同士が親戚なんだろう?」
「ザジリレンって、国王不在だったんじゃなかった?」
「それがさ、ザジリレン王をローシェッタが監禁してるんじゃないかって向こうが言い出したのが発端なんだって」
「その王さまって川に落ちて、溺れたんだか生きてるんだか判らないんだったよな」
「落ちた川は我が国に流れ込んでる。これだけ探して見つからないのは下流に流されたからだ。ローシェッタにザジリレン王は居るってのがあちらさんの言い分さ」
「しかし、ザジリレン王を捕縛して、我が国になんの得があるんだろう?」
「国王を人質にしたんだ、国の明け渡しじゃないのか?」
「それだとザジリレンはローシェッタに攻め込めない道理だ。戦を仕掛けるってことは、国王が殺されても構わないって言ってるようなもんじゃないか」
「そこが狙いだって話もある――王姉を次期国王にするためにね」
「そうそう、王姉の夫君が野心家なんだっけ?」
「はん! いい迷惑だな。身内で揉めてろって話じゃないか……で、ほかに何か注文する? なければ厨房に通してくるよ」
クルテがそっとピエッチェの腕に手を添える。
「宿に帰ろう――カッチー、店員を呼んで、残っているものを持って帰りたいって交渉して」
カッチーが頷いた。
宿に戻り、居間でピザの包みを解いた。飲み物は宿の受付で貰ってきたお茶とレモン水だ。
「ピエッチェ、相当ショックを受けたみたいね」
冷めたピザを頬張りながらマデルが言う。
「フレヴァンス捜索どころじゃなくなっちゃったかな?」
カッチーがピエッチェたちの寝室のドアを見てから
「まぁ、ラクティメシッスさまが王都に行ったのは間違いなさそうですね」
と答えた。
「でもね、マデルさん。いくらショックを受けたからってピエッチェさんは、すぐにザジリレンに帰るなんて言い出さないと思います」
「どうしてそう思うの?」
「街の噂を鵜呑みにする人じゃないですよ」
「確かめるために何をするかしら?」
「フレヴァンスさまの救出です」
「えっ?」
「フレヴァンスさまを救出すれば、ローシェッタ王家に干渉できる立場を手に入れられる。俺ならそう考えます」
マデルがそっと微笑む。
「カッチー、あんた、優しいよね」
「マデルさんを元気づけようと思って言ってるわけじゃありません。戦が始まってしまう前にフレヴァンスさまを探し出す、ピエッチェさんはきっとそう思ってるはずです」
「戦が始まる前にかぁ……」
マデルが溜息をついた。
「ザジリレン王が、ここに居るぞって姿を現してくれるといいのにね」
「それは難しいんじゃ? 今まで出て来ないってことは、出て来られない理由があるんです。さっきの噂で確信しました」
「身内に命を狙われている? 姉上……じゃないな、その夫だね」
マデルの言葉に、カッチーがうっすら笑う。
「まぁ、噂話が本当だったとして、の話ですよ」
ピザ屋で隣の客の話を聞いてから一言も発さないピエッチェ、宿に戻るとそのまま寝室に籠ってしまった。椅子に腰かけて、寄り添って来たクルテの肩を抱いてはいるが表情は暗く硬い。
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