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10章 友好と敵対
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深い溜息、ジランチェニシスの虚ろな微笑……
「奇怪しなヤツだと笑ってください。十六の時、たった一度出会っただけの幼い少女。それなのに、わたしはいつの間にか恋をしていた」
笑えと言われても、笑えるような話じゃないと思った。ジランチェニシスはどんな生活を送ってきたのだろう? それを考えると笑うどころではなかった。
親は居ないと言った。誰かの笑顔を見たことがなかったと言った。きっと癒してくれるのは飼っていた虫だけ、だからずっと生きるよう願った。
『金色の髪の少年は複雑な存在。愛され厭われ望まれ踏み躙られた――怒りのままに呪い、そして愛を欲しがり愛してもいた』
人魚はジランチェニシスをそう言った。足掻けば足掻くほど崩れていくアリジゴクの罠のような孤独に、ジランチェニシスは苛まれていたんじゃないのか? だけどそれを自覚することもなかった。自覚させたのは少女の笑顔、だから泣いてしまった。
(騙されるな)
クルテの乾いた声が聞こえた。
(どれほど哀れな存在だとしても、それを理由に悪事を働いていい道理はない)
(もちろんだ)
きっぱりとピエッチェが答える。
(何をどう言おうと、ヤツが重視しているのは自分の感情だけだ。他者の気持ちを一言も口にしてない)
なのにどこか虚しさを感じる。この虚しさはヤツが狙ったものなのか?
ヤツはこちらをリサーチしている。同情を買うのが効果的だと知っている。だけど少女に対する思いには、そんな作為を感じなかった。騙されるなとクルテは言うが、俺は騙されているのか?
ふっとピエッチェが笑んだ。騙されているかいないかなんてどうでもいいことだ。それに俺がどう感じようと事態は変わらない。
「だからぬいぐるみは手放せないと?」
ピエッチェがジランチェニシスに問う。
「あなたは多くの人から大事なものを奪ったのに? 自分は奪われたくないなんて、随分と虫のいいことだ」
悔し気にジランチェニシスがピエッチェを睨みつける。
「あんな古臭いボロボロの人形をわたしから取り上げて、あなたは楽しいのか?」
「あれをあなたが持っていることが問題なのです。あのぬいぐるみを使ってあなたはこの国の王女を誘拐した。それが――」
「そんなことはしていない!」
口調を強め、ジランチェニシスが抗議する。
「飛んだ濡れ衣だ! た、確かにアイツはフレヴァンスを連れてきた。でも、わたしは命じてない!」
「ジランチェニシスさん、ただの古いぬいぐるみは人を誘拐しませんよ」
冷ややかなピエッチェの言葉から目を背け、
「えぇ、あの子を魔物にしたのはわたし。捥げそうになった腕を直すため魔法を使った。そして、もう壊れたりしないよう魔物にした」
そう言ってから再びピエッチェに視線を戻す。
「それのどこが悪い!?」
「どんなものも年を経て古くなっていけば壊れもする。生物だって、老いればいずれ死を迎える――それが摂理と言うものです。無視できるものではありません」
「そんなもの! なぜ手を拱いて受け入れなければならない? わたしには魔力がある。その力で生き永らえさせ、傍に置いておきたいだけだ」
「また身勝手なことを……わたしの婚約者を譲れと言ったのを忘れたか? 大切な誰かとずっと一緒に居たい、大事な何かは手放したくない、そんな心情はよく判る。だがそれは、あなたに限ったことじゃない」
「では……ではお訊きします。わたしはあなたに彼女の利用法を明かした。あなたにも、あのぬいぐるみの利用法を話していただきたい」
「ただの人形に戻す、それだけです」
「そんな事をしてなんの得がある?」
「得なんかない。敢えて言うなら悪用を防ぐってところだな」
「わたしがあれを悪用したって?」
「命じたわけじゃないと言ったが、それならなぜフレヴァンスは誘拐された? それに、ここに居ると言う事はあなたのところに連れて来られたってこと。なぜすぐに王宮にお返ししなかった?」
「それは……笑ってくれなかったから」
ジランチェニシスの視線が僅かだがピエッチェの後ろに注がれた。が、ピエッチェはそれに気づかないフリをした。
心の中でクルテに尋ねる。
(おまえ、フレヴァンスはこの屋敷に居ると言ったな。あの肖像画か?)
クルテはすぐに答えた。
(うん、フレヴァンス本人だ。一目見て判った。絵の中にいる。だけど……あの絵から感じる魔法はジランチェニシスのものじゃない)
(協力している魔法使いが居る?)
(ってことだと思う――どうだ、魔法封じで助け出せそうか?)
(罠ってことは? 誰かが絵の中に居るのは俺だって一目見て判った。でも、本当にフレヴァンス?)
「わたしはあの人の笑顔が見たかっただけだ」
ジランチェニシスの告白は続いている。
「なのにあの人は怯え、泣いてばかりいた……わたしは自分の顔が嫌いでしてね。だから、この屋敷には鏡がありません」
今度ははっきりとピエッチェの後ろの壁にある肖像画に目をやった。
「あなたはこの絵を見て『綺麗なかただ』と仰ったが、今にも泣きだしそうな悲しげな顔だ。笑顔なら美しいのに……これはわたしが描いたんです。あなたはこんな顔をしているのだと、彼女に見せるためにね」
(ってことは、やっぱりヤツの魔法?)
クルテの声、ジランチェニシスに警戒しながらピエッチェも肖像画を見て答える。
(いいや、おまえの見立て通り、違うと思う)
「しかし、彼女に絵を見せることはできませんでした。描き終えた絵を見せようとしたら、彼女は急に消えてしまった」
「消えた?」
思わず問うピエッチェに
「絵の中に誰かが魔法で閉じ込めたようです。仕方がないのでそこに飾って、毎日彼女に話しかけているんだが……」
ジランチェニシスが溜息をつく。
「フレヴァンスを連れてきたぬいぐるみの仕業なんじゃないかとわたしは思っているんです。彼女の笑顔を見たいというわたしの思いに応えて連れてきたのに、一向に笑ってくれない。そんなフレヴァンスにお仕置きするつもりなのかもしれません」
「うーーん……」
ピエッチェが唸り、ジランチェニシスを正面から見た。
「あなたのぬいぐるみは字が書けますか?」
「……ぬいぐるみが? 字を? なんの冗談ですか?」
笑い出すジランチェニシス、ふん、この食わせ者め。
「明確に誘拐の指示は出さなかった。だけど、あなたの意を汲んでフレヴァンスを連れ去ってくるよう仕向けた。と言う事ですね?」
ピエッチェの指摘に、笑いを引っ込めたジランチェニシス、
「そうだとしても、それが何か?――そんな事より、取引の条件を明確にいたしましょう」
クルテがどうしても欲しいらしい。
「フレヴァンスについては、その絵を持ってって貰うしかありません。他の者は閉じ込めた屋敷に案内します。ぬいぐるみは……持ってってください。でも気を付けないとアイツは勝手にわたしのところに戻ってくるかもしれませんよ。あとは、なんでした?」
「ザジリレン王が偽者だったらこの取引はない。それでいいか?」
「ふぅん。あなたの一番の狙いはカテロヘブ王ですか。人間だ、婚約者だと言っていたのに立身出世の魅力には勝てず、彼女を差し出すのですね。ちなみに、本物だとして、カテロヘブ王をどう利用しますか?」
「物や他人を利用するのが好きな男だな」
通用しないと思うもののつい皮肉を口にする。
「本物のカテロヘブなら、開戦回避を考えるはず。王宮にお連れして、ローシェッタ国王と協議していただく」
ジランチェニシスが面白そうにピエッチェを見る。
「確かザジリレンのご出身、愛国心ですか? あの国はローシェッタには勝てそうもありませんからね。しかし、自国を離れた王にどれほどの力があるものか? 兵を動かせるのは国内にいてこそですよ?」
ジランチェニシスの言うとおりだ。もし、ネネシリスが兵を率いて攻め込んで来たら、ローシェッタだって防戦する。頼りはクリオテナ、夫を諫め、交戦支持派を抑えきれるか? しょせん女だと、交戦支持派は強行するかもしれない。
「もしザジリレンがローシェッタに攻め込んでくるようなことがあれば、ローシェッタから兵を借りる。カテロヘブ王ならきっとそうする」
敵兵を率いているのは行方不明の自国の王だと知れば、ザジリレン国軍は大きな打撃を受けるだろう。一気に戦意喪失、最小限の被害で納められる……のではないだろうか? まぁ、自分一人の考えでどうにかなるものでもない。
「ローシェッタがそう簡単に、敵国王に兵を貸しますかね?」
「まぁ、全てカテロヘブ王が偽者じゃなかったら、の話だ――で、どうする? 囚われた者たちがいる屋敷に行くか?」
「いいでしょう。ご案内します」
「この絵は壁から降ろしていいな?」
少し名残惜しそうだったが
「どうぞ、お好きに――ぬいぐるみは暖炉をご覧ください」
承諾するジランチェニシス、見るとマントルピースの上にぬいぐるみが置いてある。いつの間にと思ったが、あえて訊かない。
「で、精霊はいつわたしに?」
「アイツは俺が呼べば出てくる。カテロヘブが本物だと判ったら、すぐに引き渡す」
「結構です――それにしても、言葉遣いが変わりましたね。精霊よりも実益を選んだことで、善人を装う必要を感じなくなりましたか?」
ニンマリとジランチェニシスが微笑み、ピエッチェが鼻白む。おまえに言われたかない。それに……おまえに疲れちまっただけだ。とは言えない。
絵は思いのほか重かったが、壁から降ろすと急激に軽くなった。クルテの魔法だ。マントルピースにあったぬいぐるみに手を伸ばすと、これまたグッと重たい。
「そう言えば、訊いた話ではこのぬいぐるみ、巨大なものだったはずでは? フレヴァンスを担いで逃げたって話だ。それなりの大きさは必要なのでは?」
「魔法は夜にしか発動されません。あなたの倍くらいの背になりますよ。それにきっと、わたしから引き離されれば暴れるでしょう。昼間は温和しいもんです。何しろただの人形ですから――今のうちに考え直したほうがよろしいのでは?」
「イヤ、日没までに対策を考えておく」
(コゲゼリテ大浴場の女神の娘像も徘徊するのは夜間だったな。そのあたりに何か意味はあるのか?)
ピエッチェがクルテに問う。
(ヤギ男がコゲゼリテの中を徘徊するのも夜だった――なんでだろうね?)
クルテにも見当がつかないらしい。
(ジランチェニシスは嘘と本当を取り交ぜて、撹乱するのが好きだ。夜の闇に紛れるのも好きなのかもしれない)
(嘘で覆い隠して本音を見えなくする? フン、単に自分を曝け出すのが怖いだけないんじゃないのか?)
(あぁ……)
クルテは合点がいったようだ。
(きっとその通りだ。ヤツは自分の顔が嫌いだから鏡を置いてないって言った。自分でさえ、自分を見たくないんだ……多分)
「奇怪しなヤツだと笑ってください。十六の時、たった一度出会っただけの幼い少女。それなのに、わたしはいつの間にか恋をしていた」
笑えと言われても、笑えるような話じゃないと思った。ジランチェニシスはどんな生活を送ってきたのだろう? それを考えると笑うどころではなかった。
親は居ないと言った。誰かの笑顔を見たことがなかったと言った。きっと癒してくれるのは飼っていた虫だけ、だからずっと生きるよう願った。
『金色の髪の少年は複雑な存在。愛され厭われ望まれ踏み躙られた――怒りのままに呪い、そして愛を欲しがり愛してもいた』
人魚はジランチェニシスをそう言った。足掻けば足掻くほど崩れていくアリジゴクの罠のような孤独に、ジランチェニシスは苛まれていたんじゃないのか? だけどそれを自覚することもなかった。自覚させたのは少女の笑顔、だから泣いてしまった。
(騙されるな)
クルテの乾いた声が聞こえた。
(どれほど哀れな存在だとしても、それを理由に悪事を働いていい道理はない)
(もちろんだ)
きっぱりとピエッチェが答える。
(何をどう言おうと、ヤツが重視しているのは自分の感情だけだ。他者の気持ちを一言も口にしてない)
なのにどこか虚しさを感じる。この虚しさはヤツが狙ったものなのか?
ヤツはこちらをリサーチしている。同情を買うのが効果的だと知っている。だけど少女に対する思いには、そんな作為を感じなかった。騙されるなとクルテは言うが、俺は騙されているのか?
ふっとピエッチェが笑んだ。騙されているかいないかなんてどうでもいいことだ。それに俺がどう感じようと事態は変わらない。
「だからぬいぐるみは手放せないと?」
ピエッチェがジランチェニシスに問う。
「あなたは多くの人から大事なものを奪ったのに? 自分は奪われたくないなんて、随分と虫のいいことだ」
悔し気にジランチェニシスがピエッチェを睨みつける。
「あんな古臭いボロボロの人形をわたしから取り上げて、あなたは楽しいのか?」
「あれをあなたが持っていることが問題なのです。あのぬいぐるみを使ってあなたはこの国の王女を誘拐した。それが――」
「そんなことはしていない!」
口調を強め、ジランチェニシスが抗議する。
「飛んだ濡れ衣だ! た、確かにアイツはフレヴァンスを連れてきた。でも、わたしは命じてない!」
「ジランチェニシスさん、ただの古いぬいぐるみは人を誘拐しませんよ」
冷ややかなピエッチェの言葉から目を背け、
「えぇ、あの子を魔物にしたのはわたし。捥げそうになった腕を直すため魔法を使った。そして、もう壊れたりしないよう魔物にした」
そう言ってから再びピエッチェに視線を戻す。
「それのどこが悪い!?」
「どんなものも年を経て古くなっていけば壊れもする。生物だって、老いればいずれ死を迎える――それが摂理と言うものです。無視できるものではありません」
「そんなもの! なぜ手を拱いて受け入れなければならない? わたしには魔力がある。その力で生き永らえさせ、傍に置いておきたいだけだ」
「また身勝手なことを……わたしの婚約者を譲れと言ったのを忘れたか? 大切な誰かとずっと一緒に居たい、大事な何かは手放したくない、そんな心情はよく判る。だがそれは、あなたに限ったことじゃない」
「では……ではお訊きします。わたしはあなたに彼女の利用法を明かした。あなたにも、あのぬいぐるみの利用法を話していただきたい」
「ただの人形に戻す、それだけです」
「そんな事をしてなんの得がある?」
「得なんかない。敢えて言うなら悪用を防ぐってところだな」
「わたしがあれを悪用したって?」
「命じたわけじゃないと言ったが、それならなぜフレヴァンスは誘拐された? それに、ここに居ると言う事はあなたのところに連れて来られたってこと。なぜすぐに王宮にお返ししなかった?」
「それは……笑ってくれなかったから」
ジランチェニシスの視線が僅かだがピエッチェの後ろに注がれた。が、ピエッチェはそれに気づかないフリをした。
心の中でクルテに尋ねる。
(おまえ、フレヴァンスはこの屋敷に居ると言ったな。あの肖像画か?)
クルテはすぐに答えた。
(うん、フレヴァンス本人だ。一目見て判った。絵の中にいる。だけど……あの絵から感じる魔法はジランチェニシスのものじゃない)
(協力している魔法使いが居る?)
(ってことだと思う――どうだ、魔法封じで助け出せそうか?)
(罠ってことは? 誰かが絵の中に居るのは俺だって一目見て判った。でも、本当にフレヴァンス?)
「わたしはあの人の笑顔が見たかっただけだ」
ジランチェニシスの告白は続いている。
「なのにあの人は怯え、泣いてばかりいた……わたしは自分の顔が嫌いでしてね。だから、この屋敷には鏡がありません」
今度ははっきりとピエッチェの後ろの壁にある肖像画に目をやった。
「あなたはこの絵を見て『綺麗なかただ』と仰ったが、今にも泣きだしそうな悲しげな顔だ。笑顔なら美しいのに……これはわたしが描いたんです。あなたはこんな顔をしているのだと、彼女に見せるためにね」
(ってことは、やっぱりヤツの魔法?)
クルテの声、ジランチェニシスに警戒しながらピエッチェも肖像画を見て答える。
(いいや、おまえの見立て通り、違うと思う)
「しかし、彼女に絵を見せることはできませんでした。描き終えた絵を見せようとしたら、彼女は急に消えてしまった」
「消えた?」
思わず問うピエッチェに
「絵の中に誰かが魔法で閉じ込めたようです。仕方がないのでそこに飾って、毎日彼女に話しかけているんだが……」
ジランチェニシスが溜息をつく。
「フレヴァンスを連れてきたぬいぐるみの仕業なんじゃないかとわたしは思っているんです。彼女の笑顔を見たいというわたしの思いに応えて連れてきたのに、一向に笑ってくれない。そんなフレヴァンスにお仕置きするつもりなのかもしれません」
「うーーん……」
ピエッチェが唸り、ジランチェニシスを正面から見た。
「あなたのぬいぐるみは字が書けますか?」
「……ぬいぐるみが? 字を? なんの冗談ですか?」
笑い出すジランチェニシス、ふん、この食わせ者め。
「明確に誘拐の指示は出さなかった。だけど、あなたの意を汲んでフレヴァンスを連れ去ってくるよう仕向けた。と言う事ですね?」
ピエッチェの指摘に、笑いを引っ込めたジランチェニシス、
「そうだとしても、それが何か?――そんな事より、取引の条件を明確にいたしましょう」
クルテがどうしても欲しいらしい。
「フレヴァンスについては、その絵を持ってって貰うしかありません。他の者は閉じ込めた屋敷に案内します。ぬいぐるみは……持ってってください。でも気を付けないとアイツは勝手にわたしのところに戻ってくるかもしれませんよ。あとは、なんでした?」
「ザジリレン王が偽者だったらこの取引はない。それでいいか?」
「ふぅん。あなたの一番の狙いはカテロヘブ王ですか。人間だ、婚約者だと言っていたのに立身出世の魅力には勝てず、彼女を差し出すのですね。ちなみに、本物だとして、カテロヘブ王をどう利用しますか?」
「物や他人を利用するのが好きな男だな」
通用しないと思うもののつい皮肉を口にする。
「本物のカテロヘブなら、開戦回避を考えるはず。王宮にお連れして、ローシェッタ国王と協議していただく」
ジランチェニシスが面白そうにピエッチェを見る。
「確かザジリレンのご出身、愛国心ですか? あの国はローシェッタには勝てそうもありませんからね。しかし、自国を離れた王にどれほどの力があるものか? 兵を動かせるのは国内にいてこそですよ?」
ジランチェニシスの言うとおりだ。もし、ネネシリスが兵を率いて攻め込んで来たら、ローシェッタだって防戦する。頼りはクリオテナ、夫を諫め、交戦支持派を抑えきれるか? しょせん女だと、交戦支持派は強行するかもしれない。
「もしザジリレンがローシェッタに攻め込んでくるようなことがあれば、ローシェッタから兵を借りる。カテロヘブ王ならきっとそうする」
敵兵を率いているのは行方不明の自国の王だと知れば、ザジリレン国軍は大きな打撃を受けるだろう。一気に戦意喪失、最小限の被害で納められる……のではないだろうか? まぁ、自分一人の考えでどうにかなるものでもない。
「ローシェッタがそう簡単に、敵国王に兵を貸しますかね?」
「まぁ、全てカテロヘブ王が偽者じゃなかったら、の話だ――で、どうする? 囚われた者たちがいる屋敷に行くか?」
「いいでしょう。ご案内します」
「この絵は壁から降ろしていいな?」
少し名残惜しそうだったが
「どうぞ、お好きに――ぬいぐるみは暖炉をご覧ください」
承諾するジランチェニシス、見るとマントルピースの上にぬいぐるみが置いてある。いつの間にと思ったが、あえて訊かない。
「で、精霊はいつわたしに?」
「アイツは俺が呼べば出てくる。カテロヘブが本物だと判ったら、すぐに引き渡す」
「結構です――それにしても、言葉遣いが変わりましたね。精霊よりも実益を選んだことで、善人を装う必要を感じなくなりましたか?」
ニンマリとジランチェニシスが微笑み、ピエッチェが鼻白む。おまえに言われたかない。それに……おまえに疲れちまっただけだ。とは言えない。
絵は思いのほか重かったが、壁から降ろすと急激に軽くなった。クルテの魔法だ。マントルピースにあったぬいぐるみに手を伸ばすと、これまたグッと重たい。
「そう言えば、訊いた話ではこのぬいぐるみ、巨大なものだったはずでは? フレヴァンスを担いで逃げたって話だ。それなりの大きさは必要なのでは?」
「魔法は夜にしか発動されません。あなたの倍くらいの背になりますよ。それにきっと、わたしから引き離されれば暴れるでしょう。昼間は温和しいもんです。何しろただの人形ですから――今のうちに考え直したほうがよろしいのでは?」
「イヤ、日没までに対策を考えておく」
(コゲゼリテ大浴場の女神の娘像も徘徊するのは夜間だったな。そのあたりに何か意味はあるのか?)
ピエッチェがクルテに問う。
(ヤギ男がコゲゼリテの中を徘徊するのも夜だった――なんでだろうね?)
クルテにも見当がつかないらしい。
(ジランチェニシスは嘘と本当を取り交ぜて、撹乱するのが好きだ。夜の闇に紛れるのも好きなのかもしれない)
(嘘で覆い隠して本音を見えなくする? フン、単に自分を曝け出すのが怖いだけないんじゃないのか?)
(あぁ……)
クルテは合点がいったようだ。
(きっとその通りだ。ヤツは自分の顔が嫌いだから鏡を置いてないって言った。自分でさえ、自分を見たくないんだ……多分)
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