196 / 434
11章 身を隠す
8
しおりを挟む
受付でピエッチェを見るなりジランチェニシスが言った。
「いやぁ、驚きました。マデルさんったら、未婚なんだそうですね。未亡人とかならともかく、この齢で独り身? 男性なら選り好みして独身もあるでしょうが、女性としてはどうなのでしょう? って諭して差し上げました」
マデルはイヤそうな顔でソッポを向いて黙っている。宿の受付が呆気にとられ、それでも気の毒そうにマデルを盗み見ていた。マデルが独身なのを気の毒に思ったのではないだろう。普通の感覚を持ち合わせていれば、ジランチェニシスのあまりの言いようを酷いと思ったはずだ。
「余計なお世話だって言ってやれ」
ピエッチェがマデルに向かって軽く笑顔を見せた。そして、
「俺の仲間を侮辱するようなことがあれば、例の約束は反故にするぞ――おまえ、宿賃くらい自分で払え。食事代もだ」
ジランチェニシスを睨みつけた。
「えっ?」
ジランチェニシスが慌てた。
「なにを怒っているのですか? わたしはマデルさんを侮辱したつもりなどありませんよ?」
「親切心から言ったって? あんた、マデルの何を知ってるって言うんだ? 諭して差し上げただと? 詳しい事情も知らないくせに偉そうに説教かい? そんなに偉いお人なら、自分の宿賃や食事代は自分で払うって常識は知っているんだろう?」
非常識と言われ、ジランチェニシスもカチンときたようだ。
「それが常識なら、なんで昨日の宿賃をあなたは支払ったのです? わたしはそんなこと、頼んじゃいませんよ?」
「王都に行こうって誘ったのは俺だからな、旅費は出そうと思ってた。でもな、俺の仲間を、いいや、俺の仲間に限らず、他人を見下すヤツに金を使うのは馬鹿馬鹿しくなった。こっから先は自分で払えよ――まさか、金を持ってないわけじゃないんだろう?」
「見下して何が悪いのです? みな、わたしより劣っている。見下されて当然の者ばかりだ」
「ふぅん。俺のことも下に見ているってか? だったら自分より下のヤツに支払わせるのは気が引けるだろう?」
「わたしは献上されるべき者。諸々の献上品を受け取る立場にある――まぁ、いいでしょう。そんなに言うなら支払いましょう。で、いかばかり?」
ピエッチェが受付係にジランチェニシスと夢見人の代金を計算するよう頼んだ。渡されたメモを見て、ジランチェニシスが一瞬目を疑う。
「これは……この宿賃は相場?」
まさか受付係、嫌がらせのつもりで上乗せした? そんな事をされては困ると、ピエッチェもメモを覗き込んだが、
「あぁ、相場だな」
支払うつもりでいた金額から考えて妥当な線だった。
「宿賃と、夕食に朝食。二人分だ」
「そうですか……意外と掛かるものですな」
ジランチェニシスは悔しそうな顔をしたが、自分で払うと言ってしまった。懐をガサガサさせて巾着を取り出す。
(かなり持ってるね)
戻って来たクルテが頭の中で話しかけてきた。ジランチェニシスの巾着の中身のことだ。が、脳内会話はそれで終わり、
「リュネを厩に入れてきた。カッチーがキャビンを外してくれたよ」
ピエッチェの腕に絡みついてニッコリした。
カッチーはマデルと並んで立ち、
「リュネったら、寂しそうでした」
項垂れている。
「ここの厩、空っぽでした」
「ほかには馬がいなかった? 徒歩の客ばかりなのかな?」
ピエッチェが不思議そうな顔をすると、
「馬ならグリュンパから次の街まで行けるから、ここは通過って人が多いんじゃ?」
とマデルが答える。だからもう一軒の宿は厩すらないのか。きっと安宿にもないのだろう。
「なんだったら厩で寝るか?」
ピエッチェが冗談を言えば、
「えぇ! 俺がウンって言ったら、ピエッチェさんは本当に厩に行って寝ろって言うんでしょう? あんまりです!」
カッチーがケラケラ笑い、
「たまにはいいんじゃない?」
とマデルも一緒になって笑う。そんなマデルにホッとしてピエッチェが笑んだ――
宿の手を借りて夢見人も無事に部屋に落ち着いたところで、ジランチェニシスをその部屋に置き去りに自分の部屋に引き上げた。自分の部屋と言ってもマデルとカッチーが使う部屋だ。二人には四人部屋を使って貰うことにした。
『寝室のベッド数は全室二台です。居間ですか? 二人部屋にはないけど、四人部屋にならありますよ』
受付係の説明に、二人部屋を二部屋、四人部屋を一部屋と決めたのはクルテ、四人部屋をマデルとカッチーにと言ったのもクルテだ。
『居間のある部屋にわたしとピエッチェでいたらジランチェニシスが来て長居する。ベッドが置いてある部屋なら、来ても遠慮してすぐ出てく』
クルテはそう言うが、そんなデリカシーがあの男にあるのか怪しいもんだとピエッチェは考えていた。
食事はジランチェニシスたちの分はそちらの部屋に運んで貰い、他は四人部屋に持ってきて貰った。
「ソファーが四人分しかなくって助かったわ」
とマデルが笑う。
「万が一、自分の分を持ってきたって、座るところが無けりゃ、自分の部屋に戻るしかないもんね」
「ふん、少しは思い知るといい」
未だピエッチェは怒りが納まりきらないようだ。
「あんなふうに怒るの、ピエッチェにしては珍しいよね。クルテ以外に感情を剥き出しにするって初めてかも?」
ちょっと嬉しそうに言うマデル、カッチーも
「宿に入ったら、ピエッチェさんから怒ってるんだぞオーラが出てて、なに事かって思いました」
と、パンでいっぱいの口をモグつかせて言う。
「こら、カッチー、口に食べ物入れて喋らないの」
マデルに窘められ、オレンジジュースでパンを流し込みカッチーが笑う。
「クルテさんも時々やってますよ?」
当のクルテは例によって、自分の皿の中身をマジマジと見ているところだ。なのに、皿から目を離さず、
「ピエッチェは自分のことじゃ怒らない」
ボソッと言った。
「へっ?」
キョトンとするピエッチェ、
「そっか、そう言うことなのね」
マデルがクルテを見、ピエッチェを見た。
「さすがクルテさん、ピエッチェさんのこと、よく判ってますよね」
カッチーがニコニコとクルテに話しかけるが、クルテはもう、食べ物観察に集中している。諦めたカッチーが、
「ところで、怒ってたのは判ってるんですが、原因はなんですか? こんな宿じゃいやだとでも言い出したんですか?」
ピエッチェを見る。
ジランチェニシスがマデルを侮辱する言葉など再現したくない。ところがマデル本人が、
「行き遅れって言われたのよ」
と苦笑する。
「行き遅れって、マデルさんのことを?」
「そ。他の男たちと旅だなんて、よく旦那が黙ってるね。離縁されるのがオチだ、って言うからさ、そんな心配いらない、自由気ままな独身だからって笑ってやったの。そしたらね」
実は仮とは言え王太子の婚約者だなんて、ジランチェニシス相手には言えないし、言いたくもない。言えばなんだか穢れそうだ。
「未亡人だとかならともかく、一度も縁づいたことがないって何か欠陥でも有るんですか? 無くても有ると思われますよ。もう貰い手はありませんね、だって。失礼しちゃうわ」
「なんだ、そりゃ……それ、ピエッチェさんじゃなくても怒りますよ。俺も腹立ってきた。ぶん殴っときゃよかった――俺とクルテさんが聞いたのは金を払うのどうのってだけだから」
ありがと、とマデルが微笑みカッチーが赤くなる。
「話は違うけど、やっぱアイツ、相当な世間知らずみたいだね。宿の請求を見て青くなってた」
マデルの呟きに、カッチーが真面目な顔でピエッチェに訊いた。
「ここの宿って高いんですか?」
「そんなことないぞ、相場だ」
「でも……コゲゼリテを出てからの路銀って、相当な額になってますよね」
「それ、わたしも気になってた――わたしはデレドケからだけど、かなり払って貰ってるよね。たまに駄賃まで貰ってるし」
カッチーとマデルが食事の手を止めて、ピエッチェを見る。
言われるまでもない、計算するのも面倒でクルテに任せっきりだが、かなりの額を費えている。いったい幾らになってるんだろう?
「ピエッチェがお金持ちなのは判ってるけど、旅先でこんなに使ってたんじゃね。そろそろ手持ちがなくなるんじゃないの?」
マデルのもっともな指摘になんと答えたものか?
助けを求めてクルテを見るが、真剣な眼差しでパンを見詰めている。表面は固いが中身はフワフワのパンを怒っているかのような目で見ている。
「表側はカチカチ、だけど中はふんわり。守りがあるのは外側だけ」
ボソッと呟き、クルッとピエッチェを見上げた。きたっ! ピエッチェが身構える。このタイミングでかよっ?
「なんで?」
「なんでって言われてもなぁ……そうなるように焼いたからとしか言えないな」
材料がどうのとヘタなことを言って質問攻めにされるのを回避したピエッチェだ。ふぅん……とクルテは不満そうだが、それ以上は何も言わずフォークを持つと、パンではなくテリーヌを食べ始めた。
「これは挽肉に色々混ぜて型に入れて焼いてある。手間暇が掛かっている」
テリーヌを食べるのも初めて?
「で、ピエッチェの金庫はパンと同じ」
「えっ?」
聞いてないふりしてちゃんと聞いていた?
「固く閉ざされ鍵は堅牢、誰も入れない。だけど中には誰もいない」
「クルテ、金庫ってそんなものよ。お金を入れておくものだもの」
不思議そうなマデルに、カッチーが
「マデルさん、注目すべきはそこじゃありません。人が入れるほどの金庫ってところです」
と声を震わせる。
「あ……」
カッチーの指摘にマデルがピエッチェを見た。
慌てるのはピエッチェだ。クルテが言っているのはザジリレン国家の金蔵なんじゃないのか? あれは俺のじゃないぞ? いや、それよりも、マデルとカッチーになんて説明したらいい?
「クルテ、どうしてパンと同じなんだ?」
苦し紛れだ。
クルテがピエッチェを見上げる。
「中に入ってしまえば取り放題」
「えっ?」
「旅に出る前に、金袋に手を突っ込めば金庫の金を掴めるよう、魔法を掛けた。だから路銀も使い放題」
「なんだって?」
空間無視の魔法は女神の魔法だ、それを使ってるってことか? それならそれでもいいが、いいや、良くないが、それをマデルの前で言うのは、もっとよくない!
ピエッチェは慌てるが、マデルはなんと納得した。
「そっか、限定使用の魔法ね」
あ、それがあったか……だが、一番の問題は別だ。心の中で冷や冷やしているピエッチェ、だがここでは何も言えない。
「限定使用の魔法って、どんなものですか?」
カッチーの質問に
「使える人を限定する魔法よ。この場合、権利者設定をクルテとピエッチェにして、二人にしか金庫の中のお金を出せないようにしてあるの。そして条件付加、出せるのはあの赤い革袋越し――盗まれる心配がないのが最大の利点ね」
マデルが微笑んで答えた。
「いやぁ、驚きました。マデルさんったら、未婚なんだそうですね。未亡人とかならともかく、この齢で独り身? 男性なら選り好みして独身もあるでしょうが、女性としてはどうなのでしょう? って諭して差し上げました」
マデルはイヤそうな顔でソッポを向いて黙っている。宿の受付が呆気にとられ、それでも気の毒そうにマデルを盗み見ていた。マデルが独身なのを気の毒に思ったのではないだろう。普通の感覚を持ち合わせていれば、ジランチェニシスのあまりの言いようを酷いと思ったはずだ。
「余計なお世話だって言ってやれ」
ピエッチェがマデルに向かって軽く笑顔を見せた。そして、
「俺の仲間を侮辱するようなことがあれば、例の約束は反故にするぞ――おまえ、宿賃くらい自分で払え。食事代もだ」
ジランチェニシスを睨みつけた。
「えっ?」
ジランチェニシスが慌てた。
「なにを怒っているのですか? わたしはマデルさんを侮辱したつもりなどありませんよ?」
「親切心から言ったって? あんた、マデルの何を知ってるって言うんだ? 諭して差し上げただと? 詳しい事情も知らないくせに偉そうに説教かい? そんなに偉いお人なら、自分の宿賃や食事代は自分で払うって常識は知っているんだろう?」
非常識と言われ、ジランチェニシスもカチンときたようだ。
「それが常識なら、なんで昨日の宿賃をあなたは支払ったのです? わたしはそんなこと、頼んじゃいませんよ?」
「王都に行こうって誘ったのは俺だからな、旅費は出そうと思ってた。でもな、俺の仲間を、いいや、俺の仲間に限らず、他人を見下すヤツに金を使うのは馬鹿馬鹿しくなった。こっから先は自分で払えよ――まさか、金を持ってないわけじゃないんだろう?」
「見下して何が悪いのです? みな、わたしより劣っている。見下されて当然の者ばかりだ」
「ふぅん。俺のことも下に見ているってか? だったら自分より下のヤツに支払わせるのは気が引けるだろう?」
「わたしは献上されるべき者。諸々の献上品を受け取る立場にある――まぁ、いいでしょう。そんなに言うなら支払いましょう。で、いかばかり?」
ピエッチェが受付係にジランチェニシスと夢見人の代金を計算するよう頼んだ。渡されたメモを見て、ジランチェニシスが一瞬目を疑う。
「これは……この宿賃は相場?」
まさか受付係、嫌がらせのつもりで上乗せした? そんな事をされては困ると、ピエッチェもメモを覗き込んだが、
「あぁ、相場だな」
支払うつもりでいた金額から考えて妥当な線だった。
「宿賃と、夕食に朝食。二人分だ」
「そうですか……意外と掛かるものですな」
ジランチェニシスは悔しそうな顔をしたが、自分で払うと言ってしまった。懐をガサガサさせて巾着を取り出す。
(かなり持ってるね)
戻って来たクルテが頭の中で話しかけてきた。ジランチェニシスの巾着の中身のことだ。が、脳内会話はそれで終わり、
「リュネを厩に入れてきた。カッチーがキャビンを外してくれたよ」
ピエッチェの腕に絡みついてニッコリした。
カッチーはマデルと並んで立ち、
「リュネったら、寂しそうでした」
項垂れている。
「ここの厩、空っぽでした」
「ほかには馬がいなかった? 徒歩の客ばかりなのかな?」
ピエッチェが不思議そうな顔をすると、
「馬ならグリュンパから次の街まで行けるから、ここは通過って人が多いんじゃ?」
とマデルが答える。だからもう一軒の宿は厩すらないのか。きっと安宿にもないのだろう。
「なんだったら厩で寝るか?」
ピエッチェが冗談を言えば、
「えぇ! 俺がウンって言ったら、ピエッチェさんは本当に厩に行って寝ろって言うんでしょう? あんまりです!」
カッチーがケラケラ笑い、
「たまにはいいんじゃない?」
とマデルも一緒になって笑う。そんなマデルにホッとしてピエッチェが笑んだ――
宿の手を借りて夢見人も無事に部屋に落ち着いたところで、ジランチェニシスをその部屋に置き去りに自分の部屋に引き上げた。自分の部屋と言ってもマデルとカッチーが使う部屋だ。二人には四人部屋を使って貰うことにした。
『寝室のベッド数は全室二台です。居間ですか? 二人部屋にはないけど、四人部屋にならありますよ』
受付係の説明に、二人部屋を二部屋、四人部屋を一部屋と決めたのはクルテ、四人部屋をマデルとカッチーにと言ったのもクルテだ。
『居間のある部屋にわたしとピエッチェでいたらジランチェニシスが来て長居する。ベッドが置いてある部屋なら、来ても遠慮してすぐ出てく』
クルテはそう言うが、そんなデリカシーがあの男にあるのか怪しいもんだとピエッチェは考えていた。
食事はジランチェニシスたちの分はそちらの部屋に運んで貰い、他は四人部屋に持ってきて貰った。
「ソファーが四人分しかなくって助かったわ」
とマデルが笑う。
「万が一、自分の分を持ってきたって、座るところが無けりゃ、自分の部屋に戻るしかないもんね」
「ふん、少しは思い知るといい」
未だピエッチェは怒りが納まりきらないようだ。
「あんなふうに怒るの、ピエッチェにしては珍しいよね。クルテ以外に感情を剥き出しにするって初めてかも?」
ちょっと嬉しそうに言うマデル、カッチーも
「宿に入ったら、ピエッチェさんから怒ってるんだぞオーラが出てて、なに事かって思いました」
と、パンでいっぱいの口をモグつかせて言う。
「こら、カッチー、口に食べ物入れて喋らないの」
マデルに窘められ、オレンジジュースでパンを流し込みカッチーが笑う。
「クルテさんも時々やってますよ?」
当のクルテは例によって、自分の皿の中身をマジマジと見ているところだ。なのに、皿から目を離さず、
「ピエッチェは自分のことじゃ怒らない」
ボソッと言った。
「へっ?」
キョトンとするピエッチェ、
「そっか、そう言うことなのね」
マデルがクルテを見、ピエッチェを見た。
「さすがクルテさん、ピエッチェさんのこと、よく判ってますよね」
カッチーがニコニコとクルテに話しかけるが、クルテはもう、食べ物観察に集中している。諦めたカッチーが、
「ところで、怒ってたのは判ってるんですが、原因はなんですか? こんな宿じゃいやだとでも言い出したんですか?」
ピエッチェを見る。
ジランチェニシスがマデルを侮辱する言葉など再現したくない。ところがマデル本人が、
「行き遅れって言われたのよ」
と苦笑する。
「行き遅れって、マデルさんのことを?」
「そ。他の男たちと旅だなんて、よく旦那が黙ってるね。離縁されるのがオチだ、って言うからさ、そんな心配いらない、自由気ままな独身だからって笑ってやったの。そしたらね」
実は仮とは言え王太子の婚約者だなんて、ジランチェニシス相手には言えないし、言いたくもない。言えばなんだか穢れそうだ。
「未亡人だとかならともかく、一度も縁づいたことがないって何か欠陥でも有るんですか? 無くても有ると思われますよ。もう貰い手はありませんね、だって。失礼しちゃうわ」
「なんだ、そりゃ……それ、ピエッチェさんじゃなくても怒りますよ。俺も腹立ってきた。ぶん殴っときゃよかった――俺とクルテさんが聞いたのは金を払うのどうのってだけだから」
ありがと、とマデルが微笑みカッチーが赤くなる。
「話は違うけど、やっぱアイツ、相当な世間知らずみたいだね。宿の請求を見て青くなってた」
マデルの呟きに、カッチーが真面目な顔でピエッチェに訊いた。
「ここの宿って高いんですか?」
「そんなことないぞ、相場だ」
「でも……コゲゼリテを出てからの路銀って、相当な額になってますよね」
「それ、わたしも気になってた――わたしはデレドケからだけど、かなり払って貰ってるよね。たまに駄賃まで貰ってるし」
カッチーとマデルが食事の手を止めて、ピエッチェを見る。
言われるまでもない、計算するのも面倒でクルテに任せっきりだが、かなりの額を費えている。いったい幾らになってるんだろう?
「ピエッチェがお金持ちなのは判ってるけど、旅先でこんなに使ってたんじゃね。そろそろ手持ちがなくなるんじゃないの?」
マデルのもっともな指摘になんと答えたものか?
助けを求めてクルテを見るが、真剣な眼差しでパンを見詰めている。表面は固いが中身はフワフワのパンを怒っているかのような目で見ている。
「表側はカチカチ、だけど中はふんわり。守りがあるのは外側だけ」
ボソッと呟き、クルッとピエッチェを見上げた。きたっ! ピエッチェが身構える。このタイミングでかよっ?
「なんで?」
「なんでって言われてもなぁ……そうなるように焼いたからとしか言えないな」
材料がどうのとヘタなことを言って質問攻めにされるのを回避したピエッチェだ。ふぅん……とクルテは不満そうだが、それ以上は何も言わずフォークを持つと、パンではなくテリーヌを食べ始めた。
「これは挽肉に色々混ぜて型に入れて焼いてある。手間暇が掛かっている」
テリーヌを食べるのも初めて?
「で、ピエッチェの金庫はパンと同じ」
「えっ?」
聞いてないふりしてちゃんと聞いていた?
「固く閉ざされ鍵は堅牢、誰も入れない。だけど中には誰もいない」
「クルテ、金庫ってそんなものよ。お金を入れておくものだもの」
不思議そうなマデルに、カッチーが
「マデルさん、注目すべきはそこじゃありません。人が入れるほどの金庫ってところです」
と声を震わせる。
「あ……」
カッチーの指摘にマデルがピエッチェを見た。
慌てるのはピエッチェだ。クルテが言っているのはザジリレン国家の金蔵なんじゃないのか? あれは俺のじゃないぞ? いや、それよりも、マデルとカッチーになんて説明したらいい?
「クルテ、どうしてパンと同じなんだ?」
苦し紛れだ。
クルテがピエッチェを見上げる。
「中に入ってしまえば取り放題」
「えっ?」
「旅に出る前に、金袋に手を突っ込めば金庫の金を掴めるよう、魔法を掛けた。だから路銀も使い放題」
「なんだって?」
空間無視の魔法は女神の魔法だ、それを使ってるってことか? それならそれでもいいが、いいや、良くないが、それをマデルの前で言うのは、もっとよくない!
ピエッチェは慌てるが、マデルはなんと納得した。
「そっか、限定使用の魔法ね」
あ、それがあったか……だが、一番の問題は別だ。心の中で冷や冷やしているピエッチェ、だがここでは何も言えない。
「限定使用の魔法って、どんなものですか?」
カッチーの質問に
「使える人を限定する魔法よ。この場合、権利者設定をクルテとピエッチェにして、二人にしか金庫の中のお金を出せないようにしてあるの。そして条件付加、出せるのはあの赤い革袋越し――盗まれる心配がないのが最大の利点ね」
マデルが微笑んで答えた。
10
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる