198 / 434
11章 身を隠す
10
しおりを挟む
まるで雨を待ち望んでいるようだ。
「雨が好きかい?」
ピエッチェが訊くと、
「そう言うわけではありませんよ」
意味深な目つきをした。嫌な予感に空を見上げる。
初夏の空は雲一つなく、青く輝いている。風もない。どうして明日は雨だなどと思うのだろう?
夢見人がキャビンに運び込まれ、ジランチェニシスが乗り込み、マデルとカッチーが続く。タラップを貨物台に乗せ、クルテが御者台に乗り込むのに手を貸してからピエッチェも御者席に落ち着いた。
「暑くなりそうだな」
ピエッチェの呟きに、リュネがヒヒンと笑った――
カテール街道は王都ララティスチャングと地方を結ぶ街道の中で最古のものだ。ギュリューから遷都する際に新設された道で、王都となる前のララティスチャングがまるきり未開の地であったことを考え合わせれば当然とも言いえる。
ララティスチャングはぐるりと山に囲まれた盆地、王都となるまでは交通の便の悪さから住む者もいなかった。だが広々とした平地でもあり、遷都を考えていた当時のローシェッタ国王の眼鏡に適った。
『ララティスチャングを開拓し、王都とするに相応しい地に変えよ』
命じられたのは第二王子カテルクルストだ。
第二王子は苦労の末、都となるべき街を建造し、古都となるギュリューへの道を開いた。経緯を考えれば、カテール街道沿線は繁華なものになっていくはずだった。だが現実は違った。カテール街道はグリュンパまでで頓挫し、遷都直後に工事が開始されたモフッサ街道に主役の座を奪われた――
モリモステの街を出るとクルテがさっそくパンの袋をサックから出した。他の荷物に潰されたのか紙袋はペシャンコだ。さらに袋の上からクルテが叩く。
乾燥させた上にそんな扱いじゃ、パンは原形をとどめそうにない。撒きづらくなるからやめておけと言うか迷ったが、今さら言っても手遅れだ。
「あは、粉ごなだ」
袋の中を覗いてクルテが言った。そりゃそうだろうとピエッチェが呆れる。が、どうやらそれで良かったらしい。満足そうにニッコリして袋の口を閉じた。なんだ、撒くんじゃなかったのか?
と、急にクルテが立ち上がる。
「おいっ!」
慌てるピエッチェ、咄嗟にクルテに手を伸ばして支えようとするが、クルテは左側、痛い思いをしただけで腕は上がってくれない。
「くそっ!」
右手だけで手綱を引いてリュネを停めようとするが、ピエッチェが手綱を捌く前に速度を落としていたリュネは停まってくれない。ヒヒンと笑っただけだ。俺には何も言わなかったがクルテのヤツ、リュネには脳内会話で何か指示を出したな? なんで俺には何も言わないんだよっ?
「大丈夫、心配ない」
クルテはキャビンの屋根、荷物を乗せるためのラックに掴まっている。
「なにやってるんだよっ!? 危ないだろうが!」
「大声出すとキャビンの中に聞こえちゃうよ――屋根にパン粉を撒く。でも、キャビンをフライにしたりしない」
あー、そうかい! そりゃよかったよ。キャビンをフライにできるほど、でっかい鍋を発注しなくて済むってもんだ!
「それよりさ」
やっと席に腰を降ろしてクルテが言った。
「次の街に着いたら御者台に幌をつける」
「雨除けか?」
やっぱり明日は雨なんだろうか?
「雨? 雨……御者台の幌って横からの雨も避けられる?」
「えっ? どうなんだろう?」
「雨が降ったら御者さんは雨用の外套着てない?」
そうだった? 気にしたことがないからよく判らない。でも、確かに多少の雨ならともかく、土砂降りだとぐるりと取り巻くような幌じゃなきゃ意味がなさそうだ。そんなんじゃ、周囲が見えなくなって巧く馬を御せなくなる。
「んじゃ、どんな幌をつけるんだ?」
「日除け。だから上にあるだけでいい」
「つけられそうか?」
「馬具屋か道具屋で訊いてみよう」
「あぁ、見つけたら停まるよ」
あれ? またクルテに騙された? 御者台で立ち上がったことを叱ろうと思っていたのに、すっかり忘れちまってた。まぁ、いいか……左の腕に絡みついて肩を撫でるクルテを、ピエッチェがそっと盗み見る。さっき感じた痛みが癒されていくのを感じていた。
小鳥たちが、キャビンの屋根に撒いたパン粉を食いつくすのにいくらも時間はかからなかった。クルテが座った後も暫く来なかったが、勇気ある一羽がキャビンの屋根に止まってからは次から次へとやってきた。
「なんであんなに細かくしたんだ?」
ピエッチェの問いにクルテがムフフと笑う。
「あの大きさなら、一切れを取り合ったりしない」
なるほどね、小鳥の一口サイズか。
鳥たちに反応したのはマデルだ。覗き窓から恐怖に引き攣った顔を見せた。
「なに? 何事? なんかボツボツ音がするんだけど?」
「クルテが屋根にパン粉を撒いたんで、小鳥が集まったんだ……ごめんよ。しばらく我慢してくれ」
「なによ、これ、小鳥の足音?」
怖がった自分を恥じたのか、怒った顔でマデルはパタンと窓を閉めてしまった。
「マデル、なんだか怒ってた?」
クルテが不安そうにピエッチェに訊いた。
「んー、怒ってるって言うか、怖がる必要のないものを怖がった自分が恥ずかしかったんじゃないかな?」
「それじゃ、怒ってない?」
「多分ね」
「だから! 多分って言うな!」
なんで『多分』って言っちゃいけないんだろう?
「それよりおまえ、なんで小鳥を呼び寄せたんだ?」
「あ、話しを変えた。逃げた。でも、まぁ、いい――この辺りがどんな感じか、訊こうと思って」
「何か聞けたのか?」
「この馬車は荷馬車じゃないね、だって。荷物の代わりに人間を運んでる。群れに帰るってわけでもなさそうだ」
群れって言うのは集落を指しているんだろう。
「タスケッテって街のことも訊いてみた」
タスケッテは次の宿泊予定地だ。
「荷馬車はいつもあそこまで行って引き返す。だからたまに遊びに行く。荷台に乗って行って、乗って帰ってくる。タスケッテは森の中だけど、人間たちは森の恵みを少ししか手に入れられない。自分が食べる以上の獣を殺す人間を森の女神は嫌っているから」
「自分が食べる以上の獲物は他の人に分けているって、女神は知らないのか?」
するとクルテが鼻で笑った。
「森の女神の存在を忘れたのは人間が先。女神が人間を忘れるのを咎めるのはお門違い」
「咎めてなんかいないぞ? 知らないのかって訊いただけだ」
「そう? なんか非難の匂いがした――タスケッテには聖堂もないから、余計なのかもって小鳥が言ってる」
「コゲゼリテにはあったっけ?」
「大浴場の近く、小さいけど。温泉を授けてくれたのは森の女神だって信仰があるから大事にされてる」
なるほど。
「ほかに何か訊いとく?」
そう言われても、小鳥に何を訊けばいいの思い浮かばない。だいたい、小鳥って何を知っているんだろう?
「なさそうだね」
クルテが軽く手をあげる。すると屋根の小鳥が一斉に飛び立った――
道具屋を見つけたのはタスケッテに着いてからだった。途中の村落はどこも小規模で民家が十軒あるかないか、商店らしきものは皆無だった。休憩で馬車を停めた村では数人に囲まれ不審がられる始末、王都への旅の途中と言うと納得はしてくれたものの水さえ貰えなかった。
「グリュンパから? 誰でもいったんセレンヂュゲに出てモフッサ街道を行く。遠回りでもそのほうが便利だからな。カテール街道は、道幅は広いが何もない。見捨てられた道さ」
半ば自嘲気味に道具屋が言う。
「俺もな、この街に生まれて親父が道具屋をしていなかったら別の街に行ってたかもしれん。だけどよ、俺が店を畳んじまったら、タスケッテだけじゃねえ、近隣の村人が困る。だからここから動けなかった」
息子はセレンヂュゲに行っちまったがよ、と笑った。
日除けの幌が欲しいと言うと『古くていいならある』と倉庫から引っ張り出して来て取り付けてくれた。
「別嬪の嫁さんに日焼けさせたくないってか」
道具屋はぶっきら棒にそう言ったが目は穏やかに笑んでいた。人付き合いは苦手、だけど根は優しい。そんな不器用な質なのだろう。
「この人にあう雨よけの外套はないかしら?」
「あぁ、明日は雨だ。嫁さんは嫁さんで、旦那が濡れる心配か」
怒ったような口ぶりだが、すぐに棚から箱を出す。
「ちょっと羽織ってみな。うちにあるのはこれが一番デカいサイズだ。これが着れなきゃ明日は濡れとくんだな。あとで嫁さんに温めて貰えば風邪もひかないだろうさ」
埃っぽい箱には、虫食いもなく綺麗な外套が丁寧に畳まれて入れてあった。袖を通してみたら、ちょうどよかった。それにしても明日は雨? ジランチェニシスにしても、道具屋にしても、どうして判ったんだろう?
「この辺りに飯屋はあるかい?」
クルテが代金を支払う横で訊いてみた。街の感じではありそうもないが念のためだ。宿で食事が出なければ食いっぱぐれだ。
「宿で食うしかない。頼めば朝夕出してくれる。もちろん無料じゃあ無理だ」
怒ったような返事があった。
宿は街に二軒、最初に行った宿では二人部屋が一つしかないと言われてしまう。もう一軒に空きがなければ今夜はキャビンで休むことになるう。だから、ジランチェニシスと偽カテロヘブのためにその部屋を確保した。例によって宿に頼んで偽カテロヘブは運んで貰った。
「それじゃあ、明日の朝、迎えに来るから。朝食は済ませておけよ」
もちろん宿賃を支払うことはしなかった。夕食代も朝食代もだ。
次の宿に行く途中でクルテが言った。
「宿に空きがなかったら、飢え死に?」
ついピエッチェが笑う。
「一・二食抜いたところで死にゃあしない。水もあるし、確かジュースも買い込んである。まぁ、飢えはするけどそれだけだ」
「カッチーが死ぬかもって考えてる。昨日食べ終わったお菓子、取っとけばよかったって」
「うーーん……パン屋くらいないのかなぁ?――あ、そこだな、宿が見えてきた」
空きがあるか尋ねると、三人分あると言われる。
「一人部屋が三部屋だ――どうする?」
「馬は預けられる?」
「裏手に納屋があるからそこに入れてもいい。馬車? 納屋の前の空いてるところに置いとけば?」
「でさ、全部で四人なんだよ。二人だけ一つの部屋に泊めて貰うわけにはいかないかな? 料金は二人分支払うから」
すると宿の受付がありがジロリとピエッチェを見、その腕に絡みついているクルテを見た。ハッとクルテがピエッチェの腕を放したが遅かったらしい。
「うちはね、連れ込みじゃないんだよ。でもってベッドは古くてボロボロ、いいことなんかされてみろ、壊れるのがオチだ」
かなりの誤解だが、言い繕ったところで訊く耳は持たないだろう。それにしても、それくらいで壊れるベッド? よくも今まで怪我人を出さずに済んでいるもんだ。
(嫉妬してるだけ)
クルテの苦笑いが頭の中で聞こえた――
「雨が好きかい?」
ピエッチェが訊くと、
「そう言うわけではありませんよ」
意味深な目つきをした。嫌な予感に空を見上げる。
初夏の空は雲一つなく、青く輝いている。風もない。どうして明日は雨だなどと思うのだろう?
夢見人がキャビンに運び込まれ、ジランチェニシスが乗り込み、マデルとカッチーが続く。タラップを貨物台に乗せ、クルテが御者台に乗り込むのに手を貸してからピエッチェも御者席に落ち着いた。
「暑くなりそうだな」
ピエッチェの呟きに、リュネがヒヒンと笑った――
カテール街道は王都ララティスチャングと地方を結ぶ街道の中で最古のものだ。ギュリューから遷都する際に新設された道で、王都となる前のララティスチャングがまるきり未開の地であったことを考え合わせれば当然とも言いえる。
ララティスチャングはぐるりと山に囲まれた盆地、王都となるまでは交通の便の悪さから住む者もいなかった。だが広々とした平地でもあり、遷都を考えていた当時のローシェッタ国王の眼鏡に適った。
『ララティスチャングを開拓し、王都とするに相応しい地に変えよ』
命じられたのは第二王子カテルクルストだ。
第二王子は苦労の末、都となるべき街を建造し、古都となるギュリューへの道を開いた。経緯を考えれば、カテール街道沿線は繁華なものになっていくはずだった。だが現実は違った。カテール街道はグリュンパまでで頓挫し、遷都直後に工事が開始されたモフッサ街道に主役の座を奪われた――
モリモステの街を出るとクルテがさっそくパンの袋をサックから出した。他の荷物に潰されたのか紙袋はペシャンコだ。さらに袋の上からクルテが叩く。
乾燥させた上にそんな扱いじゃ、パンは原形をとどめそうにない。撒きづらくなるからやめておけと言うか迷ったが、今さら言っても手遅れだ。
「あは、粉ごなだ」
袋の中を覗いてクルテが言った。そりゃそうだろうとピエッチェが呆れる。が、どうやらそれで良かったらしい。満足そうにニッコリして袋の口を閉じた。なんだ、撒くんじゃなかったのか?
と、急にクルテが立ち上がる。
「おいっ!」
慌てるピエッチェ、咄嗟にクルテに手を伸ばして支えようとするが、クルテは左側、痛い思いをしただけで腕は上がってくれない。
「くそっ!」
右手だけで手綱を引いてリュネを停めようとするが、ピエッチェが手綱を捌く前に速度を落としていたリュネは停まってくれない。ヒヒンと笑っただけだ。俺には何も言わなかったがクルテのヤツ、リュネには脳内会話で何か指示を出したな? なんで俺には何も言わないんだよっ?
「大丈夫、心配ない」
クルテはキャビンの屋根、荷物を乗せるためのラックに掴まっている。
「なにやってるんだよっ!? 危ないだろうが!」
「大声出すとキャビンの中に聞こえちゃうよ――屋根にパン粉を撒く。でも、キャビンをフライにしたりしない」
あー、そうかい! そりゃよかったよ。キャビンをフライにできるほど、でっかい鍋を発注しなくて済むってもんだ!
「それよりさ」
やっと席に腰を降ろしてクルテが言った。
「次の街に着いたら御者台に幌をつける」
「雨除けか?」
やっぱり明日は雨なんだろうか?
「雨? 雨……御者台の幌って横からの雨も避けられる?」
「えっ? どうなんだろう?」
「雨が降ったら御者さんは雨用の外套着てない?」
そうだった? 気にしたことがないからよく判らない。でも、確かに多少の雨ならともかく、土砂降りだとぐるりと取り巻くような幌じゃなきゃ意味がなさそうだ。そんなんじゃ、周囲が見えなくなって巧く馬を御せなくなる。
「んじゃ、どんな幌をつけるんだ?」
「日除け。だから上にあるだけでいい」
「つけられそうか?」
「馬具屋か道具屋で訊いてみよう」
「あぁ、見つけたら停まるよ」
あれ? またクルテに騙された? 御者台で立ち上がったことを叱ろうと思っていたのに、すっかり忘れちまってた。まぁ、いいか……左の腕に絡みついて肩を撫でるクルテを、ピエッチェがそっと盗み見る。さっき感じた痛みが癒されていくのを感じていた。
小鳥たちが、キャビンの屋根に撒いたパン粉を食いつくすのにいくらも時間はかからなかった。クルテが座った後も暫く来なかったが、勇気ある一羽がキャビンの屋根に止まってからは次から次へとやってきた。
「なんであんなに細かくしたんだ?」
ピエッチェの問いにクルテがムフフと笑う。
「あの大きさなら、一切れを取り合ったりしない」
なるほどね、小鳥の一口サイズか。
鳥たちに反応したのはマデルだ。覗き窓から恐怖に引き攣った顔を見せた。
「なに? 何事? なんかボツボツ音がするんだけど?」
「クルテが屋根にパン粉を撒いたんで、小鳥が集まったんだ……ごめんよ。しばらく我慢してくれ」
「なによ、これ、小鳥の足音?」
怖がった自分を恥じたのか、怒った顔でマデルはパタンと窓を閉めてしまった。
「マデル、なんだか怒ってた?」
クルテが不安そうにピエッチェに訊いた。
「んー、怒ってるって言うか、怖がる必要のないものを怖がった自分が恥ずかしかったんじゃないかな?」
「それじゃ、怒ってない?」
「多分ね」
「だから! 多分って言うな!」
なんで『多分』って言っちゃいけないんだろう?
「それよりおまえ、なんで小鳥を呼び寄せたんだ?」
「あ、話しを変えた。逃げた。でも、まぁ、いい――この辺りがどんな感じか、訊こうと思って」
「何か聞けたのか?」
「この馬車は荷馬車じゃないね、だって。荷物の代わりに人間を運んでる。群れに帰るってわけでもなさそうだ」
群れって言うのは集落を指しているんだろう。
「タスケッテって街のことも訊いてみた」
タスケッテは次の宿泊予定地だ。
「荷馬車はいつもあそこまで行って引き返す。だからたまに遊びに行く。荷台に乗って行って、乗って帰ってくる。タスケッテは森の中だけど、人間たちは森の恵みを少ししか手に入れられない。自分が食べる以上の獣を殺す人間を森の女神は嫌っているから」
「自分が食べる以上の獲物は他の人に分けているって、女神は知らないのか?」
するとクルテが鼻で笑った。
「森の女神の存在を忘れたのは人間が先。女神が人間を忘れるのを咎めるのはお門違い」
「咎めてなんかいないぞ? 知らないのかって訊いただけだ」
「そう? なんか非難の匂いがした――タスケッテには聖堂もないから、余計なのかもって小鳥が言ってる」
「コゲゼリテにはあったっけ?」
「大浴場の近く、小さいけど。温泉を授けてくれたのは森の女神だって信仰があるから大事にされてる」
なるほど。
「ほかに何か訊いとく?」
そう言われても、小鳥に何を訊けばいいの思い浮かばない。だいたい、小鳥って何を知っているんだろう?
「なさそうだね」
クルテが軽く手をあげる。すると屋根の小鳥が一斉に飛び立った――
道具屋を見つけたのはタスケッテに着いてからだった。途中の村落はどこも小規模で民家が十軒あるかないか、商店らしきものは皆無だった。休憩で馬車を停めた村では数人に囲まれ不審がられる始末、王都への旅の途中と言うと納得はしてくれたものの水さえ貰えなかった。
「グリュンパから? 誰でもいったんセレンヂュゲに出てモフッサ街道を行く。遠回りでもそのほうが便利だからな。カテール街道は、道幅は広いが何もない。見捨てられた道さ」
半ば自嘲気味に道具屋が言う。
「俺もな、この街に生まれて親父が道具屋をしていなかったら別の街に行ってたかもしれん。だけどよ、俺が店を畳んじまったら、タスケッテだけじゃねえ、近隣の村人が困る。だからここから動けなかった」
息子はセレンヂュゲに行っちまったがよ、と笑った。
日除けの幌が欲しいと言うと『古くていいならある』と倉庫から引っ張り出して来て取り付けてくれた。
「別嬪の嫁さんに日焼けさせたくないってか」
道具屋はぶっきら棒にそう言ったが目は穏やかに笑んでいた。人付き合いは苦手、だけど根は優しい。そんな不器用な質なのだろう。
「この人にあう雨よけの外套はないかしら?」
「あぁ、明日は雨だ。嫁さんは嫁さんで、旦那が濡れる心配か」
怒ったような口ぶりだが、すぐに棚から箱を出す。
「ちょっと羽織ってみな。うちにあるのはこれが一番デカいサイズだ。これが着れなきゃ明日は濡れとくんだな。あとで嫁さんに温めて貰えば風邪もひかないだろうさ」
埃っぽい箱には、虫食いもなく綺麗な外套が丁寧に畳まれて入れてあった。袖を通してみたら、ちょうどよかった。それにしても明日は雨? ジランチェニシスにしても、道具屋にしても、どうして判ったんだろう?
「この辺りに飯屋はあるかい?」
クルテが代金を支払う横で訊いてみた。街の感じではありそうもないが念のためだ。宿で食事が出なければ食いっぱぐれだ。
「宿で食うしかない。頼めば朝夕出してくれる。もちろん無料じゃあ無理だ」
怒ったような返事があった。
宿は街に二軒、最初に行った宿では二人部屋が一つしかないと言われてしまう。もう一軒に空きがなければ今夜はキャビンで休むことになるう。だから、ジランチェニシスと偽カテロヘブのためにその部屋を確保した。例によって宿に頼んで偽カテロヘブは運んで貰った。
「それじゃあ、明日の朝、迎えに来るから。朝食は済ませておけよ」
もちろん宿賃を支払うことはしなかった。夕食代も朝食代もだ。
次の宿に行く途中でクルテが言った。
「宿に空きがなかったら、飢え死に?」
ついピエッチェが笑う。
「一・二食抜いたところで死にゃあしない。水もあるし、確かジュースも買い込んである。まぁ、飢えはするけどそれだけだ」
「カッチーが死ぬかもって考えてる。昨日食べ終わったお菓子、取っとけばよかったって」
「うーーん……パン屋くらいないのかなぁ?――あ、そこだな、宿が見えてきた」
空きがあるか尋ねると、三人分あると言われる。
「一人部屋が三部屋だ――どうする?」
「馬は預けられる?」
「裏手に納屋があるからそこに入れてもいい。馬車? 納屋の前の空いてるところに置いとけば?」
「でさ、全部で四人なんだよ。二人だけ一つの部屋に泊めて貰うわけにはいかないかな? 料金は二人分支払うから」
すると宿の受付がありがジロリとピエッチェを見、その腕に絡みついているクルテを見た。ハッとクルテがピエッチェの腕を放したが遅かったらしい。
「うちはね、連れ込みじゃないんだよ。でもってベッドは古くてボロボロ、いいことなんかされてみろ、壊れるのがオチだ」
かなりの誤解だが、言い繕ったところで訊く耳は持たないだろう。それにしても、それくらいで壊れるベッド? よくも今まで怪我人を出さずに済んでいるもんだ。
(嫉妬してるだけ)
クルテの苦笑いが頭の中で聞こえた――
10
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる