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11章 身を隠す
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そう考えると、ジランチェニシスも被害者だと思えてくる。なんらかの意図を持って少年の性格や考え方を歪めていく。それは人間の尊厳を脅かす行為に他ならない。とても許せることじゃない。
クルテがフッと息を吐いた。苦笑い?
「どんなに気に食わない相手でも、何がなんでもソイツが悪いとはならない……それって美点、だけどちょっと悔しい」
「うん?」
「誰でもカティみたいに考えられるわけじゃない。嫌いなヤツが窮地に陥ってたって見て見ないふりをしたり、下手をすれば足を引っ張る。ともすれば、情けを掛けられたことも忘れて酷いことをするヤツもいる」
苦笑いするのはピエッチェの番だ。
「べつにさ、ソイツに好かれようとか、よくして貰おうとは思っちゃいない。俺がそうしたいからそうするだけだ。その結果、相手に背かれたって仕方ない。見返りを求めちゃいない。だからそれでいいんだよ」
「まぁさ、今さらわたしが何を言おうとカティは変わらない。でも、なんか悔しい」
「おまえに嫌な思いをさせてるんだな」
「言ったでしょ? 美点だって。悔しいのは相手に対して、カティに直して欲しいわけじゃない」
「いや、うん……まぁ、よく考えてみる。おまえに悔しい思いさせないにはどうすればいいか」
「ダメっ!」
「へ?」
「カティはカティのままでいい」
あぁ、またそれか。
「おまえが俺を心配してくれるのと同様、俺もおまえが心配だな」
「ん?」
「巧く伝わるといいんだけど……今のままでいいって言ってくれるのは嬉しい。気になるのはさ、本当に俺っておまえが考えてる通りの人間なのかってことだ。いつか、『こんなヤツだと思ってなかったよ』なんて事になるんじゃないか、それが心配って言うか、怖いって言うか」
ちょっとだけ小首を傾げてクルテがピエッチェを見詰める。そしてニヤッとしてから言った。
「判った。カティはずっと変わらない」
それ、判ってないんじゃないのか?
まぁ、いいか。いつかそんな時がきたら、乗り越えていけばいいことだ。おまえが、じゃなく俺と二人で。
しかし……とピエッチェが呟く。
「ノホメを警戒してるだけじゃ、事は進まないな」
「まぁ、マデルがどう動くかでも変わってくるんじゃ?」
「期待するなって言ってたぞ。ノホメが何者かを掴むのは難しいって」
「ノホメのことじゃない。まぁ、マデルって言うよりラクティメシッスがどう動くか、だよね」
「あぁ……ヤツは本当にララティスチャングに戻ってきてるのかな?」
するとクルテがフフンと笑った。
「ちょっと散歩に行こうか? ここは王都、服屋を見て歩くのもいいし、洒落たサロンでお茶を楽しむのもいい」
なるほど、情報収集か。
「旨いケーキもあるかもしれないな」
「ケーキやプディングもいいけど、今日は果物をゼリーで閉じ込めたのが食べたい」
「そうか、あるといいな……カッチーを呼ぶよ」
「ううん、二人で行こう。監視が必要」
ジランチェニシスの監視か。
昨夜もカッチーは巧くジランチェニシスを宥めていた。ジランチェニシスも宿で暴れやしないだろう。だが、
「ノホメとか来ないかな?」
それが心配だ。
「受付に、誰も通すなって言っておこう――病人とほぼ病人と子どもだけを残して出かけるから気をつけて欲しいって言えば、ここの宿なら大丈夫」
支配人も何かあれば便宜を図ると約束してくれたっけ。
「ジランチェニシスには何も言わなくていい。カッチーにはかんぬきを閉めて貰わなきゃならないから合言葉を決めてから行こう」
「合言葉?」
「わたしやカティの声音を使うヤツが居ないとも限らないでしょ?」
うーーん……急に心配になってきた。宿の受付を通さずにこの部屋に来られるってことはすでにここに宿泊している客か、宿のスタッフってことだ。
「カッチーへのお土産、何がいいかな?」
「パンとか菓子とか、なにしろ食べ物、それと本。たまには自分で選んだものじゃない本も読んだ方がいい……手紙が来たら受付に置いておくようにして貰おう。何しろ部屋には誰も近寄らせない」
カッチーは少し不満そうだったが『任せてください』と胸を張った。ジランチェニシスの監視は大切な仕事、そう考えたのだろう。
支配人に話しをつけ、厩にリュネの様子を見に行ってから街に出た。さすが魔法使いの国ローシェッタの王都ララティスチャング、街中にはふんだんに魔法が使われていた。中でもピエッチェが注目したのは日差しの調整だ。よく晴れて燦々と陽は降り注いでいるのに、じりじりと肌が焼けるのを感じない。
「一人の魔法使いじゃ無理だな」
「そのために王室魔法使いの部隊があるんじゃん」
クルテがクスッと笑った。
最初に行ったのは服屋だ。店に入ってきたピエッチェたちを見て、店員は無視していた。割と高級品を扱う店だ、冷やかしだとでも思ったのだろう。が『王宮に行くのに相応しい服が欲しい』と言うと態度を変えた。
「そうなりますと、高価なものとなりますがよろしいのですか? ちなみに即金でのお支払いしか受け付けません」
「心配ない。この場で支払う。が、急いでいるんだ。すぐに受け取りたい」
「お仕立てではなく、出来合いでよろしいと言う事ですね。もちろん丈などの調整は致します」
クルテの金袋はザジリレンの国庫直結、どれほど高価な物でも即金での支払いが可能なのだから、そう言った意味では困らない。
買うのはクルテの服、店員と一緒にスタイルブックを覗き込んでいる。高級そうなうえに店構えも立派だった。きっと在庫も豊富にあるのだろう。
女性用だけでなく男性用、子ども向け、赤ん坊用と、扱いも多い。そう言えば、カッチーの服も用意してやらないと……クルテと二人で買いに行かせるか? 俺が一緒じゃなきゃ行かないと言い出しそうだ。こうなるとマデルの抜けた穴は大きい。
フレヴァンス捜索に協力すると約束した時、それが終わったらピエッチェに協力したいと言っていた。だが実際問題として、マデルがこの後もピエッチェたちと行動を共にするのは無理に思える。フレヴァンスが無事に王宮に戻れば、ラクティメシッスは婚約を正式に発表するはずだ。他国の王太子の婚約者を連れ回せない。
店員がやってきて、試着室に行くが一緒に来るかとピエッチェに訊いた。断ると
「お召しになったところをご覧にならなくてよろしいのですか?」
不思議そうな顔をする。そう言われると見たい気もする。が、それよりも気恥ずかしい。再度断ると、
「それでは、あちらのテーブルでお待ちください。少々お時間を取りますので茶菓のご用意をいたします」
と片隅のテーブルを示した。それも断りたかったが店内の見学にも飽きていた。
クルテが試着室から戻ったのは、待ち草臥れたピエッチェが『まだか?』と店員に尋ねるか迷い始めた頃だった。
クルテはピエッチェのテーブルに来ると空いた椅子に座り、手をつけなかった菓子を勝手に食べ、空になっていたカップにポットから茶を注いで飲んだ。
「おい、それ、俺が使ったカップだぞ?」
「カティが使ったのなら問題ない――お茶は冷めてるけど、咽喉が渇いてたからちょうどいい」
はい、そーですか。ま、いいけどね。
「気に入ったものが買えたみたいだな」
するとクルテがムフフと笑う。
「あのドレスを着てパールの靴を履くのが楽しみ」
「どんなのにしたんだ?」
「それは内緒。見るまでのお楽しみ」
楽しみにするのは俺か? 俺よりずっとおまえが楽しみにしてるようにしか見えないぞ?
用意ができたと店員が呼びに来て、受け取りに行く。これはピエッチェも一緒に行った。荷物持ちだ。見ると上等な箱が二箱あった。クルテが革袋から出した金額を見て、つい苦笑いしてしまったピエッチェだ。
金額を確認する前に店員が、
「本当にアクセサリーをご用意しなくてよろしいのでしょうか?」
クルテに尋ねている。
「ちょうどいいのが手持ちにあるの」
答えるクルテは嬉しそうだ。
「黒瑪瑙に金剛石・蒼玉・紅玉」
「まぁ! 随分と豪華な……あのドレスによく合いそうですね」
驚いたが店員も納得したようだ。どうやらクルテ、グレナムの装飾石を流用する気らしい。
服屋のあとは本屋に行って、カッチーのために本を選んだ。選んだのはクルテ、ピエッチェは他の客の邪魔になりそうだったので店の前で待っていた。なにしろ衣装箱を二つも持っている。店内は広かったが所狭しと書架が並び、他の街の本屋とは比べ物にならないほど客も多かった。
それからパン屋・菓子屋と回り、そこでもピエッチェは店の前で立ちんぼだ。
宿に戻って受付で手紙が来ているか尋ねてみたが何も預かってないと言われる。マデルのことが気掛かりだったが、ここで言っても始まらない――
カッチーが表面にクッキー生地を貼り付けて焼いたパンを食べながら考え込んだ。
「それじゃあ、ラクティメシッスさまはどこに居らっしゃるんでしょうか?」
部屋に戻るとピエッチェたちの寝室に付属の居間にカッチーを呼んだ。魔法のポットで湯を沸かしてお茶を淹れ、買ってきたパンや菓子を食べながら街で集めてきた情報の検討会を始めたところだ。
もちろん情報を集めたのはクルテ、服屋や本屋など立ち寄った先の店員に世間話を装って話をし、聞いた話以上に相手が口にしないが心に思い浮かべたことまで読み取っている。もちろんそれらをすべて『聞いた話』としてカッチーには言った。話したのはクルテだったりピエッチェだったりだが、ピエッチェが話したのは例によってクルテからの脳内指示だ。
「国家機密ってことなんだろうなぁ」
ピエッチェも珍しく菓子を口に運ぶ。アップルパイだ。カッチーが『これ、凄いです。こんな美味しいアップルパイもあるんですね!』と絶賛し、つい興味を持った。食べてみるとザジリレン風で、ピエッチェには懐かしい味だった。
クルテが皿にあれこれ盛り付けた菓子を見てみると、見た目がザジリレン風の物が多い。クルテがクスッと笑い、ピエッチェの頭の中で言った。
(店の看板見なかった? ザジリレン菓子専門店って書いてあったよ)
ローシェッタの菓子は甘すぎる、そんなピエッチェのためにクルテが選んだ菓子屋だったんだろう。アップルパイのあとはスパイスを効かせたクッキーにしよう……
クリオテナはスパイスを効かせたクッキーをよく焼いていた。たまには一緒にお茶を飲みましょうよと頻繁に呼び出され、行くと必ず用意されていた――クリオテナは今頃どうしている?
会えば説教と相場が決まっていた。だからなるべく避けた。最後に会った時は花嫁姿、さすがに説教はされなかったけれど、なんとなく物足りなさを感じていた。
ここ数日が正念場、ローシェッタ国王の後ろ盾を得られるかどうかは妥当ネネシリスに大きく影響する。
クルテがフッと息を吐いた。苦笑い?
「どんなに気に食わない相手でも、何がなんでもソイツが悪いとはならない……それって美点、だけどちょっと悔しい」
「うん?」
「誰でもカティみたいに考えられるわけじゃない。嫌いなヤツが窮地に陥ってたって見て見ないふりをしたり、下手をすれば足を引っ張る。ともすれば、情けを掛けられたことも忘れて酷いことをするヤツもいる」
苦笑いするのはピエッチェの番だ。
「べつにさ、ソイツに好かれようとか、よくして貰おうとは思っちゃいない。俺がそうしたいからそうするだけだ。その結果、相手に背かれたって仕方ない。見返りを求めちゃいない。だからそれでいいんだよ」
「まぁさ、今さらわたしが何を言おうとカティは変わらない。でも、なんか悔しい」
「おまえに嫌な思いをさせてるんだな」
「言ったでしょ? 美点だって。悔しいのは相手に対して、カティに直して欲しいわけじゃない」
「いや、うん……まぁ、よく考えてみる。おまえに悔しい思いさせないにはどうすればいいか」
「ダメっ!」
「へ?」
「カティはカティのままでいい」
あぁ、またそれか。
「おまえが俺を心配してくれるのと同様、俺もおまえが心配だな」
「ん?」
「巧く伝わるといいんだけど……今のままでいいって言ってくれるのは嬉しい。気になるのはさ、本当に俺っておまえが考えてる通りの人間なのかってことだ。いつか、『こんなヤツだと思ってなかったよ』なんて事になるんじゃないか、それが心配って言うか、怖いって言うか」
ちょっとだけ小首を傾げてクルテがピエッチェを見詰める。そしてニヤッとしてから言った。
「判った。カティはずっと変わらない」
それ、判ってないんじゃないのか?
まぁ、いいか。いつかそんな時がきたら、乗り越えていけばいいことだ。おまえが、じゃなく俺と二人で。
しかし……とピエッチェが呟く。
「ノホメを警戒してるだけじゃ、事は進まないな」
「まぁ、マデルがどう動くかでも変わってくるんじゃ?」
「期待するなって言ってたぞ。ノホメが何者かを掴むのは難しいって」
「ノホメのことじゃない。まぁ、マデルって言うよりラクティメシッスがどう動くか、だよね」
「あぁ……ヤツは本当にララティスチャングに戻ってきてるのかな?」
するとクルテがフフンと笑った。
「ちょっと散歩に行こうか? ここは王都、服屋を見て歩くのもいいし、洒落たサロンでお茶を楽しむのもいい」
なるほど、情報収集か。
「旨いケーキもあるかもしれないな」
「ケーキやプディングもいいけど、今日は果物をゼリーで閉じ込めたのが食べたい」
「そうか、あるといいな……カッチーを呼ぶよ」
「ううん、二人で行こう。監視が必要」
ジランチェニシスの監視か。
昨夜もカッチーは巧くジランチェニシスを宥めていた。ジランチェニシスも宿で暴れやしないだろう。だが、
「ノホメとか来ないかな?」
それが心配だ。
「受付に、誰も通すなって言っておこう――病人とほぼ病人と子どもだけを残して出かけるから気をつけて欲しいって言えば、ここの宿なら大丈夫」
支配人も何かあれば便宜を図ると約束してくれたっけ。
「ジランチェニシスには何も言わなくていい。カッチーにはかんぬきを閉めて貰わなきゃならないから合言葉を決めてから行こう」
「合言葉?」
「わたしやカティの声音を使うヤツが居ないとも限らないでしょ?」
うーーん……急に心配になってきた。宿の受付を通さずにこの部屋に来られるってことはすでにここに宿泊している客か、宿のスタッフってことだ。
「カッチーへのお土産、何がいいかな?」
「パンとか菓子とか、なにしろ食べ物、それと本。たまには自分で選んだものじゃない本も読んだ方がいい……手紙が来たら受付に置いておくようにして貰おう。何しろ部屋には誰も近寄らせない」
カッチーは少し不満そうだったが『任せてください』と胸を張った。ジランチェニシスの監視は大切な仕事、そう考えたのだろう。
支配人に話しをつけ、厩にリュネの様子を見に行ってから街に出た。さすが魔法使いの国ローシェッタの王都ララティスチャング、街中にはふんだんに魔法が使われていた。中でもピエッチェが注目したのは日差しの調整だ。よく晴れて燦々と陽は降り注いでいるのに、じりじりと肌が焼けるのを感じない。
「一人の魔法使いじゃ無理だな」
「そのために王室魔法使いの部隊があるんじゃん」
クルテがクスッと笑った。
最初に行ったのは服屋だ。店に入ってきたピエッチェたちを見て、店員は無視していた。割と高級品を扱う店だ、冷やかしだとでも思ったのだろう。が『王宮に行くのに相応しい服が欲しい』と言うと態度を変えた。
「そうなりますと、高価なものとなりますがよろしいのですか? ちなみに即金でのお支払いしか受け付けません」
「心配ない。この場で支払う。が、急いでいるんだ。すぐに受け取りたい」
「お仕立てではなく、出来合いでよろしいと言う事ですね。もちろん丈などの調整は致します」
クルテの金袋はザジリレンの国庫直結、どれほど高価な物でも即金での支払いが可能なのだから、そう言った意味では困らない。
買うのはクルテの服、店員と一緒にスタイルブックを覗き込んでいる。高級そうなうえに店構えも立派だった。きっと在庫も豊富にあるのだろう。
女性用だけでなく男性用、子ども向け、赤ん坊用と、扱いも多い。そう言えば、カッチーの服も用意してやらないと……クルテと二人で買いに行かせるか? 俺が一緒じゃなきゃ行かないと言い出しそうだ。こうなるとマデルの抜けた穴は大きい。
フレヴァンス捜索に協力すると約束した時、それが終わったらピエッチェに協力したいと言っていた。だが実際問題として、マデルがこの後もピエッチェたちと行動を共にするのは無理に思える。フレヴァンスが無事に王宮に戻れば、ラクティメシッスは婚約を正式に発表するはずだ。他国の王太子の婚約者を連れ回せない。
店員がやってきて、試着室に行くが一緒に来るかとピエッチェに訊いた。断ると
「お召しになったところをご覧にならなくてよろしいのですか?」
不思議そうな顔をする。そう言われると見たい気もする。が、それよりも気恥ずかしい。再度断ると、
「それでは、あちらのテーブルでお待ちください。少々お時間を取りますので茶菓のご用意をいたします」
と片隅のテーブルを示した。それも断りたかったが店内の見学にも飽きていた。
クルテが試着室から戻ったのは、待ち草臥れたピエッチェが『まだか?』と店員に尋ねるか迷い始めた頃だった。
クルテはピエッチェのテーブルに来ると空いた椅子に座り、手をつけなかった菓子を勝手に食べ、空になっていたカップにポットから茶を注いで飲んだ。
「おい、それ、俺が使ったカップだぞ?」
「カティが使ったのなら問題ない――お茶は冷めてるけど、咽喉が渇いてたからちょうどいい」
はい、そーですか。ま、いいけどね。
「気に入ったものが買えたみたいだな」
するとクルテがムフフと笑う。
「あのドレスを着てパールの靴を履くのが楽しみ」
「どんなのにしたんだ?」
「それは内緒。見るまでのお楽しみ」
楽しみにするのは俺か? 俺よりずっとおまえが楽しみにしてるようにしか見えないぞ?
用意ができたと店員が呼びに来て、受け取りに行く。これはピエッチェも一緒に行った。荷物持ちだ。見ると上等な箱が二箱あった。クルテが革袋から出した金額を見て、つい苦笑いしてしまったピエッチェだ。
金額を確認する前に店員が、
「本当にアクセサリーをご用意しなくてよろしいのでしょうか?」
クルテに尋ねている。
「ちょうどいいのが手持ちにあるの」
答えるクルテは嬉しそうだ。
「黒瑪瑙に金剛石・蒼玉・紅玉」
「まぁ! 随分と豪華な……あのドレスによく合いそうですね」
驚いたが店員も納得したようだ。どうやらクルテ、グレナムの装飾石を流用する気らしい。
服屋のあとは本屋に行って、カッチーのために本を選んだ。選んだのはクルテ、ピエッチェは他の客の邪魔になりそうだったので店の前で待っていた。なにしろ衣装箱を二つも持っている。店内は広かったが所狭しと書架が並び、他の街の本屋とは比べ物にならないほど客も多かった。
それからパン屋・菓子屋と回り、そこでもピエッチェは店の前で立ちんぼだ。
宿に戻って受付で手紙が来ているか尋ねてみたが何も預かってないと言われる。マデルのことが気掛かりだったが、ここで言っても始まらない――
カッチーが表面にクッキー生地を貼り付けて焼いたパンを食べながら考え込んだ。
「それじゃあ、ラクティメシッスさまはどこに居らっしゃるんでしょうか?」
部屋に戻るとピエッチェたちの寝室に付属の居間にカッチーを呼んだ。魔法のポットで湯を沸かしてお茶を淹れ、買ってきたパンや菓子を食べながら街で集めてきた情報の検討会を始めたところだ。
もちろん情報を集めたのはクルテ、服屋や本屋など立ち寄った先の店員に世間話を装って話をし、聞いた話以上に相手が口にしないが心に思い浮かべたことまで読み取っている。もちろんそれらをすべて『聞いた話』としてカッチーには言った。話したのはクルテだったりピエッチェだったりだが、ピエッチェが話したのは例によってクルテからの脳内指示だ。
「国家機密ってことなんだろうなぁ」
ピエッチェも珍しく菓子を口に運ぶ。アップルパイだ。カッチーが『これ、凄いです。こんな美味しいアップルパイもあるんですね!』と絶賛し、つい興味を持った。食べてみるとザジリレン風で、ピエッチェには懐かしい味だった。
クルテが皿にあれこれ盛り付けた菓子を見てみると、見た目がザジリレン風の物が多い。クルテがクスッと笑い、ピエッチェの頭の中で言った。
(店の看板見なかった? ザジリレン菓子専門店って書いてあったよ)
ローシェッタの菓子は甘すぎる、そんなピエッチェのためにクルテが選んだ菓子屋だったんだろう。アップルパイのあとはスパイスを効かせたクッキーにしよう……
クリオテナはスパイスを効かせたクッキーをよく焼いていた。たまには一緒にお茶を飲みましょうよと頻繁に呼び出され、行くと必ず用意されていた――クリオテナは今頃どうしている?
会えば説教と相場が決まっていた。だからなるべく避けた。最後に会った時は花嫁姿、さすがに説教はされなかったけれど、なんとなく物足りなさを感じていた。
ここ数日が正念場、ローシェッタ国王の後ろ盾を得られるかどうかは妥当ネネシリスに大きく影響する。
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