秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

文字の大きさ
219 / 434
12章 王の恋人

11

しおりを挟む
 やっと解散と言う事になり、それぞれの部屋に戻って行く。ラクティメシッスはしょうこりもなく『わたしの部屋に来ませんか?』とマデルを誘うが無視されて、愉快そうに笑っていた。

 二人きりになると、いきなり背中にクルテがしがみ付いてきた。
「カティ……怖かった」
弱々しい声、泣き出すんじゃないかと焦るピエッチェ、
「ラクティメシッスに何か言われたか?」
この場合、言われたとしても『心の中で』と言う事だ。ピエッチェが、クルテをラクティメシッスと二人きりにするはずがない。

「ううん、なぁんにも。だから余計に怖い――でも、どうしてラクティメシッスのことだって判った?」
「おまえがマデルやカッチーや、ましてオッチンネルテを怖がるとは思えない」
「ソノンセカの幽霊かもしれないじゃん」
「ギュームの奥方の幽霊を、爪の先ほども怖がらなかったおまえだぞ?」
「幽霊が怖いのはね、その存在よりも込められた怨念とかだ」
怨念ねぇ……

「ソノンセカの幽霊は何かを恨んでる?」
「そんなの知らない。だいたい、あの村に幽霊がいるかどうかも確かじゃない」
そうだった。幽霊が必ずいるとは誰も言ってなかった。

「でも、あの村の住人は戦乱の時代から生きてるって」
「そんなの作り話だと思うけど? まぁ、行って村人と接触すれば判るよ」
おまえには判っちゃうんだな。

「ラクティメシッスが怖いのは、おまえの正体に気付いているから?」
ピエッチェが話を元に戻す。あぁ……とクルテがイヤそうな顔をする。

「アイツさ、はっきり言わないくせに『判ってるぞ』ってプレッシャー掛けてくる。それが物凄くイヤ」
その気持ち、よく判る。アイツは爽やかに見せかけて厭味いやみったらしい。

「でもさ、怖いのはそんなところじゃない」
「うん? だったらどこが怖い?」
「ローシェッタの伝説を鵜呑みにしてるところ」
「どうしてそう思う?」
「連れて行く気か? だってさ」

 ローシェッタとザジリレンの間では、森の女神と女神の娘についての伝承が微妙に違う。

 どちらの国でも森の女神は守り神であり豊穣神だ。そして女神の娘は女神の化身、そのあたりは変わらない。

 森の恵みの象徴であり、森の生き物たちを統べる……そして森の生き物とは言えない人間に干渉することはない。もちろん、森に多大な損害を故意に与えんとすれば容赦ない。が、それ以外で女神が人間に何かするとしたら、それは女神の気紛れによるもので大抵は相手の人間にプラスになることだった。森で迷った者に道や泉水の場所を示したり、気に入れば祝福したりする。そしてごくまれに、人間の男と恋に落ちる女神もいた。

 森の女神の恋はひとえに一途、けっしてほかに心を移すことがない。それは相手がこの世を去っても変わらない。永遠に生き続ける女神にとって一生に一度の恋となる。ここまではローシェッタの伝承もザジリレンの伝承も同じだ。違ってくるのはその先だ。

 ザジリレンでは『恋に落ちた女神の全ては男のため』と言われている。それはたとえ男が心変わりしても変わらない。森から出られない女神は、来てくれない男の無事と幸福を森の中で祈っている。

 だがローシェッタでは『恋に落ちた女神は男の全てを欲する』と言われる。女神は男の心変わりを決して許さない。それどころか、どんなに誘っても心を揺らすことがなかった男をも許さない。女神の片思いであっても相手を許しはしないのだ。

 恋する女神の報復は恐ろしい。森から出られない女神は、己の化身である女神の娘を狙う男のもとへと行かせる。もちろん女神の娘も通常は森から出られない。魔法の力で人間の姿を与えられ、森から出ることがやっと適う。

 そして人間の姿で男を誘惑する。女神の娘の企みが成功すれば男は森に連れて行かれ、二度と人間の住む場所へとは帰れない。だが失敗した時は? 娘は躊躇ためらいいもなく男の魂を抜き取って森へ連れ帰る――

 ラクティメシッスがクルテに『連れて行く気か?』と言った。クルテはその言葉をローシェッタに伝わる森の女神に結び付けた。ピエッチェが考え込む。それをクルテが不安そうに見つめる。

「ラクティメシッスは『どこに』とは言わなかったのか? どこに連れて行くとは言わなかった?」
「……言わなかった」
「だったら気にするな」
「でも!」
「俺はザジリレンの人間だ。ローシェッタに伝わる話も知識としては知っている。だが、俺にとって森の女神はザジリレンのものだけだ。ローシェッタとザジリレンでは違う女神なのだろうよ。それに……俺にとっておまえは森の女神でも女神の娘でもない。俺のクルテだ」

 ピエッチェの顔を見詰めるクルテは不安そうだ。もっと何か言ってやりたい。だけどなんて言えばいいんだろう? クルテを見詰めながらピエッチェが考える。するとクルテが不思議そうに言った。
「今日はわたしのこと、魔物だって思わないんだね」
「あ……」
そうだ、コイツは魔物、秘魔ひまだった。

「んー、忘れてた。って言うか、それもどうでもいい。言っただろ、俺にとっておまえはクルテ以外の何者でもないってことだ」
「そっか」
やっとクルテの顔に笑顔が戻る。

 その笑顔にホッとしたピエッチェ、ふと思いついた疑問を口にした。
「そう言えば、秘魔の存在っておまえから聞いて知ったんだけど、おまえ以外にも秘魔っているのか?」
本当は唆魔さまのことも訊いてみたい。だけど唆魔やゴルゼとは言いたくなかった。クルテがイヤな顔をするんじゃないか、そう思った。

「そんなの、わたしが知るわけないじゃん」
欠伸あくびしながらクルテが答える。
「秘魔には会ったことないし、唆魔はゴルゼしか知らない」
ピエッチェが遠慮して言わなかったのに、クルテは案外あっさり言った。

 ふらふらしながらクルテが立ち上がる。
「もう寝る……」
本当に眠そうだ。都合の悪い話ってわけじゃないのか? だけど……都合の悪い話になるとクルテは眠くなる、そんな疑念を払しょくしきれなかった。

 翌朝食は各部屋に運ばれた。が、まずはカッチーがトレイをもって現れ、程なくマデルがやってきた。
「いつも四人一緒だからね、なんかさ、一人じゃ味気なくって」
マデルが言い訳しているところに、ラクティメシッスまでやってきた。すでに女装している。宿の従業員に見られるのを警戒してだ。

「マデルと一緒に食べようと思って部屋に行ったんだけど、居なかったんで」
きっとここだろうと思って来てみたら案の定だ、と笑う。
「わたしと二人で食べるって発想がなかったことが寂しいです」

 オッチンネルテは来なかった。王や王太子と、一人の食事を堪能していることだろう。出立の時刻は言ってある。誰に遠慮することもなく、伸び伸び過ごせるのはその時刻までだ。

 同じ理由でカッチーだけは少々居心地が悪かったようだが、こちらはオッチンネルテと違ってピエッチェがカテロヘブとは知らないのだから気を遣う相手はラクティメシッスのみ、しかもラクティメシッスは気さく、大好きなピエッチェ・クルテ・マデルと一緒なのと引き換えるほどではない。

 ラクティメシッスが怖いと言っていたクルテだが、もちろんそれを顔に出したりはしない。いつも通りの食材チェック、だがメニューがコーンポタージュに茹で卵、生野菜が数種類にブドウが五粒、それに丸パンではこれと言って疑問を持つこともなかったのだろう、チェックが済むといつも通りピエッチェを見上げ、
からいて」
と言っただけだ。ピエッチェもいつも通り『自分で剥けるようにならなきゃ』とは言うものの、茹で卵の殻を剥いてやる。

 いつものことだから、マデルもカッチーも全く気にしない。けれどラクティメシッスは明白あからさまにニヤついた。
可笑おかしいか?」
ピエッチェがムッとする。

可笑おかしくなんかありませんよ」
ラクティメシッスがゆったりと微笑んだ。
仲睦なかむつましくってうらやましいと思っただけです」
羨ましいとニヤつくのか?

「あんたにだって睦ましい相手が、すぐそばに居るじゃないか」
「居るには居るんですがね。お嬢さんとは考えかたが違うようです。同じ部屋ではイヤだと言われてしまいました――お休みになる時は同じベッドで?」
「ちょっと! なんてこと訊くのよ!?」
マデルが慌ててラクティメシッスをたしなめるが聞く耳を持たない。いいじゃないですかと笑んでいる。

 ピエッチェはチラッとラクティメシッスを見たが、すぐに視線を自分の皿に戻しブドウをクルテの皿に移した。クルテがピエッチェのブドウをじっと見ていたからだ。ピエッチェを見上げてクルテが嬉しそうな顔をする。

「なぜそんな事を?」
ピエッチェがラクティメシッスに訊き返す。視線はクルテに向けたままだ。

「いえね、どうしたらそんな関係になれるのかなぁと。この人ったらね」
ラクティメシッスがマデルに視線を向ける。
「そう言ったことには一切応じてくれないんですよ」

「ラクティ!」
マデルが悲鳴のような声をあげる。
「いい加減にして!」
だが、クスッと笑っただけで、ラクティメシッスに話題を変える気はなさそうだ。
「参考にしたいのですよ。どうしたら彼女に『うん』と言って貰えるのか――聞かせて貰えませんか? どんなきっかけだったのか? もちろん深い仲なのでしょう?」

 ピエッチェはクルテから目を離さない。クルテは生野菜の中からトマトだけを選んでは口に運んでいる。トマトが終わったらきっと次はキュウリだ……一口食べてはニンマリしてじっくり味わう。いつも通りのクルテだ。

「参考になるようなことは何もないよ。あんたが言ったようにマデルとこいつは違うんだ。思いを遂げたいなら、じっくり相手と話すしかないんじゃないのか?」
「ふぅん……深い仲を否定しない?」
コイツが知りたいのはそこか?

「そう言ったことは軽率に他人に話すことではないと思うし、気軽に訊くものでもないんじゃないかな?」
「話したくないし、訊かれるのも不愉快、ってことですか?」

「えぇ、そう言うことです」
と、これはカッチーだ。さっきからハラハラとピエッチェとラクティメシッスを見ていたのには気付いていた。
「王太子さまがそんな品のないことをお訊ねになるとは思いませんでした」
随分と抑えた言いかただが、怒りが滲み出ている。

「よせ、カッチー」
「でもピエッチェさん!」

「怒られてしまいました」
ラクティメシッスがマデルに向かって苦笑する。

「しかも下品だと――」
「当り前よっ!」
マデルも庇う気がないようだ。

「いったいどうしたって言うのよ? いつものあなたらしくない」
「わたしらしくない? そうですか?」
クスクス笑うラクティメシッス、
「わたしはただちょっと……」
横目でピエッチェの様子を窺いながら言った。
「彼を心配しただけです」

 クルテがキュウリにフォークを刺した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...