秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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12章 王の恋人

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 マデルの期待通り、夕食は降るような星空の下でとなった。

 昼間は汗ばむほど暑かったが陽が沈むと気温も下がり、優しい風も吹いた。風は庭の篝火かがりびを揺らし、篝火の震えはテーブルを優雅に演出した。
「ワインの追加を」
ラクティメシッスがテーブルを整えていた給仕係に頼み、少し遅れてワインが運ばれてくる。グラスは六脚、だが使われたのは四脚だ。カッチーとクルテのグラスはピエッチェが臥せてしまった。

「お嬢さんはお酒は?」
「ジュースと間違えて飲んじゃってフラフラになったことがあるの」
ラクティメシッスにマデルが答えた。クルテはいつも通り料理のチェックで忙しい。

「カッチーはそろそろ酒に慣れてもいい頃合いでは?」
するとカッチーがピエッチェの顔色を窺う。飲みたそうな顔をしている。

「うん? 飲みたいって言われなかったから臥せたけど、飲みたかったか?」
ピエッチェが慌ててカッチーのグラスを立てた。

 飲酒に関して定める法は取り立ててなかった。親が決めているのがほとんどだ。酔いどれの親を持てば子どもだろうが酒豪もいる。けれどアルコールの中毒性は知れ渡っているから、良識のある大人おとなは子どもに飲ませたがらない。

「飲み方も覚えておかなければ、苦労するのはカッチーですよ」
ラクティメシッスが微笑んでカッチーのグラスにワインを注いだ。

 スープ以外は大皿で供されていた。サラダも大きなボールに盛られ、取り分けるようトングが添えられている。
「前に泊まった時と随分違うのね」
マデルがワインを舐めながら言った。ララティスチャングに向かう際、利用したのと同じ宿だ。
「テラス用に気を利かせてくれたんだと思うよ」
取り分けたサラダをクルテの前に置きながらピエッチェが言った。トマトとキュウリが幾分多めだ。

 料理は他に牛肉の薄切りとキノコの炒め物、鶏肉と花芽のクリーム煮、デザートの果物のゼリー寄せは取り分けやすいように角切りにされている。パンも数種類がバスケットに盛られ、好きなものを取って食べるようだ。と、クルテがピエッチェを見上げた。今日は随分と早い。

「肉は欲しくない。入れないってできる? それと……」
恨めしそうにスープを見た。豆とベーコンのスープだ。あぁ、とピエッチェが頷いてクルテのスープを自分の前に置き直した。

「おや、お嬢さんはスープが嫌い?」
ラクティメシッスが不思議そうに訊くとマデルが咳払いした。
「なにも嫌いだったらどうのと言うつもりはありませんよ……何を話題にしたら許して貰えるんですか?」

 困り顔のラクティメシッスにピエッチェが微笑んで答えた。
「コイツ、マメが苦手なんだよ。豆全般。あれはイヤこれはイヤって言うから手を焼いてて――あぁ、果物があればおとなしいから、その点はいいかな」
クリーム煮から花芽を選んでわんよそいながらピエッチェが答える。
「豆はたねなんだってさ。たねは食べないよねって言う。粉にしたものや、潰してあれば食べるけど……でも、グリーンピースは味がダメなんだったっけ?」

 ピエッチェが訊いているのに、クルテはピエッチェが持つレードルの中に何が入るかにしか興味がないようだ。
「花芽、もう一つ入れて……あ、鶏肉も入っちゃったよ? ねぇ、パンは食べなくてもいい? その代りゼリーはいっぱい食べるから。全部で十八個あった。一人三個、わたしは五個食べるからピエッチェは一個」
山盛りのゼリーを、どうやって数えたんだろう? で、俺の分を横取り? まぁ、いいけどね。

 ラクティメシッスが
「わたしも花芽が好きですよ」
とクルテに微笑む。ところがクルテは、
「キノコは少しでいい。よく炒めてあるところにして」
ピエッチェを見上げたまま、反応を示さない。

「全体が同じになるよう炒めてあるよ」
笑うピエッチェに、
「そう……料理人って凄いね」
クルテが真面目に答える。

 懲りないラクティメシッス、
「むしろ一部分だけ火を通さないようにするのは難しそうですね」
やはりクルテは無視、見かねたマデルが
「フライパンを傾けるとかで出来ないわけじゃないけど、慣れてないと巧く行かないかもね」
代わりに答え、ついでにラクティメシッスの耳元で何か言った。食べ終わるまでクルテに話しかけても無駄とでも言ったのだろう。チラリとクルテを見て『それじゃあ、食べ終わるまで待ちますか』ラクティメシッスの呟きが聞こえた。

 ピエッチェとクルテのことに拘りさえしなければ、ラクティメシッスは人当たりが柔らかく話し上手でもあった。口数の少ないピエッチェとは対照的だ。話し好きでもあるのだろう。次から次へと話題を提供してはマデルだけでなく、カッチーやオッチンネルテに話を振る。もちろんピエッチェにも話しかけてくる。

 最初は緊張で強張っていたオッチンネルテもさすがに言葉遣いは崩さないものの、笑い声をあげるようになっていった。嫌っていたはずのカッチーでさえ、大口を開けて笑っている。

 ピエッチェはクルテに気を取られているふりをしてなるべくラクティメシッスに関わらないようにしていたが無視することもできず、それなりの受け答えをしないわけにはいかなかった。せっかくの和やかな雰囲気を壊すこともない。それでも乗りの悪さは隠せず、話の中心はラクティメシッス、それをマデル・カッチー・オッチンネルテが取り巻く形になっていった。

 ピエッチェとクルテを置き去りに、話しはどんどん進んでいく。そのうちフレヴァンスの話になった。
「妹を甘やかしすぎたのはマデルもでしょう?」
ラクティメシッスが苦笑する。マデルが『フレヴァンスのあの性格は周囲が甘やかしてチヤホヤし過ぎたからだ』と言った事への反論だ。キョトンとするオッチンネルテにカッチーが『マデルはフレヴァンスさまのお守役なんだよ』と説明している。

「あら、わたしは甘やかしてなんかないわ。しっかりレディーのたしなみを教えたもの」
「そりゃあ、マナーやらはどこに出しても恥ずかしくないとは思います。マデルのお陰だね。でもね、他人の目があるところだけなんですよねぇ。それに黙ってれば兄のわたしが見ても貴婦人だけど、あの性格は貴婦人とは言い難いなぁ」
まぁ、貴婦人はレモン水をラッパ飲みしないだろうね。

チューベンデリマデルの兄に捨てられなきゃいいけど」
「それがね、兄ったらフレヴァンスさまに振り回されるのが嬉しいみたいなのよ」
「うん? どういうこと?」
「ほら、うちの兄、小さいころから型にめられてたようなものでしょ。将来は王室魔法使いの総裁を継げって育てられたから。フレヴァンスさまの型破りなところに憧れるって言うか、大好きみたいなのよね」
「割れ鍋にじ蓋って感じですね」
ラクティメシッスは愉快そうだ。

 聞いていたピエッチェはチューベンデリの気持ちがなんとなく判るような気がすると思った。自分も王位を継ぐものとして育てられた。やはり型に嵌った人間なのだと思う。チューベンデリがフレヴァンスに惹かれるのも、自分がクルテに惹かれるのも同じなんだろうと感じた。もっとも俺は間違ってもフレヴァンスには惚れないなとも思った。

「カッチーは一人っ子だったよね?」
マデルがカッチーに話を振る。口いっぱいにパンを入れていたカッチーが慌てて飲み下し、
「そうですよ。えっと……兄弟がいるのって、羨ましいです」
考えながら答えた。きっと『フレヴァンスみたいのでも』と言うのを躊躇ためらったのだろう。

「オッチンネルテさんは?」
微笑むマデルに顔を赤くしてオッチンネルテが答える。
「はい、弟が一人……わたしなんかよりずっとできた弟だったんですが身体を壊してしまって、今は料理人をしています」

「そうなのね。弟さんが心配?」
「いえ、心配はしていません。曲がりなりにも職を持ち、楽ではないだろうけどちゃんと生活できてますから」
「でも、早く会いたいでしょ?」
「そりゃあもう」
オッチンネルテが照れて笑う。

「ピエッチェもお姉さんに早く会いたいでしょ?」
「え……まぁ、そりゃあね」
何気なく訊くマデル、ピエッチェも何気なく答えたが目の端に見えていたラクティメシッスの目が一瞬、鋭くなったのを見逃してはいない。

「俺もピエッチェさんのお姉さんに会ってみたいなぁ。美人なんですよね?」
「そんなの判らないって。そう言ってくれる人もいるってだけだ」
自分の姉を美人だとは言えない。

「ザジリレンに戻るんなら、お姉さんの旦那さんとも対決するってことですか?」
「え、あぁ、まぁ、チャンスがあれば、かな?」
今度はオッチンネルテまで緊張してピエッチェを見た。

「チャンスは作らなきゃ――ラクティメシッスさまに事情を話して助力して貰ったらどうですか?」
「いや。さすがにそれは図々しいだろうが」
戸惑うピエッチェ、この場をどう誤魔化すか考えを巡らせる。なのにマデルが、
「そうよ、ラクティ、ピエッチェの話を聞いてあげて。お姉さんの旦那さんに家を乗っ取られちゃったんですって」
と話を膨らませる。でもこれは好都合か?

「あぁ、大まかな話は聞いていますよ」
食事を終えてお茶を飲んでいたラクティメシッスが、マデルにゆったりと微笑む。
「ザジリレンでの状況を確認してから、どうするか考えようと思っています」

「ラクティメシッスさまの後ろ盾があるなら安心ですね。きっと巧く行きますよ」
喜ぶカッチーとは真逆の反応はオッチンネルテだ。蒼白になってピエッチェとラクティメシッスを見比べている。

 ピエッチェがオッチンネルテをチラリと見てからカッチーに言った。
「権力を利用して一方的な言い分を通すのは好きじゃない。どこかに誤解がないか、良く調べてからだな」
ラクティメシッスがソッポを向いて少しだけ微笑む。優しい笑みだった――

 食事が終わってからの約束だった路銀の件は、待っていたらいつになるか判らないからとクルテが食べ終わる前に始めた。
「今回のザジリレン行きはわたしの提案です。あくまでピエッチェには協力して貰っているわけで……全面的にこちらで用意したいと考えています」
ラクティメシッスの提案にピエッチェが考え込む。

 確かにラクティメシッスの言い分にも一理ある。でも飲めない。ピエッチェには協力者の立場でいる気はなかった。で事に当たりたい。ここで話しをしたのは失敗だった……相手はローシェッタの王太子、共同、つまり対等な立場に立ちたいと、ピエッチェがザジリレン王だとは知らないマデルたちの前では言えない。

「ね、それってわたしたちを雇いたいって言ってる?」
いきなりクルテが口を挟んだ。
「ピエッチェもわたしも、あんたの下僕になるなんて
おまえ、そんな言いかたはないだろう!?

 言わんこっちゃない。ラクティメシッスが見る見る蒼褪めていく――
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