秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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12章 王の恋人

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 グリュンパを通り抜け、シスール周回道に向かう。最初の村はクサッティヤ、そこでシスール周回道は分岐し、一方はベスク方面、もう一方はソノンセカ方面となる。

 クサッティヤを抜けるとき、菓子店ミランジェが目に付いた。するとクルテが
「チェリーパイ……」
と呟いた。しまったと思っても遅すぎる。『ボシェッタ爺さんがチェリーパイって言ってたな』と、なんとなく思い出していた。

「シュークリームがまだあるだろ」
「でも、もうここには来ないかも」

 反逆者を一掃するのが目的でのザジリレンへの帰国――状況によってはネネシリスとの対決もあるだろう。成功すれば王として復権し、失敗すればよくて拘束、悪けりゃあ命を失う。どちらにしろローシェッタ国に来られなくなる。ましてクサッティヤは田舎だ。クルテの言うとおり、これが最後かもしれない。ラクティメシッスに『やっぱり甘いな』と笑われそうだと思いながら馬車を停めた。ま、菓子の大半は甘いものだ。嬉しそうに御者ぎょしゃ台を降りたクルテがキャビンのカッチーに声を掛ける。ミランジェの前は通り過ぎてしまったが、すぐそこと言えば言える距離だ。

 思ったよりも時間がかかり様子を見に行くかと思い始める頃、やっとクルテとカッチーが戻ってきた。二人とも菓子を買いに行ったにしては暗い表情だ。目的の菓子が売り切れてたかと苦笑するピエッチェに、御者ぎょしゃ台に上って自分の席に座ったクルテが言った。
「ノホメが病気らしいよ」

 ノホメの住処はクサッティヤの宿屋だ。ミランジェに行くと、先客と店員がノホメの噂をしていた。心配していたのだ。
「ノホメが倒れたって手紙が王都から送られてきたらしい。誰か家族が王都に行くことになるんだろうって話してた」

「病名とか言ってたか?」
「心を読んでみたけど『なんの病気だろう?』って思ってたから、ミランジェに居た人は知らないと思うよ」
「うーーん……」

「病気じゃないと思ってる?」
「そうだなぁ……ちょっとラスティンラクティメシッスと話してくる」
ピエッチェが御者ぎょしゃ台を降りた。

 キャビンに行くとラクティメシッスも同じ話をカッチーから聞いていたらしく、
「申し訳ありませんが、カッチーとオッチンネルテは外してください」
と言った。カッチーまで退席させることはない気もしたが、言わずにいたピエッチェだ。

「ノホメって言うのが例の男と繋がってる自称魔法使いでしたね?」
声を潜めてラクティメシッスが言う。
「王都を出る前に身元を調査するよう部下に命じておいたのです。三十五年前くらいからから二十五年前くらいまでに在籍した女性で所在不明になっている者がいないかをまず調べろと言っておいたのですが、既に死亡した者を除いて該当しそうなのは二名、うち一人は追跡調査の末、七年前より寝たきりの状態、なので除外していいでしょう」
ここでチラリとピエッチェを見た。
「問題はもう一人、これがどうしても見つけられない」

「それがノホメだと考えて?」
「いいと思います――で、この調査に付随して面白いことが判りました」
「面白いこと?」
って言うか、そんな情報をなんで今まで黙ってた? ムッとするピエッチェ、それがつい顔に出たようだ。何気なくピエッチェを見たラクティメシッスが少しむくれ顔になった。

「ピエッチェ、そんなに怖い顔をしないでくれませんか?」
「えっ? いや……なんで教えてくれなかったんだろうと思って」
「あぁ、今夜にでも話そうと思ってました。わたしも昨夜遅くに知ったんです」
「昨夜?」

「魔法を使った連絡方法は何通りかありますが、今回使っているのは二枚貝の貝殻を使ったものです。受信用と送信用、二枚の貝殻を使ってワンセットのものです。片方を耳に当てると相手の声が聞こえ、もう片方に語りかければ自分の声が向こうの受信用の貝殻に届きます――二枚を一つの袋に入れておけば、受信すると二つが震えあってカチカチと音を立てる。便利なものでしょ?」
「巻貝を耳に当てると波の音がする、なんて話は聞いたことがある」
ラクティメシッス、ピエッチェのこの発言は無視することにしたようだ。

「で、夜中にカチカチ音がしたわけですよ――ノホメを調査するよう命じた部下でした。で、一次報告として『まだ見つからない』なんですが、一つ重要なことに気が付いたのでそれを知らせたいと言ってきました」
「重要なこと?」

「わたしが命じた調査に付随して、ローシェッタ王家転覆を企てている首謀者の母親が元王室魔法使いだと判ったそうです」
「ふむ……」
「それだけではありません。その母親、所在不明の魔法使いの姉なのです」
思わず見交わすピエッチェとラクティメシッス、と、キャビンのドアをカッチーが叩いた。

「ピエッチェさん、馬車を早く出せってクルテさんが怒ってます」
同時にピエッチェの頭の中で、
(不審な馬車が居るって自警団に通報したヤツがいる)
クルテの声が響く。

「取り敢えずソノンセカに向かおう。ここに居ても何かできるわけじゃない。話しの続きは夜にでも」
あわただしくキャビンを降りるピエッチェ、入れ違いにオッチンネルテとカッチーが乗り込む。
「何かあったんですか?」
カッチーに尋ねるラクティメシッスの声が、キャビンのドアが閉じられる直前に聞こえた――

 不自然に思われないギリギリの速さでクサッティヤの街を走り抜ける。

(通報したヤツってどんなだった?)
(普通のおばちゃん。女一人御者ぎょしゃ台に残して、男は何かそこらへんで悪事を働いてるんじゃないかって思ったみたい。わたしのことジロジロ見てるからなんだろうと思って心を読んだら『自警団のヤツらってどうしていつもこんなに遅いんだろう』ってイライラしてた)
(俺たちを通報したってどうして判った?)
(それだけじゃ判んないよ。そのあといろいろ考えてたから)
なるほどね。

 キャビンの中でラクティメシッスと話したことは、わざわざクルテに言わなかった。どうせ心を読んで判っているはずだ。

 クサッティヤ区域から出るとリュネが勝手に速度を下げた。ピエッチェも慣れっこになっていて、リュネの思い通りにさせている。通報先が自警団なら、自分たちの村の外まで追ってくることはない。もう急がなくていい。

 しっかり掴まっている必要がなくなると、クルテが紙袋をガサゴソし始めた。シュークリームの袋だ。
「食べる?」

「イヤ、俺はもういい」
馬車に乗ってすぐに、やや強制的に口に入れられた。飛び切りの甘さに、一つで充分だと感じていた。
「甘すぎるよね」
クルテが一つ食べてから笑う。一口サイズの小さなシュークリームだ。

「ボシェッタ爺さん、すっごい食べたがってた。十個くらいペロリだって思ってたから十二個持ってった」
「自分たちの分は?」
「一人五個ずつ買った。マデルがおかね、出してくれたよ」
「じゃあ、あとでマデルに礼を言わなきゃな」
「そんなのいいよ。お返しにチェリーパイ、あげたし。型焼きケーキとクッキーも後で分ける。お礼は言いっこなしってマデルと約束した」
じゃあ、俺が口を出しちゃ拙いか?

「マデルのかねはラスティンが出したんじゃ?」
「どうだろ? 訊いてないや……でもさ、自分の家から来たんだから、まるきり持ってないってことはないんじゃ?」
うーーん、と思うが訊くのもヘンな気がする。ここはクルテの言うとおりにしておくか。

 いくつかの村を通り過ぎ、右手にジェンガテク湖が見え始める。今日は緑色を濃く感じた。むしろ灰色じみている。曇天のせいだ。

 朝から曇っていたが、雲はさらに厚くなっていた。
「ソノンセカまで持つかな?」
空を見てピエッチェが呟く。クルテが間髪入れず答えた。
「持たないね、降ってきたもん」
ピエッチェが空を見ると同時に雨粒がポツポツと落ち始めていた。

「おまえ、キャビンに移れ。風邪ひくぞ」
ところが馬車を停めようとしてもリュネが停まってくれない。ニヤッとしたクルテ、
「ソノンセカはもうすぐ。タオルでも被っとく」
サックから厚手のタオルを引っ張り出した。そのサック、繋がってるのは金庫だけじゃなさそうだと思うピエッチェ、だけど面倒なので訊かずにいる。

「あー、でも、雨外套レインコート出す?」
「要らない――こうなったら急げ、リュネ」
言葉だけでリュネがスピードアップした。練習台がリュネなら安心してカッチーの乗馬訓練が始められると、ふと思うピエッチェだった。


 雨はぽつぽつと言うよりシトシトと言った感じで大したことがなかった。それでもソノンセカに着く頃にはしっとり濡れた。タオルに包まっていたクルテはほとんど濡れずに済んでいる。宿を見付けるとラクティメシッスに教えられていた通り、裏手にあるうまやに馬車を回した。

 停めるとすぐにカッチーがキャビンから出てきて、貨物台の荷物を降ろし始める。出発の時、被せておいたほろのお陰で荷物は全く濡れずにすんだ。

「あっ!」
クルテが小さく叫んでキャビンの屋根を見る。クルテの衣装箱だけ屋根の上だ。

「濡れちゃったかな?」
「箱の中まで染みるほど降っちゃないと思うぞ?」
「待って、クルテさん、俺が降ろしますから」
貨物台の荷物はそこそこにカッチーが御者ぎょしゃ台に上った――


 思った通り宿はガラガラだった。いや、ガラガラなんて生易しいもんじゃない。
「貸し切りです」
宿の受付が面白くなさそうに言った。

「食事の用意? できますよ。これから作るんですぐには出せませんが材料はあります。客が来なくてもいいから、毎日朝夕十二人分は用意するよう言われてますから。ルームサービス? ルームサービスでしか食事は提供してません。ダイニングはないんです」
客がいないと言いながらなぜか疲れ切った様子の受付係を見ると、『ソノンセカの宿の従業員は身体を壊す』とマデルが言っていたのが真実味を帯びてくる。ラクティメシッスは否定したが、現場が上層部には隠していて知らないのかもしれない。

 六名だが寝室は五室、できれば居間が欲しいと言うと受付係が難しい顔になった。
「居間付きの部屋はない。だけど、会議室ならある。普通の寝室だけど、奥にもドアがあって会議室に行ける。立ち聞き防止なんだろうね」
「寝室はどんな作り?」

「どの部屋も同じ。ベッドが二台、小さなテーブル、椅子は二脚。バス付の部屋はないよ。男女別の浴場があるから、入りたかったらそっちを使って。あぁ、便所は各寝室にある……でも会議室は使うなって言われてるんだよなぁ。だから普段は会議室に出るドアの鍵は閉めて、こっちで保管してるんだ」
「使うなって、誰に?」
「この宿、ローシェッタ国営だってのは知ってる?」
「あぁ、知ってる。役員の命令か。でも理由は?」

「いやぁ……」
口籠る受付係、 するとクルテが話しに割り込んだ。
「それって、死人が出た部屋?」
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