秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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14章 風の行方

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 警備隊に追いつかれるのを警戒し、休憩なしでリュネを走らせた。お陰でその日のうちにシャンシャン峠を抜けてギスパに辿り着いた。早朝にトロンバを出立したのもよかったのだろう。予定より、一日早く峠を抜けたことになる。

「どうする? 先に宿を探す?」
ギスパの街角で馬車を停め、リュネに水を与えながらピエッチェがラクティメシッスにお伺いを立てた。リュネの横ではクルテが、そっとリュネの腹を撫でている。

「どうしましょう? 迷うところですよね」
飲み干したレモン水の瓶を眺めながらラクティメシッスが答えた。ピエッチェが、自分の瓶を貨物台の箱に戻し、代わりに飼葉の入った箱を出した。蓋を取るとそのままリュネの前に置く。貨物台に行ったついでにキャビンを覗くとマデルとカッチーがウトウトしていた。

 馬もそうだが、人間も休憩なしだ。昨日の夕食を済まてから、宿に戻れないままスズマリアネを糾弾し、警備隊に引き渡し、トロンバ村を出てきた。キャビンに居たクルテ・マデル・カッチーは居眠りくらいしたかもしれないが御者ぎょしゃ台のピエッチェとラクティメシッスはまったく寝ていない。さらに全員、今日はまだ何も食べていない。

 革袋の水は補給できていなかったからリュネに飲ませるため取っておき、人間たちは貨物台に積んでおいたレモン水を引っ張り出して飲んだ。そのレモン水はギスパに着いた時、一本ずつ配ったら底をついた。クルテが買ってカッチーに渡した菓子は、昨日、夕食に出かける前に食べきったとカッチーが申しわけなさそうに言っていた。

 欠伸あくびを噛み殺すラクティメシッスの腹の虫が鳴った。
「睡眠欲と食欲って、どっちが優先されるものなのでしょう?」

「取り敢えず、宿を確保したほうが得策かな? 食事が出てくるまで待たされるだろうけど」
「ベッドがある場所に行ったら、食事を待ってる間に寝ちゃいませんかねぇ?」
ラクティメシッスは反対したわけじゃない。起きている自信がないだけだ。

「いい馬だね。お嬢さんの馬? 馬に寄り掛かって寝てるなんて器用だね」
ふいに飛び込んできた声に、ピエッチェの目が覚める。誰かがクルテに話しかけ、馴れ馴れしく肩を抱こうとしていた。

「馬より俺のほうがきっと――」
「おいっ!」
叫んだのはピエッチェだ。後ろでラクティメシッスが袖を引いている。ピエッチェの右手は剣の柄にある。通りすがりの数人が、何事かと立ち止まった。

「な、な……連れがいたのかよ」
クルテに寄ってきた男が慌てて逃げていく。キャビンの影で見えなかったらしい。
「気が立ってますねぇ」
ラクティメシッスが苦笑した。

 なんだ、もう終わりかよ……立ち止まっていた野次馬たちが興味を無くし、去ろうとするのをクルテが呼び止めた。
「ねぇねぇ、馬車を預かってくれて、食事もできる、そんな宿を知らない?」
ラクティメシッスが
「我々より、よっぽどお嬢さんのほうがしっかりしているようですね」
力なく笑った。

 リュネが飼葉を食べ終わるのを待って教えられた宿に向かった。入り口で部屋の空きを訊くと大丈夫だと言うので、クルテ・ラクティメシッス・マデルの三人をそこで降ろし、ピエッチェはカッチーを連れてうまやに回った。

 受付に戻ると支払いを終えたクルテが受付係に商店の場所を訊いているところだった。ラクティメシッスがピエッチェに言った。
「レストランは道を隔てた向こうになるそうです」
道を隔てていると言っても、馬車が擦れ違うのは難しいような細い道だ。
「そうか、三人で先に行っててくれ。注文したっていい。俺はクルテとすぐに行く」

 クルテが訊いたのは飲料店・菓子屋・パン屋・果物屋・馬具屋、そして花屋だ。客用に宿が用意したギスパの地図にクルテが書き込んでいるのを見たピエッチェが思わず笑った。書き込んだのは簡単な絵、瓶やリンゴが描かれている。馬具屋はどうするんだろうと見ていると蹄鉄の絵だった――

「すぐできるのはミートパイだそうです。なんかね、もうできてるのをちゃちゃっと温めるだけだそうです」
ミートパイを頬張りながらカッチーが嬉しそうに言った。見るとラクティメシッスもマデルもミートパイだ。

 注文を取りに来た店員に同じものをと頼むと、売り切れだと苦笑いされた。
「じゃあ、アップルパイ」
すかさず言うクルテ、アップルパイならあるんだが、と店員が考えたに違いない。

「早くできるものは?」
「んーー……オムレツかなぁ」
「パンもある?」
「丸パンならあるよ」

 クルテのアップルパイは店員が引っ込んだ後、間を置かず運ばれてきた。厨房に戻ろうとする店員をラクティメシッスが引き留める。

「店のお勧めは?」
「チキンとほうれん草のグラタンだよ」
「じゃあ、それを追加。それと丸パン」
「わたしも同じもの! それとお茶もちょうだい」
マデルが便乗し、カッチーも、
「俺もお願いします」
と言えば、クルテが
「わたしにはグラタン二皿――それとカシス水、ある?」
と言った。

 店員が行ってしまうとラクティメシッスがクルテに言った。
「お嬢さんが二皿も頼むなんて珍しいですね」
クルテの代わりにマデルが笑う。
「ピエッチェの分に決まってるじゃないの」
ピエッチェは腕を組んで、俯き加減で目を閉じている。マデルがクルテに
「オムレツが来たら起こさなくちゃね」
と言うと、クルテはニヤッとしただけだった。

 クルテがグラタンを睨みつけている横でラクティメシッスが言った。
「トロンバの宿、高い宿賃払ったけど、部屋でお茶をいただいただけでしたね」

 さすがにクルテも、アップルパイを食べ終わるのは早かった。普通に食べようと思えば食べられるんだなと思ったが、いつものようにピエッチェは何も言わなかった。オムレツを食べるのに忙しかったせいもある。

「今から戻ってかね返せって言ってみるか?」
グラタンに息を吹きかけながらピエッチェが笑う。
「落ち着いたら回収に行きますか? あ、でも、そうしたら、キャンセルした夕食代を請求されちゃいますかね」
空腹が少しは解消されて、冗談を言う余裕が出てきていた。目的を果たして、もしも行ったとしても、きっと宿すら残っちゃいない。建物は残っていても、スズマリアネはこの世に居るかさえ怪しい。

「明日はいろいろ買いこんでからの出立ですね。次はレンレンホ?」
覚える気なんかさらさらなさそうだったのに、ちゃんと地名を記憶しているラクティメシッスだ。

「レンレンホからゲリャンガは近い。昼過ぎに出たって夕刻には着く――少しレンレンホで情報を集めてから行こう」
するとクルテがピエッチェを見上げた。来たな、と思ったピエッチェ、クルテが何か言う前に
「ハチの子を食えって言わないから安心しろ」
と言うとクルテがニヤッとした。

「グラタン食べるから、パンは残して持ってっていい?」
グラタンには丸パンが添えられていた。好きにしろと答えると、クルテは嬉しそうにグラタンを食べ始めた。

 クルテ以外が食べ終わると、ピエッチェが言った。
「先に宿に行って、休むといい」
するとクルテが食べるのを止めて
「二人部屋しかなかった」
サックから番号札のついた鍵を三本出し、
「カッチーは一人で使うよね?」
一本をカッチーに渡す。

 そしてもう一本を手にすると、
「マデルはラスティンと一緒?」
とマデルに差し出した。ラクティメシッスがチラリとマデルを見る。見てはいけないと思いつつ、ピエッチェもついチラリとマデルを見た。カッチーはニヤッと笑って目を逸らした。

「うん。クルテ、ありがと」
マデルがニッコリ笑んで鍵を受け取り立ち上がった。
「それじゃピエッチェ、お先にね。クルテ、どんなにゆっくり食べても平気よ。ピエッチェは先に行っちゃったりしないから――行くよ、カッチー」

「へっ? 俺ですか?」
いきなり名を呼ばれ、カッチーがキョトンとする。マデルがフフッと笑って、ラクティメシッスを見る。すでに立ち上がっていた。
「この人は、言わなくてもついて来るから」

「えぇ、姫ぎみの行くところなら、どこにでもお供しますよ」
ラクティメシッスが微笑んで腕をマデルに差し出すと、
「その気障きざなセリフ、どうにかならないの?」
笑いながらマデルがラクティメシッスの腕に手を添えた。そしてそのまま二人して店を出ていく。

「えっ? えぇ?」
カッチーが口をあんぐり開けて二人を見送る。そんなカッチーをクルテが笑う。
「気にしないで宿に戻っていいよ――部屋は離れてるから、ゆっくり行けば二人と顔を合わせないですむ。眠いでしょ?」

 カッチーが店を出ていくとクルテがほっと息を吐いた。
「マデルがイヤって言わなくって良かった」
どうせ心を読んで、イヤとは言わないって判ってたんだろう?

「いやって言われたらどうするつもりだったんだ?」
「部屋はまだありそうだったから、もう一部屋追加してって言えば済む」
フォークで掬ったグラタンをクルテがパクっと口に入れる。アツアツだったグラタンはとっくに冷めている。もう、残り少ない。いつも通りニマッと笑むクルテ、ゆっくりと咀嚼している。

 こうしてるとなんだか平和だな……眺めるピエッチェ、黙っていると眠ってしまいそうだ。
「ラスティン、マデルと一緒じゃ落ち着かないんじゃないかな?」
何か話していようと思うが、話題が思いつかない。他人の色恋に興味はないが、今までの話を継続させた。

「んー、今日のところはすぐに眠っちゃうんじゃない?」
「今日のところは、って?」
皿に残ったグラタンを搔き集めているが巧くいかないらしい。見上げてくるので仕方なく、フォークを取り上げると隅に集めて掬ってからクルテに渡した。ニヤッと嬉しそうな顔をして、
「初めては十五の時だったって。マデルが言ってた」
グラタンの最後の一口をクルテが口に入れた。

「そうか。ふぅん、十五の――えっ!?」
眠気に負けて聞き逃すところだった。十五の時に、なんだって? 一気に目が覚めたぞ、おい!?

「それってどういう意味だよ?」
驚くピエッチェを見ながら咀嚼を続けるクルテ、ニマニマしている。

 ピエッチェに答えないまま、グラタンを飲み下したのかカシス水のグラスを手に取ると、いつもはチビチビ口に含むのに一気に煽ってタンとテーブルにグラスを置いた。
「眠い、宿に戻る……部屋まで持つかな?」
と立ち上がる。もう目がトロンとしている。慌ててピエッチェも立ち上がった。

 店を出ると勝手に寄り掛かって来たクルテをピエッチェが支えて歩いた。

「初めては十五の時。それから暫くは二人とも夢中になった――だけどマデルは信じきれなかった」
レストランと宿の間の細い道を渡りながらクルテが呟くように言った。まるで独り言だ。
「いろんな人との噂が流れる。否定されても不安で仕方なかった。喧嘩ばかりしてたって」

 宿に入るとクルテは暫く何も言わなかった。
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