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14章 風の行方
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キュレムギルドを不安げに見詰めるアーネムリセコ、ここでもキュレムギルド頼みのようだ。封筒を凝視していたキュレムギルドが大きく息を吐いた。
「カテロヘブ王には会ったのか?」
封筒を見詰めたまま言った。アーネムリセコが慌てて封筒を見た。これが王の蝋封かと、改めてまじまじと見ているのだろう。
「あぁ、ご無事だ。だがローシェッタ国としては、消息についても安否についても知らないと言うしかない」
ラクティメシッスが答えた。今はローシェッタに居ないとは言えない。クルテが何も言わずに封筒をサックに仕舞う。アーネムリセコが封筒を目で追っていた。
「し、しかし……」
それでもアーネムリセコは納得いかないらしい。
「ローシェッタの陰謀じゃないとは言い切れない。王を捕らえたローシェッタがクリオテナさまに近付く手段として手紙を用意し、無理やり封蝋印を押させたかもしれないじゃないか」
これを否定したのはキュレムギルドだった。
「ザジリレン王の封蝋印だぞ? 本人以外は使えない魔法が掛けてあるだろう。それにカテロヘブさまは慎重なかただと聞いている。他人に封蝋印だと知られない対策をしているはずだ」
「カテロヘブさまは魔法が苦手だったんじゃ?」
「本人が魔法をかけるとは限らない。クリオテナさまは魔法が得意、他にも王宮には何人も魔法の使い手がいる」
「では、信用してもいいと?」
キュレムギルドがアーネムリセコに頷き、ラクティメシッスを見て訊ねた。
「わたしは何をお話すれば? それともジジョネテスキのところに案内すればいいのでしょうか?」
ピエッチェが頷くのを確認してからラクティメシッスが答えた。
「まずは現状の説明を、判る限りでいいので詳しく知りたい。それが判らないとわたしたちもどう動けばいいのか判断できませんからね」
現状説明をしたのはアーネムリセコ、ところどころでキュレムギルドが補足した。アーネムリセコのほうが騎士を辞めゲリャンガに来たのが先だったからだ。思い立ったのは同時だったが、キュレムギルドは除隊の許可がすぐには出なかったのだと言っていた。
アーネムリセコが話し終え、キュレムギルドが他には何も思いつかないと言ったところで、ラクティメシッスがピエッチェを見た。
ピエッチェがラクティメシッスに頷いてからキュレムギルドに言った。
「話してくれてありがとう。これで策を立てられる」
「策を立てる? 何か考えがあってわたしたちの話を聞いたんじゃなかったのか?」
食いついたのはアーネムリセコ、それを抑えてキュレムギルドがピエッチェに
「このまま何もせずにゲリャンガを去ると言うことは?」
訊ねた。
ピエッチェが苦笑する。
「ジジョネテスキをこのままセーレムに置いておく気はない。カッテンクリュードに戻って貰う」
「それって、王宮へってことだな? 政治の場へってことだな?」
キュレムギルドが喜色を明白にする横で、
「そんな権限があるようなことを言うんだな」
侮蔑を隠さないのはアーネムリセコだ。ピエッチェがラクティメシッスと見交わし、またも苦笑する。
答えたのはラクティメシッスだ。
「カテロヘブの密命を受けていると言ったでしょう? カテロヘブの権限を取り返すのもわたしたちの目的、そのためにはジジョネテスキが必要だと考えています」
「うん? 利用する気か?」
「いや、違う、アーネムリセコ。ジジョネテスキさまの忠誠を王は疑っていないと、この人たちは言ってるんだ」
ラクティメシッスが二人の若者に微笑んだ。
「わたしたちのことをジジョネテスキに話す話さないはご自由に。我らは明日、ジジョネテスキに会いに行きます――あぁ、そうだ。ジジョネテスキはレストランの店のほうには出てきますか? 厨房に入りっ放し?」
答えたのはキュレムベストだ。
「料理が本当に好きで、でも接客は嫌がって出てこない。レルトランに会いに行く気か?」
「ってことは、レストランの客として行った場合、会って貰えない確率が高い?」
「なんだったら、橋渡ししよう。わたしの頼みなら聞いてくれる」
「どんな策を考えたかはジジョネテスキに直接話そうと考えているんです。それでいいならお願いしようかな」
ちょっとばつの悪そうな顔をしたが
「えぇ、それで構わない――今夜、これから行きますか?」
キュレムベストが言うと、『気が早いなぁ』とラクティメシッスが笑った。
「策を検討してからと言いましたよ?――ジジョネテスキのレストランの隣の宿にピエッチェの名で泊まっています。宿には話を通しておきますので明日の昼間、都合のいい時刻に迎えに来てください……待っています」
キュレムベストたちが行ってしまうと、ピエッチェとクルテはキャビンを降りて御者台に、カッチーがキャビンに乗り込んだ。
助手席でクルテがピエッチェを見上げる。
「お腹すいた」
泣きそうだ。
「ジジョネテスキのレストランに行くんでしょう?」
「あぁ、行くさ。ジジョネテスキが客の前に出てこないのは好都合だったな」
方針が決まらないうちはできるだけ会いたくない。こうすると決めたからと、押し通したい。こちらの都合を知らないジジョネテスキに反対されそうな策なら、わざわざ話す必要もない。
「でも、明日は会うんでしょ?」
「本当にジジョネテスキかどうか、確認だけはしておかないとな。まぁ、キュレムベストは妻の弟、彼がジジョネテスキだと言ってるんだからその心配はなさそうだ」
「別人だったら笑っちゃってもいい?」
「ほどほどにしとけよ」
ほどなく目的のレストランに着く。敷地の囲いの中、レストランの建物の横を通り抜けると、大きな納屋が見えた。宿の泊り客なら馬や馬車を勝手に入れていい約束になってると宿の受付が言っていた。キャビンから、必要な荷物はすでに宿の部屋に運んである。他に馬は居なかった。
「リュネ、今夜はここで寝るんだよ」
御者台から降りたクルテがリュネの首を撫でながらそう言った――
サロンに向かう途中で見た時より空いていて、順番待ちの客はいなかった。対応に出てきた店員が品切れのお料理もあるが、それでもいいか訊いてきた。
「五人が腹いっぱい食えればそれでいい」
と答えると、
「切らしているのは人気のお料理だけ、ご安心ください」
店員が微笑んだ。
四人用のテーブルがゆったりと配置された店内、満席で五十人ほど入れそうだ。料理人が一人では間に合うはずもない。調理人も数名雇い入れているのだろう。ピエッチェたちはテーブルを二つ並べ、その上にクロスを掛けた席に案内された。
店員が、一人一人にメニューを手渡してくる。
「うわぁ……なんだか、たくさんあるんですね。どれにするか迷うなぁ」
カッチーが種類の豊富さを喜ぶと、店員がニッコリ笑んだ。
例によってクルテがピエッチェを見上げる。
「なんだ?」
ピエッチェの反応もいつも通りだ。
「コンフィって何?」
「あぁ……低温の油で煮た肉」
「うん? 揚げるんじゃなく?」
「揚げるときは高温」
「コンフィの時は、指を油に突っ込んでも大丈夫?」
「火傷するからお勧めしない」
「じゃあ、やめとく――ラタトゥイユって?」
「野菜の煮込み料理」
「ふぅん……面倒臭くなってきた、決めて」
最初からそうしてくれよ……マデルがクスクス笑い、店員が怖いものを見るような目でクルテを見ていた。
クルテ以外が食べ終わる頃には、店員がラストオーダーを取りに客席を回る時刻になっていた。
「そろそろ閉店だぞ。さっさと食べ終えて、宿に戻ろう」
クルテはカスタードプディングとフルーツの盛り合わせをチビチビと食べている。
「大丈夫ですよ、ごゆっくり」
ピエッチェの声が聞こえたらしく、近くにいた店員がクルテにニッコリ微笑んだ。
クルテがやっと最後に残ったサクランボのシラップ漬けを口に入れてニンマリした時、マデルが店の奥を見て言った。ピエッチェとクルテからすると後ろだ。
「何かしら?」
奥が何やら騒がしい。ピエッチェもマデルにつられて振り返る。
「ん? オーナーシェフのお出ましみたいですね」
ラクティメシッスが呟いた。確かに客たちは、見るからに調理人と言ったいでたちの男に『ジジョネテスキ』と呼びかけ、美味しかったと感想を口にしている。調理を終えて、客席に挨拶に来たらしい。少しずつピエッチェたちの席に近付いてくる。
「ごちそうさま――店を出よう」
クルテが突然立ち上がる。ピエッチェは何も言わずそれに続いた。
「どうせなら、少しくらい話したら?」
マデルが不思議そうな顔をし、
「いいえ、行きましょう」
ラクティメシッスは突然不機嫌になっている。カッチーはピエッチェとクルテに逆らいも意見もしない。
ところが、会計をしている時に呼び止められた。
「お料理は、お口に合いませんでしたか?」
客がジジョネテスキと呼んでいた男だ。他の客を吹っ飛ばしてまで、ここに来たとしか思えない。
「とっても美味しかった。ちょっと随分しょっぱかったけどね。お水を美味しく飲みたいときにはもってこいって感じだった」
クルテが微笑んで答えた。男は顔色一つ変えない。
「それは失礼いたしました――次回は薄味でお作りいたします。またお越しくださいませ」
店を出るとピエッチェは、何も言わず厩に向かった。
「ちょっと、このまま宿に行くんじゃなかったの?」
マデルの苦情、ラクティメシッスが
「ピエッチェ、あの男、ジジョネテスキじゃないのではありませんか?」
声を潜めて訊いた。
「あぁ、別人だ。変装なんかじゃない、まるきり似ても似つかない――宿に戻ったら荷物を馬車に運んで、すぐ出よう。下手をすると宿とあの男はグルかもしれない」
「しかし、困りました……この時刻に宿探しはきついなぁ」
するとクルテが言った。
「ちゃんと寝ないとお肌によくないんだよね」
冗談言ってる場合じゃないぞ?
「こうなったら素直に宿の部屋に入ろうよ。なんにもしてこないかもしれないし。何かして来たら、向こうの手が判っていいんじゃない?」
「まったく知らない男だった。危険だ」
そう言いながらピエッチェの足が止まる。クルテの意見にも一理ある。
ラクティメシッスが肩を竦めて微笑んだ。
「危険はもとより承知ですよ、ピエッチェ――ピエッチェが居て、わたしとマデル、加えてお嬢さんも居ればカッチーも居る。ここで危険を避けるより立ち向かったほうが前に進めるかもしれませんね」
さらにクルテが言った。
「リュネはここに居ても大丈夫。そんじょそこらの馬とは違う」
まぁ、確かに……空を飛び、壁を擦り抜けるリュネだ。危険が迫ればうまく回避するはずだ。
「判った、宿に行こう」
しかし……こうなると、キュレムベストとアーネムリセコの話も信用できなくなってきた。
どうなんだ? 脳内会話を試みるがクルテの応答はなかった。
「カテロヘブ王には会ったのか?」
封筒を見詰めたまま言った。アーネムリセコが慌てて封筒を見た。これが王の蝋封かと、改めてまじまじと見ているのだろう。
「あぁ、ご無事だ。だがローシェッタ国としては、消息についても安否についても知らないと言うしかない」
ラクティメシッスが答えた。今はローシェッタに居ないとは言えない。クルテが何も言わずに封筒をサックに仕舞う。アーネムリセコが封筒を目で追っていた。
「し、しかし……」
それでもアーネムリセコは納得いかないらしい。
「ローシェッタの陰謀じゃないとは言い切れない。王を捕らえたローシェッタがクリオテナさまに近付く手段として手紙を用意し、無理やり封蝋印を押させたかもしれないじゃないか」
これを否定したのはキュレムギルドだった。
「ザジリレン王の封蝋印だぞ? 本人以外は使えない魔法が掛けてあるだろう。それにカテロヘブさまは慎重なかただと聞いている。他人に封蝋印だと知られない対策をしているはずだ」
「カテロヘブさまは魔法が苦手だったんじゃ?」
「本人が魔法をかけるとは限らない。クリオテナさまは魔法が得意、他にも王宮には何人も魔法の使い手がいる」
「では、信用してもいいと?」
キュレムギルドがアーネムリセコに頷き、ラクティメシッスを見て訊ねた。
「わたしは何をお話すれば? それともジジョネテスキのところに案内すればいいのでしょうか?」
ピエッチェが頷くのを確認してからラクティメシッスが答えた。
「まずは現状の説明を、判る限りでいいので詳しく知りたい。それが判らないとわたしたちもどう動けばいいのか判断できませんからね」
現状説明をしたのはアーネムリセコ、ところどころでキュレムギルドが補足した。アーネムリセコのほうが騎士を辞めゲリャンガに来たのが先だったからだ。思い立ったのは同時だったが、キュレムギルドは除隊の許可がすぐには出なかったのだと言っていた。
アーネムリセコが話し終え、キュレムギルドが他には何も思いつかないと言ったところで、ラクティメシッスがピエッチェを見た。
ピエッチェがラクティメシッスに頷いてからキュレムギルドに言った。
「話してくれてありがとう。これで策を立てられる」
「策を立てる? 何か考えがあってわたしたちの話を聞いたんじゃなかったのか?」
食いついたのはアーネムリセコ、それを抑えてキュレムギルドがピエッチェに
「このまま何もせずにゲリャンガを去ると言うことは?」
訊ねた。
ピエッチェが苦笑する。
「ジジョネテスキをこのままセーレムに置いておく気はない。カッテンクリュードに戻って貰う」
「それって、王宮へってことだな? 政治の場へってことだな?」
キュレムギルドが喜色を明白にする横で、
「そんな権限があるようなことを言うんだな」
侮蔑を隠さないのはアーネムリセコだ。ピエッチェがラクティメシッスと見交わし、またも苦笑する。
答えたのはラクティメシッスだ。
「カテロヘブの密命を受けていると言ったでしょう? カテロヘブの権限を取り返すのもわたしたちの目的、そのためにはジジョネテスキが必要だと考えています」
「うん? 利用する気か?」
「いや、違う、アーネムリセコ。ジジョネテスキさまの忠誠を王は疑っていないと、この人たちは言ってるんだ」
ラクティメシッスが二人の若者に微笑んだ。
「わたしたちのことをジジョネテスキに話す話さないはご自由に。我らは明日、ジジョネテスキに会いに行きます――あぁ、そうだ。ジジョネテスキはレストランの店のほうには出てきますか? 厨房に入りっ放し?」
答えたのはキュレムベストだ。
「料理が本当に好きで、でも接客は嫌がって出てこない。レルトランに会いに行く気か?」
「ってことは、レストランの客として行った場合、会って貰えない確率が高い?」
「なんだったら、橋渡ししよう。わたしの頼みなら聞いてくれる」
「どんな策を考えたかはジジョネテスキに直接話そうと考えているんです。それでいいならお願いしようかな」
ちょっとばつの悪そうな顔をしたが
「えぇ、それで構わない――今夜、これから行きますか?」
キュレムベストが言うと、『気が早いなぁ』とラクティメシッスが笑った。
「策を検討してからと言いましたよ?――ジジョネテスキのレストランの隣の宿にピエッチェの名で泊まっています。宿には話を通しておきますので明日の昼間、都合のいい時刻に迎えに来てください……待っています」
キュレムベストたちが行ってしまうと、ピエッチェとクルテはキャビンを降りて御者台に、カッチーがキャビンに乗り込んだ。
助手席でクルテがピエッチェを見上げる。
「お腹すいた」
泣きそうだ。
「ジジョネテスキのレストランに行くんでしょう?」
「あぁ、行くさ。ジジョネテスキが客の前に出てこないのは好都合だったな」
方針が決まらないうちはできるだけ会いたくない。こうすると決めたからと、押し通したい。こちらの都合を知らないジジョネテスキに反対されそうな策なら、わざわざ話す必要もない。
「でも、明日は会うんでしょ?」
「本当にジジョネテスキかどうか、確認だけはしておかないとな。まぁ、キュレムベストは妻の弟、彼がジジョネテスキだと言ってるんだからその心配はなさそうだ」
「別人だったら笑っちゃってもいい?」
「ほどほどにしとけよ」
ほどなく目的のレストランに着く。敷地の囲いの中、レストランの建物の横を通り抜けると、大きな納屋が見えた。宿の泊り客なら馬や馬車を勝手に入れていい約束になってると宿の受付が言っていた。キャビンから、必要な荷物はすでに宿の部屋に運んである。他に馬は居なかった。
「リュネ、今夜はここで寝るんだよ」
御者台から降りたクルテがリュネの首を撫でながらそう言った――
サロンに向かう途中で見た時より空いていて、順番待ちの客はいなかった。対応に出てきた店員が品切れのお料理もあるが、それでもいいか訊いてきた。
「五人が腹いっぱい食えればそれでいい」
と答えると、
「切らしているのは人気のお料理だけ、ご安心ください」
店員が微笑んだ。
四人用のテーブルがゆったりと配置された店内、満席で五十人ほど入れそうだ。料理人が一人では間に合うはずもない。調理人も数名雇い入れているのだろう。ピエッチェたちはテーブルを二つ並べ、その上にクロスを掛けた席に案内された。
店員が、一人一人にメニューを手渡してくる。
「うわぁ……なんだか、たくさんあるんですね。どれにするか迷うなぁ」
カッチーが種類の豊富さを喜ぶと、店員がニッコリ笑んだ。
例によってクルテがピエッチェを見上げる。
「なんだ?」
ピエッチェの反応もいつも通りだ。
「コンフィって何?」
「あぁ……低温の油で煮た肉」
「うん? 揚げるんじゃなく?」
「揚げるときは高温」
「コンフィの時は、指を油に突っ込んでも大丈夫?」
「火傷するからお勧めしない」
「じゃあ、やめとく――ラタトゥイユって?」
「野菜の煮込み料理」
「ふぅん……面倒臭くなってきた、決めて」
最初からそうしてくれよ……マデルがクスクス笑い、店員が怖いものを見るような目でクルテを見ていた。
クルテ以外が食べ終わる頃には、店員がラストオーダーを取りに客席を回る時刻になっていた。
「そろそろ閉店だぞ。さっさと食べ終えて、宿に戻ろう」
クルテはカスタードプディングとフルーツの盛り合わせをチビチビと食べている。
「大丈夫ですよ、ごゆっくり」
ピエッチェの声が聞こえたらしく、近くにいた店員がクルテにニッコリ微笑んだ。
クルテがやっと最後に残ったサクランボのシラップ漬けを口に入れてニンマリした時、マデルが店の奥を見て言った。ピエッチェとクルテからすると後ろだ。
「何かしら?」
奥が何やら騒がしい。ピエッチェもマデルにつられて振り返る。
「ん? オーナーシェフのお出ましみたいですね」
ラクティメシッスが呟いた。確かに客たちは、見るからに調理人と言ったいでたちの男に『ジジョネテスキ』と呼びかけ、美味しかったと感想を口にしている。調理を終えて、客席に挨拶に来たらしい。少しずつピエッチェたちの席に近付いてくる。
「ごちそうさま――店を出よう」
クルテが突然立ち上がる。ピエッチェは何も言わずそれに続いた。
「どうせなら、少しくらい話したら?」
マデルが不思議そうな顔をし、
「いいえ、行きましょう」
ラクティメシッスは突然不機嫌になっている。カッチーはピエッチェとクルテに逆らいも意見もしない。
ところが、会計をしている時に呼び止められた。
「お料理は、お口に合いませんでしたか?」
客がジジョネテスキと呼んでいた男だ。他の客を吹っ飛ばしてまで、ここに来たとしか思えない。
「とっても美味しかった。ちょっと随分しょっぱかったけどね。お水を美味しく飲みたいときにはもってこいって感じだった」
クルテが微笑んで答えた。男は顔色一つ変えない。
「それは失礼いたしました――次回は薄味でお作りいたします。またお越しくださいませ」
店を出るとピエッチェは、何も言わず厩に向かった。
「ちょっと、このまま宿に行くんじゃなかったの?」
マデルの苦情、ラクティメシッスが
「ピエッチェ、あの男、ジジョネテスキじゃないのではありませんか?」
声を潜めて訊いた。
「あぁ、別人だ。変装なんかじゃない、まるきり似ても似つかない――宿に戻ったら荷物を馬車に運んで、すぐ出よう。下手をすると宿とあの男はグルかもしれない」
「しかし、困りました……この時刻に宿探しはきついなぁ」
するとクルテが言った。
「ちゃんと寝ないとお肌によくないんだよね」
冗談言ってる場合じゃないぞ?
「こうなったら素直に宿の部屋に入ろうよ。なんにもしてこないかもしれないし。何かして来たら、向こうの手が判っていいんじゃない?」
「まったく知らない男だった。危険だ」
そう言いながらピエッチェの足が止まる。クルテの意見にも一理ある。
ラクティメシッスが肩を竦めて微笑んだ。
「危険はもとより承知ですよ、ピエッチェ――ピエッチェが居て、わたしとマデル、加えてお嬢さんも居ればカッチーも居る。ここで危険を避けるより立ち向かったほうが前に進めるかもしれませんね」
さらにクルテが言った。
「リュネはここに居ても大丈夫。そんじょそこらの馬とは違う」
まぁ、確かに……空を飛び、壁を擦り抜けるリュネだ。危険が迫ればうまく回避するはずだ。
「判った、宿に行こう」
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どうなんだ? 脳内会話を試みるがクルテの応答はなかった。
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