262 / 434
14章 風の行方
14
しおりを挟む
そんなこと、滅多にしないんじゃない?――マデルが言った。
「シチューって注文されたら鍋から装い分けて提供すると思う。煮込むのに時間がかかるから、遅くとも前日には仕込んでるはず。一人分ずつ用意するなんて、鍋を幾つ用意する気なのって感じよ」
「同じ鍋のシチューと思っていいってことですね。だけどピエッチェのは問題ないのにお嬢さんのはしょっぱかった? お嬢さん、何か嫌われること、しましたか?」
ラクティメシッスの冗談に、クルテがピエッチェを見上げる。
「何かした?」
面倒臭いと感じつつ、ピエッチェが答えた。
「俺に隠れて何かしてない限り、してないと思うぞ」
面倒なのはクルテもだがラクティメシッスもだ。クルテの反応を楽しむな!
ラクティメシッスがニヤニヤしながら言った。
「それじゃ、店員の嫌がらせかもしれませんね。お嬢さんがあんまり綺麗だから」
またクルテの反応を楽しむつもりか? まぁ、可能性は否定しない。シチューを運んできた店員は女だった。
「綺麗だと嫌がらせされるんだ? まぁ、お風呂に入って清潔にはしてるけど?」
綺麗の意味が違うぞ、クルテ。
「そんな事より眠くなった」
クルテが欠伸を噛み殺す。
「キュレムベストが迎えに来たら訊いてみれば? 客からジジョネテスキって呼ばれてる男を店で見たけど、厨房から出てこないんじゃなかったのかって――じゃあ、寝る」
立ち上がると、寝室に行ってしまった。足取りがふらついている。
「クルテ、一人で眠れるのかしら?」
マデルの心配にラクティメシッスがピエッチェを見た。
「どうします? 休むなら、わたしが起きて警戒してますよ」
襲撃があるかもしれないと考えているのだろう。
「いや、俺たちも寝よう。来るか来ないか判らないのに起きてても疲れるだけだ。少しでも休んでおいたほうがいい……部屋のドアはしっかり施錠するけど、寝室のドアは施錠しないおくか。何かあったらすぐ動ける」
「来るとしたら誰だと考えてるんです?」
「偽ジジョネテスキ、二人の若者、その仲間、あるいは警備隊」
「あぁ、わたしたちは密入国者でした――一番手強いのは警備隊かな? 下手に抵抗できません」
それじゃあと、それぞれの寝室に向かう。クルテは一番ベランダ寄りの寝室に入った。ピエッチェが同じ寝室に入ろうとすると、
「あの……」
カッチーに呼び止められる。ラクティメシッスがチラッと見たが、マデルを伴って真ん中の部屋に入っていった。
「どうかしたのか?」
「えっと、そのぉ……」
言い難いことなのか、カッチーは躊躇っている。
「なんでも言ってみろ。本が買いたいとかか?」
「いえ、そんな事じゃないんです――あの、俺……本当に雇って貰えるんですか?」
カッチーは真剣だ。ピエッチェが少しばかり面食らう。
「何を言い出すかと思ったら……俺はそのつもりだぞ? 不安にさせるようなことを何かしたか言ったかしたか?」
「だって、ピエッチェさん」
マジマジとピエッチェを見詰めるカッチー、涙目になっている。
「ピエッチェさん、その……ザジリレン」
カッチーの言葉が止まる。ザジリレンから先が言えないらしい。
「ザジリレンがどうかしたのか? コゲゼリテに帰りたくなったか?」
「違います! 俺、ピエッチェさんとクルテさんについてくって決めてます!」
じゃあ、なんだろう? ピエッチェが戸惑う。
「うーーん。なんで不安になっているのか判らないが、カッチーさえよければ、俺の下で働いて欲しいと思ってる」
「でも……」
でもなんだって言うんだろう?
「でも俺なんか、近くに置いておけないですよね?」
「一緒に旅をしてきたのに? まったく、どうかしてるぞ――疲れてるんじゃないのか? もういいから、早く休もう。でも、起こしたらすぐに起きろよ」
話が掴めない――理由は判らないけれど、カッチーは何か思い詰めている。冷静に考える時間が必要なんじゃないか? カッチーに背を向けて、寝室のドアノブに手を伸ばした。
それなのに、カッチーが引き留める。
「待ってください!――俺なんかが……俺なんかがザジリレン国王の傍に居てもいいんですか!?」
――今、なんて言った? 伸ばしていた手を降ろし、ピエッチェがゆっくりと振り返る。カッチーの視線は真っ直ぐだ。真っ直ぐピエッチェを見ている。なんて答えればいい?
振り向いたまま固まってしまったピエッチェに、カッチーが微笑む。なのに涙がポロポロ頬を伝っている。
「前からそうじゃないかって思うこともあったんです。だって、ピエッチェさんは他の誰とも違う。ク、クルテさんにだけは、なんか、普通って言うか、ただの男って言うか――でも! 何があっても動じないし、いつも冷静だし、どんな相手に対しても一方的に責めたりしないし、なんて言えばいいんだ? そう、大きい。大人物? 器が大きい? そんな感じで」
それはカッチー、買いかぶり過ぎてる……
「クルテさんが看病して怪我を治してって時間を遡ると、怪我をしたのってカテロヘブ王が行方不明になった時期と一致してる。だからひょっとしたらってずっと思ってた。でも、ザジリレン国王が俺にこんなに親切にしてくれるはずがない。読み書きや剣の扱い方を教えてくれるはずがない。だから違うって、何度も思い直した。俺が世間知らずなだけで、世の中にはこんな大人も居るんだ。こんな素晴らしい人も居るんだって」
ますます返答に困るピエッチェ、ただ静かにカッチーを見詰めた。カッチーもピエッチェを見ている。けれど返事を待っているようには見えない。
「王太子さまと対等に話をしているのを見て、やっぱりそうなんだって思った。でも、いいや違う、俺を雇ってくれるって言った、国王のはずがないって、思おうとしてた」
落ち着こうとしているのか、カッチーが何度か深呼吸した。それから涙を拭い、微笑んだ。もう泣いていない。
「でも、でも……やっぱりそうなんですよね? ピエッチェさんはカテロヘブ王だ。ザジリレン王宮や王女さまのことを話しているのを聞いててよく判りました。いくら騎士だったとしたって、王女さまの子どもの頃のことなんか、知ってるはずありませんから――知らなかったのは、いえ、気付いてなかったのは俺だけだ。王太子さまもマデルさんも、もちろんクルテさんだって判ってるんですよね?」
「あ……」
カッチーがなんで急にこんなことを言い出したのか、やっと気が付いた。ラクティメシッスたちには素性を隠す必要がない気の緩みから、ペラペラとしゃべり過ぎた。他人みたいな口調で、言ってることはまるきり他人じゃなかった。
「いや、カッチー。カッチーにもそのうち打ち明けようと思ってた」
「いいんです、判ってます――ピエッチェさん、優しいから、少しでも俺を傍に居させてくれるつもりだったんですよね?」
「うん? どういう意味だ?」
「もう気を使わないでください。余計に惨めになります」
惨めになる? カッチーは何を考えている?
「いや、俺が悪かった。理由はどうあれ、騙されてたと思われても仕方ない」
「判ってます! 何も言わないでください。立場上、明かせなかったんですよね?」
まぁ、そりゃあ、そうなんだが?
「大丈夫です、安心してください。もう、雇って欲しいなんて言いません」
「うん?」
「俺、自分のこと、判ってますから――国王の傍に居られる身分じゃないって、判ってますから」
ああん? なんか、思ってもいない方向に話しが進んでないか?
「だいたい、王太子さまと同行させて貰える身分じゃないんだ。その時点で、コゲゼリテに帰るべきでした」
「おい、カッチー、違うだろうが?」
「違いません! えぇ、ピエッチェさんは身分なんか関係ないって仰るでしょう。でもね、こういうことは下のほうが言うべきなんです。俺が遠慮するのが筋なんです」
カッチーのほうが下? 俺が上でカッチーが下ってこと? それって年齢を言っているのか?……そんなわけないな。
「俺はカッチーが下だなんて思ったことないぞ? そりゃあ、確かに俺はおまえに報酬を支払ってる。そんな約束でコゲゼリテから連れ出した。でもそれは、対等な立場での契約だ――その契約に基づいた遠慮はさせるかもしれない。でも今、おまえが言っている遠慮ってそうじゃないだろ? なぁ、何をどう遠慮するって言うんだ?」
カッチーが顔を歪め、口をひん曲げる。泣くまいとしている。
「ピエッチェさんは、ずっと俺に優しかった。だからきっと、俺に『故郷に帰れ』なんて言えない――俺、コゲゼリテに帰ります。これ以上、迷惑かけません」
「誰が迷惑だなんて言った? まったく、さっきから何を言ってるんだ?」
「だって、だって……」
再びカッチーが泣き始めた。
「ピエッチェさんがザジリレン王だって確信した今じゃなきゃ、ダメなんです。今なら仕方ないって思える」
「何が仕方ないんだ?」
「俺なんかが国王に雇って貰えるはずがない、傍に居られなくってあたりまえだって」
「誰が雇って貰えるはずがないんだ?」
「だから俺が!」
「今、おまえを従僕として雇っているのは誰だ?」
「それはピエッチェさんだけど……ほかに居なかったから」
ピエッチェが溜息を吐く。
「別にクルテと二人でも良かった。だけど、理由をつけてカッチーを雇った。まぁ、そう決めたのはクルテだが、それを俺は承認してる。おまえが必要だからだ」
「お願いです、今すぐ消えろって言ってください。俺、ピエッチェさんが王権を取り返すのを祈ってますから」
騙されていたと知って、カッチーは俺がイヤになったってことか? だからコゲゼリテに帰りたくなった?――いや、それも違う。もしそうならカッチーが泣くはずがない。なぜカッチーは泣いている?
「おまえ、俺に剣を習いたかったんじゃないのか? 乗馬も教えろって言ったよな? こないだリュネに乗ったからって、どんな馬もリュネと同じだなんて思うなよ? リュネは特別で、おまえが乗ったんじゃなくって乗せて貰ったんだぞ」
「そんなの判ってます」
「おまえがいなくなったらリュネの面倒は誰が見るんだ?」
「それは……暫くはピエッチェさんとクルテさんで。そのあとは、相応しい人が居るんでしょう?」
「相応しい人? おまえは相応しくないと?」
「だってそうでしょう!? 父親が騎士だから貴族扱いされてるけど、その父親だって、どこの誰とも判らない」
「それがどうした? おまえの父親が誰かを、俺がいつ気にした?――それとも俺が王なのが気に入らないのか?」
「そんな! そんなこと言ってません!」
「それじゃあ、王の家臣になるのがイヤなのか?」
「違います! 俺なんかじゃ――」
「俺がカッチーに家臣になって欲しいって言ってるんだ。それがイヤなら、コゲゼリテに帰れ」
ピエッチェの言葉にカッチーが蒼褪めた。
「シチューって注文されたら鍋から装い分けて提供すると思う。煮込むのに時間がかかるから、遅くとも前日には仕込んでるはず。一人分ずつ用意するなんて、鍋を幾つ用意する気なのって感じよ」
「同じ鍋のシチューと思っていいってことですね。だけどピエッチェのは問題ないのにお嬢さんのはしょっぱかった? お嬢さん、何か嫌われること、しましたか?」
ラクティメシッスの冗談に、クルテがピエッチェを見上げる。
「何かした?」
面倒臭いと感じつつ、ピエッチェが答えた。
「俺に隠れて何かしてない限り、してないと思うぞ」
面倒なのはクルテもだがラクティメシッスもだ。クルテの反応を楽しむな!
ラクティメシッスがニヤニヤしながら言った。
「それじゃ、店員の嫌がらせかもしれませんね。お嬢さんがあんまり綺麗だから」
またクルテの反応を楽しむつもりか? まぁ、可能性は否定しない。シチューを運んできた店員は女だった。
「綺麗だと嫌がらせされるんだ? まぁ、お風呂に入って清潔にはしてるけど?」
綺麗の意味が違うぞ、クルテ。
「そんな事より眠くなった」
クルテが欠伸を噛み殺す。
「キュレムベストが迎えに来たら訊いてみれば? 客からジジョネテスキって呼ばれてる男を店で見たけど、厨房から出てこないんじゃなかったのかって――じゃあ、寝る」
立ち上がると、寝室に行ってしまった。足取りがふらついている。
「クルテ、一人で眠れるのかしら?」
マデルの心配にラクティメシッスがピエッチェを見た。
「どうします? 休むなら、わたしが起きて警戒してますよ」
襲撃があるかもしれないと考えているのだろう。
「いや、俺たちも寝よう。来るか来ないか判らないのに起きてても疲れるだけだ。少しでも休んでおいたほうがいい……部屋のドアはしっかり施錠するけど、寝室のドアは施錠しないおくか。何かあったらすぐ動ける」
「来るとしたら誰だと考えてるんです?」
「偽ジジョネテスキ、二人の若者、その仲間、あるいは警備隊」
「あぁ、わたしたちは密入国者でした――一番手強いのは警備隊かな? 下手に抵抗できません」
それじゃあと、それぞれの寝室に向かう。クルテは一番ベランダ寄りの寝室に入った。ピエッチェが同じ寝室に入ろうとすると、
「あの……」
カッチーに呼び止められる。ラクティメシッスがチラッと見たが、マデルを伴って真ん中の部屋に入っていった。
「どうかしたのか?」
「えっと、そのぉ……」
言い難いことなのか、カッチーは躊躇っている。
「なんでも言ってみろ。本が買いたいとかか?」
「いえ、そんな事じゃないんです――あの、俺……本当に雇って貰えるんですか?」
カッチーは真剣だ。ピエッチェが少しばかり面食らう。
「何を言い出すかと思ったら……俺はそのつもりだぞ? 不安にさせるようなことを何かしたか言ったかしたか?」
「だって、ピエッチェさん」
マジマジとピエッチェを見詰めるカッチー、涙目になっている。
「ピエッチェさん、その……ザジリレン」
カッチーの言葉が止まる。ザジリレンから先が言えないらしい。
「ザジリレンがどうかしたのか? コゲゼリテに帰りたくなったか?」
「違います! 俺、ピエッチェさんとクルテさんについてくって決めてます!」
じゃあ、なんだろう? ピエッチェが戸惑う。
「うーーん。なんで不安になっているのか判らないが、カッチーさえよければ、俺の下で働いて欲しいと思ってる」
「でも……」
でもなんだって言うんだろう?
「でも俺なんか、近くに置いておけないですよね?」
「一緒に旅をしてきたのに? まったく、どうかしてるぞ――疲れてるんじゃないのか? もういいから、早く休もう。でも、起こしたらすぐに起きろよ」
話が掴めない――理由は判らないけれど、カッチーは何か思い詰めている。冷静に考える時間が必要なんじゃないか? カッチーに背を向けて、寝室のドアノブに手を伸ばした。
それなのに、カッチーが引き留める。
「待ってください!――俺なんかが……俺なんかがザジリレン国王の傍に居てもいいんですか!?」
――今、なんて言った? 伸ばしていた手を降ろし、ピエッチェがゆっくりと振り返る。カッチーの視線は真っ直ぐだ。真っ直ぐピエッチェを見ている。なんて答えればいい?
振り向いたまま固まってしまったピエッチェに、カッチーが微笑む。なのに涙がポロポロ頬を伝っている。
「前からそうじゃないかって思うこともあったんです。だって、ピエッチェさんは他の誰とも違う。ク、クルテさんにだけは、なんか、普通って言うか、ただの男って言うか――でも! 何があっても動じないし、いつも冷静だし、どんな相手に対しても一方的に責めたりしないし、なんて言えばいいんだ? そう、大きい。大人物? 器が大きい? そんな感じで」
それはカッチー、買いかぶり過ぎてる……
「クルテさんが看病して怪我を治してって時間を遡ると、怪我をしたのってカテロヘブ王が行方不明になった時期と一致してる。だからひょっとしたらってずっと思ってた。でも、ザジリレン国王が俺にこんなに親切にしてくれるはずがない。読み書きや剣の扱い方を教えてくれるはずがない。だから違うって、何度も思い直した。俺が世間知らずなだけで、世の中にはこんな大人も居るんだ。こんな素晴らしい人も居るんだって」
ますます返答に困るピエッチェ、ただ静かにカッチーを見詰めた。カッチーもピエッチェを見ている。けれど返事を待っているようには見えない。
「王太子さまと対等に話をしているのを見て、やっぱりそうなんだって思った。でも、いいや違う、俺を雇ってくれるって言った、国王のはずがないって、思おうとしてた」
落ち着こうとしているのか、カッチーが何度か深呼吸した。それから涙を拭い、微笑んだ。もう泣いていない。
「でも、でも……やっぱりそうなんですよね? ピエッチェさんはカテロヘブ王だ。ザジリレン王宮や王女さまのことを話しているのを聞いててよく判りました。いくら騎士だったとしたって、王女さまの子どもの頃のことなんか、知ってるはずありませんから――知らなかったのは、いえ、気付いてなかったのは俺だけだ。王太子さまもマデルさんも、もちろんクルテさんだって判ってるんですよね?」
「あ……」
カッチーがなんで急にこんなことを言い出したのか、やっと気が付いた。ラクティメシッスたちには素性を隠す必要がない気の緩みから、ペラペラとしゃべり過ぎた。他人みたいな口調で、言ってることはまるきり他人じゃなかった。
「いや、カッチー。カッチーにもそのうち打ち明けようと思ってた」
「いいんです、判ってます――ピエッチェさん、優しいから、少しでも俺を傍に居させてくれるつもりだったんですよね?」
「うん? どういう意味だ?」
「もう気を使わないでください。余計に惨めになります」
惨めになる? カッチーは何を考えている?
「いや、俺が悪かった。理由はどうあれ、騙されてたと思われても仕方ない」
「判ってます! 何も言わないでください。立場上、明かせなかったんですよね?」
まぁ、そりゃあ、そうなんだが?
「大丈夫です、安心してください。もう、雇って欲しいなんて言いません」
「うん?」
「俺、自分のこと、判ってますから――国王の傍に居られる身分じゃないって、判ってますから」
ああん? なんか、思ってもいない方向に話しが進んでないか?
「だいたい、王太子さまと同行させて貰える身分じゃないんだ。その時点で、コゲゼリテに帰るべきでした」
「おい、カッチー、違うだろうが?」
「違いません! えぇ、ピエッチェさんは身分なんか関係ないって仰るでしょう。でもね、こういうことは下のほうが言うべきなんです。俺が遠慮するのが筋なんです」
カッチーのほうが下? 俺が上でカッチーが下ってこと? それって年齢を言っているのか?……そんなわけないな。
「俺はカッチーが下だなんて思ったことないぞ? そりゃあ、確かに俺はおまえに報酬を支払ってる。そんな約束でコゲゼリテから連れ出した。でもそれは、対等な立場での契約だ――その契約に基づいた遠慮はさせるかもしれない。でも今、おまえが言っている遠慮ってそうじゃないだろ? なぁ、何をどう遠慮するって言うんだ?」
カッチーが顔を歪め、口をひん曲げる。泣くまいとしている。
「ピエッチェさんは、ずっと俺に優しかった。だからきっと、俺に『故郷に帰れ』なんて言えない――俺、コゲゼリテに帰ります。これ以上、迷惑かけません」
「誰が迷惑だなんて言った? まったく、さっきから何を言ってるんだ?」
「だって、だって……」
再びカッチーが泣き始めた。
「ピエッチェさんがザジリレン王だって確信した今じゃなきゃ、ダメなんです。今なら仕方ないって思える」
「何が仕方ないんだ?」
「俺なんかが国王に雇って貰えるはずがない、傍に居られなくってあたりまえだって」
「誰が雇って貰えるはずがないんだ?」
「だから俺が!」
「今、おまえを従僕として雇っているのは誰だ?」
「それはピエッチェさんだけど……ほかに居なかったから」
ピエッチェが溜息を吐く。
「別にクルテと二人でも良かった。だけど、理由をつけてカッチーを雇った。まぁ、そう決めたのはクルテだが、それを俺は承認してる。おまえが必要だからだ」
「お願いです、今すぐ消えろって言ってください。俺、ピエッチェさんが王権を取り返すのを祈ってますから」
騙されていたと知って、カッチーは俺がイヤになったってことか? だからコゲゼリテに帰りたくなった?――いや、それも違う。もしそうならカッチーが泣くはずがない。なぜカッチーは泣いている?
「おまえ、俺に剣を習いたかったんじゃないのか? 乗馬も教えろって言ったよな? こないだリュネに乗ったからって、どんな馬もリュネと同じだなんて思うなよ? リュネは特別で、おまえが乗ったんじゃなくって乗せて貰ったんだぞ」
「そんなの判ってます」
「おまえがいなくなったらリュネの面倒は誰が見るんだ?」
「それは……暫くはピエッチェさんとクルテさんで。そのあとは、相応しい人が居るんでしょう?」
「相応しい人? おまえは相応しくないと?」
「だってそうでしょう!? 父親が騎士だから貴族扱いされてるけど、その父親だって、どこの誰とも判らない」
「それがどうした? おまえの父親が誰かを、俺がいつ気にした?――それとも俺が王なのが気に入らないのか?」
「そんな! そんなこと言ってません!」
「それじゃあ、王の家臣になるのがイヤなのか?」
「違います! 俺なんかじゃ――」
「俺がカッチーに家臣になって欲しいって言ってるんだ。それがイヤなら、コゲゼリテに帰れ」
ピエッチェの言葉にカッチーが蒼褪めた。
10
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる