秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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14章 風の行方

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 予定している来客は女だと言うピエッチェに、警備兵は思い違いだろうと言うが間違いなく女だったと言い張られる。とにかくドアを開けてくれと言うと、女を連れて来て声を聞かせるまで開けないと言われてしまった。

 仕方なく、女の声音で『お願い、開けて』と言ったところ、とうとう我慢できなくなったピエッチェの笑い声が部屋の中から聞こえた。やっと愚弄されていると気が付いたうえ、上官に叱責される。

「もういい! 開けないならこじ開ける!」
「こじ開ける? ドアを壊したくないなら、受付で合鍵を借りてくればいい」
ハッとする気配、
「一番階段の近くにいるヤツ、鍵を預かって来い!」
ピエッチェと話していたのとは違う声が命じたのが聞こえた。ここに来ている警備兵の中では一番上役なのだろう。

 こいつら、なんて手際が悪いんだ? と思いながらピエッチェがドアを離れる。すぐそこに来ていたラクティメシッスが頷いた。ドアの前に積み上げられていたベッドが寝室に戻って行く。バルコニーにはキャビンを牽いたリュネ、ピエッチェとラクティメシッスが乗り込めばすぐにでも出立できる状態、鍵が届いてドアを開けても部屋はもぬけの殻だ。

 何も面白がって警備兵を揶揄からかったわけじゃない。リュネを呼び寄せ、逃亡経路を誤認させる罠を仕掛ける時間を稼いでいた。準備が整ったところで、笑い声をわざと聞かせた。怒りから強行突破してくるのを狙っていた。ドアを破るのだって時間がかかる。廊下にはぎっしり警備兵が詰まっている。体当たりするのにはまずドアの前を開けなくては無理だ。仕掛けを使って逃走したのはが止んでからだと、思わせるのに充分な時間が欲しかった。

 そんな計画だったが、つい『合鍵』と言ってしまった。ずっと不思議に思っていたからだ。こちらの都合など聞かず、合鍵を使って勝手に入ってくる、そう考えてバリケードを作った。まぁ、ゲリャンガは平和な街、宿の部屋に押し入って罪人を捕らえるなんてことをしたことなんかないのだろう。手際の悪さは大目に見るか? クスリと笑ってピエッチェがキャビンに乗り込んだ。

 受付は一階、行って戻ってくるのに四階ならそう時間はかからない。だがどうやって合鍵をドアの前まで届けるか? きっと次々に手渡しでとは思いつかない。一階まで走った警備兵が同僚を押し退けて、自分で行こうとする。ドアを破るのと同じ程度は時間がかかるだろう。どうせなら物損はないほうがいい。これでドアが壊されずにすむ。

 リュネがふわりと浮き上がった。キャビンもふわりと浮き上がる。御者ぎょしゃ台には誰もいない。全員キャビンに乗り込んだ。
「どこに向かっているんですか?」
ラクティメシッスがクルテに訊いた。

「どこだろう? リュネに『安全なところに』って言っといた」
貨物台から出してきたレモン水の瓶を開けながらクルテが言った。それからピエッチェを見上げる。巧く開けられないらしい。いつものことだ。

「いっそ、このままカッテンクリュードまで行ってしまったらどうですか?」
「ダメ、リュネの魔力が持たない。それに空の魔物に見付かると厄介」
「なるほど――しかし、御者ぎょしゃが居なくても大丈夫なんですね」
「だからって、街中を御者ぎょしゃなしじゃ不審がられるだけ。今は誰にも見えないし、空を飛んでるから居なくていいの」

 ピエッチェが開けたレモン水の瓶を嬉しそうに受け取って、クルテがピエッチェを見上げる。
「で、ジジョネテスキはどうしようか?」

「うーーん……」
考え込むピエッチェ、窓の外を見ていたカッチーが、
「警備兵がバルコニーに出てきました」
と呟いた。
「ちゃんと仕掛けに気が付きそうですか?」
ラクティメシッスも窓から下を見る。

 四階の屋上、つまりピエッチェたちが止まった部屋の屋上にロープを繋いできた。それを民家が立ち並ぶ側の壁に垂らした。屋上は平らだ。ロープを使って屋上に上り隠れていると思わせるつもりだ。

「あ、気が付いたようです」
カッチーがニヤッとするとラクティメシッスが
梯子はしごを取りに行ったみたいですね」
と、やっぱり笑う。

「屋上に隠れているのなら、わざわざロープをそのままにしておくはずないのにな」
呆れるのはピエッチェだ。
「ザジリレンの地方警備隊がこんなに間抜けだとは思ってなかったよ」

「司令官を任命したのは誰なんですか?」
ラクティメシッスがピエッチェの顔色を窺う。

「軍総督の推挙で任命するのは王なんだけど……ここまで無能なはずがない」
「ふふん。ジジョネテスキ同様、本来の司令官は左遷して、思い通りに動かせる人事を強行したと考えてる?」
「ない話じゃないかな、と」
「えぇ、充分あり得ると思います――うん? リュネはどこに行くつもりなかな?」
馬車が下降し始めたのを感じていた。

 外を見っ放しだったカッチーが
「ジジョネテスキの屋敷の裏手に降りるのかも?」
ラクティメシッスに答える。ピエッチェとラクティメシッスも窓の外を見た。

 ジジョネテスキの屋敷の敷地に人影はない。裏手なら、道からはもちろん、きっとレストランに誰かいても気付かないだろう。

「どうやらおんまさんはジジョネテスキを助け出したほうがいいと考えているようですね」
「裏手から屋敷内に入れるかな?」
「いざとなったら窓を破りましょう」

「そこまでして、屋敷に本物のジジョネテスキが居なかったら?」
「目も当てられませんね?」
ニヤリと笑うラクティメシッスに、なんだか気が軽くなったと感じた。

 こつんと車輪が地面についた感触、クルテが
「行くよ。さっさと降りて」
とピエッチェを押す。
「あぁ、行こう」
ピエッチェがキャビンの戸を開けた――

 入り口はすぐ見つかった。使用人たちが出入りに使うためのものだろう。施錠されていたがラクティメシッスが魔法で開錠し、中を覗くと狭い廊下が続いていた。灯りはなかった。

「人の気配がありませんね」
「外の捕り物を見物に行っているか、使用人なんていないか」
「この屋敷に誰かを閉じ込めているなら、使用人はいない方が都合がいいんじゃ?」

 ここでもクルテがピエッチェの背中を押した。
「ここに居たって仕方ない。さっさと調べよう」

 廊下の突き当りのドアは多分厨房、そこに至るまでに右に二つ、左に三つドアがある。左の一番厨房寄りのドアは他と比べても幅が狭い、物置かなにかか? 残りの四つは同じ仕様、きっと住み込みの使用人用の部屋だ。だがどれも使われてるように思えない。人の気配がないのを確認して覗いてみると、ベッドと小さなクローゼットが置いてあったが、ベッドに寝具がない。空き部屋だ。

「この部屋が、と言うより、この屋敷自体が空き家のように感じますね」
ラクティメシッスの言うとおりだと思った。レストランに出てきた偽ジジョネテスキはここに住んでいないのかもしれない。レストランの建物は二階があった。そこを住居兼従業員の宿舎にしているのか?

 物置かと思っていたドアをクルテが開けてピエッチェを見た。
「地下室があるらしい」
見ると物置ではなく、階段室だ。階段は下へと続いている。また地下かよ? 今度の地下には何があるんだろう? まさか地底湖ってことはないよな?

 幅の狭いドアは一人通るのがやっとだ。階段も同じ幅で続いている。
「どうしますか?」
ラクティメシッスは行きたくなさそうだ。
「まさかとは思うけど、罠なら挟み撃ちにされて逃げ道が無くなります。手荒な真似はしたくないのでしょう?」

 考え込むふりをして意識を張り巡らせようとしたがクルテに腕を掴まれ集中が途切れる。

「考えてないで行ったほうが早い。さっさと降りて」
「おい、押すな。転んだら下まで落ちそうだ」
「ラスティンたちはそこにいて。警備兵たちが来たら、外に逃げておとりになってよね」
パタリとドアを閉めるクルテ、ドアの向こうで『お嬢さんには叶いませんね』ラクティメシッスの声が微かに聞こえた。

 ドアを閉めるとただでさえ暗い階段は真っ暗闇だ。が、すぐにほんわりとした光が満ちる。
「早く降りて」
なんでそんなに先を急ぐ? そう思ったが急いだほうがいいのも確か、階段が崩れないのを確かめながら降りて行った。

「屋敷内に誰かいたか?」
「カティ、自分で確かめようとしたよね? あれ、ラスティに見抜かれるよ。魔法が使えるのを知られたくないんじゃなかった?」
「それで邪魔をしたのか?――で、誰かいたか?」
「二階の西の部屋に女が一人。部屋に閉じ込められてるんだと思う」
ジジョネテスキの妻か?

「この先には?」
「遮蔽が掛かっているのには気が付いてるよね?」
「つまり、怪しいってことか?」

「遮蔽の中から何が出てくるのかは行ってみないと判らない。ジジョネテスキなら儲けもの」
「罠かもしれない?」
「だから! 判んないんだってば――ジジョネテスキ、魔法は?」

「基礎魔法は難なくこなす。それ以上はなんとも言えない。が、多分火は扱える」
「多分って言うな! なんでそう思う?」
なんで『多分』が嫌いなんだ? 『きっと』だと文句言わないのに。

「狩りに行った時、獲物を焼いて食べようってことになってね、アイツが火を起こした」
「なんだ、ジジョネテスキともお友達?」
「友達と言うより兄弟子。そして以前は王家警護隊で王太子付きだった」

「出たよ、トロンペセスの弟子たち。何人いるの?」
「さぁ? 全員を把握してるわけじゃない。正確に人数が言えるのはトロンペセスだけじゃないかな?――踊り場? いや、終点っぽい」

 階段が終わると少しばかりのスペースがあってドアがあった。
「どんな魔法だか判る?」
声を潜めてクルテが訊いた。ピエッチェがチラリとクルテを見る。
「おまえには判らないのか?」

「魔物の魔法……でも少し奇怪おかしい。カティには判るんじゃない? わたしと二人きりなんだから、隠す必要もないでしょ? 魔物除けの魔法が使えるってことは、魔物の正体や能力が見通せるってことだよね? 魔法封じができるってことは、どんな魔法もお見通しってことだよね?」
はぁっとピエッチェが溜息を吐く。まぁ、クルテなら仕方ないか?
「まぁな。でも女神の魔法だけは除外だ。それも判ってるんだろう?」

 クルテがウフフと笑った。
「わたしは魔物であり、女神の娘でもあり、人間でもある。だけど全部中途半端。だから魔物も女神も人間も判るけど、深奥までは掌握できない」
うん? そう考えると……

「俺は人間でもあり、魔物でもあるってことにならないか?」
「さぁね。わたしは自分の事しか判らない」
「否定しないんだな」
「判らないって言っただけ。否定も肯定もしてないじゃん――で、どうする? 遮蔽を破る?」
「そうだな……」

 クルテに促されたピエッチェがドアに視線を戻す。そして左手をあげると掌を翳した。ドアが二回、ふわりと輝いた――
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