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14章 風の行方
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クルテは怒っている――そう感じたが、ここはクルテの言うとおり、はやくここから離れたほうがいい。のんびり話している場合じゃない。
「屋敷の裏手に馬車を待たせてる。話しは馬車に乗ってからで」
女を伴ってドアに向かう。クルテは先に部屋を出て、踊り場に続くドアの前まで行っていた。
警護隊とレストランでジジョネテスキを演じていた男は偽ジジョネテスキを追って森の中だ。追跡魔法を使っているのだから偽ジジョネテスキを見つけるまでは戻って来ない。時間に余裕があるのに、クルテはこちらの歩調を気にすることなく先を急いでいる。通用口を出ればすぐリュネがいる。行き先は判っているのだから気にすることもない。
ところが、馬車につくとクルテはキャビンではなく御者台に座っていた。どうやら完全に怒っているらしい。
「馬車はどこに?」
「あぁ、クリンナーテンには見えないよね」
二人の話声が聞こえたのだろう、キャビンのドアが中から開く。
「あら、突然馬車が……」
女――クリンナーテンにも馬車が見えるようになったらしい。
「タラップも見える? 早く乗って――ジジョネテスキの妻クリンナーテンだ、よろしく頼む」
「よろしく頼む?」
クリンナーテンとラクティメシッスが同時にピエッチェに問うが、
「俺は御者席に――悪いが話はあとで」
ドアを閉め、タラップを貨物台に乗せると御者台に向かった。
ピエッチェを見るとツンと向こうを見るクルテ、やっぱり怒ってるんだなと内心笑うが気にせず御者席に乗り込んだ。ところがその隙に、クルテは反対側から降りてしまった。面倒臭いなと思いつつ、
「どうした? 行くぞ」
声をかけても聞こえないふりで返事もしない。リュネの首に抱き着いて、顔を隠してしまう。
いったい何を怒っているんだろう? 焼きもち? クリンナーテンに? 妬かれるようなこと、したっけか? 考えたが思いつかない。訊いてみるかと思ったがなんて訊けばいい? 火に油を注ぎそうで怖い。黙って様子を見ることにした。
クルテはリュネの首にしがみついて向こうを見ている。いつかはこの状態で眠っていたことがあった。今日はその心配はなさそうだ。ピエッチェを気にして時どきゆっくり頭を動かしてチラッとピエッチェを盗み見している。そして見られているのに気付いて慌てて頭の向きを元に戻す。来るのを待っているようにも見える。だけどきっと、ピエッチェがクルテの傍に行ったら、リュネと御者台を行ったり来たりの追いかけっこになる、そんな気がした――だとしたら動かないほうがいい。
静かに時が過ぎていく。いろいろな問題が山積していなければ、ずっとこうしていてもいいくらい平和だ……拗ねているクルテ、機嫌が直るのをひたすら待つピエッチェ、世界には二人しかいない。
待ちきれなくなったのか、キャビンの覗き窓が開く。ラクティメシッスだ。何か言いたげだったが御者台に居るのがピエッチェだけなのを見て、何も言わずに覗き窓を閉めた。途端に照り付けていた日差しが和らぐのを感じた。ラクティメシッスが魔法で遮光したのだ。ララティスチャングで使われていた魔法と同じだ。これは時間がかかりそうだと思ったのだろう。
遮光魔法を感知していないはずはないのにクルテは無反応、ますます強くリュネにしがみついたように見える。果たしてクルテと俺、どちらが先に根負けするか? まったく、クルテの相手はまるで子守りみたいだ。そんなことを考えていたピエッチェがふと、幼い日の自分を思い出した。
ネネシリスが子犬を飼い始め、それが羨ましくて父親に無心した。父は三年後まで待てと、幼いカテロヘブの願いを聞き入れてはくれなかった。
『自分で世話ができるようになってからだ――そもそも、なんでも他人と同じようになりたいと思うことこそ間違っている』
と言った。ネネシリスはカテロヘブより三つ年上だ。
ネネシリスとクリオテナと一緒に庭のブルーベリーを食べ尽くし、カテロヘブだけ腹を壊して寝込んだ直後のことだ。ネネシリスとクリオテナは同じ齢、三歳差の大きさをいやと言うほど味わったばかりだった。
ネネシリスは子犬を飼い始めてからと言うもの王宮に来るときは必ずと言っていいほど連れてきていた。カテロヘブとクリオテナが喜ぶからだ。
庭の広場で転げ回って三人と一匹で遊んだ。よく懐いていて名を呼べば尻尾を振って走ってくる。ボールを投げてやると喜んで追っていき、咥えて戻ってくるときの得意げな顔と言ったら……可愛くて、愛しくて、だけど気付いてしまった。子犬は咥えたボールを必ずネネシリスに持って行く。そして当然、ネネシリスは子犬を連れて自分の屋敷に帰る。いつしかカテロヘブはネネシリスが来ても一緒に遊ばなくなった。読みたい本があるからと自室に籠るようになったのだ。
クリオテナが『放っておけばいいのよ』と、毎回カテロヘブを誘い出そうとするネネシリスを庭に引っ張っていった。自分で部屋にいると言ったのに、窓から聞こえる二人の笑い声が余計にカテロヘブを惨めにした。読みたい本なんかなかった。枕を抱いてベッド際にしゃがみ込んで動かずにいた。誰が見ているわけでもないのに、抱いた枕に顔を埋めてじっとしていた。
そんなことが何日か続いた後、母に呼ばれた。
『可愛いでしょ? カッチー、この子たちのお世話ができるかな?』
幼い頃、母はカテロヘブをカッチーと呼んでいた。
見せられたのは白と黒、二羽の小鳥、洒落た鳥かごに入れられていた。母は誰かに貰ったのだと言ったがそれが誰だったのか思い出せない。小鳥に気を取られてまともに聞いていなかった。
『ママは具合が悪い日も多いから自分じゃ面倒をみてあげられないの。だからお願いできる?』
今考えれば、そんな状態の王妃に小鳥を献上しようなんて考える愚か者はいないと判る。きっと母がカテロヘブのため、誰かに頼んで取り寄せたものだ。
『最初は召使も手伝ってくれるから心配ないわ。慣れたら一人で出来るわよね?』
大事にする、きちんと世話をする、そう言って母親を見るカテロヘブの顔は喜びに輝いていたことだろう。
そんなカテロヘブに母親が続けた。
『白いほうが男の子、名はピエッチェ』
「えっ!?」
現実のピエッチェが思わず声をあげる。今の記憶は?
「あれ?」
なんで今まで思い出さなかった? そうだ、白い小鳥の名はピエッチェ――いや、待て?
クルテは『ピエッチェとクルテはスズメの名』だと言った。カテロヘブが母から貰った小鳥はスズメじゃない。たまたま同じ名? 有り得ない。きっとクルテは判っていて、俺と自分の仮名を『ピエッチェとクルテ』にした。でもクルテ?
俺は小鳥をピッピとクックと呼んでいた。ピッピはピエッチェだとして、クックはなんだった? ダメだ、思い出せない。だけど黒い小鳥の名がクルテじゃないのは確かだ。
風がヒューッと吹き抜けて、ピエッチェの思考の邪魔をした。リュネがブヒヒと鼻を鳴らし、クルテの頭をそっと揺する。クルテが煩そうな顔をしてリュネを見上げて腕を伸ばし、馬面を撫でてからピエッチェを見た。泣きそうな顔にピエッチェが動揺する。するとクルテがフンと鼻で笑った。
「なんで機嫌を取りに来ない? 気の利かないヤツだ」
いつものクルテだ。
ピエッチェもいつも通りに憎まれ口をたたく。
「なんだ、いい子いい子とでも言って欲しかったか?」
御者台に乗り込むクルテの腕を引いて手伝ってやるとそのままの勢いでクルテが抱きついてきた。慌てて受け止めると、耳元でクルテが言った。
「ジジョネテスキの奥さん、素敵な人だね」
やっぱり焼きもちか。でも、俺に言われてもなぁ。
「落ち着いてて気高くて上品で。わたしとは大違い」
「あの人みたいになりたいのか?」
「他人と同じになりたいと思うのは間違い?」
コイツ……俺の心を読んでいたのか? それとも偶然か?
「どんな人も別人には成れない――みんな、それぞれ違うのだし、それでいいんだ。ただ、あんなふうになりたいと感じて、そうなれるよう努力するのは間違いじゃないと思う」
「努力すればああなれる?」
「それは努力次第だろうな」
「少しは貧相じゃなくなるかな?」
そこかよっ!? ピエッチェが呆れて笑う。
「おまえは貧相なんかじゃないって何度言ったら判るんだ?」
「そう思うのはカティだけじゃなくって?」
「うーーん……他人がどう思おうと俺はそう思ってない。それじゃあダメなのか?」
「だって、二人きりで生きてるわけじゃないよ? わたしじゃカティの相手には相応しくないって、きっと言われる」
そんなことを考えるのは、ずっと俺のそばに居たいと思っているからだよな?
「その時は俺がおまえを守る。俺に相応しいか相応しくないかは、俺が判断することだ」
「そっか――風が言うとおりになる?」
「風?」
クルテがピエッチェから身体を放し、助手席に座り直す。するとリュネが嘶いて動き始めた。ふわりと浮き上がる感覚、ジジョネテスキの屋敷の屋根がドンドン下方に離れていく。
「リュネに凭れて風の声を聞いていた」
クルテがクスッと笑って言った。
「いつかマデルが言ってたじゃん。フレヴァンスは風読みだって」
「おまえも風読みだってことか? でもあれは、天気が判るって話じゃなかった?」
「人間にはその程度しか判らないってこと――風はね、いろんなことを話してる。明日よりも先のこと」
「ふぅん……それで風はなんて言ってたんだ?」
「わたしが風になることはないよって言ってた」
「へっ? どういう意味だよ?」
「そのまんまの意味」
「いや、おまえが風になっちまうってこともあるってことか?」
「カティの傍にいられなくなれば、その時はね」
「あぁあ? おまえ、今まで一度もそんな事――」
「うん、初めて言ったもん」
クスリと笑うクルテ、笑ってる場合かよ?
「でも大丈夫。ずっとそばにおいてくれるんでしょう?」
リュネが嘶き、歩調を早めた。グンと移動速度が上がり、ピエッチェの耳に風を切る音が響く。その音を聞きながらニッコリと微笑むクルテを見詰めた。
ピエッチェには風の声なんか判らない。だけど……
「そうだな。おまえはずっと俺の傍に居ろ」
風が言うとおり、おまえが風になることはない。俺がそんなことにはさせない。風ではなく何か他の物でもなく、俺はおまえを人間にする。それには王権を取り戻さなくてはならない。そして必ず思い出す。
クルテは何度も俺に『思い出せ』と言っている。思い出さなくてはならないのはきっと幾つものことだ。その中の一つに黒い小鳥の名もある。そんな気がした。それがクルテの本当の名、クルテを人間にするために必要な名だ。王宮に行けば、あの庭に行けばクルテの名を思い出せる。そう感じるピエッチェだった――
「屋敷の裏手に馬車を待たせてる。話しは馬車に乗ってからで」
女を伴ってドアに向かう。クルテは先に部屋を出て、踊り場に続くドアの前まで行っていた。
警護隊とレストランでジジョネテスキを演じていた男は偽ジジョネテスキを追って森の中だ。追跡魔法を使っているのだから偽ジジョネテスキを見つけるまでは戻って来ない。時間に余裕があるのに、クルテはこちらの歩調を気にすることなく先を急いでいる。通用口を出ればすぐリュネがいる。行き先は判っているのだから気にすることもない。
ところが、馬車につくとクルテはキャビンではなく御者台に座っていた。どうやら完全に怒っているらしい。
「馬車はどこに?」
「あぁ、クリンナーテンには見えないよね」
二人の話声が聞こえたのだろう、キャビンのドアが中から開く。
「あら、突然馬車が……」
女――クリンナーテンにも馬車が見えるようになったらしい。
「タラップも見える? 早く乗って――ジジョネテスキの妻クリンナーテンだ、よろしく頼む」
「よろしく頼む?」
クリンナーテンとラクティメシッスが同時にピエッチェに問うが、
「俺は御者席に――悪いが話はあとで」
ドアを閉め、タラップを貨物台に乗せると御者台に向かった。
ピエッチェを見るとツンと向こうを見るクルテ、やっぱり怒ってるんだなと内心笑うが気にせず御者席に乗り込んだ。ところがその隙に、クルテは反対側から降りてしまった。面倒臭いなと思いつつ、
「どうした? 行くぞ」
声をかけても聞こえないふりで返事もしない。リュネの首に抱き着いて、顔を隠してしまう。
いったい何を怒っているんだろう? 焼きもち? クリンナーテンに? 妬かれるようなこと、したっけか? 考えたが思いつかない。訊いてみるかと思ったがなんて訊けばいい? 火に油を注ぎそうで怖い。黙って様子を見ることにした。
クルテはリュネの首にしがみついて向こうを見ている。いつかはこの状態で眠っていたことがあった。今日はその心配はなさそうだ。ピエッチェを気にして時どきゆっくり頭を動かしてチラッとピエッチェを盗み見している。そして見られているのに気付いて慌てて頭の向きを元に戻す。来るのを待っているようにも見える。だけどきっと、ピエッチェがクルテの傍に行ったら、リュネと御者台を行ったり来たりの追いかけっこになる、そんな気がした――だとしたら動かないほうがいい。
静かに時が過ぎていく。いろいろな問題が山積していなければ、ずっとこうしていてもいいくらい平和だ……拗ねているクルテ、機嫌が直るのをひたすら待つピエッチェ、世界には二人しかいない。
待ちきれなくなったのか、キャビンの覗き窓が開く。ラクティメシッスだ。何か言いたげだったが御者台に居るのがピエッチェだけなのを見て、何も言わずに覗き窓を閉めた。途端に照り付けていた日差しが和らぐのを感じた。ラクティメシッスが魔法で遮光したのだ。ララティスチャングで使われていた魔法と同じだ。これは時間がかかりそうだと思ったのだろう。
遮光魔法を感知していないはずはないのにクルテは無反応、ますます強くリュネにしがみついたように見える。果たしてクルテと俺、どちらが先に根負けするか? まったく、クルテの相手はまるで子守りみたいだ。そんなことを考えていたピエッチェがふと、幼い日の自分を思い出した。
ネネシリスが子犬を飼い始め、それが羨ましくて父親に無心した。父は三年後まで待てと、幼いカテロヘブの願いを聞き入れてはくれなかった。
『自分で世話ができるようになってからだ――そもそも、なんでも他人と同じようになりたいと思うことこそ間違っている』
と言った。ネネシリスはカテロヘブより三つ年上だ。
ネネシリスとクリオテナと一緒に庭のブルーベリーを食べ尽くし、カテロヘブだけ腹を壊して寝込んだ直後のことだ。ネネシリスとクリオテナは同じ齢、三歳差の大きさをいやと言うほど味わったばかりだった。
ネネシリスは子犬を飼い始めてからと言うもの王宮に来るときは必ずと言っていいほど連れてきていた。カテロヘブとクリオテナが喜ぶからだ。
庭の広場で転げ回って三人と一匹で遊んだ。よく懐いていて名を呼べば尻尾を振って走ってくる。ボールを投げてやると喜んで追っていき、咥えて戻ってくるときの得意げな顔と言ったら……可愛くて、愛しくて、だけど気付いてしまった。子犬は咥えたボールを必ずネネシリスに持って行く。そして当然、ネネシリスは子犬を連れて自分の屋敷に帰る。いつしかカテロヘブはネネシリスが来ても一緒に遊ばなくなった。読みたい本があるからと自室に籠るようになったのだ。
クリオテナが『放っておけばいいのよ』と、毎回カテロヘブを誘い出そうとするネネシリスを庭に引っ張っていった。自分で部屋にいると言ったのに、窓から聞こえる二人の笑い声が余計にカテロヘブを惨めにした。読みたい本なんかなかった。枕を抱いてベッド際にしゃがみ込んで動かずにいた。誰が見ているわけでもないのに、抱いた枕に顔を埋めてじっとしていた。
そんなことが何日か続いた後、母に呼ばれた。
『可愛いでしょ? カッチー、この子たちのお世話ができるかな?』
幼い頃、母はカテロヘブをカッチーと呼んでいた。
見せられたのは白と黒、二羽の小鳥、洒落た鳥かごに入れられていた。母は誰かに貰ったのだと言ったがそれが誰だったのか思い出せない。小鳥に気を取られてまともに聞いていなかった。
『ママは具合が悪い日も多いから自分じゃ面倒をみてあげられないの。だからお願いできる?』
今考えれば、そんな状態の王妃に小鳥を献上しようなんて考える愚か者はいないと判る。きっと母がカテロヘブのため、誰かに頼んで取り寄せたものだ。
『最初は召使も手伝ってくれるから心配ないわ。慣れたら一人で出来るわよね?』
大事にする、きちんと世話をする、そう言って母親を見るカテロヘブの顔は喜びに輝いていたことだろう。
そんなカテロヘブに母親が続けた。
『白いほうが男の子、名はピエッチェ』
「えっ!?」
現実のピエッチェが思わず声をあげる。今の記憶は?
「あれ?」
なんで今まで思い出さなかった? そうだ、白い小鳥の名はピエッチェ――いや、待て?
クルテは『ピエッチェとクルテはスズメの名』だと言った。カテロヘブが母から貰った小鳥はスズメじゃない。たまたま同じ名? 有り得ない。きっとクルテは判っていて、俺と自分の仮名を『ピエッチェとクルテ』にした。でもクルテ?
俺は小鳥をピッピとクックと呼んでいた。ピッピはピエッチェだとして、クックはなんだった? ダメだ、思い出せない。だけど黒い小鳥の名がクルテじゃないのは確かだ。
風がヒューッと吹き抜けて、ピエッチェの思考の邪魔をした。リュネがブヒヒと鼻を鳴らし、クルテの頭をそっと揺する。クルテが煩そうな顔をしてリュネを見上げて腕を伸ばし、馬面を撫でてからピエッチェを見た。泣きそうな顔にピエッチェが動揺する。するとクルテがフンと鼻で笑った。
「なんで機嫌を取りに来ない? 気の利かないヤツだ」
いつものクルテだ。
ピエッチェもいつも通りに憎まれ口をたたく。
「なんだ、いい子いい子とでも言って欲しかったか?」
御者台に乗り込むクルテの腕を引いて手伝ってやるとそのままの勢いでクルテが抱きついてきた。慌てて受け止めると、耳元でクルテが言った。
「ジジョネテスキの奥さん、素敵な人だね」
やっぱり焼きもちか。でも、俺に言われてもなぁ。
「落ち着いてて気高くて上品で。わたしとは大違い」
「あの人みたいになりたいのか?」
「他人と同じになりたいと思うのは間違い?」
コイツ……俺の心を読んでいたのか? それとも偶然か?
「どんな人も別人には成れない――みんな、それぞれ違うのだし、それでいいんだ。ただ、あんなふうになりたいと感じて、そうなれるよう努力するのは間違いじゃないと思う」
「努力すればああなれる?」
「それは努力次第だろうな」
「少しは貧相じゃなくなるかな?」
そこかよっ!? ピエッチェが呆れて笑う。
「おまえは貧相なんかじゃないって何度言ったら判るんだ?」
「そう思うのはカティだけじゃなくって?」
「うーーん……他人がどう思おうと俺はそう思ってない。それじゃあダメなのか?」
「だって、二人きりで生きてるわけじゃないよ? わたしじゃカティの相手には相応しくないって、きっと言われる」
そんなことを考えるのは、ずっと俺のそばに居たいと思っているからだよな?
「その時は俺がおまえを守る。俺に相応しいか相応しくないかは、俺が判断することだ」
「そっか――風が言うとおりになる?」
「風?」
クルテがピエッチェから身体を放し、助手席に座り直す。するとリュネが嘶いて動き始めた。ふわりと浮き上がる感覚、ジジョネテスキの屋敷の屋根がドンドン下方に離れていく。
「リュネに凭れて風の声を聞いていた」
クルテがクスッと笑って言った。
「いつかマデルが言ってたじゃん。フレヴァンスは風読みだって」
「おまえも風読みだってことか? でもあれは、天気が判るって話じゃなかった?」
「人間にはその程度しか判らないってこと――風はね、いろんなことを話してる。明日よりも先のこと」
「ふぅん……それで風はなんて言ってたんだ?」
「わたしが風になることはないよって言ってた」
「へっ? どういう意味だよ?」
「そのまんまの意味」
「いや、おまえが風になっちまうってこともあるってことか?」
「カティの傍にいられなくなれば、その時はね」
「あぁあ? おまえ、今まで一度もそんな事――」
「うん、初めて言ったもん」
クスリと笑うクルテ、笑ってる場合かよ?
「でも大丈夫。ずっとそばにおいてくれるんでしょう?」
リュネが嘶き、歩調を早めた。グンと移動速度が上がり、ピエッチェの耳に風を切る音が響く。その音を聞きながらニッコリと微笑むクルテを見詰めた。
ピエッチェには風の声なんか判らない。だけど……
「そうだな。おまえはずっと俺の傍に居ろ」
風が言うとおり、おまえが風になることはない。俺がそんなことにはさせない。風ではなく何か他の物でもなく、俺はおまえを人間にする。それには王権を取り戻さなくてはならない。そして必ず思い出す。
クルテは何度も俺に『思い出せ』と言っている。思い出さなくてはならないのはきっと幾つものことだ。その中の一つに黒い小鳥の名もある。そんな気がした。それがクルテの本当の名、クルテを人間にするために必要な名だ。王宮に行けば、あの庭に行けばクルテの名を思い出せる。そう感じるピエッチェだった――
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