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15章 大地の模様
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ラクティメシッスは、ジジョネテスキが昼間は監視されていないと考えたようだが
「いや、そうとも限らないよ」
ピエッチェが半ば否定する。そしてカッチーに、
「昼間はどこから入った?」
と尋ねた。
「勝手口です。呼び鈴を鳴らすとジジョネテスキさんが出てきてくれて、厨房からダイニング、そこから広間みたいなところを通って……階段があって、ジジョネテスキさんが上って行ったんで、俺、追いかけたんです。その間、チュジャバリテさんは野菜を階段の下に運んでました」
チュジャバリテは八百屋の名だ。
「階段を上りきると踊り場、玄関の間が見渡せました。背中側にはドアが幾つかあって、真ん中くらいにジジョネテスキさんが入ったんで、慌てて呼び止めました」
「名を呼んだのか?」
「待ってください、って声をかけたんです。そしたら『部屋に入りなさい』って言われて、菓子は嫌いかって聞かれました」
子ども扱いされちゃったんですね、ラクティメシッスがニヤッとする。
だがピエッチェは、またもこれを否定する。
「それは部屋に入れる口実だろう。ジジョネテスキはカッチーを怪しんだ。だから正体を見極めようと思ったんだ。そして屋敷には他に誰かいて、ソイツに不審に思われないように考えた……ところでカッチー、ジジョネテスキとチュジャバリテはどんな話をしていた?」
「今年は害虫駆除を徹底的にしないと凶作になるとか、トマトがたくさん収穫できたとか、そんな話です」
「野菜の話だけ?」
「はい……ジジョネテスキさんが街の噂話を訊くのを楽しみにしてるってチュジャバリテさんは言ってたのに、街の話は出てきませんでした」
「お菓子、貰ったの?」
不意にクルテがカッチーに訊いた。
「お菓子があるって言われたんでしょ? どんなお菓子を貰ったの?」
「あ……いえ、貰いませんでした。俺、それどころじゃなかったし、ジジョネテスキさんも忘れちゃったんじゃ? お茶請けはイチゴジャムを乗せて焼いたクッキーでした」
「イチゴジャムだけ?」
「はい、そうですけど……それがどうかしましたか?」
カッチーには答えず、
「わたしにもクッキー、出してくれるかな?」
クルテがピエッチェを見上げた。もう空腹なのか? お腹空いたと言われないよう、夕食を摂ってから出てきたのに……
「どうだろう? 出してくれるといいな――そんな事より、えっと、階段下の倉庫だったな。そこから入ろう」
「うん、早く行こう。クッキーがわたしを待っている」
おい、必ず出してくれるとは限らないぞ?
クルテに先導されて屋敷の外壁沿いに行く。するとすぐに小さな戸が見つかった。鍵のない戸だ。開けてみると庭掃除の道具が置かれていた。
クルテが
「食糧庫の入り口は棚に隠されてる」
と言い、ラクティメシッスが魔法で棚を動かした。
「さすがにこちらには鍵が掛かってますね」
ニヤリと笑うラクティメシッス、すぐにカチリと音がして開錠された。もちろん魔法を使ったのだ。
それにしても小さな戸だ。小さいと言うより低い。ピエッチェの脇の下くらいの高さしかない。結界を解除しないと通れないと言うラクティメシッス、ピエッチェがクルテに訊いた。
「向こう側はどうなってる?」
「きっと小麦の袋。十袋くらい積んで戸を隠してる」
「人は居ないってことだな――ラスティン、小麦を退けられるか?」
「退けることは可能ですが、お嬢さんと違ってわたしには向こう側の様子が判りません。まずは戸を開けて、小麦はこちら側に移動させましょう」
言い終わるより早く戸が開く。クルテが言った通り小麦の袋が積まれ塞いであった。
道具置き場をくるっと見渡したラクティメシッスが
「そのあたりに移しましょう」
片隅に目を止める。フワッと小麦袋全体が僅かに浮いて、一番下の袋だけが方向転換したと思うと抜け出した。あっという間に道具置き場に入り込み、ラクティメシッスが示した場所にサッと飛んでいった。だが、床に置かれるときは随分とゆっくりだ。音を立てるのを避けたのだろう。
「結界はすでに?」
「はい、解除しました」
ってことは、気を付けなくてはならないのは音だけじゃない。
クルテが
「大丈夫。ダイニングの三人に動く気配はない――でも、そろそろ眠る時間かもしれないね」
小麦袋を目で追いながら言った。
「お嬢さん、監視は寝ないと思いますよ?」
「それならそれでいいけど、問題はダイニングじゃ寝ないだろうってこと」
確かにダイニングじゃ寝心地が悪すぎる。
「どこで眠ると思いますか?」
「そんなの判んないよ。でも、一番可能性が高いのは……」
ジジョネテスキの部屋の両隣、正面にも部屋があればそれで三部屋になる。ピエッチェはそう思ったが、クルテは違ったようだ。
「玄関の間、階段下、そして二階の踊り場」
「そんなところで? ベッドじゃ眠らない?」
「ラスティン、自分で言ったよね? 監視は寝ないって。もし眠るとしたら、ジジョネテスキが逃走した場合を想定する――その三か所で、毛布でも引っ被って眠るのが効率的」
「なるほどね……これで食糧庫に入れるかな?」
ラクティメシッスが積みかえた小麦袋を見て言った。全部で十二袋あった。
小さく低い戸を潜り抜け、食糧庫に入るとラクティメシッスが言った。
「さて、どうしますか? 食糧庫から出たら再び結界を張ることもできますが?」
答えたのはクルテだ。
「ラスティンは帰りの時のために魔力を温存。結界を張るだけなら造作ない。だけど外部から目視出来ず音漏れもないとなると勝手が違うんじゃ?」
「おやま、見透かされてる。面白くない――どうしてそう思ったのですか?」
本気でムッとするラクティメシッス、クルテがクスリと笑う。
「この魔法、トロンバで初めて使った。それ以前は使えることさえ言わなかった。スズマリアネに囲まれて仕方なく使ったってことだ――隠してたんだと思った。理由を考えたら、ピエッチェを信用していないか、多大な魔力を消費するかだ。で、どっち?」
敵わないなぁ、とラクティメシッスがボヤく。
「お嬢さんのご指摘通り、魔力の消費量が半端ないんですよ。姿を見えなくする、音を外部に漏らさない、同時に二つの魔法を行使するわけですからね。隠すつもりはなかったんだけど、使わずに済むならそのほうがいいかなってね」
「マデルが言ってた。魔法使いは手の内を明かすのを嫌うって。だからどうしても必要とならなければ特別な魔法は使わない――ラスティンは、まだまだ特別な魔法を隠してるよね?」
フッとラクティメシッスが苦笑した。
「ま、そりゃあね……他にどんな魔法があるのかなんて訊かないでくださいよ。必要に応じで使えば判ります。それでいいでしょう?」
「うん、ラスティンはピエッチェを裏切らない、そう信じてる」
ちょっとギョッとしたようだが、
「それじゃあ、わたしの順位、少しは上がりましたか?」
とラクティメシッスが笑う。
「ダメ、やっぱり三番目。二番目はそう簡単に追い越せる相手じゃないよ」
なんの順位かと思ったが何番目に好きかって話か……それにしてもこの二人、おっとりし過ぎじゃないのか?
「それじゃあ、結界は張り直さないってことで?」
ラクティメシッスがピエッチェに確認する。そうだな、と頷くピエッチェ、
「おまえ、一人でジジョネテスキの部屋に行けるか?」
とカッチーに言った。えっ? とカッチーがピエッチェを見る。
「クルテにダイニングは見張って貰うから心配するな。だけどもし、見張り役に見付かったらジジョネテスキの菓子作りを手伝いに来たと言え。昼間、約束したってね」
「いや、でもピエッチェさん。どこから屋敷に入ったんだって聞かれたら?」
「玄関から入ったって答えればいい」
「玄関扉は施錠されているんじゃ? 連れていかれて確認されたら嘘だってすぐバレちゃいます」
「わたしが居ることをお忘れなく」
そう言ったのはラクティメシッス、
「今、開錠しました――もちろん音なんか立ててませんよ」
ニヤッと笑う。
「しかし、ピエッチェ。カッチーを行かせてそのあとどうするのです? あなたがジジョネテスキに会わない事には始まりませんよ?」
「ジジョネテスキには厨房に行ってメレンゲクッキーを焼いて貰う――クルテ、厨房とダイニングの間に扉は?」
「メレンゲクッキー……」
ポツンと呟いてからクルテが答えた。
「ダイニングから見ると壁の隅っこに厨房への開口部があるけど扉はない。だけど覗き込まなきゃ厨房内は見えない――卵白を泡立てる音で、厨房の気配を消す気なの? 少し無理があると思う」
「それじゃ、何がいい?」
「ドーナツがいい」
それ、おまえが食いたいんじゃなくて?
「パン生地のドーナツ。生地をパンパン調理台に叩きつける音のほうが強烈。そのあと揚げるジュワ―って音が美味しそう」
「お嬢さん、美味しそうってのはどうでもいいです」
ラクティメシッスが呆れる。
って言うか、クルテ、おまえ、パンの作り方を知ってるんだ? そう思ったがここでクルテを混ぜっ返すとあとが面倒だ。ピエッチェがカッチーに向き直る。
「できるか?」
ニッコリ笑ってカッチーが頷く。
「ピエッチェさんたちは厨房で待ってるってことですね?」
「あぁ。建物の外を回って裏口から入る。ダイニングの連中には気付かれないよう厨房に潜んでるさ。が、このことはジジョネテスキにはわざわざ言わなくていい。ドーナツの作り方を教わりに来たって言えば察するはずだ――カッチーはジジョネテスキと一緒に来い」
食糧庫から出て行こうとするカッチーをクルテが呼び止める。振り返ったカッチーにクルテがそっと抱きついた。
「カッチー、気をつけてね」
「えっ? いや、クルテさん?」
慌ててクルテの腕を解くカッチー、ピエッチェを気にしてる。顔が真っ赤だ。
「もう! なんだか身体が熱くなりました――クルテさん、ピエッチェさんに怒られますよ」
怒ったような素振りでカッチーが食糧庫から出て行った。
「そんな怖い顔して……カッチーが悪いわけじゃありません。怒るならお嬢さんのほうです。でも、カッチーが心配だっただけだから、喧嘩はやめてくださいな」
ラクティメシッスはそう言うが、ピエッチェは不機嫌を隠しもしない。クルテを睨みつけている。それでも
「判ってる」
口ではそう答えた。
ピエッチェの不機嫌の理由はクルテがカッチーに抱き着いたからじゃない。僅かに感じた森の女神の気配……あれは祝福だ。だからカッチーは熱さを感じた。
カッチーを案じて女神の祝福を与えた。でもクルテが? 女神の祝福は森の女神しかできない。たとえクルテが森の女神の娘であっても、祝福を授けるのは無理だ。
だが今は追及できない。ラクティメシッスが居る――小さな戸を潜って、ピエッチェは食糧庫から出て行った。
「いや、そうとも限らないよ」
ピエッチェが半ば否定する。そしてカッチーに、
「昼間はどこから入った?」
と尋ねた。
「勝手口です。呼び鈴を鳴らすとジジョネテスキさんが出てきてくれて、厨房からダイニング、そこから広間みたいなところを通って……階段があって、ジジョネテスキさんが上って行ったんで、俺、追いかけたんです。その間、チュジャバリテさんは野菜を階段の下に運んでました」
チュジャバリテは八百屋の名だ。
「階段を上りきると踊り場、玄関の間が見渡せました。背中側にはドアが幾つかあって、真ん中くらいにジジョネテスキさんが入ったんで、慌てて呼び止めました」
「名を呼んだのか?」
「待ってください、って声をかけたんです。そしたら『部屋に入りなさい』って言われて、菓子は嫌いかって聞かれました」
子ども扱いされちゃったんですね、ラクティメシッスがニヤッとする。
だがピエッチェは、またもこれを否定する。
「それは部屋に入れる口実だろう。ジジョネテスキはカッチーを怪しんだ。だから正体を見極めようと思ったんだ。そして屋敷には他に誰かいて、ソイツに不審に思われないように考えた……ところでカッチー、ジジョネテスキとチュジャバリテはどんな話をしていた?」
「今年は害虫駆除を徹底的にしないと凶作になるとか、トマトがたくさん収穫できたとか、そんな話です」
「野菜の話だけ?」
「はい……ジジョネテスキさんが街の噂話を訊くのを楽しみにしてるってチュジャバリテさんは言ってたのに、街の話は出てきませんでした」
「お菓子、貰ったの?」
不意にクルテがカッチーに訊いた。
「お菓子があるって言われたんでしょ? どんなお菓子を貰ったの?」
「あ……いえ、貰いませんでした。俺、それどころじゃなかったし、ジジョネテスキさんも忘れちゃったんじゃ? お茶請けはイチゴジャムを乗せて焼いたクッキーでした」
「イチゴジャムだけ?」
「はい、そうですけど……それがどうかしましたか?」
カッチーには答えず、
「わたしにもクッキー、出してくれるかな?」
クルテがピエッチェを見上げた。もう空腹なのか? お腹空いたと言われないよう、夕食を摂ってから出てきたのに……
「どうだろう? 出してくれるといいな――そんな事より、えっと、階段下の倉庫だったな。そこから入ろう」
「うん、早く行こう。クッキーがわたしを待っている」
おい、必ず出してくれるとは限らないぞ?
クルテに先導されて屋敷の外壁沿いに行く。するとすぐに小さな戸が見つかった。鍵のない戸だ。開けてみると庭掃除の道具が置かれていた。
クルテが
「食糧庫の入り口は棚に隠されてる」
と言い、ラクティメシッスが魔法で棚を動かした。
「さすがにこちらには鍵が掛かってますね」
ニヤリと笑うラクティメシッス、すぐにカチリと音がして開錠された。もちろん魔法を使ったのだ。
それにしても小さな戸だ。小さいと言うより低い。ピエッチェの脇の下くらいの高さしかない。結界を解除しないと通れないと言うラクティメシッス、ピエッチェがクルテに訊いた。
「向こう側はどうなってる?」
「きっと小麦の袋。十袋くらい積んで戸を隠してる」
「人は居ないってことだな――ラスティン、小麦を退けられるか?」
「退けることは可能ですが、お嬢さんと違ってわたしには向こう側の様子が判りません。まずは戸を開けて、小麦はこちら側に移動させましょう」
言い終わるより早く戸が開く。クルテが言った通り小麦の袋が積まれ塞いであった。
道具置き場をくるっと見渡したラクティメシッスが
「そのあたりに移しましょう」
片隅に目を止める。フワッと小麦袋全体が僅かに浮いて、一番下の袋だけが方向転換したと思うと抜け出した。あっという間に道具置き場に入り込み、ラクティメシッスが示した場所にサッと飛んでいった。だが、床に置かれるときは随分とゆっくりだ。音を立てるのを避けたのだろう。
「結界はすでに?」
「はい、解除しました」
ってことは、気を付けなくてはならないのは音だけじゃない。
クルテが
「大丈夫。ダイニングの三人に動く気配はない――でも、そろそろ眠る時間かもしれないね」
小麦袋を目で追いながら言った。
「お嬢さん、監視は寝ないと思いますよ?」
「それならそれでいいけど、問題はダイニングじゃ寝ないだろうってこと」
確かにダイニングじゃ寝心地が悪すぎる。
「どこで眠ると思いますか?」
「そんなの判んないよ。でも、一番可能性が高いのは……」
ジジョネテスキの部屋の両隣、正面にも部屋があればそれで三部屋になる。ピエッチェはそう思ったが、クルテは違ったようだ。
「玄関の間、階段下、そして二階の踊り場」
「そんなところで? ベッドじゃ眠らない?」
「ラスティン、自分で言ったよね? 監視は寝ないって。もし眠るとしたら、ジジョネテスキが逃走した場合を想定する――その三か所で、毛布でも引っ被って眠るのが効率的」
「なるほどね……これで食糧庫に入れるかな?」
ラクティメシッスが積みかえた小麦袋を見て言った。全部で十二袋あった。
小さく低い戸を潜り抜け、食糧庫に入るとラクティメシッスが言った。
「さて、どうしますか? 食糧庫から出たら再び結界を張ることもできますが?」
答えたのはクルテだ。
「ラスティンは帰りの時のために魔力を温存。結界を張るだけなら造作ない。だけど外部から目視出来ず音漏れもないとなると勝手が違うんじゃ?」
「おやま、見透かされてる。面白くない――どうしてそう思ったのですか?」
本気でムッとするラクティメシッス、クルテがクスリと笑う。
「この魔法、トロンバで初めて使った。それ以前は使えることさえ言わなかった。スズマリアネに囲まれて仕方なく使ったってことだ――隠してたんだと思った。理由を考えたら、ピエッチェを信用していないか、多大な魔力を消費するかだ。で、どっち?」
敵わないなぁ、とラクティメシッスがボヤく。
「お嬢さんのご指摘通り、魔力の消費量が半端ないんですよ。姿を見えなくする、音を外部に漏らさない、同時に二つの魔法を行使するわけですからね。隠すつもりはなかったんだけど、使わずに済むならそのほうがいいかなってね」
「マデルが言ってた。魔法使いは手の内を明かすのを嫌うって。だからどうしても必要とならなければ特別な魔法は使わない――ラスティンは、まだまだ特別な魔法を隠してるよね?」
フッとラクティメシッスが苦笑した。
「ま、そりゃあね……他にどんな魔法があるのかなんて訊かないでくださいよ。必要に応じで使えば判ります。それでいいでしょう?」
「うん、ラスティンはピエッチェを裏切らない、そう信じてる」
ちょっとギョッとしたようだが、
「それじゃあ、わたしの順位、少しは上がりましたか?」
とラクティメシッスが笑う。
「ダメ、やっぱり三番目。二番目はそう簡単に追い越せる相手じゃないよ」
なんの順位かと思ったが何番目に好きかって話か……それにしてもこの二人、おっとりし過ぎじゃないのか?
「それじゃあ、結界は張り直さないってことで?」
ラクティメシッスがピエッチェに確認する。そうだな、と頷くピエッチェ、
「おまえ、一人でジジョネテスキの部屋に行けるか?」
とカッチーに言った。えっ? とカッチーがピエッチェを見る。
「クルテにダイニングは見張って貰うから心配するな。だけどもし、見張り役に見付かったらジジョネテスキの菓子作りを手伝いに来たと言え。昼間、約束したってね」
「いや、でもピエッチェさん。どこから屋敷に入ったんだって聞かれたら?」
「玄関から入ったって答えればいい」
「玄関扉は施錠されているんじゃ? 連れていかれて確認されたら嘘だってすぐバレちゃいます」
「わたしが居ることをお忘れなく」
そう言ったのはラクティメシッス、
「今、開錠しました――もちろん音なんか立ててませんよ」
ニヤッと笑う。
「しかし、ピエッチェ。カッチーを行かせてそのあとどうするのです? あなたがジジョネテスキに会わない事には始まりませんよ?」
「ジジョネテスキには厨房に行ってメレンゲクッキーを焼いて貰う――クルテ、厨房とダイニングの間に扉は?」
「メレンゲクッキー……」
ポツンと呟いてからクルテが答えた。
「ダイニングから見ると壁の隅っこに厨房への開口部があるけど扉はない。だけど覗き込まなきゃ厨房内は見えない――卵白を泡立てる音で、厨房の気配を消す気なの? 少し無理があると思う」
「それじゃ、何がいい?」
「ドーナツがいい」
それ、おまえが食いたいんじゃなくて?
「パン生地のドーナツ。生地をパンパン調理台に叩きつける音のほうが強烈。そのあと揚げるジュワ―って音が美味しそう」
「お嬢さん、美味しそうってのはどうでもいいです」
ラクティメシッスが呆れる。
って言うか、クルテ、おまえ、パンの作り方を知ってるんだ? そう思ったがここでクルテを混ぜっ返すとあとが面倒だ。ピエッチェがカッチーに向き直る。
「できるか?」
ニッコリ笑ってカッチーが頷く。
「ピエッチェさんたちは厨房で待ってるってことですね?」
「あぁ。建物の外を回って裏口から入る。ダイニングの連中には気付かれないよう厨房に潜んでるさ。が、このことはジジョネテスキにはわざわざ言わなくていい。ドーナツの作り方を教わりに来たって言えば察するはずだ――カッチーはジジョネテスキと一緒に来い」
食糧庫から出て行こうとするカッチーをクルテが呼び止める。振り返ったカッチーにクルテがそっと抱きついた。
「カッチー、気をつけてね」
「えっ? いや、クルテさん?」
慌ててクルテの腕を解くカッチー、ピエッチェを気にしてる。顔が真っ赤だ。
「もう! なんだか身体が熱くなりました――クルテさん、ピエッチェさんに怒られますよ」
怒ったような素振りでカッチーが食糧庫から出て行った。
「そんな怖い顔して……カッチーが悪いわけじゃありません。怒るならお嬢さんのほうです。でも、カッチーが心配だっただけだから、喧嘩はやめてくださいな」
ラクティメシッスはそう言うが、ピエッチェは不機嫌を隠しもしない。クルテを睨みつけている。それでも
「判ってる」
口ではそう答えた。
ピエッチェの不機嫌の理由はクルテがカッチーに抱き着いたからじゃない。僅かに感じた森の女神の気配……あれは祝福だ。だからカッチーは熱さを感じた。
カッチーを案じて女神の祝福を与えた。でもクルテが? 女神の祝福は森の女神しかできない。たとえクルテが森の女神の娘であっても、祝福を授けるのは無理だ。
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