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15章 大地の模様
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チュジャバリテも悔しそうだ。
「一番いい部屋を使わせてやれって言われる。どんな部屋だったか、コイツらがジジョネテスキさまに報告したら厄介だ」
不満そうだったが、それで痩せ型も黙った。だが、痩せ型が少し笑ったような気がしたピエッチェだ。
二人の様子から、ジジョネテスキに頼まれてピエッチェたちを受け入れたと推測できる。だけど、それだけじゃなさそうだ。ジジョネテスキには逆らいたくないようなことを言っているが、それならピエッチェたちの機嫌を取ってもよさそうなのにそうはしない。矛盾している――何か企んでいる。いったいどんな企みだ?
今のところ、歓迎されていないことを除けばこれと言って問題は起きていない。せいぜい嫌味を言われ続けている程度だ。ジジョネテスキの所有物との思い違いもあるがリュネは大事にされているだろう。食事は品数が少なめだったものの、味も食材も申し分なかった。バターについては催促したクルテに感謝だ。焼き立てのパンにバターを乗せると溶けて染みこんでいった。小麦とバターの食欲をそそる香りがして、極上のパンに変わった。
一番いい部屋と言うだけあって食事を摂った部屋は、扉の大きさからすると廊下で想像したよりは狭かったが充分広い。クルテが『随分と上等』と言った椅子は豪華な彫刻が背凭れと肘掛に施され、座面も程よくクッションが利いていた。確かに上等なものだ。テーブルは側面に彫刻、天板には色タイル、高価なことは言われなくても判る。
高い天井にはたくさんの蝋燭を使ったシャンデリア、壁には優雅なタペストリー、窓枠も彫刻で装飾されている。床は大理石、壁などの木部は黒胡桃だ。テーブルと椅子を胡桃にしているのは統一感を持たせるためか? 色合いの違いが洒落ている。
さらに奥に部屋が続いているようだから、本当に一番いい部屋なのだろう。痩せ型がさっきから口にしている厭味とは違う。
奥のドアの向こうは居間、これもまた豪華だ。置かれているのはソファー、ローテーブル、カップボード、やはりどれも手の込んだ彫刻がある。大ぶりのソファーはたっぷりとしていて座り心地がよさそうだ。カップボードには美しい茶器が並んべられている。
この部屋は入ってきたドアの対面にドアが三つ、さらに開口部が一つあった。
「一番向こうのドアの先は廊下だが、そこから寝室に行ける」
チュジャバリテがムスッと言った。
「次の小さめのドアは憚りだ。向こうの開口部の奥はちょっとしたキッチンになっている。好きに使え。このドアはバスルームだが……まぁ、いい、ついて来い」
ドアを開けて入っていった。何か説明したいのだろうか?
入ってすぐは脱衣場、ここにも小さいものだが椅子やテーブルがあり、脱いだ服を置けるよう棚やハンガーラックがある。さらに浴室へのドア、チュジャバリテは何も言わず中に入っていった。仕方なくピエッチェたちもついていく。
湯の流れる音は脱衣場にも聞こえていた。大きな湯舟は湯で満たされているが、壁の注ぎ口からさらに湯が流れ込んできている。洗い場に溢れ出ていないのは湯船の中に排水口があるのだろう。温泉? まさかこれを自慢するためにわざわざ浴室に連れてきたのか? それにしても広い風呂場だ。七人も人がいるのに狭さを感じない。十四・五人、同時に入浴できそうだ。
「ここにも伝声管があるね」
クルテがポツリと呟いた。ピエッチェが壁を見るが伝声管は見当たらない。と、背後でドアの閉まる音、かちりと施錠音まで聞こえた。閉めたのは痩せ型、チュジャバリテと頷き交わす。
「暫く何も言うな」
痩せ型が、小さいが脅すような声で言った。
ラクティメシッスがマデルの手を引っ張って、自分の後ろに庇う。カッチーはクリンナーテン、クルテはピエッチェの隣にいる――なんのつもりで俺たちを閉じ込めたのか? チュジャバリテを睨みつけるピエッチェ、だがチュジャバリテはピエッチェを見ていない。ゆっくりと側面の壁に向かっている。
トンと突くと壁が開いた。隠し戸棚だ。そこに手を突っ込むと、浴室の奥の壁からカランと小さな音がした。
チュジャバリテが、今度は音がした壁に向かう。そしてドンと壁を押した。すると壁が奥へとずれて廊下が見えた。何も言うなと言われていなければ『この廊下はなんだ?』と聞いていただろう。大声を出していたかもしれない。しかし――なぜ声を出すのを禁じた? もし出していたらどうなっていた? まぁ、それはこの先に待つものと同時に判ることだ。
廊下に入っていくチュジャバリテ、背後の痩せ型が顎をしゃくる。行けと言っているのだ。ラクティメシッスに頷いて、ピエッチェも歩き出す。
進みながらチュジャバリテが言った。
「浴室には防音が施してあるが完ぺきではない。だから湯の流れる音で消している」
防音の理由は? ここまでの態度と合わせて、だいたい想像がつく。想像が真逆だったら絶大なピンチだが、まぁ、なんとかなるだろう――きっとこの先の防音は完璧なはずだ。
廊下のどん詰まりは普通のドアだった。中は先ほどの居間と似たり寄ったりだ。明らかに違うのは窓、さっきは大きな窓だったがこの部屋は高い位置に小さなものがあるだけだ。チュジャバリテの次にピエッチェ、そしてクルテにラクティメシッス、マデル・クリンナーテン・カッチー、最後は痩せ型が部屋に入りドアを閉めた。さて、何が始まる?
部屋の中ほどまで進んでチュジャバリテが振り返る。その表情の険しさにピエッチェが俄かに緊張し、ラクティメシッスとマデル、カッチーが身構えた。痩せ型が早い動きを見せピエッチェに近寄れば、剣に手を伸ばしたのはラクティメシッス、ピエッチェが一歩下がり、ピエッチェの左側に回り込むようにチュジャバリテが二歩近寄った。左肩が弱点だと見抜かれた?
ラクティメシッスが剣を抜こうとするのをピエッチェが止める。向こうは丸腰だ。が、それより早く這いつくばるように平伏したのは痩せ型の男、その傍らにチュジャバリテが跪いた。
「王よ……カテロヘブさま」
チュジャバリテが声を絞り出し、ラクティメシッスがほっと息を吐く。痩せ型の男は伏したまま嗚咽を漏らし、その合間に
「ご無礼をお許しください」
と繰り返している。どうやらピエッチェの想像は当たっていたようだ。今までの態度は芝居、この二人は味方だ。
「屋敷内にも敵が居るんだな?」
穏やかに問うピエッチェ、チュジャバリテは顔を上げずに
「お察しの通りでございます」
さらに頭を低くして言った。
「わたしの監督不行き届き、以前よりの使用人が買収されたようです。が、それが誰なのかが付きとめられずにおります」
「買収したのは誰だ?」
「おそらくケッポテラスではないかと。ジジョネテスキさまに『屋敷を出てはならない』と言った男です」
「うん、ケッポテラスのことはジジョネテスキから聞いている。裏切られたが、脅されての仕業ではないかと言っていた」
「本来、ケッポテラスは優しい男です。おそらく握られた弱味は病床の母、寝たきりの状態です」
寝たきりの母親をどこかに隠すのは難しいだろう。病状が悪化するんじゃないかと、移す事さえ躊躇われる。
「ケッポテラスを脅しているヤツに心当たりは?――あれば苦労しないか」
黙ってしまったチュジャバリテにピエッチェが苦笑する。
ピエッチェの後ろでは顰めっ面のラクティメシッスをマデルがクスクスと宥めている。緊張が解けたクリンナーテンが腰を抜かしたのをソファーに座らせたのはカッチー、クルテはウロウロと部屋を歩き回っている。特に窓が気になるようだ。
「ねぇ、なんであんな高いところに窓が?」
ピエッチェとチュジャバリテの話がひと段落ついたところで訊いてきた。
「あ、はい。あれは、中の様子を外に知られないためです」
いったい誰なのだろうと不思議そうな顔でクルテを見たチュジャバリテ、だが王の同行者には間違いない。無礼がないよう気を使っている。
「この部屋って、正面から見て建物の右側だよね? 増築部分? なんのために増築したの?」
「それをこれから説明差し上げるところでした……増築部分を設計したのは、ここにいるジャルジャネ、建築士でございます。ほら、ジャルジャネ、いつまでも泣いてないで説明しろ」
頷きながら手で顔を拭い、痩せ型……ジャルジャネが臥せていた身体を起こした。
チュジャバリテとジャルジャネは幼馴染、小さな時から共に騎士に憧れたが、夢が叶ったのはチュジャバリテだけだった。身体が弱かったジャルジャネは最初から諦めているふしもあった。
そんな二人の楽しみは、戦を夢想すること……チュジャバリテが立てた作戦が実現可能か不可能かジャルジャネが判定する。そんな中、ジャルジャネが言った。俺は騎士になるのは無理だ。だから城や砦を作ることにする――ジャルジャネの父の仕事は建築士、その後を継ぐ気になったらしい。
騎士をやめて実家に戻ったチュジャバリテが抵抗なく八百屋を継ぐ気になれたのはジャルジャネの影響も大きかった。いっぱしの建築士に成長していたジャルジャネ、負けるものかとチュジャバリテは思った。
ところがジャルジャネが寂しげに言う。おまえは騎士になる夢を叶えた、だが俺の夢は叶いそうもない――城や砦をどんなに考えようがそれを作ることはできない。街の建築士に城の注文が来るはずがない。そして砦は平和な世の中には不要なものだ。心躍らせて考えた様々なアイデアはこのまま埋もれてしまうだろう……
そこでチュジャバリテが提案した。うちの屋敷を砦に変えてみないか?
『なんにために?』
『おまえの考えたアイデアはどれも実用的だった。それを確かめたいんだ』
マジマジとチュジャバリテを見詰めるジャルジャネ、そしてフッと笑った。
『仕方ねぇなぁ。金持ちの酔狂に付き合うか』
断るのが筋だと思ったとジャルジャネは言った。だけど断るのは友情を拒むことだと思った。そしていろいろな仕掛けを施した増築部分を少しずつ造っていった。
そんなわけで、ここにはいろいろな仕掛けがあるんだとチュジャバリテが笑う。
「あの風呂場の隠し廊下を通らなければ本館からは入れない仕組みになっています」
もちろん他にも出入口はある。そこを教えるから、居心地が悪いと言って明日には屋敷を出て欲しいと言った。
「店のほうから繋がる地下道を通って屋敷にお戻りください。増築部分の隠し部屋に直接入れるようになっています」
打ち合わせをしてから隠し通路を使って浴室に戻り、居間に戻った。
「まるで温泉みたいだったね――ねぇ、咽喉が乾いた。冷たいものが飲みたいな。できればケーキも欲しい。今日ね、誕生日なの」
そうだ、今日はカッチーの誕生日だった。
「一番いい部屋を使わせてやれって言われる。どんな部屋だったか、コイツらがジジョネテスキさまに報告したら厄介だ」
不満そうだったが、それで痩せ型も黙った。だが、痩せ型が少し笑ったような気がしたピエッチェだ。
二人の様子から、ジジョネテスキに頼まれてピエッチェたちを受け入れたと推測できる。だけど、それだけじゃなさそうだ。ジジョネテスキには逆らいたくないようなことを言っているが、それならピエッチェたちの機嫌を取ってもよさそうなのにそうはしない。矛盾している――何か企んでいる。いったいどんな企みだ?
今のところ、歓迎されていないことを除けばこれと言って問題は起きていない。せいぜい嫌味を言われ続けている程度だ。ジジョネテスキの所有物との思い違いもあるがリュネは大事にされているだろう。食事は品数が少なめだったものの、味も食材も申し分なかった。バターについては催促したクルテに感謝だ。焼き立てのパンにバターを乗せると溶けて染みこんでいった。小麦とバターの食欲をそそる香りがして、極上のパンに変わった。
一番いい部屋と言うだけあって食事を摂った部屋は、扉の大きさからすると廊下で想像したよりは狭かったが充分広い。クルテが『随分と上等』と言った椅子は豪華な彫刻が背凭れと肘掛に施され、座面も程よくクッションが利いていた。確かに上等なものだ。テーブルは側面に彫刻、天板には色タイル、高価なことは言われなくても判る。
高い天井にはたくさんの蝋燭を使ったシャンデリア、壁には優雅なタペストリー、窓枠も彫刻で装飾されている。床は大理石、壁などの木部は黒胡桃だ。テーブルと椅子を胡桃にしているのは統一感を持たせるためか? 色合いの違いが洒落ている。
さらに奥に部屋が続いているようだから、本当に一番いい部屋なのだろう。痩せ型がさっきから口にしている厭味とは違う。
奥のドアの向こうは居間、これもまた豪華だ。置かれているのはソファー、ローテーブル、カップボード、やはりどれも手の込んだ彫刻がある。大ぶりのソファーはたっぷりとしていて座り心地がよさそうだ。カップボードには美しい茶器が並んべられている。
この部屋は入ってきたドアの対面にドアが三つ、さらに開口部が一つあった。
「一番向こうのドアの先は廊下だが、そこから寝室に行ける」
チュジャバリテがムスッと言った。
「次の小さめのドアは憚りだ。向こうの開口部の奥はちょっとしたキッチンになっている。好きに使え。このドアはバスルームだが……まぁ、いい、ついて来い」
ドアを開けて入っていった。何か説明したいのだろうか?
入ってすぐは脱衣場、ここにも小さいものだが椅子やテーブルがあり、脱いだ服を置けるよう棚やハンガーラックがある。さらに浴室へのドア、チュジャバリテは何も言わず中に入っていった。仕方なくピエッチェたちもついていく。
湯の流れる音は脱衣場にも聞こえていた。大きな湯舟は湯で満たされているが、壁の注ぎ口からさらに湯が流れ込んできている。洗い場に溢れ出ていないのは湯船の中に排水口があるのだろう。温泉? まさかこれを自慢するためにわざわざ浴室に連れてきたのか? それにしても広い風呂場だ。七人も人がいるのに狭さを感じない。十四・五人、同時に入浴できそうだ。
「ここにも伝声管があるね」
クルテがポツリと呟いた。ピエッチェが壁を見るが伝声管は見当たらない。と、背後でドアの閉まる音、かちりと施錠音まで聞こえた。閉めたのは痩せ型、チュジャバリテと頷き交わす。
「暫く何も言うな」
痩せ型が、小さいが脅すような声で言った。
ラクティメシッスがマデルの手を引っ張って、自分の後ろに庇う。カッチーはクリンナーテン、クルテはピエッチェの隣にいる――なんのつもりで俺たちを閉じ込めたのか? チュジャバリテを睨みつけるピエッチェ、だがチュジャバリテはピエッチェを見ていない。ゆっくりと側面の壁に向かっている。
トンと突くと壁が開いた。隠し戸棚だ。そこに手を突っ込むと、浴室の奥の壁からカランと小さな音がした。
チュジャバリテが、今度は音がした壁に向かう。そしてドンと壁を押した。すると壁が奥へとずれて廊下が見えた。何も言うなと言われていなければ『この廊下はなんだ?』と聞いていただろう。大声を出していたかもしれない。しかし――なぜ声を出すのを禁じた? もし出していたらどうなっていた? まぁ、それはこの先に待つものと同時に判ることだ。
廊下に入っていくチュジャバリテ、背後の痩せ型が顎をしゃくる。行けと言っているのだ。ラクティメシッスに頷いて、ピエッチェも歩き出す。
進みながらチュジャバリテが言った。
「浴室には防音が施してあるが完ぺきではない。だから湯の流れる音で消している」
防音の理由は? ここまでの態度と合わせて、だいたい想像がつく。想像が真逆だったら絶大なピンチだが、まぁ、なんとかなるだろう――きっとこの先の防音は完璧なはずだ。
廊下のどん詰まりは普通のドアだった。中は先ほどの居間と似たり寄ったりだ。明らかに違うのは窓、さっきは大きな窓だったがこの部屋は高い位置に小さなものがあるだけだ。チュジャバリテの次にピエッチェ、そしてクルテにラクティメシッス、マデル・クリンナーテン・カッチー、最後は痩せ型が部屋に入りドアを閉めた。さて、何が始まる?
部屋の中ほどまで進んでチュジャバリテが振り返る。その表情の険しさにピエッチェが俄かに緊張し、ラクティメシッスとマデル、カッチーが身構えた。痩せ型が早い動きを見せピエッチェに近寄れば、剣に手を伸ばしたのはラクティメシッス、ピエッチェが一歩下がり、ピエッチェの左側に回り込むようにチュジャバリテが二歩近寄った。左肩が弱点だと見抜かれた?
ラクティメシッスが剣を抜こうとするのをピエッチェが止める。向こうは丸腰だ。が、それより早く這いつくばるように平伏したのは痩せ型の男、その傍らにチュジャバリテが跪いた。
「王よ……カテロヘブさま」
チュジャバリテが声を絞り出し、ラクティメシッスがほっと息を吐く。痩せ型の男は伏したまま嗚咽を漏らし、その合間に
「ご無礼をお許しください」
と繰り返している。どうやらピエッチェの想像は当たっていたようだ。今までの態度は芝居、この二人は味方だ。
「屋敷内にも敵が居るんだな?」
穏やかに問うピエッチェ、チュジャバリテは顔を上げずに
「お察しの通りでございます」
さらに頭を低くして言った。
「わたしの監督不行き届き、以前よりの使用人が買収されたようです。が、それが誰なのかが付きとめられずにおります」
「買収したのは誰だ?」
「おそらくケッポテラスではないかと。ジジョネテスキさまに『屋敷を出てはならない』と言った男です」
「うん、ケッポテラスのことはジジョネテスキから聞いている。裏切られたが、脅されての仕業ではないかと言っていた」
「本来、ケッポテラスは優しい男です。おそらく握られた弱味は病床の母、寝たきりの状態です」
寝たきりの母親をどこかに隠すのは難しいだろう。病状が悪化するんじゃないかと、移す事さえ躊躇われる。
「ケッポテラスを脅しているヤツに心当たりは?――あれば苦労しないか」
黙ってしまったチュジャバリテにピエッチェが苦笑する。
ピエッチェの後ろでは顰めっ面のラクティメシッスをマデルがクスクスと宥めている。緊張が解けたクリンナーテンが腰を抜かしたのをソファーに座らせたのはカッチー、クルテはウロウロと部屋を歩き回っている。特に窓が気になるようだ。
「ねぇ、なんであんな高いところに窓が?」
ピエッチェとチュジャバリテの話がひと段落ついたところで訊いてきた。
「あ、はい。あれは、中の様子を外に知られないためです」
いったい誰なのだろうと不思議そうな顔でクルテを見たチュジャバリテ、だが王の同行者には間違いない。無礼がないよう気を使っている。
「この部屋って、正面から見て建物の右側だよね? 増築部分? なんのために増築したの?」
「それをこれから説明差し上げるところでした……増築部分を設計したのは、ここにいるジャルジャネ、建築士でございます。ほら、ジャルジャネ、いつまでも泣いてないで説明しろ」
頷きながら手で顔を拭い、痩せ型……ジャルジャネが臥せていた身体を起こした。
チュジャバリテとジャルジャネは幼馴染、小さな時から共に騎士に憧れたが、夢が叶ったのはチュジャバリテだけだった。身体が弱かったジャルジャネは最初から諦めているふしもあった。
そんな二人の楽しみは、戦を夢想すること……チュジャバリテが立てた作戦が実現可能か不可能かジャルジャネが判定する。そんな中、ジャルジャネが言った。俺は騎士になるのは無理だ。だから城や砦を作ることにする――ジャルジャネの父の仕事は建築士、その後を継ぐ気になったらしい。
騎士をやめて実家に戻ったチュジャバリテが抵抗なく八百屋を継ぐ気になれたのはジャルジャネの影響も大きかった。いっぱしの建築士に成長していたジャルジャネ、負けるものかとチュジャバリテは思った。
ところがジャルジャネが寂しげに言う。おまえは騎士になる夢を叶えた、だが俺の夢は叶いそうもない――城や砦をどんなに考えようがそれを作ることはできない。街の建築士に城の注文が来るはずがない。そして砦は平和な世の中には不要なものだ。心躍らせて考えた様々なアイデアはこのまま埋もれてしまうだろう……
そこでチュジャバリテが提案した。うちの屋敷を砦に変えてみないか?
『なんにために?』
『おまえの考えたアイデアはどれも実用的だった。それを確かめたいんだ』
マジマジとチュジャバリテを見詰めるジャルジャネ、そしてフッと笑った。
『仕方ねぇなぁ。金持ちの酔狂に付き合うか』
断るのが筋だと思ったとジャルジャネは言った。だけど断るのは友情を拒むことだと思った。そしていろいろな仕掛けを施した増築部分を少しずつ造っていった。
そんなわけで、ここにはいろいろな仕掛けがあるんだとチュジャバリテが笑う。
「あの風呂場の隠し廊下を通らなければ本館からは入れない仕組みになっています」
もちろん他にも出入口はある。そこを教えるから、居心地が悪いと言って明日には屋敷を出て欲しいと言った。
「店のほうから繋がる地下道を通って屋敷にお戻りください。増築部分の隠し部屋に直接入れるようになっています」
打ち合わせをしてから隠し通路を使って浴室に戻り、居間に戻った。
「まるで温泉みたいだったね――ねぇ、咽喉が乾いた。冷たいものが飲みたいな。できればケーキも欲しい。今日ね、誕生日なの」
そうだ、今日はカッチーの誕生日だった。
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