秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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18章 ピエッチェ盗賊団

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 トロンパ街道をワッテンハイゼに向かう。うねうねと山裾を縫って続く道を十七騎が駆け抜ける。夜は明けて空は青く広がっているのに、山の影で薄ら暗い。だけどもうじきだ。恥ずかしがり屋の太陽が山の影から顔を出し、明るく光を差し込んでくれるだろう――

 先頭を行く騎手が片腕をあげて、停まる合図を後続に送った。馬はゆるゆると足の動きを止めると、最後はブヒヒと荒い息を吐いた。後ろにいた馬たちも見倣うわけではないだろうが、みな似たような反応を見せて一頭、また一頭と街道に広がって停まっていった。

 すでに太陽は中天、かなり周囲は明るくなっている。夏の日差しは容赦ないと相場が決まっているが、街道の左右の木立が程よく枝を伸ばしている。時おり風がヒンヤリした空気を運んでくる。しかもトロンパ街道にしては真っ直ぐで見通しがいい。これくらい見渡せれば、万が一敵が現れても対処する余裕を見込める。休憩するにはいい場所だ。

「こうなると、ぬるいレモン水が恋しくなりますね」
水袋から口を離してラクティメシッスが笑う。
ぬるい水よりいくらかマシだ」

 トロンパで荷馬車は手に入れられなかった。ないものは買えない。盗むことだって、もちろんできない。
「ギスパで荷馬車を手に入れたら、レモン水も積めばいい」
ピエッチェも水袋を手にしている。周囲ではラクティメシッスの部下たちが馬の世話をしたり、水を飲んだりしていた。

 ワッテンハイゼは素通りすることにしている。警備隊の駐屯地で長居は無用だ。たとえその警備隊が留守だとしても、だ。

 盗賊団がワッテンハイゼで宿泊したと王都に知られれば、必ず『警備隊は何をしていた』と追及されるだろう。王宮の命令で主力が王都に召喚され、残っていたのが留守番だけだとしても、たかが盗賊を悠々と宿泊させた責任を問うはずだ。だからワッテンハイゼで宿泊するのは避けた。トロンペセスの機動力が制限されないようにとの配慮だ。

 ラクティメシッスがピエッチェから離れ、部下たちに声をかけている。そうやってさりげなくマデルに近付いた。地面に腰を下ろしているマデル、ラクティメシッスに何か声を掛けられ見上げている。その隣にはクルテも座り込んでいて、マデルと同じようにラクティメシッスを見上げている。そして、ピエッチェが自分を見ているのに気付くとニマッと笑んだ。それだけで疲れが取れるような気がした。

 なんで俺はクルテを疑ったり不安になったりするんだろう? 昨夜、クルテの寝顔を見ながらそう思った。

 クルテはことがない。いつでもピエッチェ最優先だ。だけど女神の誓約で言えないこともある。クルテが俺に逆らうときは、何か理由がある時だけだ。それが判っているくせに俺はなぜ、すぐに揺れてしまうんだろう?

 しかもそれが一度や二度じゃない。そのたびクルテを信じようと思うのに、大して経たないうちにまたクルテを疑ってしまう。そして繰り返し、己の愚かさに気が付くことになる。

 揺れるのは愚かだからだ。この愚かさは、どうすれば克服できるのか?

 ラクティメシッスがクルテに何か言った。ツンとクルテがソッポを向く。苦笑するラクティメシッス、今度はマデルがクルテに何か言った。クルテに意見したらしい。不貞腐ふてくされた顔でクルテが頷いた――

 ワッテンハイゼを抜けてシャンシャン峠に入る。峠の入り口で、警備隊が呼び止めるのを無視した。魔物の出没時刻が早まっている、警備兵はそう叫んでいた。

 夜になると魔物が出るというシャンシャン峠、ならば日が沈み切る前に通り抜けてしまえ。ラクティメシッスが馬の速度を上げた。途中、後続を先に行かせ、
「全速力!」
と指示を出し、自分は最後尾に回った。ピエッチェも馬の足を鈍らせて、だがこちらは中ほどのカッチー・マデル・クルテについた。クルテの後ろまで下がると速度をあわせて馬を走らせた。マデルはここでは最後尾から上がってきていた。魔物への備えだ。フワッキャスも一緒だ。

 ギスパの街に駆け込んだのは、既にすっかり日が落ちてからだった。幸い魔物との遭遇はなかった。
「こっち側に魔物は来ないらしいからな」
とピエッチェが言えば、
「まぁ、もしも出たって魔法使いが十五人もいるのですよ。どうせなら一体くらい退治したほうが良かったかな?」
ラクティメシッスが笑う。だがこれは冗談だ。魔物になど関わりたくなんかない。

 街に入ってからはバラけることにした。トロンパではローシェッタから来た盗賊団だと強く印象付ける必要があったが、これから先、存在を示すのは思い出したように時どきでいい。ただ、確実にカッテンクリュードに近付いていると思わせるため、まったくの隠密行動と言うわけにはいかない。それに、王都間近でいきなり大軍になるというのも不自然だ。まぁ、そのあたりはトロンパを出た部隊の動かし方ひとつだと考えていた。

 ギスパではラクティメシッスの部下たちはそれぞれ二・三人に別れたが、相変わらずピエッチェたちは五人で行動した。明日の出立時刻と集合場所は決めてある。何かあればラクティメシッスの部下だ、魔法具で連絡できる。

 宿は無事に確保できた。馬も預かって貰える。宿で訊いたお勧めのレストランに向かう途中のことだった。

 不意に足を止めたクルテがピエッチェの腕を掴んで見上げてくる。花屋の前だ。
「お嬢さん、馬での移動で、花籠は無理ですよ」
ラクティメシッスが釘をさす。

 ギスパでも荷馬車は手に入らなかった。軍需で品薄だと店の主人あるじが言っていた。
『馬も荷馬車も人を乗せるキャビンも、みんな持ってかれた。馬に乗っての移動? だったら気を付けたほうがいい。目をつけられないようにな』

 そう言えば、チュジャバリテも兵糧のため野菜を納めると言っていた。でも何かしっくりこない。まだ戦争は始まっていない。だったら、馬が不足するはずがない。食料のように、日々消費されるもの、そして兵数が増えればそれに応じて必要となるものなら判らないでもない。だが、馬? それに馬車?

 ザジリレンは小さな国でローシェッタのように裕福ではないが、そこまで困窮していない。少なくとも、消費する前に補給しなくてはならないほど、過少な蓄えではなかった。軍備にはそれなりにかねをかけている。

『武具・防具、馬具なんかも持って行かれたのか?』
ピエッチェが訊くと、そんな話は聞かないなぁと店主が首を捻った。まず武具や防具が先なんじゃないのか? その奇妙さに思い至ったって顔だった。

 ラクティメシッスも奇妙に感じたようで『宿で話しましょう』と耳打ちしてきた。だからその場ではそれ以上の話はしていない。

 騎乗だから花籠は無理だとラクティメシッスに言われたが、クルテは花屋を睨みつけたまま動かない。花を欲しがる理由が判っているピエッチェが、
「今夜、宿で楽しむだけだぞ」
ラクティメシッスを無視してクルテの腕を引いて花屋に入った。

 花屋に入ったのはいいものの、ピエッチェが愕然とする。
「ごめんなさいね、このところ入荷が極端に少ないのよ」
花屋が申し訳なさそうな顔をする。おかれた花はまばら、からっぽのバケツが店の隅に重ねて摘まれている。ちょっと残念そうな顔をしたものの、クルテがピエッチェを見上げて言った。
「ねぇ、今日は店にあるだけ全部、買ってもいいよね?」
好きにしろと答えたら、クルテが嬉しそうに笑んだ。

 レストランでも同じようなことがあった。メニューに書かれた料理名が横線で消されている。
「あぁ、なんかさ、肉類は全部王都に運べって。肉屋にある物まで出せとは言われてないらしいけどね」
注文を取りに来た店員が困り顔で言った。

「牛や豚・羊、食うための家畜は全部王都に運べって。食料管制って言うの? 食肉については王宮が管理するって決まったらしいんだ――だからさ、作れる料理が激減しちまった。在庫がなくなったら、うちは肉料理が出せなくなる」
なるほど、さすがに飲食店の食料庫までは漁れなかったか。

「商売あがったりだな」
「ま、うちだけじゃないから。余所より旨い野菜料理を出そうと思ってる」
「野菜類は管制されてないのか?」
「今後検討されるって噂だけど、今んところ軍や王宮が買い上げることはあっても、強制的に持ってくってのはないみたいだ」

 しかし、変だ……そんな動きがあるなら、正義感の強いジジョネテスキが魔法具を使って報せて来ないはずがない。それに昨日いたトロンパで、そんな話はまったく出なかった。

「それっていつから?」
「食肉の件かい? 十日くらい前からかなぁ。急なことだったんで慌てちまったよ」
「誰も地区統括責任者に抗議しなかったのかい?」
「地区統括責任者? なんか偉そうだけど、マリューデネストさまからのお達しだ。誰だって逆らえやしないよ」

「マリューデネスト?」
「最近来たお役人さ。なんだかよ、カテロヘブさまが居なくなってから、やたらと人事異動が多いよね」

 細かく切った塩漬け肉とチーズのパスタと飲み物を人数分注文すると『すぐ持ってくるね』と、店員は奥へと消えた。
「ほかにメニューがないんだもん。すぐできるはずよね」
マデルが呆れて言えば、カッチーが
「入店した人数を見て、すぐに作り始めてるかもしれませんよね」
と苦笑する。すると、奥に行った店員が皿を運んできた。

「ね、すぐにできたでしょう?」
したり顔の店員、カッチーが笑いを噛み殺した。

「しかし、お勧めのレストラン、じゃなかったんですか?」
ラクティメシッスの失笑は、パスタを巻き取りながらだ。ピエッチェが苦笑する。
なのかもしれないし、なのかもしれない」

 果物がないことにクルテは文句を言わなかった。ポツリと『オレンジジュースで我慢する』と言っただけだ。それでも自分の皿をじっと見つめてから『食べきれない』と言うので、半分ピエッチェが引き受けた。

「この街でも奇怪おかしなことが起きているようですね」
ラクティメシッスが探るようにピエッチェを見る。
「そうだな」
とは答えるものの、無関心を装うピエッチェだ。

 マリューデネストなんて知らない。そんな名は聞いたことがない。どんなに記憶をほじくり返しても、知らないとしか答えが出ない。ギスパなんて小さな街の役人だ、知らないことだってあるだろう。だけど怪しい。

 馬と馬車が軍需で取られたことと食肉に管制を掛けた件には、通常では考えられないことが多々ある。

 法改正を民人に伝えるのは地区統括責任者だ。もちろん民人からするとそうそう耳にする役職名じゃない。だから役人ってだけで判らなくても仕方ない。でも、マリューデネストがその統括責任者なのはあり得ない。

 統括責任者になるには実績が必要だ。そしてそれなりの貴族でなければ任命されることはない。国領の管理をするのだ。誰でもいいはずがない。
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