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19章 失われた王女
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場所が決まれば、次に考えるのは食べ物のことだ。ラクティメシッスが結界を張った中に馬とキャビンを置いて、周辺を探索した。
「今日は罠を仕掛けないのですか?」
「このあたりにはイノシシが居そう……イノシシが掛かっても困る」
「クルテさん、俺、イノシシ肉、好きですよ?」
「五人では食べきれない。塩漬けにするには塩が足りない」
「鳥はいなさそうですか?」
「ラスティン、鳥が好き? カティは鳥を飼うのが好き」
「おや、食べずらくなりました」
「そんなカティも鳥の肉、食べるけどね」
「よかった、これで食べやすくなりました」
苦笑するのはピエッチェだ。
「リュネたちの飼葉はどうします?」
心配そうにクルテに訊いたのはカッチーだ。結界を離れる時、水を容れたバケツは置いてきたものの、飼葉の持ち合わせはない。カッチーをチラッと見てクルテがニンマリする。
「場所をあそこにしたのは開けていたからだけじゃない。あそこに生えていた木の葉っぱは馬が食べても大丈夫なものばかり――葉のなくなった枝を切って椅子替わりにしよう」
「一挙両得ですね」
「枝で思い出したけど、薪も必要だわ」
マデルの呟きに、
「薪はわたしとピエッチェで集めますよ」
ラクティメシッスが答えた。
「しっ!」
と小声でクルテが言って弓を構える。いつの間に弓を用意したのかと思うが、誰も聞いたりしない。クルテが見つめる先の藪がゴソッと動き、同時にクルテが矢を放つ。すぐに二本目の矢が飛んでいく。ギャーと聞こえたのは一度だけだ。ジタバタと動く気配はすぐに消えた。
行ってみると転がっていたのはウズラが二羽、番で営巣していたようだ。巣には卵が五つ転がっていた。
「水を持ってくる」
卵を拾うとクルテは行ってしまう。戻ってきたのはウズラの下処理が終わった頃だ。
ウズラ肉を洗いながら
「ほかにも何か見付かったか?」
とピエッチェが問えば、
「プエラリアの花と蔓の先端。マデルがいっぱい摘んでくれた」
クルテがニンマリ笑んだ。
「そうか、矢にしたり食ったり、随分役に立ってくれるな」
「花はともかく、蔓は先端の柔らかいところしか食べられないし、一度茹でて皮を剥かなきゃだから、ちょっと面倒――あと栗も見つけた」
「へぇ、栗か、いいねぇ」
「栗好き?――でも、栗は明日の朝まで水に浸けとかなきゃならないし、茹でるのに時間がかかる。きっと昼までかかる」
「そんなにゆっくりできないな」
「じゃあ、栗は拾っとくだけで茹でるのはまたにする」
「ウズラは焼くのか?」
「ううん、プエラリアと一緒に煮る」
「じゃ、ぶつ切りでいいな」
結界内に戻るとすでに火は熾され、茹で上がったプエラリアを水に晒しているところだった。熱いままじゃ皮が剥けないよな、とピエッチェが呟くと『あく抜きよ』とマデルが笑った。クルテがチラッとマデルを見てほんのり笑んだが何も言わない。ひょっとしたら〝あく抜き〟は不要だったのかもしれない。
ウズラの卵もプエラリアと一緒に茹でたらしく、カッチーが殻を剥いていた。鍋に水とウズラ肉を入れて火にかけ、煮えたところでウズラ卵とプエラリアを加えて塩と胡椒で味を調えた――
プエラリアって、マメの味がしますね……そう呟いてからラクティメシッスがシミジミとクルテを見た。
「お嬢さんが森で一人で暮らして居たって聞いて、そんなことが可能なのかってちょっと怪しんでたんです……お嬢さんと一緒なら、山の中でも食いっぱぐれはなさそうですね」
クルテは鍋を少しばかり食べただけで、サルナシに嚙り付いている。その前に食べた山ブドウで口の周りが赤紫に染まっていた。
「何よ? ラスティンったら、未だにクルテを疑ってたの?」
ムッとするのはマデルだ。そういうわけじゃありませんよ、ラクティメシッスが慌てて言い繕う。
サルナシを食べ終えたクルテが口を拭って
「真冬はもっと厳しい」
詰まらなさそうに言う。カッチーが『まだあります』とサルナシを差し出すが『お腹いっぱい』と断った。
「ウサギなんかは見付けられるけど、ほとんどの草木は枯れてしまう。それに寒い。雪が降って積もれば焚火したって身体は冷えるいっぽう……だからって、洞穴に迂闊に入り込めばクマが居たり、入り口が雪で埋もれて出られなくなったりね」
「お嬢さん、そんな経験が?」
ラクティメシッスの質問にクルテは答えなかった。
もともと大して食べないクルテだが、今夜はいつにも増して少食だ。何も言わずに立ち上がると、ピエッチェはまだ食べているのにキャビンのほうに行ってしまった。どうしたのだろうと見ていると、キャビンから毛布を出してリュネに近付いていく。
「眠くなったのかしら?」
マデルがポツンと言う。まだ、寝るには早い時刻だ。カッチーも
「クルテさん、食べると眠くなるから」
と心配そうに言った。
クルテを見て横たわるリュネ、添い寝するように毛布を頭から被ったクルテも横になった。
「歩き疲れたのかもしれませんね」
自分の言葉に納得できなさそうに言ったラクティメシッスだがすぐに、
「ひょっとして、わたしのせいですか?」
とピエッチェを見た。怪しんでいたって言ったことか、そんな経験があるのか訊いたことでクルテの気分を害したんじゃないかと思ったのだろう。
チラリとクルテを見たピエッチェが、
「さぁなぁ……」
と答えた。なんだか無責任な気もするが、ピエッチェだってどうしたのか判らない。眠くなれば眠いと言うクルテが何も言わずに寝てしまった。いつもは煩いくらいに離れないクルテがなんの断りもなく離れていった。
「まぁ、気紛れはいつものことだ。気にすることはない。寝かせとけばいい」
そう言ったものの、誰より気にしているのはピエッチェだ。それでも平然と構え、いつも通り食事を終える。
「食事の用意、なんにもしてないんですよ」
ラクティメシッスが苦笑いする。
「草を見分けられなくって『それは違う』ってマデルに怒られてばかりで……邪魔だから戻ってろって言われちゃいました」
だから片付けはわたしがしますと言うと、カッチーが『俺、手伝います』と手を挙げたので甘えたピエッチェだ。これでクルテのところに心置きなく行けると思った。マデルは少しノンビリするわ、とキャビンに乗り込んだ。
近づくとリュネが頭を持ち上げてピエッチェを見たが、関心なさそうにすぐに降ろした。だが、最初に首を伸ばしていたところより、僅かにクルテから離れたように見える。ここに座れと、ピエッチェのために場所を開けたのかもしれない。感じたままピエッチェが腰を下ろすとモゾっと動いたクルテが少しだけ顔を出し、ピエッチェを見てニマッと笑った。
クルテの機嫌はいつも通りだ。嬉しそうな顔に安心させられたピエッチェの顔にも笑顔が戻る。なんで何も言わずに離れたのか訊くつもりだったがやめた。だが、クルテは訊いて欲しかったようだ。
「冬の寒さを思い出した」
ポツンとクルテが言った。それで毛布に包まりたくなった?
「冬になるとね、誰も来なくなる」
それってどこに?
「だけど雪は好き……カティも好きでしょ?」
「子どもの頃は好きだった。カッテンクリュードはたまに降るくらいだから、物珍しくてね。雪合戦したり雪だるまを作れるくらい降ると、みんなで大騒ぎだ。風邪を引いたらどうするんだって、大人たちに叱られてた」
雪が積もると王家警備隊のジジョネテスキが『今日は剣の稽古は中止だな』とニヤリと笑う。子どもたちは大喜びで庭へと駆けだしたものだ。定刻に剣術の指南役トロンペセスが来るが、庭ではしゃいでいる子どもたちを見るとやはりニヤッと笑うだけで何も言わずに帰っていった。
王宮に王子・王女の遊び相手として集められていた子どもたちは、雪合戦ではカテロヘブ側とクリオテナ側に別れた。負けるのはいつもカテロヘブ側だ。ネネシリスはクリオテナに引っ張られていつも向こう側、雪合戦が終わるとカテロヘブ側だった子どもたちから『裏切り者』と罵られていた。それ見てダーロミレダムがネネシリスを庇う。ダーロミレダムはカテロヘブ側だった。
ダーロミレダムは『そんなことを言えばカテロヘブが悲しむのが判らないか』と怒り、ネネシリスを罵った子に雪玉を投げつけた。こうなるとほぼ喧嘩だ。流れ弾が当たった子が次々に参戦していけば、もう誰が誰の味方なのか判らない。ただ雪玉が乱れ飛ぶ。けれど最後には、なぜかみんな笑っていた――
「今は好きじゃない?」
「雪を喜ぶほど子どもじゃなくなったってだけだよ」
「……それで、なにか思い出した?」
唐突な質問にピエッチェがクルテを見た。クルテは横たわったまま、毛布から顔を出してピエッチェを見上げている。
「そうだな――雪合戦したのは王宮の庭のサワーフルド山側だった。だけど、サワーフルドが見えた覚えはない」
きっとクルテが聞きたい答えとは違う。だけどそう答えるしかないと思った。四つの森の最後の一つがどこなのかを考えていた。クルテが言った通り、王宮の庭には森がある。それが四つめ……ラクティメシッスたちに聞かれるのを恐れて言えなかった。四つの森ってなんだと問われたら、どうしてそんな話になったのかを言わなければならない。森の女神に言われたからとは言えない。
クルテはじっとピエッチェを見ていたが、やがてフッと笑った。
「日の出に起きだしたからか、もう眠いや」
そしてニマッと笑んで目を閉じた――
翌朝、ピエッチェが目覚めるとクルテはまだ眠っていた。リュネは少し離れたところに立っていた。身体を起こしたピエッチェに気が付いたクルテが目を開けてニマッと笑う。
「なんか、よく寝た」
自分も身体を起こし、欠伸しながら伸びをする。
「さてっと、朝食の食材探しからかな」
周囲を見ると、クルテの声が聞こえたのか、カッチーもモゾモゾと動いている。ラクティメシッスとマデルが居ない、二人はキャビンで寝ているのか?
「クルテさん、今日はどこを探します?」
「まずはお湯を沸かしてお茶を淹れる」
すぐにカッチーが動き、ケトルに水を容れているところで、キャビンのドアが開いてラクティメシッスが降りてきた。
ケトルを火にかけるとカッチーは、馬のためのバケツに水を注いだ。馬たちは思い思いにそのへんの草を食んでいる。
「水も補給しないと拙いですね」
するとクルテが空を見上げて言った。
「食材探しが先か、水汲みが先か迷うところだ」
とっくに明るくなっている時刻なのにどんよりと暗い。空には雲が広がっている。
「雨が降れば湧き水も濁りますね。先に汲んでおきますか?」
ラクティメシッスも空を見上げる。
クルテが空を見たまま
「土砂降りになる……雨が降ったら乾いた薪が手に入らない。つまり火が熾せない」
ボソッと言った。
「今日は罠を仕掛けないのですか?」
「このあたりにはイノシシが居そう……イノシシが掛かっても困る」
「クルテさん、俺、イノシシ肉、好きですよ?」
「五人では食べきれない。塩漬けにするには塩が足りない」
「鳥はいなさそうですか?」
「ラスティン、鳥が好き? カティは鳥を飼うのが好き」
「おや、食べずらくなりました」
「そんなカティも鳥の肉、食べるけどね」
「よかった、これで食べやすくなりました」
苦笑するのはピエッチェだ。
「リュネたちの飼葉はどうします?」
心配そうにクルテに訊いたのはカッチーだ。結界を離れる時、水を容れたバケツは置いてきたものの、飼葉の持ち合わせはない。カッチーをチラッと見てクルテがニンマリする。
「場所をあそこにしたのは開けていたからだけじゃない。あそこに生えていた木の葉っぱは馬が食べても大丈夫なものばかり――葉のなくなった枝を切って椅子替わりにしよう」
「一挙両得ですね」
「枝で思い出したけど、薪も必要だわ」
マデルの呟きに、
「薪はわたしとピエッチェで集めますよ」
ラクティメシッスが答えた。
「しっ!」
と小声でクルテが言って弓を構える。いつの間に弓を用意したのかと思うが、誰も聞いたりしない。クルテが見つめる先の藪がゴソッと動き、同時にクルテが矢を放つ。すぐに二本目の矢が飛んでいく。ギャーと聞こえたのは一度だけだ。ジタバタと動く気配はすぐに消えた。
行ってみると転がっていたのはウズラが二羽、番で営巣していたようだ。巣には卵が五つ転がっていた。
「水を持ってくる」
卵を拾うとクルテは行ってしまう。戻ってきたのはウズラの下処理が終わった頃だ。
ウズラ肉を洗いながら
「ほかにも何か見付かったか?」
とピエッチェが問えば、
「プエラリアの花と蔓の先端。マデルがいっぱい摘んでくれた」
クルテがニンマリ笑んだ。
「そうか、矢にしたり食ったり、随分役に立ってくれるな」
「花はともかく、蔓は先端の柔らかいところしか食べられないし、一度茹でて皮を剥かなきゃだから、ちょっと面倒――あと栗も見つけた」
「へぇ、栗か、いいねぇ」
「栗好き?――でも、栗は明日の朝まで水に浸けとかなきゃならないし、茹でるのに時間がかかる。きっと昼までかかる」
「そんなにゆっくりできないな」
「じゃあ、栗は拾っとくだけで茹でるのはまたにする」
「ウズラは焼くのか?」
「ううん、プエラリアと一緒に煮る」
「じゃ、ぶつ切りでいいな」
結界内に戻るとすでに火は熾され、茹で上がったプエラリアを水に晒しているところだった。熱いままじゃ皮が剥けないよな、とピエッチェが呟くと『あく抜きよ』とマデルが笑った。クルテがチラッとマデルを見てほんのり笑んだが何も言わない。ひょっとしたら〝あく抜き〟は不要だったのかもしれない。
ウズラの卵もプエラリアと一緒に茹でたらしく、カッチーが殻を剥いていた。鍋に水とウズラ肉を入れて火にかけ、煮えたところでウズラ卵とプエラリアを加えて塩と胡椒で味を調えた――
プエラリアって、マメの味がしますね……そう呟いてからラクティメシッスがシミジミとクルテを見た。
「お嬢さんが森で一人で暮らして居たって聞いて、そんなことが可能なのかってちょっと怪しんでたんです……お嬢さんと一緒なら、山の中でも食いっぱぐれはなさそうですね」
クルテは鍋を少しばかり食べただけで、サルナシに嚙り付いている。その前に食べた山ブドウで口の周りが赤紫に染まっていた。
「何よ? ラスティンったら、未だにクルテを疑ってたの?」
ムッとするのはマデルだ。そういうわけじゃありませんよ、ラクティメシッスが慌てて言い繕う。
サルナシを食べ終えたクルテが口を拭って
「真冬はもっと厳しい」
詰まらなさそうに言う。カッチーが『まだあります』とサルナシを差し出すが『お腹いっぱい』と断った。
「ウサギなんかは見付けられるけど、ほとんどの草木は枯れてしまう。それに寒い。雪が降って積もれば焚火したって身体は冷えるいっぽう……だからって、洞穴に迂闊に入り込めばクマが居たり、入り口が雪で埋もれて出られなくなったりね」
「お嬢さん、そんな経験が?」
ラクティメシッスの質問にクルテは答えなかった。
もともと大して食べないクルテだが、今夜はいつにも増して少食だ。何も言わずに立ち上がると、ピエッチェはまだ食べているのにキャビンのほうに行ってしまった。どうしたのだろうと見ていると、キャビンから毛布を出してリュネに近付いていく。
「眠くなったのかしら?」
マデルがポツンと言う。まだ、寝るには早い時刻だ。カッチーも
「クルテさん、食べると眠くなるから」
と心配そうに言った。
クルテを見て横たわるリュネ、添い寝するように毛布を頭から被ったクルテも横になった。
「歩き疲れたのかもしれませんね」
自分の言葉に納得できなさそうに言ったラクティメシッスだがすぐに、
「ひょっとして、わたしのせいですか?」
とピエッチェを見た。怪しんでいたって言ったことか、そんな経験があるのか訊いたことでクルテの気分を害したんじゃないかと思ったのだろう。
チラリとクルテを見たピエッチェが、
「さぁなぁ……」
と答えた。なんだか無責任な気もするが、ピエッチェだってどうしたのか判らない。眠くなれば眠いと言うクルテが何も言わずに寝てしまった。いつもは煩いくらいに離れないクルテがなんの断りもなく離れていった。
「まぁ、気紛れはいつものことだ。気にすることはない。寝かせとけばいい」
そう言ったものの、誰より気にしているのはピエッチェだ。それでも平然と構え、いつも通り食事を終える。
「食事の用意、なんにもしてないんですよ」
ラクティメシッスが苦笑いする。
「草を見分けられなくって『それは違う』ってマデルに怒られてばかりで……邪魔だから戻ってろって言われちゃいました」
だから片付けはわたしがしますと言うと、カッチーが『俺、手伝います』と手を挙げたので甘えたピエッチェだ。これでクルテのところに心置きなく行けると思った。マデルは少しノンビリするわ、とキャビンに乗り込んだ。
近づくとリュネが頭を持ち上げてピエッチェを見たが、関心なさそうにすぐに降ろした。だが、最初に首を伸ばしていたところより、僅かにクルテから離れたように見える。ここに座れと、ピエッチェのために場所を開けたのかもしれない。感じたままピエッチェが腰を下ろすとモゾっと動いたクルテが少しだけ顔を出し、ピエッチェを見てニマッと笑った。
クルテの機嫌はいつも通りだ。嬉しそうな顔に安心させられたピエッチェの顔にも笑顔が戻る。なんで何も言わずに離れたのか訊くつもりだったがやめた。だが、クルテは訊いて欲しかったようだ。
「冬の寒さを思い出した」
ポツンとクルテが言った。それで毛布に包まりたくなった?
「冬になるとね、誰も来なくなる」
それってどこに?
「だけど雪は好き……カティも好きでしょ?」
「子どもの頃は好きだった。カッテンクリュードはたまに降るくらいだから、物珍しくてね。雪合戦したり雪だるまを作れるくらい降ると、みんなで大騒ぎだ。風邪を引いたらどうするんだって、大人たちに叱られてた」
雪が積もると王家警備隊のジジョネテスキが『今日は剣の稽古は中止だな』とニヤリと笑う。子どもたちは大喜びで庭へと駆けだしたものだ。定刻に剣術の指南役トロンペセスが来るが、庭ではしゃいでいる子どもたちを見るとやはりニヤッと笑うだけで何も言わずに帰っていった。
王宮に王子・王女の遊び相手として集められていた子どもたちは、雪合戦ではカテロヘブ側とクリオテナ側に別れた。負けるのはいつもカテロヘブ側だ。ネネシリスはクリオテナに引っ張られていつも向こう側、雪合戦が終わるとカテロヘブ側だった子どもたちから『裏切り者』と罵られていた。それ見てダーロミレダムがネネシリスを庇う。ダーロミレダムはカテロヘブ側だった。
ダーロミレダムは『そんなことを言えばカテロヘブが悲しむのが判らないか』と怒り、ネネシリスを罵った子に雪玉を投げつけた。こうなるとほぼ喧嘩だ。流れ弾が当たった子が次々に参戦していけば、もう誰が誰の味方なのか判らない。ただ雪玉が乱れ飛ぶ。けれど最後には、なぜかみんな笑っていた――
「今は好きじゃない?」
「雪を喜ぶほど子どもじゃなくなったってだけだよ」
「……それで、なにか思い出した?」
唐突な質問にピエッチェがクルテを見た。クルテは横たわったまま、毛布から顔を出してピエッチェを見上げている。
「そうだな――雪合戦したのは王宮の庭のサワーフルド山側だった。だけど、サワーフルドが見えた覚えはない」
きっとクルテが聞きたい答えとは違う。だけどそう答えるしかないと思った。四つの森の最後の一つがどこなのかを考えていた。クルテが言った通り、王宮の庭には森がある。それが四つめ……ラクティメシッスたちに聞かれるのを恐れて言えなかった。四つの森ってなんだと問われたら、どうしてそんな話になったのかを言わなければならない。森の女神に言われたからとは言えない。
クルテはじっとピエッチェを見ていたが、やがてフッと笑った。
「日の出に起きだしたからか、もう眠いや」
そしてニマッと笑んで目を閉じた――
翌朝、ピエッチェが目覚めるとクルテはまだ眠っていた。リュネは少し離れたところに立っていた。身体を起こしたピエッチェに気が付いたクルテが目を開けてニマッと笑う。
「なんか、よく寝た」
自分も身体を起こし、欠伸しながら伸びをする。
「さてっと、朝食の食材探しからかな」
周囲を見ると、クルテの声が聞こえたのか、カッチーもモゾモゾと動いている。ラクティメシッスとマデルが居ない、二人はキャビンで寝ているのか?
「クルテさん、今日はどこを探します?」
「まずはお湯を沸かしてお茶を淹れる」
すぐにカッチーが動き、ケトルに水を容れているところで、キャビンのドアが開いてラクティメシッスが降りてきた。
ケトルを火にかけるとカッチーは、馬のためのバケツに水を注いだ。馬たちは思い思いにそのへんの草を食んでいる。
「水も補給しないと拙いですね」
するとクルテが空を見上げて言った。
「食材探しが先か、水汲みが先か迷うところだ」
とっくに明るくなっている時刻なのにどんよりと暗い。空には雲が広がっている。
「雨が降れば湧き水も濁りますね。先に汲んでおきますか?」
ラクティメシッスも空を見上げる。
クルテが空を見たまま
「土砂降りになる……雨が降ったら乾いた薪が手に入らない。つまり火が熾せない」
ボソッと言った。
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