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19章 失われた王女
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案の定、いくらも経たないうち、ひっきりなしに雷鳴が響くようになった。
「リュネったらすぐに搾り滓、食べ始めました」
暫く馬たちのことろに居たカッチーが戻ってきて報告する。
「で、そのあと他の馬も食べ始めて……するとリュネは食べるのやめたんです。なんだか、他の馬が安心して食べられるように毒見して見せた感じでした」
「ほかの馬はお馬さんに遠慮したのかもしれませんよ」
ラクティメシッスは入口のほうをチラッと見てから言った。
「馬の世界でも、リーダーより先に食べるわけにはいかないんだと思います」
「やっぱりリュネは馬のリーダーですよね?」
嬉しそうなカッチーにラクティメシッスが微笑む。
「お馬さんが居なければ、わたしのピエルグリフトなんでしょうけどね」
「わたしのピエルグリフト、なんですね……最初は言うこと聞いてくれなくって、飼い主に忠実なんだなぁって感心しました」
これにはラクティメシッスが嬉しそうな顔になる。
「仔馬の頃のピエルグリフトは手に負えないヤンチャ……いや、ここはじゃじゃ馬ですね。処分されるところだったのを、わたしが引き受けたんです」
「温和しくなるよう調教を?」
「母馬から無理やり引き離されて怖がっているように感じたので、なるべく傍にいるようにしました……だんだん警戒を解いてくれたし、甘えるようにもなったんです」
「ピエルグリフトはラスティンさんを母親だと思ってるとか?」
真面目な顔のカッチーに、つい失笑してしまったラクティメシッス、
「それはないと思いますよ? ほら、わたしはこう見えても男ですから」
ぐるりと自分を見るような仕草をする。
「女装してなきゃラスティンさんは、どこからどう見たって男です」
「ピエッチェと同じでカッチーも真面目ですよね――今のは冗談、笑うところです」
「あ……すみません」
「だから! そんなところを言ってるんです」
クスクス笑うラクティメシッスをマデルが
「カッチーを揶揄わないの!」
と窘める。
「でも、ラスティンの言うとおり、ピエッチェとカッチーって同じタイプかもしれないね」
「本当ですか、マデルさん! それ、なんだかとっても嬉しいです」
ピエッチェの背中にへばりついていたクルテはいつの間にかじりじりと前に回り、今ではすっぽりピエッチェの胸の中だ。雷鳴が響くたびにヘンな声を出して脱力する。そしてその度、ピエッチェが『しっかりしろ』と抱き締める。
「見えず聞こえず魔法って、やっぱりお嬢さんには効果がなさそうですね」
クルテ以外には雷鳴は聞こえない。雨の音も風の音も洞穴には届いていない。
「ラスティンさんの魔法が効かないなんてこと、あるんですか?」
カッチーの疑問に
「まぁ、そりゃあね――ピエッチェはどうです? 外の音、聞こえますか?」
口籠るラクティメシッス、さすがに『お嬢さんは森の女神か女神の娘だからです』とは言えない。
「いや、聞こえてない……こいつがヘンな声を出してから抱き締めてるから、間に合わないんじゃないかって冷や冷やしてる」
「間に合わない?」
「雷のせいで失神したことがあるから」
「抱き締めてると軽減される?」
「じゃないかな?」
大気の振動に耐え切れないと消えてしまうと、いつかクルテが言った。自分の意思じゃ消せなくなった身体だ、消えることはないんじゃないかと思いたいピエッチェ、だけどもし、この状態でクルテが消えたらラクティメシッスをもう誤魔化せない。ラクティメシッスだけじゃない、マデルやカッチーになんて言い訳する? 抱き締めてやり、クルテに自分の身体を実感させていれば少しはマシなんじゃないか? 大丈夫だと囁いてやれば、クルテも安心するだろう。
「しかし……雷が怖いだなんて可愛いものですね」
「あぁら。雷を怖がると可愛いんなら、わたしも怖がって見せようかしら?」
ニヤッと笑うマデル、ギョッとマデルを見たラクティメシッスが
「あなたが雷を? やめといたほうがいい。お嬢さんみたいに可憐に怖がれそうもありません」
苦笑いすると、
「そうね、雷を怖がるラスティンみたいに可愛くなんかできないわ」
ニタリと笑う。
食いついたのはカッチーだ。
「ラスティンさんも雷が怖いんですか?」
「そうなの。この人ったら、魔法の鏡で話してても、急に『光った! 今日はこれでお終い』とか言って、いきなり通信を切っちゃうのよ」
「えっと、魔法の鏡って?」
マデルがカッチーに〝魔法の鏡〟の説明をする横でラクティメシッスが『まったく、なんでそんな昔の話なんか……』とボヤく。
「なに言ってるのよ。今でも苦手でしょう?」
「えぇ、苦手です。遠ければそれほどでもないけど、あの大音響にはいつも驚かされます。あんなもの、好きな人がいるとは思えません――カッチーも嫌いですよね?」
マデルの追及を逃れたいラクティメシッス、苦し紛れにカッチーに話を振った。
「へっ? 俺ですか……いやぁ、俺も嫌いですよ」
ニヤニヤしていたのを引っ込めて、ついでにチラッとマデルを見てからカッチーが答えた。
「音がなけりゃあいいのになぁって思います。稲妻は綺麗ですよね」
ラクティメシッスは笑いを噛み殺したが、マデルは吹き出してしまった。
「マデル、そんなに笑ったらカッチーが気の毒です」
そう言いながらニヤニヤするラクティメシッスにカッチーが
「俺、なにか可笑しなこと、言いましたか?」
やっぱり真面目な顔で訊く。
「いいえ、可笑しなことなんか言ってませんよ。わたしとマデルで板挟みにしてしまいました。気を遣わせてしまったね」
「そんな……俺がラスティンさんやマデルさんに気を遣うのは当たり前です」
すると、とうとうラクティメシッスが声を上げて笑い出し、笑いの発作が少し治まっていたマデルが
「カッチー、それって『気を遣いました』って白状しちゃってる」
と、ますます笑った。
「あ……」
カッチーの顔が真っ赤に染まっていく。
「いや、えっと、その……もうっ! ピエッチェさん、忙しいかもしれないけど、少しは助けてくださいよっ!」
とうとうカッチーがピエッチェに助けを求めた。
チラッとカッチーを見たものの、そのまま何も言わなさそうだったのに、
「何も助けなきゃならないようなことはなさそうだが?」
ボソッとピエッチェが言った。自分でどうにかしろとでも言いたそうだ。
「二人は何もバカにして笑っているんじゃない。好もしさを感じての笑いだ。悪意から来るものなら、おまえに言われなくても助ける――それに、忙しくはない」
「あ……すいません。俺、気が利かなくて」
「謝る必要はない。それとも何か? おまえ、謝らなくちゃならないようなことをしたのか?」
「え、あ、いえ……」
口籠るカッチー、しかもほんのり上気していた頬が冷めきってしまっている。ラクティメシッスとマデルもピタッと笑いを止めた。
「ちょっと、ピエッチェ……」
ラクティメシッスが止めるのも訊かずマデルがピエッチェに言った。
「クルテが大事で、笑ってる場合じゃないってのは判るけど……カッチーにあたるなんて、あんたらしくもない」
マデルの言葉に、ラクティメシッスは舌打ちし、ピエッチェは不思議そうにマデルを見た。
「クルテ? どうしてここにクルテが出てくる? コイツは雷に怯えて縮こまってるだけだ」
「そうよね、クルテは悪くない。クルテを守るのに忙しくって、今はクルテのことだけ考えていたい。そこにカッチーが余計なことを言ったから、あんた、怒ってるんだわ」
「怒ってる? 俺が?」
マデルを見ていたピエッチェがポカンとする。
「えぇ、怒ってるよね。少なくとも酷く機嫌が悪い」
さらに詰め寄るマデルから顔を背け、ピエッチェが溜息を吐く。そしてそのままカッチーを見もせずにピエッチェが言った。
「怒ってもいないし、機嫌も悪くない。だけどそう思わせたんなら俺が悪い――済まなかったな、カッチー」
が、これはマデルの怒りの火に油を注いだ。
「何よそれ! 少しも悪いとは思ってないよね?」
「マデル、やめなさい!」
これにはラクティメシッスが声を荒げた。
「でもラスティン!」
「八つ当たりしてるのはおまえじゃないのか?」
「えっ?」
「ピエッチェがカッチーを突き放したのは、ピエッチェを頼り過ぎるのはカッチーのためにならないと思ってのことだとわたしは感じましたよ? それくらい自分で解決しろって」
「でも、だからって『忙しくはない』なんて酷いわ」
「遠慮するなっていつも言ってるのに、カッチーが気を遣ってばかりだから出た言葉です」
「でも……」
納得できないと言いたげなマデルをラクティメシッスが薄く笑う。
「わたしが馬たちのところから戻った時にはあなたは機嫌が悪かった。カッチーにこっそり理由を訊いたらピエッチェがお嬢さんを甘やかしたのが原因だって教えてくれました」
「違う、そんなんじゃない!」
抗議するマデルに諭すようにラクティメシッスが続けた。
「そうですか? もう一度よく考えて――せっかくマデルがお嬢さんの素行をなんとかしようとしてるのに、ピエッチェがその邪魔をした。面白くない気持ちも判りますよ。そこに来て、カッチーには厳しくし始めたピエッチェが気に入らなかったんですよね?」
身に覚えのあるマデル、少しだけ気まずげな顔になる。
「でもね、マデル……ピエッチェはカッチーまで甘やかすわけにはいかないんです。彼はいずれピエッチェを支える一人となる。その準備を始めたんです」
「あ……」
黙って聞いていたカッチーが息を飲み、マデルがマジマジとラクティメシッスを見詰めた。
ラクティメシッスの話を聞いていたのはピエッチェも同じだ。そして、わざわざ指摘する気はないが『正解は半分だ』と思っていた。
ラクティメシッスが『ピエッチェと同じでカッチーも真面目』と言った時、ドキリと心臓が音を立てた。ヤツはカッチーの母親が『失われた王女』だと知っているんじゃないのか? そう思った。
すぐにそれはないと思い直したが、従兄弟なんだから似ている面もあるだろうと思った。雷が好きかと訊かれたカッチーが、ラクティメシッスとマデル、両方の顔を立てた答えを出した時は俺より気遣い上手だと感じていた。気が利かないと、マデルによく言われることを思い出していた。
助けてくれと言われた時は、カッチーなら自力でどうとでもできると思った。だから少し突き放してみた。そのあたりはラクティメシッスの想像通りだ。だけどそれだけじゃない。
カッチーは俺を買いかぶり過ぎている。俺のようになりたいと考えているような気がする。でもそれは、あいつにとっていいこととは思えない。
カッチーは非公認だが王位継承権二位、俺の従者になり切って貰っては困る。しかし……カッチーの母親が前王妹だと、どう公表すればいいんだろう?
「リュネったらすぐに搾り滓、食べ始めました」
暫く馬たちのことろに居たカッチーが戻ってきて報告する。
「で、そのあと他の馬も食べ始めて……するとリュネは食べるのやめたんです。なんだか、他の馬が安心して食べられるように毒見して見せた感じでした」
「ほかの馬はお馬さんに遠慮したのかもしれませんよ」
ラクティメシッスは入口のほうをチラッと見てから言った。
「馬の世界でも、リーダーより先に食べるわけにはいかないんだと思います」
「やっぱりリュネは馬のリーダーですよね?」
嬉しそうなカッチーにラクティメシッスが微笑む。
「お馬さんが居なければ、わたしのピエルグリフトなんでしょうけどね」
「わたしのピエルグリフト、なんですね……最初は言うこと聞いてくれなくって、飼い主に忠実なんだなぁって感心しました」
これにはラクティメシッスが嬉しそうな顔になる。
「仔馬の頃のピエルグリフトは手に負えないヤンチャ……いや、ここはじゃじゃ馬ですね。処分されるところだったのを、わたしが引き受けたんです」
「温和しくなるよう調教を?」
「母馬から無理やり引き離されて怖がっているように感じたので、なるべく傍にいるようにしました……だんだん警戒を解いてくれたし、甘えるようにもなったんです」
「ピエルグリフトはラスティンさんを母親だと思ってるとか?」
真面目な顔のカッチーに、つい失笑してしまったラクティメシッス、
「それはないと思いますよ? ほら、わたしはこう見えても男ですから」
ぐるりと自分を見るような仕草をする。
「女装してなきゃラスティンさんは、どこからどう見たって男です」
「ピエッチェと同じでカッチーも真面目ですよね――今のは冗談、笑うところです」
「あ……すみません」
「だから! そんなところを言ってるんです」
クスクス笑うラクティメシッスをマデルが
「カッチーを揶揄わないの!」
と窘める。
「でも、ラスティンの言うとおり、ピエッチェとカッチーって同じタイプかもしれないね」
「本当ですか、マデルさん! それ、なんだかとっても嬉しいです」
ピエッチェの背中にへばりついていたクルテはいつの間にかじりじりと前に回り、今ではすっぽりピエッチェの胸の中だ。雷鳴が響くたびにヘンな声を出して脱力する。そしてその度、ピエッチェが『しっかりしろ』と抱き締める。
「見えず聞こえず魔法って、やっぱりお嬢さんには効果がなさそうですね」
クルテ以外には雷鳴は聞こえない。雨の音も風の音も洞穴には届いていない。
「ラスティンさんの魔法が効かないなんてこと、あるんですか?」
カッチーの疑問に
「まぁ、そりゃあね――ピエッチェはどうです? 外の音、聞こえますか?」
口籠るラクティメシッス、さすがに『お嬢さんは森の女神か女神の娘だからです』とは言えない。
「いや、聞こえてない……こいつがヘンな声を出してから抱き締めてるから、間に合わないんじゃないかって冷や冷やしてる」
「間に合わない?」
「雷のせいで失神したことがあるから」
「抱き締めてると軽減される?」
「じゃないかな?」
大気の振動に耐え切れないと消えてしまうと、いつかクルテが言った。自分の意思じゃ消せなくなった身体だ、消えることはないんじゃないかと思いたいピエッチェ、だけどもし、この状態でクルテが消えたらラクティメシッスをもう誤魔化せない。ラクティメシッスだけじゃない、マデルやカッチーになんて言い訳する? 抱き締めてやり、クルテに自分の身体を実感させていれば少しはマシなんじゃないか? 大丈夫だと囁いてやれば、クルテも安心するだろう。
「しかし……雷が怖いだなんて可愛いものですね」
「あぁら。雷を怖がると可愛いんなら、わたしも怖がって見せようかしら?」
ニヤッと笑うマデル、ギョッとマデルを見たラクティメシッスが
「あなたが雷を? やめといたほうがいい。お嬢さんみたいに可憐に怖がれそうもありません」
苦笑いすると、
「そうね、雷を怖がるラスティンみたいに可愛くなんかできないわ」
ニタリと笑う。
食いついたのはカッチーだ。
「ラスティンさんも雷が怖いんですか?」
「そうなの。この人ったら、魔法の鏡で話してても、急に『光った! 今日はこれでお終い』とか言って、いきなり通信を切っちゃうのよ」
「えっと、魔法の鏡って?」
マデルがカッチーに〝魔法の鏡〟の説明をする横でラクティメシッスが『まったく、なんでそんな昔の話なんか……』とボヤく。
「なに言ってるのよ。今でも苦手でしょう?」
「えぇ、苦手です。遠ければそれほどでもないけど、あの大音響にはいつも驚かされます。あんなもの、好きな人がいるとは思えません――カッチーも嫌いですよね?」
マデルの追及を逃れたいラクティメシッス、苦し紛れにカッチーに話を振った。
「へっ? 俺ですか……いやぁ、俺も嫌いですよ」
ニヤニヤしていたのを引っ込めて、ついでにチラッとマデルを見てからカッチーが答えた。
「音がなけりゃあいいのになぁって思います。稲妻は綺麗ですよね」
ラクティメシッスは笑いを噛み殺したが、マデルは吹き出してしまった。
「マデル、そんなに笑ったらカッチーが気の毒です」
そう言いながらニヤニヤするラクティメシッスにカッチーが
「俺、なにか可笑しなこと、言いましたか?」
やっぱり真面目な顔で訊く。
「いいえ、可笑しなことなんか言ってませんよ。わたしとマデルで板挟みにしてしまいました。気を遣わせてしまったね」
「そんな……俺がラスティンさんやマデルさんに気を遣うのは当たり前です」
すると、とうとうラクティメシッスが声を上げて笑い出し、笑いの発作が少し治まっていたマデルが
「カッチー、それって『気を遣いました』って白状しちゃってる」
と、ますます笑った。
「あ……」
カッチーの顔が真っ赤に染まっていく。
「いや、えっと、その……もうっ! ピエッチェさん、忙しいかもしれないけど、少しは助けてくださいよっ!」
とうとうカッチーがピエッチェに助けを求めた。
チラッとカッチーを見たものの、そのまま何も言わなさそうだったのに、
「何も助けなきゃならないようなことはなさそうだが?」
ボソッとピエッチェが言った。自分でどうにかしろとでも言いたそうだ。
「二人は何もバカにして笑っているんじゃない。好もしさを感じての笑いだ。悪意から来るものなら、おまえに言われなくても助ける――それに、忙しくはない」
「あ……すいません。俺、気が利かなくて」
「謝る必要はない。それとも何か? おまえ、謝らなくちゃならないようなことをしたのか?」
「え、あ、いえ……」
口籠るカッチー、しかもほんのり上気していた頬が冷めきってしまっている。ラクティメシッスとマデルもピタッと笑いを止めた。
「ちょっと、ピエッチェ……」
ラクティメシッスが止めるのも訊かずマデルがピエッチェに言った。
「クルテが大事で、笑ってる場合じゃないってのは判るけど……カッチーにあたるなんて、あんたらしくもない」
マデルの言葉に、ラクティメシッスは舌打ちし、ピエッチェは不思議そうにマデルを見た。
「クルテ? どうしてここにクルテが出てくる? コイツは雷に怯えて縮こまってるだけだ」
「そうよね、クルテは悪くない。クルテを守るのに忙しくって、今はクルテのことだけ考えていたい。そこにカッチーが余計なことを言ったから、あんた、怒ってるんだわ」
「怒ってる? 俺が?」
マデルを見ていたピエッチェがポカンとする。
「えぇ、怒ってるよね。少なくとも酷く機嫌が悪い」
さらに詰め寄るマデルから顔を背け、ピエッチェが溜息を吐く。そしてそのままカッチーを見もせずにピエッチェが言った。
「怒ってもいないし、機嫌も悪くない。だけどそう思わせたんなら俺が悪い――済まなかったな、カッチー」
が、これはマデルの怒りの火に油を注いだ。
「何よそれ! 少しも悪いとは思ってないよね?」
「マデル、やめなさい!」
これにはラクティメシッスが声を荒げた。
「でもラスティン!」
「八つ当たりしてるのはおまえじゃないのか?」
「えっ?」
「ピエッチェがカッチーを突き放したのは、ピエッチェを頼り過ぎるのはカッチーのためにならないと思ってのことだとわたしは感じましたよ? それくらい自分で解決しろって」
「でも、だからって『忙しくはない』なんて酷いわ」
「遠慮するなっていつも言ってるのに、カッチーが気を遣ってばかりだから出た言葉です」
「でも……」
納得できないと言いたげなマデルをラクティメシッスが薄く笑う。
「わたしが馬たちのところから戻った時にはあなたは機嫌が悪かった。カッチーにこっそり理由を訊いたらピエッチェがお嬢さんを甘やかしたのが原因だって教えてくれました」
「違う、そんなんじゃない!」
抗議するマデルに諭すようにラクティメシッスが続けた。
「そうですか? もう一度よく考えて――せっかくマデルがお嬢さんの素行をなんとかしようとしてるのに、ピエッチェがその邪魔をした。面白くない気持ちも判りますよ。そこに来て、カッチーには厳しくし始めたピエッチェが気に入らなかったんですよね?」
身に覚えのあるマデル、少しだけ気まずげな顔になる。
「でもね、マデル……ピエッチェはカッチーまで甘やかすわけにはいかないんです。彼はいずれピエッチェを支える一人となる。その準備を始めたんです」
「あ……」
黙って聞いていたカッチーが息を飲み、マデルがマジマジとラクティメシッスを見詰めた。
ラクティメシッスの話を聞いていたのはピエッチェも同じだ。そして、わざわざ指摘する気はないが『正解は半分だ』と思っていた。
ラクティメシッスが『ピエッチェと同じでカッチーも真面目』と言った時、ドキリと心臓が音を立てた。ヤツはカッチーの母親が『失われた王女』だと知っているんじゃないのか? そう思った。
すぐにそれはないと思い直したが、従兄弟なんだから似ている面もあるだろうと思った。雷が好きかと訊かれたカッチーが、ラクティメシッスとマデル、両方の顔を立てた答えを出した時は俺より気遣い上手だと感じていた。気が利かないと、マデルによく言われることを思い出していた。
助けてくれと言われた時は、カッチーなら自力でどうとでもできると思った。だから少し突き放してみた。そのあたりはラクティメシッスの想像通りだ。だけどそれだけじゃない。
カッチーは俺を買いかぶり過ぎている。俺のようになりたいと考えているような気がする。でもそれは、あいつにとっていいこととは思えない。
カッチーは非公認だが王位継承権二位、俺の従者になり切って貰っては困る。しかし……カッチーの母親が前王妹だと、どう公表すればいいんだろう?
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