秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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20章 試練の理由

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「あそこに住んでいるのが普通の人間なら、ぜひとも泊めて欲しいものだな」
ピエッチェの苦笑いの理由に思い至ったカッチーが『あっ!』と顔を赤くする。軽率でした、と小さくなったカッチーを
「わたしだってそう思ってたわよ」
慰めるのはマデルだ。

「でも確かに怪しいよね。こんな山の中なのに、あんなに立派なお屋敷……塀もないしね」
「塀どころか、道もありません。街に降りて行かずにどうやって暮らしているんでしょうね」
ラクティメシッスがニヤニヤと言う。

「わたしをバカにしたい?」
「いいえ、とんでもない」
慌てるラクティメシッス、クルテが
「そっか。笑ったからってバカにしてるってことじゃないんだ」
とピエッチェを見上げる。

「カティ、あの屋敷に泊まりたい?」
「泊りたかぁないな。野営するにしてもできるだけ遠くがいい」
「じゃあ、先に進むよ。今夜の寝床にできそうな場所を探そう」

 そうと決まればすぐに歩き出すクルテ、もう日は沈んでいる。山でウロウロしていい時間帯は過ぎた。

 どんどん進むクルテが不意に止まる。追いついたピエッチェが息を飲み、続いてやってきたラクティメシッスが溜息を吐く。
「厄介なことになりましたね」

 後ろからマデルが
「野営する場所、決まったの?」
と尋ねながら顔を出すが、
「いったい、どうなってるの?」
見る見る蒼褪めて、フラっとよろめいた。
「マデルさん!」
すぐ後ろにいたカッチーが慌ててマデルを支えた。五人の目には、さっき見たあの屋敷がすぐそこに見えていた――

 その後も、屋敷を逸れて進んだが暫くすると屋敷が現れる。このさい後退してみようと、引き返したが結果は同じだ。

「出てくる場所がだんだん近くなってると思うのは気のせいでしょうか?」
ラクティメシッスが呟けば、ピエッチェが
「気のせいじゃないと思う」
ウンザリと答えた。

「これ以上進めば、もっと近くなるかもしれない」
「仕方ありません。ここで野営しましょう――って、あれ?」
今度はラクティメシッスが蒼褪める。
「結界を張ろうと思ったんですが、魔法が使えません」
横でマデルが『あら、わたしも……』と、またも蒼褪めた。

「夜なのに周囲や前方が明るいのって、ラスティンの魔法じゃなかったんだ?」
クルテがラスティンを見上げれば、
「わたしは、お嬢さんかマデルが魔法を使ったのかと思ってました」
戸惑うラクティメシッス、クルテが呟く。
「でも、よく考えてみると魔法の発動を感じなかった」
確かに、とラクティメシッスが頷いた。

 穏やかじゃないのはカッチーだ。
「リュネは? 馬とキャビンはどうなってるんでしょう?」
上空を見るが、梢の隙間から見えるのは暗い空とそこで煌めく星だけだ。
「ラスティンはわたしがリュネたちを浮かばせたと考えたみたいだけど、あれはリュネの魔法。わたしじゃない」
クルテがニヤッと答えた。
「安全な場所を見つけて、休んでると思う――明日、合流できるといいね」

 に食いついたのはラクティメシッスだ。
「できない可能性もあるってことですよね」
答えないクルテ、ピエッチェが
「ウロウロしてても疲れるだけだ。ここで野営するしかないな」
と言えば、カッチーが
「薪を拾ってきます」
動こうとする。
「ダメ、カッチー! みんな一緒にいたほうがいい」
慌てて止めるクルテ、ピエッチェがカッチーに頷いて言った。
「そうだな。動けばきっと、屋敷に誘導されるぞ」

 マデルが困った顔で言った。
「それじゃあ、この辺りに落ちている枝で? とても朝まで持ちそうもないわ」

「だったら、木の枝を折って……って魔法が使えないんだった。生木のままじゃダメですね」
「そうね、魔法が使えない。薪があっても火が熾せない」
「あ、俺、火打石、常備です」
「カッチー、それは心強い……でも、薪がない」
カッチーに微笑むピエッチェ、そして溜息を吐く。
「ないのは薪だけじゃない。食料もない」

 ラクティメシッスが
「鳥や獣の気配が感じられない……魔法が使えないせいでしょうか?」
と、クルテを見る。

「魔法が使えないせいもあるかもしれないけど、きっとこの山には何もいない」
「お嬢さんがそう考える根拠は?」
「実りの季節だって言うのに、この山に生えてるのは木と下草だけで、花も咲いてない……これじゃあ、他の生き物も暮らしていけない」
「なるほど」
ラクティメシッスがクルテからピエッチェに視線を移す。
「今夜は食いっぱぐれ決定のようです」

 ふむと唸ったピエッチェ、
「水はどれくらい持つ?」
と訊けば、各々自分の水袋を確認する。

「明日はなんとかなりそうだな」
水の残量を聞いたピエッチェが再び唸る。
「仕方ない。今夜はここで過ごそう。下手に動いても疲れるだけだ」
が現れたのは陽が落ちてからだ。ひょっとしたら朝には消えて、メッチェンゼ山に戻るかもしれない――夜間のみ活動する魔物も多い。根拠のない希望を抱くが、それは口にしなかった。

 周囲に獣や魔物の気配はない。だが、本当に居ないからなのか、魔法が使えないせいなのかはっきりしないのだから油断できない。交代で見張ることにした。

 食事の用意がなくて済まないと謝るピエッチェに
「いつもたくさん食べてるんで、三・四日食べなくたってへっちゃらです!」
カッチーは強がるが、とっくに腹ぺこのはずだ。

 マデルがクルテに訊いた。
「ここに着くまでの間、何もなかった?」
が、
「あれば見逃すはずないよね」
と自分で答えを出していた。

 下草は柔らかく、起伏のない地面は座るにも横になるのも好都合だった。
「暗さは感じるのに、ちゃんと見えるのが不気味ですね」
ラクティメシッスがボソッと呟く。
「あの屋敷もそうだけど、木立も結構遠くまで見えてますよね。本当なら、光源がなくて見えるはずのないものです」
見えているすべてが魔法で作られた幻影だとでも言いたいのか?

「でもラスティン、ただの幻影なら触れない……地面もこんなに平らじゃないはず。何もないと思って歩いてたら、木の根っこでつまずいてるわ」
不安げにマデルが言った。それもそうですねぇとラクティメシッスが溜息を吐いた。

 魔法で作られた幻影ならばマデルが言うとおりだ。デレドケの宿で庭を捜索中、迷い込んだ不思議な空間で通過した階段もそうだった。実際の階段の上に被せられた幻影は触れることができなかった。手探り足探りで階段を上ったと、ピエッチェが思い出す。だから今、見えているのは作り物ではない?

 いや、作り物は作り物だ。ただ実在する。元になるものを変化させている。クルテが箱になったり剣になったり、服がドレスに変わったり……あれと同じ魔法だ。つまり敵はかなり高度な魔法が使えるってことだ。

 緊張の中、夜が更けていく。普段なら、野営だろうが雑談を楽しんでいるのに誰も何も言わない。お喋りなマデルさえ黙り込み、時どき不安げな視線を隣に座るラクティメシッスに送っている。ラクティメシッスはそんなマデルに穏やかな笑顔を向けるだけで何も言わないが、マデルはそれだけで安心するようだ。

「そろそろ眠るか?」
ピエッチェがそう言ったのは真夜中、疲れ切ったマデルがラクティメシッスに寄り掛かり始めたころだ。ラクティティメシッスが頷く。
「必ずいい頃合いで起こしてくださいよ。朝まで交代しなかったなんてことがないようにね」
毛布を出してマデルと二人で包まって横たわった。が、剣はすぐ出せるよう、頭の上に置いている。

「あぁ、カッチーが睡魔に負けそうになったら交代だ」
見張りは先にピエッチェ・クルテ・カッチーの三人、ラクティメシッスとマデルは後と決めた。
「俺、気が張っちゃって、朝まで眠らないかも」
ラクティメシッスたちが横たわるのを横目で見ながらカッチーがうっすら笑う。

 いいや、カッチー。おまえ、そう長くは持ちそうもないぞ? 自分じゃ気付いてなさそうだが、顔に疲労の色が見える。

 夜と言えど鳴く鳥の声が聞こえそうなものなのに、何の音も聞こえない。木々のざわめきが聞こえないのは風が吹いていないせいか?

 ピエッチェの予測通り、立てた剣を支えにしてカッチーがウトウトし始めた。いびきが聞こえるのもすぐだ。

 剣は手元から放すな、と言っておいた。この場所で朝を迎えると決めた時だ。魔法が使えない今、急襲されたら剣に頼るほかはない。ピエッチェも地面に置いてある剣に触れたままでいる。剣はサックの中と、事もなしにクルテは言った。

『だって邪魔じゃん。重いし』
『あの剣が重いんじゃ、普通の剣なんか持てないな』
鼻で笑うピエッチェ、ラクティメシッスが
『スケベって言われても、お嬢さんのサックの中を覗いてみたいですね。どうやったら剣をサックに入れられるのか不思議です』
と呟いて、マデルがクスッと笑った。

『袋に入れたんでしょ?――クルテね、おかねを入れてある革袋に魔法をかけて、ピエッチェの金庫のお金を自在に取り出せるようにしてあるんですって。使用者限定魔法に条件付加を使ってるみたい。同じ魔法で剣置き場と繋げてるのよ』
『へぇ……そう言えば、残金を気にしている様子がないのはそれでですね』
ラクティメシッスはマデルに微笑んだが、ピエッチェをチラッと見た。

 ラクティメシッスの目は〝空間無視の魔法ですね?〟と言っていた。空間無視の魔法は森の女神の魔法、ラクティメシッスならきっと知っている。が、なにも追及してこなかった。

 クルテも魔法を使えないんだろうか? だとしたら、クルテは弓だけじゃなく、剣も使えないってことだ。サックの中から取り出すには、魔法が必要なんじゃないか?

 カッチーのいびきが聞こえ始めた。小声で話せば、たとえラクティメシッスが起きていたとしても聞かれないだろう。
「おまえも魔法が使えないのか?」
毛布に包んで懐に抱き込んでいたクルテの耳元でそっと訊いた。

「ねぇ、カティ。わたしも眠い」
おいおい、都合の悪いことを訊かれると、眠いふりをするってのは俺の考え過ぎってわけじゃなかったのか?

「ま、わたしの魔法までは封じられなかったみたい」
うふふとクルテが笑う。
「でもさ、ラスティンたちの前で、魔法を使っちゃ拙いよね」
うーーん、確かに……なんでお嬢さんは魔法が使えるんだってラクティメシッスが追及しそうだ。

「まぁ、今のところ襲ってきそうもない。だから、ちょっと不便だけど魔法も必要ない……なぁ、朝にはここから出られるかな?」
「ううん、無理だね――あの屋敷に囚われている女神を助けなきゃ、ここから出られない」

 なるほど、メッチェンゼの女神はあの屋敷にいるのか……ピエッチェが首を回して屋敷を見る。

 暗がりの中でも見える屋敷、窓のカーテンが揺れている。そこに立っている姿は……見た目だけなら人間の女だ。
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