秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

文字の大きさ
377 / 434
20章 試練の理由

しおりを挟む
 重そうな扉が音もなく開く。部屋の中は廊下と同じくらいの明るさだ。廊下から中を覗くと……ごく普通の部屋に見える。

 低いテーブルの傍には一人掛けのソファーと横たわれそうなソファー、それが三セット、いい具合に離れて置かれている。高い天井から、何枚か薄布が垂れ下がっているのは部屋の仕切り替わりか?

 入室しても扉が消えることはなかった。音もなく閉じただけだ。
「ここが寝室だ――ベッドは全部で五台、好きに使え」
そう言いながらワイズリッヒェが一枚の布を捲り上げた。そこには寝心地の良さそうなベッド、布は天蓋てんがい替わりになっているらしい。
「布で閉ざされれば、内部は薄暗くなる。そのほうが眠り易いのだろう?」

 試してみるとなるほど、真っ暗ではないが暗く、夜を感じられた。寝具はフカフカと柔らかく、かと言って沈み込み過ぎるということもない。

「で、誰がどこで眠る?」
ニンマリと笑むワイズリッヒェ、窺うように互いを見るピエッチェたち……

 動いたのはクルテだ。ピエッチェの手を引いてカッチーに歩み寄る。
「三人で一緒に寝よう」
「えっ?」
驚くカッチー、ピエッチェは
「それじゃ、ベッドじゃなくってソファーで休もう」
クルテに賛成する。

「何を言っている? せっかく用意したベッドを無駄にする気か?」
ワイズリッヒェの抗議、
「申し訳ありません。野営に慣れてしまって、ベッドじゃ落ち着いて眠れそうもないんです」
そう言ったのはラクティメシッス、そして微笑んでマデルに言った。
「わたしたちもソファーにしますよ」
マデルがニヤッと頷いた。

 メラメラと火を噴きそうなほど怖い目でクルテを睨みつけるワイズリッヒェ、何か言いたげだが何も言わずに天蓋の一つに入り込んだ。どうやらそこにあるベッドで眠るつもりなのだろう。

「自分もこの部屋で寝るのね」
マデルがボソッと言った。
「ここが寝室って言いましたからね」
ラクティメシッスが答えている。そして『襲うつもりだったようですね』と苦笑いした。

 コゲゼリテが味わった喜びを味わってみたい……ワイズリッヒェの願望が消えたとは思えない。ピエッチェとクルテが同じベッドで寝たら、カッチーが一人になる。カッチーカテルクルストの末裔だとワイズリッヒェは知っている。クルテがベッタリ守っているピエッチェを諦めて、ターゲットをカッチーに変えないとは限らない。カテルクルストの血への拘りを捨てるなら、ラクティメシッスって線だって出てくる。

「とにかく、油断できません。我々は離れずに居ましょう」
ラクティメシッスがカウチソファーの一つに腰を下ろせば、隣に座るのはマデルだ。カッチーが、
「俺もピエッチェさんと手を繋いでもいいですか?」
恥ずかしげに言った。ピエッチェとクルテ、ラクティメシッスとマデルはずっと手を繋いでいる。

 クルテが
「手を繋ぐのは抵抗があるよね?」
カッチーに微笑む。そしてサックをゴソゴソし始めた。ラクティメシッスが覗き込みたそうな顔をしてマデルに小突こづかれる。

 クルテが出したのは五本のリボン、まとめると端をくるっと結んだ。
「これを足首とか、邪魔にならないところに結んでおいて。そしたら手を放しても繋がっていられる」

「わたし、深紅がいいな」
マデルのリクエストにクルテがニマッとした。ラクティメシッスには朱鷺とき色、カッチーには浅葱あさぎ色、ピエッチェには瑠璃るり色、最後に残ったのはクルテ、蒼白色だ。随分長いリボンで、誰もその場から動く必要がなかった。さらに余裕がある。もっと離れてもよさそうだ。

「寝入って手を放しちゃっても、これで大丈夫」
満足そうなクルテ、マデルは
「どうせクルテはピエッチェに抱き着いて寝るんでしょ?」
ニヤッとし、ラクティメシッスは
「五人で繋がる必要があったんでしょうか?」
と不思議がる。
「五人の力が合わさるってことじゃないんですか?」
と言ったのはカッチー、マデルが
「いいこと言うじゃない」
と微笑んだ。クルテはニマっとしただけで何も言わなかった。

 『しかし……』とラクティメシッスが声を潜める。
「寝食の心配はないとは言え、いつまでもここに居るわけにはいきません」
ワイズリッヒェのベッドがある天蓋を気にしている。フッと息を抜いたピエッチェ、
「取り敢えず、俺たちも眠ろう。このリボンで繋がってたら、アイツは何もできないんだろう?」
クルテを見る。

「こちらが望まなければワイズリッヒェは何もできない――あの林はメッチェンゼと重なっていて、わたしたちは通常のメッチェンゼ山に入るつもりで林の中にで入ってしまった。まぁ、避ける方法はなかったと思うけどね」
「俺たちが行きたかったのはメッチェンゼ山だが、ここもまたメッチェンゼ山ってことか?」
「そう、そう言うこと」
クルテはニマッと笑む。
「で、この屋敷はワイズリッヒェの意思で林の空間の出せるけれど、中に入るにはって意思が必要だってこと。わたしたちは、自分の意思でこの屋敷に足を踏み入れた」

「入るしか選択肢はなかったような気もしますよ?」
ラクティメシッスが面白くなさそうに言うが、
「ワイズリッヒェは林の空間のどこにでも屋敷を出せる。それなのに、わたしたちを取り込む位置には出さなかった。条件付きでなければ相手の意思を無視できない。そんな制約がワイズリッヒェにはある……んだよ、たぶんね」
クルテがまたもニヤッと笑う。

「屋敷にわたしたちを入れたいがばかりに、食事と寝床を提供するって言った。最初にあの場所に連れて行ったのは、ワイズリッヒェ自身も、あそこでしか火の魔法を使えないんだと思う。で、食材は自分で探せと言ったのは、なにが食べたいのか判らなかったからだ。具体的に『捌いたキジ肉』と言ったらキジ肉のぶつ切りを出し、野菜もジャガイモとかと指定して一口大に切ってと言えば、その通りの物を出してきた。願えば叶える、それがワイズリッヒェなんだと思った」

「だったら一番の願いをすぐに叶えて欲しいね」
ピエッチェがフンと鼻を鳴らす。
「もとの空間に戻せって最初から言ってるのに、ここに取り込まれたままだ」

「条件付きじゃなければ無視できないって、ちゃんと言ったよ。裏を返せば、条件を付ければ無視できるってこと」
「アイツの封印を解く方法を教えてやれなきゃ、ここに閉じ込められっぱなしか」
ピエッチェが舌打ちする。

「封印の解除方法を提示できたとしても、あの林に戻されたりしませんかね?」
空間に戻すと確約した。その点は安心していいよ、ラスティン」
「それでピエッチェ、どうなんです? 思い出せそうですか?」
自分に目を向けたラクティメシッスからピエッチェが目を逸らす。

 クルテが鼻で笑って言った。
「カティがそんなこと、知るわけない。知らないことは思い出せない。ワイズリッヒェはきっと、子孫をカテルクルスト本人と混同してる――まぁいいや。今は寝よう。寝入ったからってワイズリッヒェは襲って来ない。眠れば疲れが取れて、頭もスッキリする。何かいい考えが浮かぶかもしれない」

 それもそうですね、と言いながらラクティメシッスが床に降りる。カウチはマデルに譲る気なのだ。
「それにしてもお嬢さん。随分ワイズリッヒェを理解してるんですね」

 ピエッチェも床に降り、ソファーにあったクッションを背中に当てるとソファーにもたれて足を延ばす。その足にクルテが頭を乗せながら答えた。
「ワイズリッヒェが話したことから推測した」

 床に降りるか迷っているカッチーに、ピエッチェが『カウチに横になれ』と微笑んでいる。カウチに寝そべったマデルがラクティメシッスの髪を撫でている。
「なるほど……ワイズリッヒェの言葉に、お嬢さんの言う通りの結果になりますね」
ラクティメシッスはマデルの手を取るとそっとくちづけてから『オヤスミ』と微笑んだ。カッチーのいびきが聞こえ始めている……

 ひと眠りして気が付くと、身体を伸ばして横たわっていた。胸元にはクルテ、ピエッチェの腕はしっかりクルテを抱き込んでいる。眠れないのか? そう聞こうとしたピエッチェの唇を、クルテの指先がそっと塞いだ。仄明ほのあかるい中で、クルテはピエッチェを見詰めていた。

 カッチーのいびきは続いている。ラクティメシッスとマデルもよく眠っている。そして森の女神の気配……ワイズリッヒェに違いない。

「さて、カテルクルストの息子よ。どうだ、思い出せたか?」
すぐそこに、ワイズリッヒェが立っている。ピエッチェがゆっくりと上体を起こし、クルテがそれにならう。

「まったく、姫は我儘わがままで困る――人間どもを寝かせろと言われたから寝かせたぞ。われが魔法を解かない限り、カテルクルストの兄の子たちは目を覚まさない。これでいいのだろう?」
カッチーは目を覚ますかもしれないってことか? 女神の祝福を受けているカッチーには女神の魔法は効かないはずだ。いや、カッチーが獲得した祝福は幾つだ? その数と女神の格で、魔法の効き目が変わってきそうだ。もっともカッチーは滅多なことじゃ、朝まで目を覚まさないか。

 ピエッチェの横でクルテがフンと鼻を鳴らす。
「ここに居る男は、確かにザジリレンの正当な王。だが、カテルクルストと顔を合わせたことはない。何かを聞いていると考えるのは無理がある」

「姫、ザジリレン王家に伝わる秘密があるはずだ。正当な王ならば、知っているはずだ」
「前王は急死し、現王は秘密を受け継げなかった――グレナムの精霊さえも知らないと言った」

 あ、クルテ、それは俺の嘘だと見抜いてたんじゃ? いや、それをここで言っちゃあ拙い。

 ワイズリッヒェが考え込んだ。
「では、我は未来永劫、この空間に閉じ込められると?」

「自分がしたことを考えれば仕方のないことだ」
「我がいったい何をした? 一度きりでいいからと、情けを望んだだけだ――我はの願いを幾つも叶えてきた。人間ひとだけではない、獣や鳥や草や木や……命あるものの望みはでき得る限り叶えてやった。その我の、初めての望みがなぜ受け入れられない?」

「ワイズリッヒェ……」
クルテが溜息交じりにワイズリッヒェを見た。
「おまえはなんのために他者ひとの望みを叶えてきたんだ?」

「何を奇怪おかしなことを? 望んだから叶えてやった。それのどこが悪い?」
「それは本当に本人のためになっていたか?」
「本人のため?」
「まぁ、結果はどうでもいい。肝心なのは、おまえが『本人のためになるか』を考えたかどうかだ」
「本人の望みが本人のためにならないはずもない」

 再びクルテが溜息を吐いた。
「ここに七年前、そろそろ八年か……黒いヤギが迷い込んでこなかったか?」
クルテがワイズリッヒェを睨みつけた。

 黒いヤギ? 七年前? クルテ、それって?――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...