秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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20章 試練の理由

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 お茶が入ったところでクルテがサックから紙袋を出した。ブルーベリーかと思っていると、なんとパンだ。
「それもワイズリッヒェがくれたの?」
マデルの問いに、
「よっぽど家具に愛着があったみたい。五人を元の空間に戻すだけじゃ足りないってゴネたら、いろんなものをくれた」
クルテがニマッとする。

 ワイズリッヒェからものを貰った覚えはない。カッチーはちょっと驚いたようだが、いつも通り余計なことは言わない。単純に、パンがあることを喜んでいる。

「マデル、ブルーベリーは?」
「あ……」
気まずい顔のマデル、
「建物が揺れた時、落としてきちゃった」
ごめんねぇ、と平謝りだ。
対するクルテ、
「仕方ないよ」
サックをゴソゴソ始めた。

 出してきたのは瓶だ。どう見たってブルーベリージャムだ。おまえ、サックの中で紙袋のブルーベリーをジャムに変えたな?

 パンはシンプルな丸パン、手で千切って裂け目を作るとたっぷりジャムを入れた。
「はい、食べて」
クルテが差し出してくれば、ピエッチェが受け取り拒否できるわけもない。次はマデル、そしてカッチー、ラクティメシッスと同じものを配り、最後はパクっと自分の口に放り込んだ。
「うん、美味しい」
ニンマリ笑むクルテ、お茶とブルーベリージャムパンで朝食だ。

 丸パンは五個しかなかったらしい。クルテはともかく、マデルでさえも物足りなさそうだ。サックの中には、もう食べ物はないとクルテが言った。
「森の中を行くうち、何か見付かる――鳥さんには申し訳ないけど、脅したら卵を放棄するって。茹でて食べてもいいって」
クルテがピエッチェを見上げる。
「産むまで待たなくたって、もう産んでる。季節外れだから、孵化してもヒナは育たない。気にするなって言ってた」

 きっと言ってたのはメッチェンゼだ。だけどわざわざ言わない。言わなければラクティメシッスたち三人はワイズリッヒェが言ったのだろうと思ってくれる。もっともラクティメシッスはまともに話を聞いていたか怪しい。立て続けに姿を消した。二枚貝の連絡具で、ひっきりなしに部下が連絡を寄こしたからだ。ワイズリッヒェの空間に閉じ込められて定時連絡さえできなかったラクティメシッスを、部下が案じないはずもなかった。

「予定より、四日も遅れてしまいました」
丸パンを口に放り込んでラクティメシッスが苦笑いする。漸く部下との遣り取りも一段落し、他の四人はとっくに食べ終わっているのを見て、一個丸ごと口に放り込んでお茶で飲み下した。

 ムッとしたのはクルテだ。味わって食べて欲しかった、とピエッチェを見上げる。
「パンもジャムも、手に入れるのはちょっと大変だったのに」
それ、本当か、クルテ?

「あ、すいません。待たせちゃ悪いと思って、急いで食べてしまいました」
美味しかったですよと微笑むラクティメシッス、だけどようにクルテは感じたようだ。ツンとソッポを向いて
「食べたら出発」
と立ち上がる。一瞬でケトルもポットもカップも消えた。

 先を行くクルテ、追いかけるピエッチェの腕を引いてラクティメシッスが耳元で言った。
「お嬢さん、もう隠すつもりがなくなったんじゃ?」
ワイズリッヒェから貰ったなんて嘘だと、やっぱりラクティメシッスは見抜いていたか……

「さすがに、人間の魔法じゃ木を動かせはしませんよ」
「えっ?」
ラクティメシッスの指摘にクルテを見れば、進む先の木が通りやすいように僅かずつだが移動している。思わず振り返るピエッチェ、マデルとカッチーは何か談笑していて気付いていなさそうだ――

 隙間の多い木立、それがいつの間にか隙間どころか道のようになっている。左右に高低差はあるものの、中央はなかなか滑らかだ。雑草は茂っているが目立つほど大きな石は見えない。

「リュネ!」
背後に聞こえるカッチーの声、見上げれば、三頭の馬とキャビンがゆるゆると降りてきた。クルテがニマッと笑う。

「サワーフルド山にぶつかるあたりまで道にして貰った。馬車で行ける」
道にしたのはメッチェンゼか。

 大喜びで馬たちに水をやるカッチー、ピエルグリフトラクティメシッスの馬主人あるじを気にして落ち着かない。カッチーよりは遠慮がちだが嬉しそうな顔で近づいたラクティメシッスがそっと首を撫でてやる。すると漸くピエルグリフトも水桶に首を突っ込んだ。

 水を飲む馬たちを横目に、クルテがキャビンの戸を開けてカッチーを呼んだ。
「この箱、きっと中身は飼葉。リュネたちに食べさせるといいよ」
なんでこんなところに? 驚くカッチーを気にすることなく、ピエッチェのところに来たクルテ、
「狩りの時間だよ」
ニマッとピエッチェを見上げた――

 ラクティメシッスにあとを任せ、クルテと二人で木立の中を歩く。マデルが『火をおこそう』とカッチーに言うのが聞こえた。

 三人から充分離れたところでピエッチェがクルテに、
「ラスティン、とうとうおまえを女神だと思い込んだぞ」
ボソッと言った。

「ふぅん……ほっとけばいいよ。ラスティンは賢い。カッチーも賢い。わざわざわたしの正体を追及しようなんて考えない」
カッチーも気付いてるってことか。そりゃあそうだよな。

「でも、三人の中じゃマデルが一番賢い」
「マデル?」
「推測はしても口にしないし、深く考えない。クルテはクルテ、それでいいって思ってる。あれこれ考えたって何も変わらないって知ってる――カッチーも同じ。でも、カッチーはマデルと違って推測の正しさを確信したうえで、どう行動するかを考えてる」
そういうことならマデルよりカッチーのほうが、俺には賢く思えるぞ。

「ラスティンが一番ダメか?」
ピエッチェが珍しく声を立てて笑った。
「カティの笑い声、久しぶり」
クルテが嬉しそうにニマニマする。

「あれ? 俺ってそんなに笑わなかったっけ?」
「いつでも笑顔。だけど感情表現は控え目。って言うか、なんでも控え目」
「なんでも?」
「前面に出るのを……嫌がってる? 避けてるよね?」
「避けてるわけじゃない」
ちょっと拗ねたようなピエッチェの言いかたにクルテがクスリとする。

 いつでも自分の意見が優先された。たいていのことはすんなり意見が通り、反対されるのはまれだった。王子の時からそうだった。即位してからはなおさらだ。周囲はみな、俺の身分に遠慮しているんだと判っている。だからこそ、熟考してからでなければ怖くて何も言えなくなった。

 そう、怖いんだ。自分の行動や発言は他者に多大な影響を与える。だからできるだけ自分を後回しにし、他者の意見を先に聞くようにした。そうしなければ自分の感情にも考えにも自信が持てななかった。

 それに……自分を曝け出すのが怖かった。期待を裏切るようなことを言いったり、したりするんじゃないか? それが怖い――黙り込んでしまったピエッチェ、いつものことだとクルテに気にする様子はない。

「ラスティンはね、あれこれ心配し過ぎ。マデルみたいに『なるようになる』って開き直れない――でもまぁ、それもラスティンのいいところ」
話を展開させていくクルテにピエッチェの気が逸れる。重く沈みそうだった心を隠して微笑んだ。

「いいところなんだ?」
「そうだよ。現状を把握して、将来に備える。大事だいじなこと……本当は誰が一番ってこともない。それぞれの持ち味だから。マデルが一番って、わたしの好みに合うのは、って話」

「深く考えないからマデルが一番好きなんだ?」
するとクルテが首を傾げた。
「そうなのかな?」
立ち止まってピエッチェを見上げる。 クルテに合わせてピエッチェも足を止めた。

「きっと違う。そんなこと考えてマデルを好きになったわけじゃない」
真剣な顔でクルテが言った。
「深く考えているように見えないってだけで、マデルだってきっといろいろ考えるはず。悩んだり、迷ったりしてるはず」

「それを見せないところが好きってことか?」
「カティ、相変わらず察しが悪い」
ツンと口を膨らませ歩きだすクルテ、苦笑したピエッチェも並んで歩き始める。

「好きになるのに理由が必要? こんなところが好きとか嫌いとか、ないわけじゃないけど、それって全部あと付け。本当は理由なんかない――あ、あれかな?」
急にクルテが足を速めた。見ると前方には根元近くにうろがある、他よりいくぶん太い木が立っていた。

「これは?」
しゃがみ込んだクルテがうろから木箱を取り出してピエッチェに手渡してくる。持つとずっしりと重い。
「メッチェンゼがくれた。ウサギ肉とかタマネギとか」
嬉しそうにクルテが答える。五人分の食材か。重いはずだな。

「これって狩り?」
「森の女神が用意してくれた食材を貰ってくるとは言えないし、森の恵みを貰うんだ。狩りと大差ない――早く帰って食べよう。マデルが美味しく煮てくれる」

 箱にはウサギ肉とタマネギのほかに、なんの鳥かは判らないが鶏卵よりいくぶん小さな卵が入っていた。茹で卵が食べたい……縋るような目でマデルを見るクルテに
「仕方ないわねぇ」
マデルが苦笑する。

「ところでクルテ。これ、タマネギじゃないよね。小さすぎる」
小さいのは卵だけじゃなかったか。

「エシャロットですよ、マデルさん」
横から覗き込んだカッチーが言った。
「タマネギと同じ調理法で大丈夫です」

「エシャロットくらい知ってるわよ。クルテがタマネギって言うから、違うよって教えたかったの」
フン! とむくれるマデルに
「失礼しました」
カッチーが笑いを噛み殺した。

「それにしても早かったですね」
鍋が煮上がるのを待ちながらラクティメシッスがピエッチェに言った。
「ウサギは二羽? 捕獲して捌いて、エシャレットを掘り起こして、さらに卵を探して、もっと時間がかかってもよさそうです」

「クルテの魔法で一瞬だった。ウサギを捕まえるのもさばくのも。ついでにエシャロットも卵も魔法で集めてた」
苦し紛れだ。森の女神メッチェンゼに貰ったとは、クルテじゃないけど言えない。だけどラクティメシッスに
「あれ? そんなことができる? 今まで採集してたのが馬鹿馬鹿しくなります」
痛いところを指摘されてしまった。

 すると茹で上がった卵を持って来たクルテが
「どこの森でもできるわけじゃない」
ピエッチェに話しを合わせた。
「森の女神の許しがなきゃ無理」

「どうやって許可を得るんですか?」
ラクティメシッスの追及……って追及じゃなくって好奇心か?

 追及って思うのはこっちが隠したがっているからで、向こうにそんなつもりはないのかもしれない。クルテのサックを覗き込むのは明らかに好奇心だ――ラクティメシッスは好奇心旺盛なだけ、追及してるんじゃない?

「心の中で『狩りをしてもいい?』って訊くと、良ければ答えてくれるよ。ダメなら反応しない。でも人間と同じ方法で獲るなら、訊かなくっても大丈夫」
クルテがニマッと笑んだ。
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