残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第1章 ふたりの王子

ベルグ街道

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 リッチエンジェを出て、ベルグ街道を進む。隊列はフェニカリデ・グランデジアを出た時と同じだが、馬を疾走させはしない。疲れ過ぎてベルグまで持たなければ元も子もない。

 途中の村落三ヶ所で休む予定を立てていた。二ヶ所目のオーデンは街とまでは言えないものの、それなりの規模のある村で、飲食できる店もある。そこで長めの休憩を取り、ほかの二ヶ所では、馬ともども飲み水を手に入れる算段だった。

 グランデジアの国土のほとんどは水を井戸に頼るしかない。王都フェニカリデ・グランデジアのように、大河が流れ、水路が整備されているのはサーベルゴカとセリジオーデだけで、その二ヶ所は王都ほどではないにしても都市と呼んで差しさわりのない規模だった。

 同じようにベルグにもドッジチ川が流れ込んでいたが、こちらはいくら水路を作り整備しても、毎年氾濫はんらんを起こすのだから追いつかない。豊富な水があっても、有効に利用できずにいた。

 リオネンデの今回のベルグ行きもドッジチ川の氾濫の後始末だが、いつも通りの治水で終わらせるつもりはない。例年のように、堤防を作るだけならわざわざ王がみずから視察に行く必要はない。今年こそ、本格的な工事に着工したいとリオネンデは考えていた。

 もともとは父王が考えていた計画だ。サシーニャに命じ何年も調査させた。父王は実現どころか着工すらできずにこの世を去ったが、その構想をサシーニャがリオネンデに伝え、リオネンデは実現を目指した。そして、やっとのことでサシーニャが着工の目途めどを立てた。

 ドッジチ川をカルダナ高原内で何ヶ所かき止める。一度に着工するのは無理だ。金も人手も足りない。どこを最初にするか? サシーニャはすでに目算を立てていて一ヶ所でも堰き止められればベルグの水害の規模も小さくなるはずと見込んでいる。

 ただ、この計画はリオネンデとサシーニャ、ジャッシフの三人しかまだ知らない。頭の固い大臣たちの知るところとなれば反対されるだろう。そんな絵空事が実現するはずがない、若い王は夢を見過ぎると、ろくに話を聞きもしないだろう。

 まずは一ヶ所堰き止める。それが成功し、ベルグの水害が少しでも抑えられればあとはゴリ押しし、次から次へと計画を推し進める。

 大臣どもも反対できないほどの実績を出せれば、さらに堰き止めた水を各地へ運ぶ用水路の建設に進めると、幾分強引だがリオネンデは考えていた。

 だが、それには何年かかるだろう。内政を整えつつ、国土を広げる計画を持つリオネンデだ。治水計画を最終段階に持って行けるほどの国力は今のグランデジアにはない。その国力が欲しいがための国土の拡大は諸刃の剣だ。一歩間違えれば国が傾くだろう。

 それでも――それでもと、リオネンデは思う。国を富まし、民の生活を保証するには、水を制するしかない。王族や貴族だけが楽をするような国ではいずれ滅ぶと感じていた。

 農地を耕し、はたを織り、工芸品を作り、生活を実質的に支えている庶民が、結局は国民の大部分なのだ。その者たちが抱えた不満を爆発させたとき、果たして国を継続させていけるだろうか。

 王族貴族以外の者が望むのは贅沢ではなく、毎日の生活をつつがなく送ることだ。それを保証できれば彼らが怒りを爆発させることはない。リオネンデはそう考えていた。

 リッチエンジェを出て、しばらく行くと森を抜ける道となる。野盗が多く潜むと言われ、年に何度か討伐隊を出す森だ。ここからは隊列を変え、先頭を二名、その後ろにサシーニャ、さらに後ろは左右を護衛に守られたリオネンデ、どん尻に一人となる。

「果たして出るかな?」
「ご用心ください――討伐隊を出す前ならよかったのですが……」

 討伐隊が一掃した直後のほうが危ないとサシーニャがつぶやく。しばらく粛清はないと踏んだ野盗が、またぞろ集まってくるかもしれない。

 森は鬱蒼うっそうと暗く、どこかに誰かが潜んでいてもすぐには気付けなさそうだ。人の気配に驚いた鳥がけたたましい鳴き声をあげて飛び立つ。足元の茂みからキツネが慌てて森の中へと逃げていく。木立の向こうでこちらをうかがうシカが見えた。

 もうすぐ森を抜ける、明るい日の光に照らされた出口が見える、そう思った時だった。

「後ろだ!」
サシーニャが叫ぶ。それと同時に後方から雄叫びがあがり、矢が放たれ始める。

「進め、かまうな! 森を抜けろ!」
ペリオデラの声に、
「ダメだ、止まれ!」
リオネンデが叫ぶ。前方、森の出口にあみが張られた。このまま突っ込めば、網に絡めとられ身動きもままならなくなる。

 リオネンデが馬を回し、後方を確認する。賊は八人、すでに馬を傷つける恐れがある弓は捨てて、手に剣を持って襲い掛かる隙を狙いつつ、じりじりと近づいてくる。

「出口には五人だ」
サシーニャが、道の方向と垂直になるよう馬を回し、前方後方、いずれにも対応できる態勢をとる。

「そして木の上に四人……」
リオネンデの呟きに
「木の上で網を張っての待ち伏せでなくて助かりましたね」
サシーニャが笑んだ。頭上から網を投げられたら面倒だ。

「いかがいたしますか?」
ペリオデラが小声で指示を催促する。

「サシーニャ、なんとかしろ」
「またわたしですか……今回は交渉じゃすみそうもありませんよ?」
蹴散けちらすか?」
「先方に怪我人が出ますがよろしいか?」
「では、ほかになんとする?」

 指示を出さないまま、後方から近寄る賊に対し、じわじわと後退する。さりげなく森の出口に向かっているとも言える。出口では相変わらず網を張ったまま、クモさながらに獲物がかかるのを待っている。

 上方では木の枝づたいに、襲い掛かるタイミングを見計らっているようだ。

 サシーニャがそっとペリオデラに耳打ちすると、ペリオデラがカッシネラにさらに耳打ちした。するといきなり二頭の馬が出口に向かって疾走した。

 森の出口に待ち構えた賊が、『来るぞ!』と身構える。網をしっかり張り直し、逃がすものかと握りしめる。疾走し突っ込んでくる二頭の馬、果たして五人がかりで止められるのか?

「うおぉ!?」
出口で声が上がる。ザッとひづめの踏み切る音がした。

 張られた網の寸前、馬が跳躍する。ひらりと網を飛び越える。

「飛びやがった! そっちはもういい、放っておけ。網をもっと高くしろ! 下のほうはいらねぇ! 高くするんー―」
リーダー格の男が途中で言葉を止める。逃げたと思った二頭、すぐに取って返し、剣を構えて向かってくる。

「に、逃げろ!」
腰にぶら下げていた剣を抜くこともなく、男が森の中に逃げ込んだ。一緒にいた四人もバラバラと森に逃げ込む。

 一方、リオネンデを守る護衛たちも、ここで反撃を始めている。王の護衛兵が馬を降り剣を構えれば、しょせん野盗などただの乱暴者、すきのなさと気合きあいに圧倒され、づくばかりだ。しかもその後ろには馬上にゆったりと構え、まるで見物を楽しんでいるかようににこやかに眺めている二人がいる。それを不気味と感じても奇怪おかしくない。おまえ行け、いや、おまえが行けと、目くばせしあうが、一向にかかってくる気配がない。

 後ろから襲って脅かし、出口に仕掛けた罠にかけようとの心づもりだった。脅せば事足りるはずだったのが応戦され、しかも太刀打ちできそうもない。本心は逃げたいが、逃げれば後ろから斬り付けられそうでできない。

 三人が降りて、騎乗する者がいなくなった馬を守っていたのはサシーニャだ。木の上に潜んでいた賊が馬の上に飛び降りてくるのを、馬に乗ったままのサシーニャが殴りつけて地上に落とす。あるいは巧く飛び乗れても、馬にしがみついているうちにサシーニャかリオネンデに引きずり降ろされる。驚いた馬が暴れるものだから、下手をすれば蹴り殺され兼ねない。それをサシーニャとリオネンデが、手綱を引いて避けているとは気が付くまい。
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