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第2章 不遇の王子
思惑
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木の影から姿を現した魔法使いを、ジョジシアスが睨め付ける。
「旅の者か。なぜ隠れていた?」
「それはその――先ほどの小屋での出来事を知ってしまいましたので」
魔法使いの答えに顔を険しくするジョジシアスだ。
「ほう、それで? どうするつもりだ?」
「どうするも――知ってしまったと王子さまに知られたら、罰せられるのではありませんか? 立ち去られるのを待ってから道に出るほうがいいと思ったのです」
「ふん、俺がおまえを斬り捨てるとでも思ったか」
「はい、知ってはいけないことだと思いましたので」
するとジョジシアスが鼻で笑う。
「今更だ。この近隣の村の者は皆知っている。父上もご存じだ。説教されたが、父上にそんなことが言えるのかと尋ねたら黙ってしまった。それきり、呼び出しすらしない――あとで王宮から使いの者が来て、あの娘とその家族が、この先の生活に困らないだけの金子を渡す。いつものことだ」
またもジョジシアスが深い溜息を吐く。
「知ると言えば、おまえ、なぜ俺が王子と知っている?」
「お仲間が『王子』と呼んでおられた。ジョジシアスさまとも」
「仲間なもんかっ!」
ジョジシアスがつい声を荒げる。それを面白がる魔法使い、もちろん面に出すことはない。
ツルんでいた若者たちへ執着や愛着がないならば、魔法使いにとってはますます都合がいい。ジョジシアスは若者たちを蔑み、それを近くに置く自分を恥じている。それでこそだと魔法使いが満足する。気高さは必要なものだ。
「これは失礼いたしました――臣下でしたか」
「臣下などであるものか」
声を荒げた事が気不味かったのか、ジョジシアス、今度はつまらなそうに言う。
「俺についていれば多少なりとも旨味があると考えて、だからくっ付いてるだけの者どもだ――兄上たちに取り入れるほどの器量も能力もないカスだ」
「ほぅ……なぜそのような輩と、ジョジシアスさまともあろうおかたが同行されているのですか?」
「それは……」
ジョジシアスが口籠る。
「ジョジシアスさまであれば、もっと有能な者が付きましょうに。もはや自ら拒まれているなどありますまい?」
「ふん! 誰も俺になど近寄りはしない――父が付けた側近どもも、俺に付けられたことを嘆いている」
「王子の側近に選ばれて嘆く? はて?」
「おまえ、旅の者――この国の事情には詳しくないようだな」
「確かに……国境よりここまで、急ぎで参りましたもので、御国の事情には疎うございます。だか、諸国の事情には多少なりとも通じているかと」
「俺はこの国の王子と言っても爪弾き者だ。母親が農民の娘で、後宮にも入れて貰えなかった。第三位の王位継承権などあって無きに等しい。誰一人、俺を顧みる者などいない――で、どこから来てどこへ行く?」
「行先は決めておりません。お仕えする主を探す旅、これはと思うおかたが見つかればお召し抱えを願い出て、それが叶えばそこで旅は終わりましょう――生まれ育ったのはグランデジアでございます」
「グランデジア?」
ジョジシアスが一瞬顔色を変えたのを見逃す魔法使いではない。ジョジシアスの妹王女がグランデジアに輿入れすると決まったと知っていた魔法使い、ここでグランデジアを出しても問題ないと思ったのは間違いだったか?
「グランデジアは美しいところだと聞いた」
顔色を変えたことを忘れたようにジョジシアスが呟く。
「王都フェニカリデ・グランデジアは美しい都、しかし王都を離れれば、田舎街が点在するばかりの国でございます」
「父が将来性を見込んだと言っていた。なんでも海を隔てた未知の大陸から流れついた者を迎え入れ、新たな知識や技術を得たと聞く」
「そんな話もございましたね――」
思い出したくない話に魔法使いの語気が弱まる。うん? と、ジョジシアスがそれを訝った。
「なんだ、なにか嫌な思いでもしたのか?」
「これは鋭くいらっしゃる……グランデジア王はご自分の姫をその異民族にお与えになった。面白く思わないのはわたしだけではなかったはずと存じます」
「異国に王女を嫁がせるのは珍しい話ではない。まして優秀な臣下に与えるのはもっとあることだ」
「異国と言っても何処にあるかも確かではなく、それに異国というより異民族です。同じ人間と言えるのかも怪しい――肌は白く、髪は黄金色に煌めき、目は空のように青い」
「それは……想像もつかぬ容姿、化け物なのか? うむ、そうなると、そうだな、確かに考え物だな」
「わたしは魔法使いとして王宮に仕える身でした……あまりにも王女さまがお可哀想で、思い切って国王に諫言したところ、身分を剥奪されただけでなく追放の憂き目を見ました」
ジョジシアスが再度顔色を変えて魔法使いを見る。
「グランデジア王は愚昧であったか? 己の娘を不幸にしてまでも新たな知識を欲しただけでなく、忠臣の諫言に耳を傾けもせず追放した? それ程その新たな知識とは有益か?」
「愚昧かどうかはさすがにわたしの口からは申し上げられません。かつての主人なれば――新たな知識など、もうございません。王女さまを与えた男は流れ着いた夫婦から生まれた子、グランデジアで生まれ育ち、グランデジアの事しか知りません」
うむ、とジョジシアスが考え込む。
その顔を見つめて魔法使いが思う。やはりこの王子、なかなかのものだ。端々に聡明さが滲み出ている。俺の誘導に容易く掛かってはいるが、それはまだ若く、素直だからだ。すなわち、今のうちなら傀儡と化せる。
だが今のうちだけだ。今を逃せば、この聡明さが失われるか、本領を発揮してわたしの手には負えなくなる。
なんとしてでも取り入って、わたしに従う王子にしなくてはならない。そして国王にする。その時、この国を牛耳るのはこのわたしだ。
魔法使いはジョジシアスの次の言葉を待っていた。
「旅の者か。なぜ隠れていた?」
「それはその――先ほどの小屋での出来事を知ってしまいましたので」
魔法使いの答えに顔を険しくするジョジシアスだ。
「ほう、それで? どうするつもりだ?」
「どうするも――知ってしまったと王子さまに知られたら、罰せられるのではありませんか? 立ち去られるのを待ってから道に出るほうがいいと思ったのです」
「ふん、俺がおまえを斬り捨てるとでも思ったか」
「はい、知ってはいけないことだと思いましたので」
するとジョジシアスが鼻で笑う。
「今更だ。この近隣の村の者は皆知っている。父上もご存じだ。説教されたが、父上にそんなことが言えるのかと尋ねたら黙ってしまった。それきり、呼び出しすらしない――あとで王宮から使いの者が来て、あの娘とその家族が、この先の生活に困らないだけの金子を渡す。いつものことだ」
またもジョジシアスが深い溜息を吐く。
「知ると言えば、おまえ、なぜ俺が王子と知っている?」
「お仲間が『王子』と呼んでおられた。ジョジシアスさまとも」
「仲間なもんかっ!」
ジョジシアスがつい声を荒げる。それを面白がる魔法使い、もちろん面に出すことはない。
ツルんでいた若者たちへ執着や愛着がないならば、魔法使いにとってはますます都合がいい。ジョジシアスは若者たちを蔑み、それを近くに置く自分を恥じている。それでこそだと魔法使いが満足する。気高さは必要なものだ。
「これは失礼いたしました――臣下でしたか」
「臣下などであるものか」
声を荒げた事が気不味かったのか、ジョジシアス、今度はつまらなそうに言う。
「俺についていれば多少なりとも旨味があると考えて、だからくっ付いてるだけの者どもだ――兄上たちに取り入れるほどの器量も能力もないカスだ」
「ほぅ……なぜそのような輩と、ジョジシアスさまともあろうおかたが同行されているのですか?」
「それは……」
ジョジシアスが口籠る。
「ジョジシアスさまであれば、もっと有能な者が付きましょうに。もはや自ら拒まれているなどありますまい?」
「ふん! 誰も俺になど近寄りはしない――父が付けた側近どもも、俺に付けられたことを嘆いている」
「王子の側近に選ばれて嘆く? はて?」
「おまえ、旅の者――この国の事情には詳しくないようだな」
「確かに……国境よりここまで、急ぎで参りましたもので、御国の事情には疎うございます。だか、諸国の事情には多少なりとも通じているかと」
「俺はこの国の王子と言っても爪弾き者だ。母親が農民の娘で、後宮にも入れて貰えなかった。第三位の王位継承権などあって無きに等しい。誰一人、俺を顧みる者などいない――で、どこから来てどこへ行く?」
「行先は決めておりません。お仕えする主を探す旅、これはと思うおかたが見つかればお召し抱えを願い出て、それが叶えばそこで旅は終わりましょう――生まれ育ったのはグランデジアでございます」
「グランデジア?」
ジョジシアスが一瞬顔色を変えたのを見逃す魔法使いではない。ジョジシアスの妹王女がグランデジアに輿入れすると決まったと知っていた魔法使い、ここでグランデジアを出しても問題ないと思ったのは間違いだったか?
「グランデジアは美しいところだと聞いた」
顔色を変えたことを忘れたようにジョジシアスが呟く。
「王都フェニカリデ・グランデジアは美しい都、しかし王都を離れれば、田舎街が点在するばかりの国でございます」
「父が将来性を見込んだと言っていた。なんでも海を隔てた未知の大陸から流れついた者を迎え入れ、新たな知識や技術を得たと聞く」
「そんな話もございましたね――」
思い出したくない話に魔法使いの語気が弱まる。うん? と、ジョジシアスがそれを訝った。
「なんだ、なにか嫌な思いでもしたのか?」
「これは鋭くいらっしゃる……グランデジア王はご自分の姫をその異民族にお与えになった。面白く思わないのはわたしだけではなかったはずと存じます」
「異国に王女を嫁がせるのは珍しい話ではない。まして優秀な臣下に与えるのはもっとあることだ」
「異国と言っても何処にあるかも確かではなく、それに異国というより異民族です。同じ人間と言えるのかも怪しい――肌は白く、髪は黄金色に煌めき、目は空のように青い」
「それは……想像もつかぬ容姿、化け物なのか? うむ、そうなると、そうだな、確かに考え物だな」
「わたしは魔法使いとして王宮に仕える身でした……あまりにも王女さまがお可哀想で、思い切って国王に諫言したところ、身分を剥奪されただけでなく追放の憂き目を見ました」
ジョジシアスが再度顔色を変えて魔法使いを見る。
「グランデジア王は愚昧であったか? 己の娘を不幸にしてまでも新たな知識を欲しただけでなく、忠臣の諫言に耳を傾けもせず追放した? それ程その新たな知識とは有益か?」
「愚昧かどうかはさすがにわたしの口からは申し上げられません。かつての主人なれば――新たな知識など、もうございません。王女さまを与えた男は流れ着いた夫婦から生まれた子、グランデジアで生まれ育ち、グランデジアの事しか知りません」
うむ、とジョジシアスが考え込む。
その顔を見つめて魔法使いが思う。やはりこの王子、なかなかのものだ。端々に聡明さが滲み出ている。俺の誘導に容易く掛かってはいるが、それはまだ若く、素直だからだ。すなわち、今のうちなら傀儡と化せる。
だが今のうちだけだ。今を逃せば、この聡明さが失われるか、本領を発揮してわたしの手には負えなくなる。
なんとしてでも取り入って、わたしに従う王子にしなくてはならない。そして国王にする。その時、この国を牛耳るのはこのわたしだ。
魔法使いはジョジシアスの次の言葉を待っていた。
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