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第4章 鳳凰の いどころ
熟れるまで
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魔術師の塔に戻ると、執務階の廊下でチュジャンエラの名を呼んだサシーニャだ。サシーニャの部屋ほど広くはないが、上級魔術師には個々人に執務室が与えられている。任務の計画や下調べ・報告書の作成などはその部屋ですることが多い。サシーニャが筆頭魔術師の執務室で待っているとすぐにチュジャンエラが姿を見せた。
「ペリオデラとは会えましたか?」
「はい。詰所ではなく近衛隊の鍛錬場にいました。ちょうど閲兵練習中で、『いつ声がかかるかと待ってた』と言っていました」
「フェニカリデに国賓をお迎えして近衛隊の閲兵がないとはどうしたんだ、と思っていたのでしょうね。かと言ってペリオデラだって自分からは言い出せない――迂闊でした、わたしの落ち度です」
「また自分の責任にしちゃうんですか?……サシーニャさまが閲兵式と仰った時、僕もハッとしました。守り人さまもきっとそうですよ」
屈託なく笑うチュジャンエラ、相手の身分が下だと言葉遣いが変わることが気になったサシーニャだが、面と向かってはどうなのかを確認しようと思うに留めている。
「リオネンデにも気が付くのが遅いと言われましたが、きっとリオネンデだって忘れてましたね。閲兵式には必ず都合をつけて出席するとのこと、まずは一安心です」
と、サシーニャが言えば、『えぇ、忘れてますよ。覚えてたら言い出さないはずないですから』とチュジャンエラが笑う。
「ところで明日の食事会について、厨房に指示を出すのを忘れていました」
「それなら僕が出しておきました。献立と使う食材を書きだして厨房に届けてあります。それとお客人にお渡しする献立表も、ちょっとした説明を加えて作っておきました」
「随分と気が利きますね」
「サシーニャさまがお書きになるかと思ったのですが筆跡が知られているでしょうから、きっと僕に依頼するだろうと……違いますか?」
苦笑しただけで答えないサシーニャ、答える必要がない、答えたくないなど、サシーニャが質問に答えない事には慣れっこになっているチュジャンエラだ。気にすることなく、
「食器はどうするかを厨房監督のポッポデハトスが気にしていました」
と別の質問をする。
「そうそう、その事なんですが――」
この質問には答えたサシーニャだ。
リオネンデから『サシーニャ主催』にするよう言いつかったと聞いたチュジャンエラが、少し考え込む。
「どうかしましたか?」
「いいえ――そうなると、食器はサシーニャさまの街館のものを使用したほうがよさそうですね。大丈夫ですか?」
チュジャンエラ、本当は別の事を考えていたが、咄嗟に思い付きを口にする。
「大丈夫とは?」
「いえ、数とか、種類とか」
「館の中の物は、父存命中と何一つ変わっていません。充分だと思います」
「失礼いたしました……」
サシーニャほどの大貴族に何を聞いたのだとチュジャンエラが恥じ入る。父は前の一の大臣、母は前王姉、その住まいには上等な食器がそれこそ充分過ぎるほど用意されているはずだ。
「えっと……僕もご相伴させていただけるのでしょうか?」
これには、そのつもりなんでしょう? クスリとサシーニャが笑う。
「うわぁ! きっとそうだと思っていたけど、サシーニャさまの街館に入れて貰えるなんて、僕、嬉しくて今夜眠れないかもしれません」
「また大袈裟な……余所と大差ありませんよ。少しばかり庭は広いかもしれません。が、建物自体はそう大きなものでもないし」
「僕のような下級貴族からしたら、サシーニャさまのお館に入れて貰えるなんて、光栄で夢みたいです」
「自分だって上流貴族の仲間入りをしていることを忘れてはいけないよ」
「仲間入りしただけです。フェニカリデの貴族たちのどれ程が、僕を上流貴族と認めていると思いますか? ま、認めて貰わなくても結構ですがね」
「おまえでも僻むことがあるのですね」
「生まれた時から上流貴族、まして王家に連なるサシーニャさまには地方の下級貴族の気持ちは判りませんって――筆頭さまの私館に仕事とは言え入れて貰えたって、今度生家に帰ったら自慢できます。姉が羨ましがります」
「姉上は無事出産したのですか?」
「もうとっくに生まれてますよ。女の子でした。こないだ休暇を取ったのは姪っ子の顔を見に行くためです。赤ん坊って可愛いですよね……上の姉にはなかなかできなくって、なんか仲違いしてるようでちょっと心配です」
チュジャンエラの下の姉は一年半ほど前に縁付いていて、すでに最初の子を出産している。下の姉の婚姻が決まった時に、これで母もゆっくり余生を送れるとチュジャンエラが冗談を言い、余生だなんて年齢ではないはずだ、親を貶すようなことを言ってはいけないとサシーニャに叱られている。
あともう一つ忘れていることがあるとサシーニャが言う。何かありましたっけ? とチュジャンエラは思い浮かばないようで、サシーニャがニヤリとする。
「明日の予定をバチルデア側に通達していない事です」
あっとチュジャンエラが口を開き、次にはケラケラと笑いだす。
「肝心なことを忘れちゃってたね」
モリジナルの件もリオネンデの了承が取れた、明日、ララミリュースに打診の上、日程を決めるというサシーニャに困惑の色を見たチュジャンエラが
「何か気掛かりが?」
と問えば、何も、と答えたサシーニャだ。
「暫くはバチルデアに掛かりきりになりそうで、それで気が重いのかもしれません。カルダナ高原のダム工事やニュダンガ地域の整備とか、気に掛けなければならないことが山積なのに、ってね」
本当だろうか? と感じたが、聞くのも気が引けて黙ったチュジャンエラに、
「守り人さまに報告して、ララミリュースに明日から明々後日の予定を伝えるよう頼んでください」
それが済んだら今日は終わりにしていいよとサシーニャに言われ、
「サシーニャさまったら、また食事を忘れてるよ――守り人さまに伝えたら戻ってきて食事の支度をしますからね」
とチュジャンエラが言えば、
「それでは居室のほうに――わたしも今日は終いにします」
サシーニャが答える。あまり空腹を感じないのだけれど、とサシーニャの独り言を無視して、判りましたと退出するチュジャンエラだ。
(明日の食事会がサシーニャさま主催と知ったらジャジャは怒りだしそうだな)
頭痛がしそうな予感に深い溜息を吐いたチュジャンエラだ。だからと言って伝えないわけにはいかない。
(それにしても昨日からサシーニャさまはいつもとなんだか雰囲気が違う――指示や伝達事項を忘れるなんて、どうしちゃったんだろう? まさか安眠の魔法がまだ解けきっていない?)
何度も足を運ぶのは面倒だけど、ジャジャの用事は食事の後にして貰おう。夜中になるよりはマシなんだし……ジャルスジャズナの居室に向かう道すがら、そんなことを考えていたチュジャンエラだった。
リオネンデはサシーニャが王の執務室を退出するとジャッシフを帰し、自分も早々に後宮に引き上げている。
ララミリュース母娘が滞在中は謁見や閣議を中止し、何かあれば王の執務室まで進言しに来いと言ってある。お陰でひっきりなしに大臣どもが顔を見せ、リオネンデにしてみればくだらない話を長々としていくものだからたまったものではない。疲弊気味のリオネンデ、サシーニャのあとは誰かが訪れても断るつもりだ。
ゴロリと床に寝転んで、膳に置かれた瓜に手を伸ばす。
「召し上がるなら、起きてくださいな」
呆れるスイテアに苦笑いして、そのまま嚙り付く。食事もしないで寝たいくらいに疲れているが、そうしたら空腹で夜中に目が覚めそうだ。何よりスイテアを心配させたくない。
「どう感じた?」
いきなり訊いたリオネンデ、スイテアがすかさず答える。
「サシーニャさまの事ですか?」
ニヤッと笑ってリオネンデが身体を起こす。
「サシーニャなどと言っていないのに、サシーニャの事かとおまえは訊いた。それは何か気になることがサシーニャにあったということだな?」
「えぇ……なんだか、いつもとご様子が違うような?」
「おまえがどう感じたかを訊いているのに、なぜ俺に訊く?」
「それは……なんとなくそう感じたと言うか。敢えて言うなら元気がない?」
「だから俺に訊くな」
笑い出したリオネンデにスイテアが剥れる。
「最初はまだ回復されていないのかなと思ったのですが、それも違うなって」
「うん」
「やる気をなくしているような?」
リオネンデ、今度はニヤニヤするだけで、俺に訊くなとは言わない。
「あ、そうそう、肩から力が抜けた、そんな感じでした」
「やっと答えに辿り着いたようだな」
「リオネンデさまもそうお感じに?」
杯を取り、ビールをグイっと飲んでからリオネンデが答える。
「あいつ、昨日の食事会が始まる前に、顔を見せたじゃないか。その時、ララミリュースを避けてるって感じたんだ――おまえにも聞いてみようと思ってたが忙しさに、つい失念してた」
「はい、それはわたしも感じました。歓迎式で、あれほど明白な態度を見せられたのですもの、無理もないと思いましたよ。ララミリュースさまのほうは歩み寄られた感じでした」
「うん。だからさ、いくら向こうから歩み寄ってきたとは言え、この短期間の事だ。自分の館に招いたり、ルリシアレヤの後ろ盾を引き受けるなんて、もっと嫌がりそうなものだろう? なのに自分から言い出し、俺が命じる前から引き受ける気になっている。どうにも不自然だ」
「そう言われるとそうですね――これは、なんの漬物ですか?」
膳にあった漬物を口に入れたスイテアが不思議そうな顔をする。チラリと皿を見たリオネンデが、
「あぁ、甜瓜を摘果したものだ。昨年まで捨てていたんだが、何かに利用できないかとサシーニャに言ったら、塩漬けや酢漬けにしてみると言っていた」
と答えると、スイテアがさらに一粒口に運ぶ。
「甜瓜? 甘くありませんよ?」
「それが大きく育ち、熟してくると甘くなる。瓜の仲間だとかで、小さいうちは瓜と変わらん」
「はい、随分と小さい瓜だなと思ったのですが……甜瓜ですか」
「うん? なんだか不服そうだな?」
「えぇ、確かに小さいうちに取って捨ててしまうのは勿体ないし、これはこれで美味しいのだけど……やっぱりわたしは大きく育って、甘く柔らかく、香しくって瑞々しい甜瓜のほうが好きだわ」
「そこまで育つにはいろいろな試練があるということだ」
そう言いながらリオネンデも甜瓜の塩漬けを口に放り込んだ。
「ペリオデラとは会えましたか?」
「はい。詰所ではなく近衛隊の鍛錬場にいました。ちょうど閲兵練習中で、『いつ声がかかるかと待ってた』と言っていました」
「フェニカリデに国賓をお迎えして近衛隊の閲兵がないとはどうしたんだ、と思っていたのでしょうね。かと言ってペリオデラだって自分からは言い出せない――迂闊でした、わたしの落ち度です」
「また自分の責任にしちゃうんですか?……サシーニャさまが閲兵式と仰った時、僕もハッとしました。守り人さまもきっとそうですよ」
屈託なく笑うチュジャンエラ、相手の身分が下だと言葉遣いが変わることが気になったサシーニャだが、面と向かってはどうなのかを確認しようと思うに留めている。
「リオネンデにも気が付くのが遅いと言われましたが、きっとリオネンデだって忘れてましたね。閲兵式には必ず都合をつけて出席するとのこと、まずは一安心です」
と、サシーニャが言えば、『えぇ、忘れてますよ。覚えてたら言い出さないはずないですから』とチュジャンエラが笑う。
「ところで明日の食事会について、厨房に指示を出すのを忘れていました」
「それなら僕が出しておきました。献立と使う食材を書きだして厨房に届けてあります。それとお客人にお渡しする献立表も、ちょっとした説明を加えて作っておきました」
「随分と気が利きますね」
「サシーニャさまがお書きになるかと思ったのですが筆跡が知られているでしょうから、きっと僕に依頼するだろうと……違いますか?」
苦笑しただけで答えないサシーニャ、答える必要がない、答えたくないなど、サシーニャが質問に答えない事には慣れっこになっているチュジャンエラだ。気にすることなく、
「食器はどうするかを厨房監督のポッポデハトスが気にしていました」
と別の質問をする。
「そうそう、その事なんですが――」
この質問には答えたサシーニャだ。
リオネンデから『サシーニャ主催』にするよう言いつかったと聞いたチュジャンエラが、少し考え込む。
「どうかしましたか?」
「いいえ――そうなると、食器はサシーニャさまの街館のものを使用したほうがよさそうですね。大丈夫ですか?」
チュジャンエラ、本当は別の事を考えていたが、咄嗟に思い付きを口にする。
「大丈夫とは?」
「いえ、数とか、種類とか」
「館の中の物は、父存命中と何一つ変わっていません。充分だと思います」
「失礼いたしました……」
サシーニャほどの大貴族に何を聞いたのだとチュジャンエラが恥じ入る。父は前の一の大臣、母は前王姉、その住まいには上等な食器がそれこそ充分過ぎるほど用意されているはずだ。
「えっと……僕もご相伴させていただけるのでしょうか?」
これには、そのつもりなんでしょう? クスリとサシーニャが笑う。
「うわぁ! きっとそうだと思っていたけど、サシーニャさまの街館に入れて貰えるなんて、僕、嬉しくて今夜眠れないかもしれません」
「また大袈裟な……余所と大差ありませんよ。少しばかり庭は広いかもしれません。が、建物自体はそう大きなものでもないし」
「僕のような下級貴族からしたら、サシーニャさまのお館に入れて貰えるなんて、光栄で夢みたいです」
「自分だって上流貴族の仲間入りをしていることを忘れてはいけないよ」
「仲間入りしただけです。フェニカリデの貴族たちのどれ程が、僕を上流貴族と認めていると思いますか? ま、認めて貰わなくても結構ですがね」
「おまえでも僻むことがあるのですね」
「生まれた時から上流貴族、まして王家に連なるサシーニャさまには地方の下級貴族の気持ちは判りませんって――筆頭さまの私館に仕事とは言え入れて貰えたって、今度生家に帰ったら自慢できます。姉が羨ましがります」
「姉上は無事出産したのですか?」
「もうとっくに生まれてますよ。女の子でした。こないだ休暇を取ったのは姪っ子の顔を見に行くためです。赤ん坊って可愛いですよね……上の姉にはなかなかできなくって、なんか仲違いしてるようでちょっと心配です」
チュジャンエラの下の姉は一年半ほど前に縁付いていて、すでに最初の子を出産している。下の姉の婚姻が決まった時に、これで母もゆっくり余生を送れるとチュジャンエラが冗談を言い、余生だなんて年齢ではないはずだ、親を貶すようなことを言ってはいけないとサシーニャに叱られている。
あともう一つ忘れていることがあるとサシーニャが言う。何かありましたっけ? とチュジャンエラは思い浮かばないようで、サシーニャがニヤリとする。
「明日の予定をバチルデア側に通達していない事です」
あっとチュジャンエラが口を開き、次にはケラケラと笑いだす。
「肝心なことを忘れちゃってたね」
モリジナルの件もリオネンデの了承が取れた、明日、ララミリュースに打診の上、日程を決めるというサシーニャに困惑の色を見たチュジャンエラが
「何か気掛かりが?」
と問えば、何も、と答えたサシーニャだ。
「暫くはバチルデアに掛かりきりになりそうで、それで気が重いのかもしれません。カルダナ高原のダム工事やニュダンガ地域の整備とか、気に掛けなければならないことが山積なのに、ってね」
本当だろうか? と感じたが、聞くのも気が引けて黙ったチュジャンエラに、
「守り人さまに報告して、ララミリュースに明日から明々後日の予定を伝えるよう頼んでください」
それが済んだら今日は終わりにしていいよとサシーニャに言われ、
「サシーニャさまったら、また食事を忘れてるよ――守り人さまに伝えたら戻ってきて食事の支度をしますからね」
とチュジャンエラが言えば、
「それでは居室のほうに――わたしも今日は終いにします」
サシーニャが答える。あまり空腹を感じないのだけれど、とサシーニャの独り言を無視して、判りましたと退出するチュジャンエラだ。
(明日の食事会がサシーニャさま主催と知ったらジャジャは怒りだしそうだな)
頭痛がしそうな予感に深い溜息を吐いたチュジャンエラだ。だからと言って伝えないわけにはいかない。
(それにしても昨日からサシーニャさまはいつもとなんだか雰囲気が違う――指示や伝達事項を忘れるなんて、どうしちゃったんだろう? まさか安眠の魔法がまだ解けきっていない?)
何度も足を運ぶのは面倒だけど、ジャジャの用事は食事の後にして貰おう。夜中になるよりはマシなんだし……ジャルスジャズナの居室に向かう道すがら、そんなことを考えていたチュジャンエラだった。
リオネンデはサシーニャが王の執務室を退出するとジャッシフを帰し、自分も早々に後宮に引き上げている。
ララミリュース母娘が滞在中は謁見や閣議を中止し、何かあれば王の執務室まで進言しに来いと言ってある。お陰でひっきりなしに大臣どもが顔を見せ、リオネンデにしてみればくだらない話を長々としていくものだからたまったものではない。疲弊気味のリオネンデ、サシーニャのあとは誰かが訪れても断るつもりだ。
ゴロリと床に寝転んで、膳に置かれた瓜に手を伸ばす。
「召し上がるなら、起きてくださいな」
呆れるスイテアに苦笑いして、そのまま嚙り付く。食事もしないで寝たいくらいに疲れているが、そうしたら空腹で夜中に目が覚めそうだ。何よりスイテアを心配させたくない。
「どう感じた?」
いきなり訊いたリオネンデ、スイテアがすかさず答える。
「サシーニャさまの事ですか?」
ニヤッと笑ってリオネンデが身体を起こす。
「サシーニャなどと言っていないのに、サシーニャの事かとおまえは訊いた。それは何か気になることがサシーニャにあったということだな?」
「えぇ……なんだか、いつもとご様子が違うような?」
「おまえがどう感じたかを訊いているのに、なぜ俺に訊く?」
「それは……なんとなくそう感じたと言うか。敢えて言うなら元気がない?」
「だから俺に訊くな」
笑い出したリオネンデにスイテアが剥れる。
「最初はまだ回復されていないのかなと思ったのですが、それも違うなって」
「うん」
「やる気をなくしているような?」
リオネンデ、今度はニヤニヤするだけで、俺に訊くなとは言わない。
「あ、そうそう、肩から力が抜けた、そんな感じでした」
「やっと答えに辿り着いたようだな」
「リオネンデさまもそうお感じに?」
杯を取り、ビールをグイっと飲んでからリオネンデが答える。
「あいつ、昨日の食事会が始まる前に、顔を見せたじゃないか。その時、ララミリュースを避けてるって感じたんだ――おまえにも聞いてみようと思ってたが忙しさに、つい失念してた」
「はい、それはわたしも感じました。歓迎式で、あれほど明白な態度を見せられたのですもの、無理もないと思いましたよ。ララミリュースさまのほうは歩み寄られた感じでした」
「うん。だからさ、いくら向こうから歩み寄ってきたとは言え、この短期間の事だ。自分の館に招いたり、ルリシアレヤの後ろ盾を引き受けるなんて、もっと嫌がりそうなものだろう? なのに自分から言い出し、俺が命じる前から引き受ける気になっている。どうにも不自然だ」
「そう言われるとそうですね――これは、なんの漬物ですか?」
膳にあった漬物を口に入れたスイテアが不思議そうな顔をする。チラリと皿を見たリオネンデが、
「あぁ、甜瓜を摘果したものだ。昨年まで捨てていたんだが、何かに利用できないかとサシーニャに言ったら、塩漬けや酢漬けにしてみると言っていた」
と答えると、スイテアがさらに一粒口に運ぶ。
「甜瓜? 甘くありませんよ?」
「それが大きく育ち、熟してくると甘くなる。瓜の仲間だとかで、小さいうちは瓜と変わらん」
「はい、随分と小さい瓜だなと思ったのですが……甜瓜ですか」
「うん? なんだか不服そうだな?」
「えぇ、確かに小さいうちに取って捨ててしまうのは勿体ないし、これはこれで美味しいのだけど……やっぱりわたしは大きく育って、甘く柔らかく、香しくって瑞々しい甜瓜のほうが好きだわ」
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そう言いながらリオネンデも甜瓜の塩漬けを口に放り込んだ。
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