残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第4章 鳳凰の いどころ

バラの秘密

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 こんな人だったかしら?

 ララミリュースとに話しているサシーニャを盗み見てルリシアレヤがそう思う。
「魔術師の塔の魔術師はすべて国王直属、それを束ねているのが筆頭魔術師でございます」
サシーニャの声に、どことなく威圧を感じる。
「ましてわたしは準王子、王以外、誰もわたしに命じることはできず、また、わたしに逆らえるのは王のみ。とは言え、その王も従弟という親密な間柄。わたしの意見を王が無下むげに扱うことはございません――グランデジア国内でわたしの庇護下ひごかにいる限り、身の安全は元より、身分、お立場、すべてにおいてご心配は無用でございます」

 頼もしそうにサシーニャを見るララミリュース、だが言葉をそのまま鵜呑うのみにするほど甘くはない。
「こちらからお願いしたことです、『是非とも』と、言いたいところですが……何か条件がおありなのでは?」

「条件? 報酬ということでしょうか?」
苦笑するサシーニャに
「もちろん、サシーニャさまほどのおかたが金銭をお求めになるとは思っておりません」
ララミリュースも苦笑する。

「ですが、バチルデアではともかく、貴国ではなんの力も持っていない我らの、味方になってもサシーニャさまに得があるとは思えないのです」
「これは異なことをおっしゃる――ルリシアレヤさまは王妃となられるのですよ? 王と並び立つのです。そのかたと親密ともなれば、わたしのグランデジアでの立場はますます強化されます。それに……」

 ニヤリとサシーニャが笑う。
「スイテアさまには未だご懐妊の兆しがございません。いくらスイテアさまが王家の一員であり、王の片割れであろうとも子がない限り国母とはなりえません――ルリシアレヤさまにお子ができ、そのお子が次の王となる可能性が高い。国母と親密であることがどれほどの意味を持つか、お判りにならないララミリュースさまではないでしょう?」

 クックッとララミリュースが忍び笑いする。
「サシーニャさま、あなたも相当したたかね――その王子の教育係も狙っているのでしょう?」
「ご要望があればお引き受けするのもやぶさかではございません。が、王子の教育係となれば国王の承認も必要となります――ここでは内々のお約束ということではいかがでしょう?」
「そう……そうね、そうしましょう」

 グランデジア滞在中に、バチルデア国王代理ララミリュースとの間に『後見についての約定書』を取り交わすことが決まり、この日のサシーニャの目的は果たされる。

 ジャルスジャズナとしてはなんとか阻止したいところだったが、話が始まった途端サシーニャに勘付かれ、『ルリシアレヤさまをお願いできますか?』と追い払われてしまった。サシーニャの鋭く冷たい眼差しに、何も言えずに退散したジャルスジャズナだ。

 サシーニャとララミリュースをうかがいながら、不安げな顔でルリシアレヤが言う。
「今日のサシーニャさま、なんだかいつもと雰囲気が違うわ」

「そうだね」
とジャルスジャズナは同意するが、
「いつもあんな感じだよ」
横からチュジャンエラが否定する。

「今のサシーニャさまは政治家。閣議の時はいっつもあんな感じで怖いんだ」
蘆橘びわの皮をきながらチュジャンエラが笑う。
「そうなんだ?」
驚くジャルスジャズナに対し、ルリシアレヤは
「なるほど。確かにわたしの父も普段は優しいけれど、国王として物を言うときは凄く怖いわ」
クスッと笑う。その様子に胃が痛くなりそうなジャルスジャズナだ。サシーニャの別の一面にルリシアレヤが冷めてくれるかもしれないという淡い期待は、ものの見事に粉砕された。

 チュジャンエラが蘆橘びわかぶり付くのを眺めて
「そう言えば、昨日は宿舎に蘆橘びわを運んでくれてありがとう」
と、ルリシアレヤが言った。

「エリザマリが『こんな美味しい蘆橘びわは初めて』って大喜びしてたわ」
「エリザマリ?」
「わたしの侍女よ――リオネンデさまとご結婚したらグランデジアに一緒に来てくれる約束になっているの。子どものころからわたしの傍にいてくれるのよ」

「幼馴染?」
「そう言うことになるわね。わたしより二つ下でまだ十八で……ご両親が寂しがるからどうしようって迷っているんだけど、きっと来てくれると思うの」
「そうなんだ? それならグランデジアを大いに気に入って貰わないと」
「そうね、今日のお料理も食べさせてあげたかったんだけど、連れてくるわけにもいかなくて。昨日の果物狩りもすごく羨ましがってたわ」
「お料理ならあとで届けさせますよ。大丈夫ですよね、ジャルスジャズナさま?」

 急に話を振られたジャルスジャズナが、慌てて顔に微笑みを浮かべ、
「お料理は充分過ぎるほど用意しました。足りなければまた作らせますし――なんでしたらその侍女を、次からはお連れになられてはいかがでしょう?」
と提案する。

「いいのですか?」
パッと顔を輝かせたルリシアレヤ、
「侍女と言ってもバチルデアの上流貴族の令嬢、礼儀作法は心得ていますし、決してご迷惑をかけるようなことはないわ」
嬉しくて堪らないようだ。

「宿舎で留守番をさせるなんて心苦しかったの。とても優しくて温和おとなしくて、可愛らしい人なのよ」
「へぇ、それは楽しみだなぁ」

 チュジャンエラの冗談を、『こらっ!』とジャルスジャズナがたしなめるが、ルリシアレヤには意味が通じていない。
「きっとチュジャンも気に入ってくれるわ。好きになってくれるといいな」
とニコニコ笑顔だ。間違っても手を出すな、あとでチュジャンエラにきつく言っておこうと思うジャルスジャズナだ。

 サシーニャとの話を終えたララミリュースが、料理を盛った皿を持ってルリシアレヤたちのテーブルに着く。サシーニャに話を通してくれたジャルスジャズナに礼を言いに来たのだ。ジャルスジャズナとしては不本意だが、それを口にするわけにはいかない。

 母親の皿を見て、
「わたしも何か持ってこようかな」
ルリシアレヤが立ち上がる。お供しますと、立ちあがろうとするチュジャンエラ、
「それくらい一人で大丈夫よ」
座っていてとルリシアレヤに言われ、腰を落ち着かせてしまった。ここはサシーニャの街館、サシーニャが保護術を使ってはなく、まして自分たち以外は誰もいない。安全だ。

 それでもルリシアレヤから視線を外さずにいたチュジャンエラが不意に『あっ!』と小さな悲鳴をあげる。料理が置いてあるテーブルに行くと思ったルリシアレヤが、途中で横にそれ、サシーニャがいる小テーブルに駆け寄ったのだ。

 かと言って、それを咎められはしない。ジャルスジャズナも気が付いて一瞬顔をしかめたが、ララミリュースの手前、すぐ笑顔に戻す。ララミリュースは料理を口に運びながら、ジャルスジャズナに質問を浴びせている。

 ルリシアレヤがサシーニャに何か言い、サシーニャが微笑んでそれに答えている。二言三言、言葉を交わした後、うなずいてサシーニャが立ち上がった。

 ゆっくりとした歩調で近寄ってきたサシーニャがララミリュースに話しかける。
「ルリシアレヤさまがバラ園をご覧になりたいと……お連れしてもよろしいでしょうか?」
サシーニャに寄り添うように立つルリシアレヤ、うっすら笑みを浮かべて母親の答えを待っている。

「それならチュジャンエラに――」
ララミリュースが答える前にジャルスジャズナが言い、それをサシーニャが遮る。
「チュジャンエラは初めてこの館に来たのですよ? バラ園は広い、迷いでもしたら大変です」

「サシーニャさまに案内していただけるなんてなんて光栄だわ――よかったわね、ルリシアレヤ」
ジャルスジャズナの心配も知らず、ララミリュースが上機嫌で答える。

「それならチュジャンエラも――」
このジャルスジャズナの言葉を遮ったのはルリシアレヤだ。
「サシーニャさまに、内密にお願いしたいことがございます」
何も言えず、複雑な表情でルリシアレヤを見るジャルスジャズナだ。

「おや、どんなお願いなのでしょう? 少し怖いですね」
ルリシアレヤに冗談を言って微笑むサシーニャ、サシーニャを見上げ微笑みを返すルリシアレヤ、蒼褪めた顔で何か言いたげなジャルスジャズナ、何も言わずニンマリと笑むララミリュース、そんな四人をチラチラと見回すのはチュジャンエラだ。

 サシーニャがルリシアレヤを連れて露台を降りていくとララミリュースがジャルスジャズナに言った。
「サシーニャさまには奥方がいないのでしたよね? バチルデアの王家に繋がる令嬢にいい人がいるのだけど、どうかしら? やっぱり理想が高くていらっしゃるのかしらね?」
どうやらサシーニャに縁談を世話したくなったようだ。あれほど怖がっていたのに、すっかりサシーニャを気に入ったらしい。曖昧な笑みで誤魔化すジャルスジャズナだった――

 バラ園の入り口はアーチ形の支柱が立てられていて、それをバラが取巻いていた。そこをくぐって入れば奥へと散策路が続き、手入れの行き届いたバラたちが訪れた人を魅了する。

「いろんなバラがあるのね」
小輪から驚くほどの大輪、色や花びらの形、一重に八重とさまざまに咲くバラたちにルリシアレヤが驚嘆する。思うままに進んでは立ち止まるルリシアレヤに合わせ、サシーニャの歩みはゆっくりとしたものだ。

「サシーニャさま、この朱鷺とき色の大輪のバラはなんと言う品種ですか?」
「今の時期だとその花が一番多く咲いています。父が品種改良したものなんですよ。品種名は『レナリム』です」
「レナリム? サシーニャさまの妹さんと同じ?」
「えぇ、レナリムのために父が作ったバラなのです」

「お父さまの愛情が籠ったバラなのね――それにしても品種改良までなさるなんて、お父さまはよっぽどバラがお好きでしたのね」
「バラが好きだった母のためだと聞いております」
「愛しておられたのね……ほかにもお父さまが作ったバラはありますか?」
「そうですね……」
サシーニャがぐるりと周囲を見渡す。
「そこの、白に縁取りが紅色のつぼみは父が初めて品種改良に成功したバラです。母に捧げたもので、品種名はレシニアナ」
「それがお母さまのお名前ね?――ねぇねぇ、サシーニャさまの名前が付いたバラはないの?」

「ありますが……今は咲いていません。父は家族の誕生日のころに咲く花を作っていました。わたしは冬の生まれ、今は蕾さえありません」
「それじゃあ、レナリムさまとレシニアナさまは今頃のお生まれなの?」
「レナリムは先日二十四の誕生日を迎えました。母の誕生日はもうすぐです」

 サシーニャさまのお母さまってどんなかた? そう訊きたい衝動をルリシアレヤがおさえる。サシーニャはきっと母親を覚えていない。替わりに、
「レナリムさまってどんなかた?」
と、サシーニャを見上げた。
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