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第6章 春、遠からず
地を覆う
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「いや、失礼」
意味もなく笑ったことに謝罪の言葉を口にしたものの、マジェルダーナの笑みは消えない。
「先ほど、王への忠誠の話をされた時、ますますシャルレニさまに似ていらしたと思ったのですが、今、先を急ぐと仰る口調はレシニアナさまそのもの、懐かしさについ和んでしまいました」
「母に似ているとは子どもの頃よりよく言われます。父に似ていると、言われたことはないのですが……まぁ、そんな昔語りをするために呼び止めたのではないのでしょう?」
「そうですね、面立ちはレシニアナさまの物、サシーニャさまにシャルレニさまの影を見るようになったのは最近の事です――いや、兵を増やす話なのですが……」
「その事なら決定したのではありませんか? わたしを懐柔したところで変わりはしませんよ?」
「そんな事は考えておりません。ただ、これはわたしの勝手な憶測、しかも根拠もないのですが、サシーニャさまは戦がお嫌いなのではありませんか?」
「な……いや、なぜそう思われたのかと訊こうとしてしまいました。根拠はないのでしたね」
「えぇ、そう感じるだけです。敢えて言うなら、シャルレニさまがそうだったからとしか。シャルレニさまは幼いサシーニャさまに『争ってはいけない』とよく言い聞かせておいででした」
他人を恨んではいけないよ……脳裏に父の声が蘇る。それを今、ここで、マジェルダーナから? 怒りに似た感情を覚えるサシーニャだ。
「マジェルダーナさま、反対にお尋ねしたい。戦が好きな者などいるのでしょうか? みな大義のもと、仕方なく戦場に赴くのでは?」
「わたしの心配はサシーニャさまがその事でお心を痛めていはしないか……いろいろなことを心配するのは齢をとって愚かになったのかもしれません。あなたを守るとシャルレニさまと約束したのに果たせなかった。その後悔が今頃になって、心に重くのしかかっております」
「わたしを守る?」
「わたしはシャルレニさまの最期を看取った者の一人、瀕死の父君に二人の子を守って欲しいと手を握られました」
「そんな話、聞いていない……なぜ、今になって?」
「クラウカスナ王に言うなと言われました。でも、もう打ち明けてもいいのではないかと」
「いや……いや、今ここで? 廊下で立ち話?」
「こんな話をするつもりではありませんでした。ただ一言、ご自分を追い詰めるようなことはして欲しくないと、そうお伝えしたかったのです。そして、わたしでよければいつでも頼って欲しいと。むろん今では、わたしがお役に立てることもありますまい――お引止めして申し訳ありませんでした。ではこれで」
一礼して立ち去るマジェルダーナ、引き留めて詳しく話を聞きたい衝動と、聞いてどうなるのだと囁く理性の狭間で、サシーニャは見送ることしかできなかった――
その夕刻、リオネンデ王との打ち合わせの席でサシーニャはマジェルダーナの話をしている。王の執務室、臨席するのは次席魔術師チュジャンエラ、王の片割れスイテアは糖衣掛け作りで忙しく、後宮から出てこない。いつも通り外聞防止術を使っている。
「ふぅん、マジェルダーナがそんな事をね。本当に齢を取ったって事なのかな? ニャーシスを早く大臣にしろと言いに来た時も似たようなことを言ってたぞ。まぁさ、シャルレニ絡みでサシーニャを気にかけているってのは、マジェルダーナの本心だろうね」
ルリシアレヤの髪飾りの件も思い起こしているが、それは言えないリオネンデだ。
「本心ねぇ……」
「マジェルダーナがおまえの養親になりたがっていたのは知っているだろう? 理由は聞いていないが、俺の父はそれを許さなかった。そのあたりを考えて不自然さは感じない」
「父とマジェルダーナは懇意にしていたのでしょうか? 幾分マジェルダーナのほうが年若、違和感があります」
「仲は悪くなかったんじゃないか? シャルレニの遺産の管理を任されていたことだし」
「遺産の管理?」
「あぁ、おまえに継承させる前、親父とマジェルダーナが遺産の確認をしていたのに居合わせた。街館、領地や取れ高なんかは目録だけだが、宝石など小物はマジェルダーナが持参していて、目録と突き合わせて確認していたのを覚えてる」
「そんな話、わたしは聞いていないし……それに父が亡くなった時、マジェルダーナは大臣にもなっていなかったのでは?」
「あぁ、そうだ、シャルレニの空席は二の大臣、三の大臣が繰り上がり、三の大臣に抜擢されたのがマジェルダーナ、文官でも武官でも、王の側近でもないのにな」
「えぇ、記録ではそうなっています。マジェルダーナの大臣就任も、わたしの父の遺産管理を任されたのも、何かカラクリを感じませんか?」
「それじゃあサシーニャは、マジェルダーナが何か悪巧みをしていると思うのか?」
「いや、それも違うかと……でも、油断できないのは確かだと思っています」
「気が付いたら一の大臣に納まっていたって言ってたな」
「えぇ、火事で重傷を負ったリオネンデに付きっ切りでいる間に一の大臣と二の大臣を更迭し、マジェルダーナが一の大臣になっていました。もっとも更迭と言っても、当時の一の大臣と二の大臣は高齢での引退、新二の大臣には政務長官だったクッシャラデンジ、三の大臣は副官だったジッダセサン、マジェルダーナの思いのままの人事と言うわけではありません」
「辞めさせた二人の大臣に火事の責任を取らせた形だな――で、サシーニャ、マジェルダーナをどうこうしようとは思ってないんだろう?」
「そりゃあ、もちろん。咎めたてる理由も意味もない。ただ、少し気になったのでリオネンデの耳にも入れておこうと思っただけです」
では、この話はこれで終わりだとリオネンデが話題を移す。
「ワズナリテには驚かされたな」
フッと薄ら笑いでリオネンデが言う。
「と言う事は、リオネンデが根回ししたわけではないのですね」
「俺にそんな器用なことができるか」
「そうですね、できそうもありません」
ニヤッと笑うサシーニャ、
「ダズベルについては強力な助っ人も確保しました――チュジャン、ご説明を」
と、チュジャンエラを促す。
チュジャンエラから烏の情報網を手に入れたと聞いたリオネンデ、
「しかし、魔法とはすごいものだな」
と感心するのを、
「魔法ではありませんよ、リオネンデ」
とサシーニャが微笑む。
「もともと烏は伝達鳴きをするもの、それを利用するに過ぎません。ゲッコーが人語を話せるのも、彼女が賢い個体であり、それに鍛錬を積ませたからで魔法ではないんです」
「彼女? あのクソ生意気な真っ白けはメスだったのか?」
「リオネンデ、よっぽどゲッコーに馬鹿にされたのが悔しかったんですね」
失笑するサシーニャにリオネンデがフンと鼻を鳴らす。
「魔法を使わないってので思い出したが、バイガスラでの工作は進んでいるのか?」
「はい、すべて順調と報告が来ています――現地は雪が降り続くようになったそうです。すぐに地は雪で覆われ、さまざまなものを隠すでしょう」
「バイガスラでは冬にはすべてが停止する――だが雪の下では春への備えが着々と進む」
「我らの準備も春に向けて、計画通り進んでいます。ただ少し気になることも……このところ地震が頻発しているそうです」
「かの地はもともと地震が多いのだろう?」
「えぇ、それを見越して指示は出してあるのですが、思いのほか多いのです。揺れが崩落を招かなければいいのですが」
心配そうなサシーニャ、リオネンデは、
「なぁに、ワダに任せたんだ、なんとかしてくれると信じているのだろう?」
と笑った――
その頃、ワダはニュダンガ・ダンガシクにある自分の店に来ていた。昨夜バイガスラから帰ったばかりだ。
サシーニャたちがバイガスラ訪問の際に利用した高級宿は秋の終わりに撤退を決めた。冬にはすべてが停止するバイガスラ、宿屋に客が来ることもない。建物は売りに出し、買い手への引き渡しも済んでいる。当初からの計画通りだ。
ワダはグランデジアに帰ってきたが、ワダの手下たちの一部はバイガスラに残してきた。手放した高級宿より、さらにバイガスラ王宮近くにある一軒の古びた館、そこに彼らは潜んでいる。グランデジアから連れて行き、高級宿で働いた面々だ。表向きは、ワダとともにグランデジアに帰ったことになっている。
潜伏している建物は、リオネンデと知り合ってすぐにバイガスラに行かせ、バイガスラの民として生活している手下の名で購入したものだ。計画が実行されるまでは、名義を使った手下の身元の露見はないと見込んでいる。
古館と言ってもそれなりに広い。春まで持たせるには充分過ぎるほどの飲料や食料を運び込んでも置き場所に困らない。食料などは宿屋が営業を止める前に宿で買い入れ、運び込んだ。大量の食糧も宿が買い入れる分には誰も疑わない。
必要なものはすべて、夜の闇に紛れて宿屋から古館に運び込んだ。ワダの手下の中でも腕のいい盗賊を選んでいる。物品だけでなく、人の目を盗むのもお手の物だ。
ワダも一度だけ古舘の内部に入った。
『思った通りです』
同行したモスリムが地下室で呟く。壁が砕かれ、土が剝き出しになっていた。
『溶岩流の硬い土台の上に体積した土砂、その部分は脆い……その脆い地面を砕石、さらに煉瓦で固め、表面には敷石を使っている。たぶんどこも同じ作りでしょう』
『サシーニャさまの予測通りだな』
『はい、こうとなったらサシーニャさまのご期待に応えるしかありません』
『やってくれるか、モスリム? っと、また地震だ……』
『地が我らに味方しているのです。地震の揺れで我らの動きも察知されにくくなることでしょう――お任せください。計画通り、春までには必ず成し遂げます』
『うん、終わったらすぐにダンガシクに帰れ。待っているぞ』
モスリムとはカルダナ高原のダム工事で知り合った。カルダナに来る前は井戸掘りをしていたモスリムの、掘削に関する知識と技術は随分と役に立つものだった。それと同時に次々と新しい案を思いつき、それを実現させようと努力するモスリムはワダを感心させ、魅了した。
そんなモスリムだったから、ワダはダムのあとに待っている壮大な工事……ダムから水路を伸ばし荒地を緑地に変える計画を話した。モスリムの力は水路工事にも役立つはずだ。
モスリムはその工事への参加を願った。そしてすべての民人が豊かに暮らせる国造りを目指すリオネンデに心酔し、喜んで自らワダの同志となった。
モスリムをバイガスラに残しグランデジアに帰ったワダだ。ワダにはワダでやるべきことがあった――
意味もなく笑ったことに謝罪の言葉を口にしたものの、マジェルダーナの笑みは消えない。
「先ほど、王への忠誠の話をされた時、ますますシャルレニさまに似ていらしたと思ったのですが、今、先を急ぐと仰る口調はレシニアナさまそのもの、懐かしさについ和んでしまいました」
「母に似ているとは子どもの頃よりよく言われます。父に似ていると、言われたことはないのですが……まぁ、そんな昔語りをするために呼び止めたのではないのでしょう?」
「そうですね、面立ちはレシニアナさまの物、サシーニャさまにシャルレニさまの影を見るようになったのは最近の事です――いや、兵を増やす話なのですが……」
「その事なら決定したのではありませんか? わたしを懐柔したところで変わりはしませんよ?」
「そんな事は考えておりません。ただ、これはわたしの勝手な憶測、しかも根拠もないのですが、サシーニャさまは戦がお嫌いなのではありませんか?」
「な……いや、なぜそう思われたのかと訊こうとしてしまいました。根拠はないのでしたね」
「えぇ、そう感じるだけです。敢えて言うなら、シャルレニさまがそうだったからとしか。シャルレニさまは幼いサシーニャさまに『争ってはいけない』とよく言い聞かせておいででした」
他人を恨んではいけないよ……脳裏に父の声が蘇る。それを今、ここで、マジェルダーナから? 怒りに似た感情を覚えるサシーニャだ。
「マジェルダーナさま、反対にお尋ねしたい。戦が好きな者などいるのでしょうか? みな大義のもと、仕方なく戦場に赴くのでは?」
「わたしの心配はサシーニャさまがその事でお心を痛めていはしないか……いろいろなことを心配するのは齢をとって愚かになったのかもしれません。あなたを守るとシャルレニさまと約束したのに果たせなかった。その後悔が今頃になって、心に重くのしかかっております」
「わたしを守る?」
「わたしはシャルレニさまの最期を看取った者の一人、瀕死の父君に二人の子を守って欲しいと手を握られました」
「そんな話、聞いていない……なぜ、今になって?」
「クラウカスナ王に言うなと言われました。でも、もう打ち明けてもいいのではないかと」
「いや……いや、今ここで? 廊下で立ち話?」
「こんな話をするつもりではありませんでした。ただ一言、ご自分を追い詰めるようなことはして欲しくないと、そうお伝えしたかったのです。そして、わたしでよければいつでも頼って欲しいと。むろん今では、わたしがお役に立てることもありますまい――お引止めして申し訳ありませんでした。ではこれで」
一礼して立ち去るマジェルダーナ、引き留めて詳しく話を聞きたい衝動と、聞いてどうなるのだと囁く理性の狭間で、サシーニャは見送ることしかできなかった――
その夕刻、リオネンデ王との打ち合わせの席でサシーニャはマジェルダーナの話をしている。王の執務室、臨席するのは次席魔術師チュジャンエラ、王の片割れスイテアは糖衣掛け作りで忙しく、後宮から出てこない。いつも通り外聞防止術を使っている。
「ふぅん、マジェルダーナがそんな事をね。本当に齢を取ったって事なのかな? ニャーシスを早く大臣にしろと言いに来た時も似たようなことを言ってたぞ。まぁさ、シャルレニ絡みでサシーニャを気にかけているってのは、マジェルダーナの本心だろうね」
ルリシアレヤの髪飾りの件も思い起こしているが、それは言えないリオネンデだ。
「本心ねぇ……」
「マジェルダーナがおまえの養親になりたがっていたのは知っているだろう? 理由は聞いていないが、俺の父はそれを許さなかった。そのあたりを考えて不自然さは感じない」
「父とマジェルダーナは懇意にしていたのでしょうか? 幾分マジェルダーナのほうが年若、違和感があります」
「仲は悪くなかったんじゃないか? シャルレニの遺産の管理を任されていたことだし」
「遺産の管理?」
「あぁ、おまえに継承させる前、親父とマジェルダーナが遺産の確認をしていたのに居合わせた。街館、領地や取れ高なんかは目録だけだが、宝石など小物はマジェルダーナが持参していて、目録と突き合わせて確認していたのを覚えてる」
「そんな話、わたしは聞いていないし……それに父が亡くなった時、マジェルダーナは大臣にもなっていなかったのでは?」
「あぁ、そうだ、シャルレニの空席は二の大臣、三の大臣が繰り上がり、三の大臣に抜擢されたのがマジェルダーナ、文官でも武官でも、王の側近でもないのにな」
「えぇ、記録ではそうなっています。マジェルダーナの大臣就任も、わたしの父の遺産管理を任されたのも、何かカラクリを感じませんか?」
「それじゃあサシーニャは、マジェルダーナが何か悪巧みをしていると思うのか?」
「いや、それも違うかと……でも、油断できないのは確かだと思っています」
「気が付いたら一の大臣に納まっていたって言ってたな」
「えぇ、火事で重傷を負ったリオネンデに付きっ切りでいる間に一の大臣と二の大臣を更迭し、マジェルダーナが一の大臣になっていました。もっとも更迭と言っても、当時の一の大臣と二の大臣は高齢での引退、新二の大臣には政務長官だったクッシャラデンジ、三の大臣は副官だったジッダセサン、マジェルダーナの思いのままの人事と言うわけではありません」
「辞めさせた二人の大臣に火事の責任を取らせた形だな――で、サシーニャ、マジェルダーナをどうこうしようとは思ってないんだろう?」
「そりゃあ、もちろん。咎めたてる理由も意味もない。ただ、少し気になったのでリオネンデの耳にも入れておこうと思っただけです」
では、この話はこれで終わりだとリオネンデが話題を移す。
「ワズナリテには驚かされたな」
フッと薄ら笑いでリオネンデが言う。
「と言う事は、リオネンデが根回ししたわけではないのですね」
「俺にそんな器用なことができるか」
「そうですね、できそうもありません」
ニヤッと笑うサシーニャ、
「ダズベルについては強力な助っ人も確保しました――チュジャン、ご説明を」
と、チュジャンエラを促す。
チュジャンエラから烏の情報網を手に入れたと聞いたリオネンデ、
「しかし、魔法とはすごいものだな」
と感心するのを、
「魔法ではありませんよ、リオネンデ」
とサシーニャが微笑む。
「もともと烏は伝達鳴きをするもの、それを利用するに過ぎません。ゲッコーが人語を話せるのも、彼女が賢い個体であり、それに鍛錬を積ませたからで魔法ではないんです」
「彼女? あのクソ生意気な真っ白けはメスだったのか?」
「リオネンデ、よっぽどゲッコーに馬鹿にされたのが悔しかったんですね」
失笑するサシーニャにリオネンデがフンと鼻を鳴らす。
「魔法を使わないってので思い出したが、バイガスラでの工作は進んでいるのか?」
「はい、すべて順調と報告が来ています――現地は雪が降り続くようになったそうです。すぐに地は雪で覆われ、さまざまなものを隠すでしょう」
「バイガスラでは冬にはすべてが停止する――だが雪の下では春への備えが着々と進む」
「我らの準備も春に向けて、計画通り進んでいます。ただ少し気になることも……このところ地震が頻発しているそうです」
「かの地はもともと地震が多いのだろう?」
「えぇ、それを見越して指示は出してあるのですが、思いのほか多いのです。揺れが崩落を招かなければいいのですが」
心配そうなサシーニャ、リオネンデは、
「なぁに、ワダに任せたんだ、なんとかしてくれると信じているのだろう?」
と笑った――
その頃、ワダはニュダンガ・ダンガシクにある自分の店に来ていた。昨夜バイガスラから帰ったばかりだ。
サシーニャたちがバイガスラ訪問の際に利用した高級宿は秋の終わりに撤退を決めた。冬にはすべてが停止するバイガスラ、宿屋に客が来ることもない。建物は売りに出し、買い手への引き渡しも済んでいる。当初からの計画通りだ。
ワダはグランデジアに帰ってきたが、ワダの手下たちの一部はバイガスラに残してきた。手放した高級宿より、さらにバイガスラ王宮近くにある一軒の古びた館、そこに彼らは潜んでいる。グランデジアから連れて行き、高級宿で働いた面々だ。表向きは、ワダとともにグランデジアに帰ったことになっている。
潜伏している建物は、リオネンデと知り合ってすぐにバイガスラに行かせ、バイガスラの民として生活している手下の名で購入したものだ。計画が実行されるまでは、名義を使った手下の身元の露見はないと見込んでいる。
古館と言ってもそれなりに広い。春まで持たせるには充分過ぎるほどの飲料や食料を運び込んでも置き場所に困らない。食料などは宿屋が営業を止める前に宿で買い入れ、運び込んだ。大量の食糧も宿が買い入れる分には誰も疑わない。
必要なものはすべて、夜の闇に紛れて宿屋から古館に運び込んだ。ワダの手下の中でも腕のいい盗賊を選んでいる。物品だけでなく、人の目を盗むのもお手の物だ。
ワダも一度だけ古舘の内部に入った。
『思った通りです』
同行したモスリムが地下室で呟く。壁が砕かれ、土が剝き出しになっていた。
『溶岩流の硬い土台の上に体積した土砂、その部分は脆い……その脆い地面を砕石、さらに煉瓦で固め、表面には敷石を使っている。たぶんどこも同じ作りでしょう』
『サシーニャさまの予測通りだな』
『はい、こうとなったらサシーニャさまのご期待に応えるしかありません』
『やってくれるか、モスリム? っと、また地震だ……』
『地が我らに味方しているのです。地震の揺れで我らの動きも察知されにくくなることでしょう――お任せください。計画通り、春までには必ず成し遂げます』
『うん、終わったらすぐにダンガシクに帰れ。待っているぞ』
モスリムとはカルダナ高原のダム工事で知り合った。カルダナに来る前は井戸掘りをしていたモスリムの、掘削に関する知識と技術は随分と役に立つものだった。それと同時に次々と新しい案を思いつき、それを実現させようと努力するモスリムはワダを感心させ、魅了した。
そんなモスリムだったから、ワダはダムのあとに待っている壮大な工事……ダムから水路を伸ばし荒地を緑地に変える計画を話した。モスリムの力は水路工事にも役立つはずだ。
モスリムはその工事への参加を願った。そしてすべての民人が豊かに暮らせる国造りを目指すリオネンデに心酔し、喜んで自らワダの同志となった。
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