残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第6章 春、遠からず

夢の つぼみ

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 薄闇に目を覚ます。軽くて柔らかな寝具を温めているのは腕の中で眠る、なめらかに冷たく熱い誰よりも大切な人……見るともなしに眺めていると夢でも見ているのだろうか、うっすらと微笑んだ。
(なんて可愛いんだろう……)
愛しくてたまらない。

 初めて視線がぶつかったとき、含羞はにかんでうつむいた仕草に『きっと誘ってくる』と感じた。なのにいつまで待ってもいっこうに距離を縮めてこない。だからあの旅の宿でこちらから誘った。二人きりで会いたい。意味は判るよね?

 僅かに下を向いたのはうつむいたのかうなずいたのか? 困らせてしまっただけか? 返事は聞けないまま夜になる。期待と不安がせめぎあう中、近づく気配にどれほど心を躍らせたか。

 あの夜、溜息の本当の意味を知った……教えてくれたのはエリザ、おまえだ。

「……ん?」
「うん?」
「起きてたの?」
「うん、目が覚めたから寝顔を見てた」
「笑ってるわね。ヘンな顔で寝てた?」
「ううん、いつ見ても可愛いなぁって見てた」
「本当かしら? あなたったら口が巧いから」
「信用できない?」

 エリザマリがクスっと笑う。
「信用してないと思う? わたしね、とっても幸せなの。あなたが幸せにしてくれているのよ?」
湧きたつ熱い想いに抱き寄せると、嬉しそうに抱き返してくれる。
「愛してるよ、エリザ」
「わたしもよ……」
夜明けには、まだ間があった――

 グランデジア王宮内、貸与館が建ち並ぶ一角、バチルデイア王女ルリシアレヤに与えられた館を訪れたのは筆頭魔術師サシーニャだ。

「サシーニャが来るなんて引っ越し以来?」
「ご迷惑でしたか?」
「そんなこと言ってないでしょ――でも、ご用件は何かしら? 嫌な予感しかしないのですけど?」
「嫌な予感? たとえば?」

「例えば、そうねぇ……バチルデアに返すことになった、とか?」
「帰りたいのですか?」
「帰りたくけど、ここに居たいわ」
「うん? それは帰りたいってこと?」
「ここに居たいんだってば! そりゃあまぁ、たまにはバチルデアが恋しくなることもないわけじゃないけど……」
「やっぱり帰りたがってるんですね?」
「違うってば!」

 ムキになるルリシアレヤ、サシーニャが笑いをみ殺す。
「まぁ、お伺いしたのはこちらをお届けするためです。もっと早く来られればよかったのですけどね――先日、自領ジェラーテンから差配が持参したものです。ほんの少しですがお裾分けをと思いまして。桑の葉マルベリ茶と桃花フラスク茶、塩漬け橄欖オリーブです。どれも我が領地の名産品と言われるものです。お気に召すといいのですが」

「自領? サシーニャの領地? どんな所なの?」
「ん? まぁ、なんの変哲へんてつもない田舎ですよ。農村があって畑があって果樹園があって桑のマルベリ林があって……長閑のどかですね」
「よく行かれるの?」
「いえ、継承した時に一度行ったきりです。管理は差配に任せているので、あまり顔を出してもけむたいだろうと……呼べば差配はすぐ来てくれるし、何かあれば必ず連絡してくれます」

「それって領主の仕事は手抜きしてるってこと?」
ルリシアレヤがクスクス笑う。
「人聞きの悪いことをおっしゃる。問題が起きたことはないので、これでいいのだと思っていますよ」
「領民は、差配さんのことを領主って勘違いしているかもね」
「もしそうだとしても構いません。かの地の人々が穏やかに過ごせれば、それでいいんです」
「サシーニャには、向こうに行く気がさらさらないのね」
「そんな事はないですよ。気候もいいし、のんびり暮らせるところです……老後は向こうで過ごそうと思っています」
「老後?」
「長生きできれば、の話です」

 ルリシアレヤがふとサシーニャを見る。サシーニャは、自分は長生きできないと思っている?
「長生きって何歳以上を言うのかしら? って、サシーニャの冗談は時々どこかズレてるよね――折角だから、いただいたお茶を淹れます。あ、お裾分け、ありがとう」
じつ桃花フラスク茶を淹れてくれるのを楽しみに来たんです――それにしても、冗談を言ったつもりはないのですが?」

 サシーニャの疑問に答えずルリシアレヤが立ち上がる。召使を呼んでお茶の用意を頼むためだ。サシーニャも、わざわざ追及したりはしない。ルリシアレヤが戻るのを待って話題を変える。

「そうそう、飴菓子を持ってくるのを忘れました」
「飴菓子?」
「甘く煮た蚕の蛹コクポップを飴で包んだものです」
「……遠慮しとくわ」
「美味しいと評判なのですが?」
「サシーニャはその飴、好きなの?」
「動物食は摂りませんから」
「なんでニヤニヤ笑っているの?」
「愛想笑いですよ」

「なんだか怪しいわ……そもそも、なんで筆頭さまが自らご持参されたのかしら?」
「自領の物だと言ったでしょう? 個人的な事で部下を使うのは気が引けます」
「本当にそれだけ?」
「疑われてる……顔が見たかった、と言えば信じて貰えますか?」
「余計疑うわよ、それ」
「困りましたねぇ、本音なのに信じて貰えない」
と、サシーニャがニコニコしているところに召使が盆を運んできた。

「あら、湯差しポットじゃないのね」
ルリシアレヤが不思議そうに召使に尋ねる。盆には椀と菓子皿が二人分乗っているだけだ。
「はい、説明書きが中にあったので、その通りにいたしました」
そう言って微笑んだ召使いから、ルリシアレヤが盆を受け取る。
「そうなのね――ありがとう」

 召使が退出し、盆をテーブルに置いたルリシアレヤが
「まあ!?」
と小さな叫び声をあげた。サシーニャは楽しそうにルリシアレヤを眺めている。

「サシーニャ、これは?」
「言ったでしょ? 桃花フラスク茶ですよ。つぼみを乾燥させたものです」
「椀の中で咲いてるわ」
「しっかり桃の香りがしますよ。味はすっきりしていて少し苦みがあるので、お茶請けは甘い物が合うと思います」
「素敵ね、サシーニャ。こんな可愛いお茶もあるのね」
「お気に召しましたか?」
「えぇ、とっても」

 ルリシアレヤが嬉しそうな顔を向けるとサシーニャが満足げに微笑む。
「さて、わたしはそろそろ……わたしの分のお茶は、エリザが戻ってきたようなので差し上げてください」
「あら、一緒にお茶を楽しんでくれるのではなかったの?」
「リオネンデとの打ち合わせに、少しですがすでに遅参してて――エリザはまた恋人のところに行っていたのかな?」
「えぇ、久々にね。最近あまり行かなくなったから心配してたんだけど……またリオネンデさまに怒られそう?」
「軍の再編などがあって、このところ王宮内は慌ただしいので、エリザの彼も忙しいのでしょう。少しくらいの遅参なら、リオネンデも慣れっこです――やぁ、エリザ。体調はいかがですか?」

 入ってきたエリザマリがサシーニャを見て少し驚く。ルリシアレヤの手前、なんで驚いたのかは口にできない。
「サシーニャさま、こちらにおでになるなんて……何かあったのですか?」
桃花フラスク茶をお持ちしました。で、ルリシアレヤの喜ぶ顔を見たんで失礼するところです」
「まぁ! 顔を見に来たってのを本当にしちゃったわ」
ルリシアレヤがコロコロ笑う。苦笑するサシーニャ、
「いや、最初から本当の事ですよ――今度、桜の蕾キシュプペの砂糖漬けをお持ちしましょう。これは魔術師の塔で大量に作るので……昨年作ったものはもう使い切ってしまいましたから、桜が蕾を付けるまでお待ちください。なに、もうすぐです」
と立ち上がる。

「それもサシーニャが持ってきてくれるの?」
「出来ればそうしたいと思っています……自分で来ないとルリシアレヤの間抜けな顔が見られないですからね」
「えっ! ちょっと!」
抗議しようとするルリシアレヤを無視して、『ではこれで』と部屋を出ていくサシーニャ、
「サシーニャさまって、ルリシアレヤさまを揶揄からかうのがお好きよね」
とエリザマリが微笑んだ――

 ジッチモンデ王宮、王の自室でジロチーノモが頭を抱える。傍らではテスクンカも難しい顔をして、ジロチーノモの言葉を待っている。つい先ほどまでいた神官たちは既に退出し、部屋には二人きりだ。

 するとミシミシと部屋が揺れ、ハッと二人があたりを見渡す。
「大した揺れではありません」
テスクンカがジロチーノモを心配そうに見て、そう言った。

 地震はすぐに収まった。けれど収まらないのはジロチーノモだ。神官から聞いた話にまだ動揺している。
「しかし……困った」
溜息とともに呟いた。

 三人の神官が揃いも揃って同じ夢を見たという。

 普段、夢の話などすることはない。だが、この夢は違う。特別な夢だった。夢に出てきたのは三羽の鳳凰ほうおう、これは『鳳凰のつどい』なのでは?――勢い込んで話し始めた一人の神官、すると他の二人も『自分も同じ夢を見た』と言い出して、事態はさらに深刻になった。

 まず現れたのは黄金に輝く冠羽、白く美しい鳳凰……空のどこかから優雅に舞い降りたかと思うと、悲し気に名もなき山を見た。

 つられて同じかたを見ていると、地響きとともに地が揺れ始め、噴火が始まった。だが、火口から噴出された噴石はジッチモンデを飛び越え、遥か彼方かなたへと向かった。そこに赤い鳳凰が噴石を追うように火口から現れ、やはり遥か遠くを目指し飛んでいった。それを見送る白い鳳凰……

 赤い鳳凰が見えなくなってから、白い鳳凰が翼を広げる。そこに青い鳳凰が現れ、二羽の鳳凰は連れ立って名もなき山へと飛び去った。二羽が火口に降りると同時に噴火が終わる。

 安堵するのも束の間、
『告げてはならぬ』
いきなり響き渡る声、気が付くと白・青・赤、三羽の鳳凰にぐるりと囲まれ、自身は宙に浮き、名もなき山は見えず、天も地も判らない。
『告げてはならぬ』

 響き渡る声は白の鳳凰の物か?
『告げてはならぬ』
それとも青か? はたまた赤か?
『告げてよいのは名もなき山の民の王とその連れ合いのみ――判ったならば去れ』

 いきなりの落下感、身体がビクリと動き目が覚める。ぐっしょりと、気持ちの悪い汗に濡れていた――

 神官がジロチーノモに訴える。

『地震は頻発するものの、それ以外に噴火の兆候は見られません。地下水の温度・水量、地熱、火口付近の観測結果、どれ一つとして近々に噴火があるとは示していません』

『しかしながら鳳凰のげと考えるのが順当。何かしらの災厄に見舞われることでしょう。けれどそれはジッチモンデではない場所で起こります。では、それはどこか? 残念ながら赤い鳳凰がどこへ向かったのか、夢は語っておりません。ジッチモンデを通り過ぎたのだけは確かです』

『告げてはならぬと言うのです。他国へ警告するなということ……もっとも、いつ、どこで、何が起こるのかは不明、警告のしようもありません。戦乱の可能性も考慮の上、国の護りをお固めください』

 神官が去り、ジロチーノモが思い悩む。災厄がサシーニャの計画に関係していると思えてならない。しらせて、やめさせるべきなのか?
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