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第6章 春、遠からず
説得の成否
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「グレリアウスがサシーニャさまと合流しました」
グランデジア王宮・王の執務室でチュジャンエラが言った。
「今日はこのままワダの館で過ごし、明日、軍本部に移動すると言っています」
「うむ……例の件については、何か言ってこなかったか?」
リオネンデの問いに、チュジャンエラが少し黙り、
「まずは今夜決行とワダが言ったそうです」
と答えた。サシーニャと遠隔伝心術で連絡を取っているのだ。
「予定通りだな――船の方はどうなっている?」
「ジッチモンデ向けの商品は今日、バイガスラに引き渡しの上、降ろしました。空になった船はいつも通り、明日の夜、帰りの荷を積み込みます」
「その荷はバイガスラで買い込んだ品物が入れられた車箱、だったな?」
「はい、前回までと同じです。ただ今回は荷主のワダの到着を待つため、出航時刻の変更を考えています。一度くらいは使用人たちと船旅を楽しみたいのだそうです。ガッシネに向けてラメアリスを出るのは明後日の夜になります」
「ほう、そんなに大勢乗れるのか? で、ワダはいつ到着予定だ?」
「ビピリエンツ到着が夕刻ですから、夜中になるかと。それまでに準備を終わらせておき、到着と同時に出港します――ワダと同行するのは七人、その程度の人数ならなんの問題もない、まだまだ余裕なのだとか」
「ラメアリスからガッシネは何日かかる?」
「夜を徹して航行すれば、この季節、風は東から西、早ければ出港の翌々日早朝にはガッシネに到着します」
ガッシネからフェニカリデは馬を飛ばして一日半の距離だ。
「バイガスラはどれくらいで動くと見ている?」
「現場調査、王宮内の調整、ジッチモンデとの交渉……それらに五日と見ています」
「さすがにすぐには動けないか――我が国はいつ動く? 先に動きだすのだろう?」
「決行翌日の閣議にて協議せよと、サシーニャさまの指示が出ています。計画に滞りが起きない限り、サシーニャさまから預かった進言書を僕が閣議で読み上げます。五人の大臣に否はないはずです」
「軍を再編して間もない。ぐずぐず言われそうだが?」
「後れを取ればグランデジア国を揺るがすと、リオネンデ王が一喝してください」
「ニュダンガ軍、リヒャンデルはどんな様子だ?」
「明日、サシーニャさまとグレリアウスがリヒャンデルを説得します」
「そうか、そうだったな……うーーん、今、話せるのはこれくらいか?」
「えっとぉ……ほかに何かあったかな?」
手元の書類に目を落とすチュジャンエラを盗み見て、コイツを次席にしておいてよかったと、心底思うリオネンデだ。サシーニャ不在になんと頼りになる事か……
「そうですね、今はここまでかと。あとは明日、リヒャンデルの説得に失敗しなければ、明後日の決行を待つのみです」
「サシーニャは、今どうしている?」
「んー……寝室に引っ込んでグレリアウスと打ち合わせ中だそうです」
「グレリアウスは器と一緒に船でバイガスラに行って、引き渡しが済んでからのニュダンガ入りだったな? さぞ疲れただろう、ご苦労だったと、俺が言っていると伝えてくれ」
「……明日は明日で大仕事だし、明後日は早朝からビピリエンツ行き、さらに夜には本番、その言葉は気が早すぎる」
「なにっ?」
「でも、今すぐグレリアウスには伝える、とサシーニャさまが言ってます」
「ふん! ったくサシーニャのヤツ、帰ってきたら大目玉を食らわせてやる」
「それ、僕のいないところでやってくださいね――僕もそろそろ退出してもいいでしょうか?」
「眠くなったか? 俺は気が立って、目が冴えてるぞ?」
「僕だって同じですよ。でもね、遠隔伝心術を使うと疲れが半端ないし、なにしろ明日も明後日もあると思うと休めるときに少しでも休まなきゃって」
「おまえ、割と真面目だな――そう言えば、サーベルゴカに行ったんだろう? 親父さんは説得できたのか?」
「うわっ! サシーニャさまったら、話しちゃったんですか?」
「で、どうだったんだ?」
「いやぁ……言うだけのことは言いましたけどね。少し考えさせてくれって。万が一を考えて、今のうちに話を纏めておきたかったんですが、ま、いざとなったら許しがなくてもいいです。どうせ親は向こうにいるわけだし、僕はフェニカリデで楽しく暮らします」
「ん? 万が一って?」
「万が一は万が一です――それじゃあ、僕はこれで。明日は謁見のない日ですから、閣議の時刻に参ります」
「明後日は謁見を中止にして、替わりに緊急閣議だったな」
「それは当日早朝に招集をかけますから、うっかり口を滑らせないでくださいね」
「大臣どもの前では口数が少な過ぎるとサシーニャがボヤいているのを知ってるだろう?――ご苦労だったな、しっかり休めよ」
退出するチュジャンエラ、リオネンデは小さく溜息をついていた。
翌日、サシーニャとグレリアウスがニュダンガ軍本部に入ったのは太陽が中天に昇りつめた頃だった。明日以降、昼夜を問わずゆっくりする暇はない。『せめて明日の朝くらい遅くまで寝かせてください』と昨夜言い出したサシーニャ、グレリアウスの疲労を考えての提案、グレリアウスも判っているものの言葉にすることはせず、心の中で感謝するに留まっている。軍本部でリヒャンデルと打ち合わせのあとは軍本部内の宿舎にて待機、翌未明のバイガスラへの出立に備える。
部下の前では機嫌よく二人の魔術師を迎えたものの、部屋に三人だけになると途端に不機嫌になったリヒャンデルだ。すかさずグレリアウスが外聞防止術をかけ、サシーニャがこっそりニヤリとする。
「おまえらなぁ、なんですぐそこに来てるのに、ここまで来ないんだ? 護衛兵は五人とも、昨日の夕刻には来ていたぞ?」
リヒャンデルはワダのところに宿泊したのが気に入らないのだ。
「リヒャンデルが来るんじゃないかって、ワダと三人で待ってたんですよ?」
シレッというサシーニャ、ワダの屋敷でそんな話は出なかった。グレリアウスが笑いを隠す。
「兵の入れ替えで浮足立っているのに、俺が遊びになんぞ行けるか?」
「ワダが、リヒャンデルに会えないのを寂しがっていました。いつの間に仲良くなったんですか?」
「ふん! アイツだって滅多にダンガシクにはいない。あちこち飛び回ってるって話だな――でもまぁ、無理してでも行けばよかったか。せっかくワダもダンガシクにいたわけだし……アイツとは飲んでても話が弾む。好みの傾向が同じなんだ」
特に女性のね……そう思ってもさすがに口に出せないサシーニャだ。リヒャンデルがジャルスジャズナといい仲だったなどとワダに言うはずもない。ワダにしたってそれは同じだ。ジャルスジャズナは王家の守り人、そう簡単にできていたなどと言える相手じゃない。つまり二人はお互いの関係を知らないままだ。
それでいいとサシーニャが思う。いずれリヒャンデルはワダとジャルスジャズナの関係を知ることになりそうだが、そうなればリヒャンデルは今度こそ、口が裂けてもジャルスジャズナとのことをワダに告げたりしないだろう。その程度の配慮ができないリヒャンデルではない。
「それで、明日は向こうに一泊? それとも受け取ったらすぐに戻ってくるつもりか? だとしたら帰りは明け方ってとこだな」
文句を言って気が済んだのか、リヒャンデルが肝心の話を切り出した。チラリと目配せしあうサシーニャとグレリアウス、返事をしたのはグレリアウスだ。
「実は……」
明日の計画を聞いたリヒャンデルが顔色を変えた――
腕を組み、瞑目して考え込んだリヒャンデルが、溜息とともに組んでいた腕を解いた。
「一つ確認しておきたい。もちろんこの計画、リオネンデは承知しているな?」
「わたしの独断で出来るようなことではありません。当然リオネンデが断を下したことです」
静かに答えるサシーニャに、リヒャンデルが苦笑する。
「が、閣議にかけたわけではない、っと。どうせニュダンガのとき同様、リオネンデとおまえで決めたんだろう?」
それにはサシーニャ、気まずい顔をするだけで答えない。認めたということだ。
そんなサシーニャを舐めるように見て、リヒャンデルが尋ねる。
「シシリーズの時は納得できる理由もあった。今度はどうなんだ? こんな手の込んだ方法でわざわざバイガスラを陥れる理由はなんだ?」
「……バイガスラと戦を始めたいのです」
「サシーニャ、それくらい俺にだって判る。なぜ戦をしたいのか、それを聞いているんだ。バイガスラ王ジョジシアスはリオネンデの伯父じゃないか。国としたってこれと言って諍いがあるわけじゃない。争って益があるとは思えない」
「リヒャンデル、副官を三人にしたのはなぜだろうと考えませんでしたか?」
脈絡もなく別方向に話を進めたサシーニャを、もう一度リヒャンデルがマジマジと見る。
「グランデジア軍全体の強化を図ったのは一目瞭然。チュジャンが増員の希望を訊いてきたとき、要らないと答えたのに副官だけでなく兵も増やすとは余計なことを、と思ったさ。だが、戦を考えているなら合点も行く――でもサシーニャ、それは俺の聞きたい答えにはならないぞ」
「腕の立つものを三人、部下の中から選び、それ以外を三つの隊に分け、副官にそれぞれを任せてください。開戦はバイガスラとの緩衝地帯の平原、バイガスラのグリッジ、モンモギュ、テスレムの三門に一斉に攻撃をしかけます」
「おい、サシーニャ!?」
自分を無視して話し続けるサシーニャにリヒャンデルが慌てる。が、サシーニャは話をやめない。
「多分バイガスラも開戦時には門の外に兵を出してくるでしょう。それを蹴散らして門を破ります。グリッジ門は必ずです。テスレム門にはバチルデアの干渉が入るかもしれません。が、出来るだけバチルデアとはやり合いたくありません。テスレムについては緩衝地帯内で揉め続けるだけで結構です」
「だから! サシーニャ!」
「リヒャンデル、あなたには最前線に出て貰います」
「えっ?」
「選抜した三人とともに雑兵に紛れてリオネンデとわたしを守ってください」
「な……何を言っているんだ?」
通常、軍の後部において敵と自軍の動きを掌握し、指示を出すのがリヒャンデルの仕事だ。それを最前線に出ろと言い、雑兵に紛れろと言う。しかも、王と筆頭魔術師を守れ?
「まさか、おまえ……おまえとリオネンデは前線に出るつもりなのか?」
先ほどよりも蒼白な顔でリヒャンデルがサシーニャを見詰めた。
グランデジア王宮・王の執務室でチュジャンエラが言った。
「今日はこのままワダの館で過ごし、明日、軍本部に移動すると言っています」
「うむ……例の件については、何か言ってこなかったか?」
リオネンデの問いに、チュジャンエラが少し黙り、
「まずは今夜決行とワダが言ったそうです」
と答えた。サシーニャと遠隔伝心術で連絡を取っているのだ。
「予定通りだな――船の方はどうなっている?」
「ジッチモンデ向けの商品は今日、バイガスラに引き渡しの上、降ろしました。空になった船はいつも通り、明日の夜、帰りの荷を積み込みます」
「その荷はバイガスラで買い込んだ品物が入れられた車箱、だったな?」
「はい、前回までと同じです。ただ今回は荷主のワダの到着を待つため、出航時刻の変更を考えています。一度くらいは使用人たちと船旅を楽しみたいのだそうです。ガッシネに向けてラメアリスを出るのは明後日の夜になります」
「ほう、そんなに大勢乗れるのか? で、ワダはいつ到着予定だ?」
「ビピリエンツ到着が夕刻ですから、夜中になるかと。それまでに準備を終わらせておき、到着と同時に出港します――ワダと同行するのは七人、その程度の人数ならなんの問題もない、まだまだ余裕なのだとか」
「ラメアリスからガッシネは何日かかる?」
「夜を徹して航行すれば、この季節、風は東から西、早ければ出港の翌々日早朝にはガッシネに到着します」
ガッシネからフェニカリデは馬を飛ばして一日半の距離だ。
「バイガスラはどれくらいで動くと見ている?」
「現場調査、王宮内の調整、ジッチモンデとの交渉……それらに五日と見ています」
「さすがにすぐには動けないか――我が国はいつ動く? 先に動きだすのだろう?」
「決行翌日の閣議にて協議せよと、サシーニャさまの指示が出ています。計画に滞りが起きない限り、サシーニャさまから預かった進言書を僕が閣議で読み上げます。五人の大臣に否はないはずです」
「軍を再編して間もない。ぐずぐず言われそうだが?」
「後れを取ればグランデジア国を揺るがすと、リオネンデ王が一喝してください」
「ニュダンガ軍、リヒャンデルはどんな様子だ?」
「明日、サシーニャさまとグレリアウスがリヒャンデルを説得します」
「そうか、そうだったな……うーーん、今、話せるのはこれくらいか?」
「えっとぉ……ほかに何かあったかな?」
手元の書類に目を落とすチュジャンエラを盗み見て、コイツを次席にしておいてよかったと、心底思うリオネンデだ。サシーニャ不在になんと頼りになる事か……
「そうですね、今はここまでかと。あとは明日、リヒャンデルの説得に失敗しなければ、明後日の決行を待つのみです」
「サシーニャは、今どうしている?」
「んー……寝室に引っ込んでグレリアウスと打ち合わせ中だそうです」
「グレリアウスは器と一緒に船でバイガスラに行って、引き渡しが済んでからのニュダンガ入りだったな? さぞ疲れただろう、ご苦労だったと、俺が言っていると伝えてくれ」
「……明日は明日で大仕事だし、明後日は早朝からビピリエンツ行き、さらに夜には本番、その言葉は気が早すぎる」
「なにっ?」
「でも、今すぐグレリアウスには伝える、とサシーニャさまが言ってます」
「ふん! ったくサシーニャのヤツ、帰ってきたら大目玉を食らわせてやる」
「それ、僕のいないところでやってくださいね――僕もそろそろ退出してもいいでしょうか?」
「眠くなったか? 俺は気が立って、目が冴えてるぞ?」
「僕だって同じですよ。でもね、遠隔伝心術を使うと疲れが半端ないし、なにしろ明日も明後日もあると思うと休めるときに少しでも休まなきゃって」
「おまえ、割と真面目だな――そう言えば、サーベルゴカに行ったんだろう? 親父さんは説得できたのか?」
「うわっ! サシーニャさまったら、話しちゃったんですか?」
「で、どうだったんだ?」
「いやぁ……言うだけのことは言いましたけどね。少し考えさせてくれって。万が一を考えて、今のうちに話を纏めておきたかったんですが、ま、いざとなったら許しがなくてもいいです。どうせ親は向こうにいるわけだし、僕はフェニカリデで楽しく暮らします」
「ん? 万が一って?」
「万が一は万が一です――それじゃあ、僕はこれで。明日は謁見のない日ですから、閣議の時刻に参ります」
「明後日は謁見を中止にして、替わりに緊急閣議だったな」
「それは当日早朝に招集をかけますから、うっかり口を滑らせないでくださいね」
「大臣どもの前では口数が少な過ぎるとサシーニャがボヤいているのを知ってるだろう?――ご苦労だったな、しっかり休めよ」
退出するチュジャンエラ、リオネンデは小さく溜息をついていた。
翌日、サシーニャとグレリアウスがニュダンガ軍本部に入ったのは太陽が中天に昇りつめた頃だった。明日以降、昼夜を問わずゆっくりする暇はない。『せめて明日の朝くらい遅くまで寝かせてください』と昨夜言い出したサシーニャ、グレリアウスの疲労を考えての提案、グレリアウスも判っているものの言葉にすることはせず、心の中で感謝するに留まっている。軍本部でリヒャンデルと打ち合わせのあとは軍本部内の宿舎にて待機、翌未明のバイガスラへの出立に備える。
部下の前では機嫌よく二人の魔術師を迎えたものの、部屋に三人だけになると途端に不機嫌になったリヒャンデルだ。すかさずグレリアウスが外聞防止術をかけ、サシーニャがこっそりニヤリとする。
「おまえらなぁ、なんですぐそこに来てるのに、ここまで来ないんだ? 護衛兵は五人とも、昨日の夕刻には来ていたぞ?」
リヒャンデルはワダのところに宿泊したのが気に入らないのだ。
「リヒャンデルが来るんじゃないかって、ワダと三人で待ってたんですよ?」
シレッというサシーニャ、ワダの屋敷でそんな話は出なかった。グレリアウスが笑いを隠す。
「兵の入れ替えで浮足立っているのに、俺が遊びになんぞ行けるか?」
「ワダが、リヒャンデルに会えないのを寂しがっていました。いつの間に仲良くなったんですか?」
「ふん! アイツだって滅多にダンガシクにはいない。あちこち飛び回ってるって話だな――でもまぁ、無理してでも行けばよかったか。せっかくワダもダンガシクにいたわけだし……アイツとは飲んでても話が弾む。好みの傾向が同じなんだ」
特に女性のね……そう思ってもさすがに口に出せないサシーニャだ。リヒャンデルがジャルスジャズナといい仲だったなどとワダに言うはずもない。ワダにしたってそれは同じだ。ジャルスジャズナは王家の守り人、そう簡単にできていたなどと言える相手じゃない。つまり二人はお互いの関係を知らないままだ。
それでいいとサシーニャが思う。いずれリヒャンデルはワダとジャルスジャズナの関係を知ることになりそうだが、そうなればリヒャンデルは今度こそ、口が裂けてもジャルスジャズナとのことをワダに告げたりしないだろう。その程度の配慮ができないリヒャンデルではない。
「それで、明日は向こうに一泊? それとも受け取ったらすぐに戻ってくるつもりか? だとしたら帰りは明け方ってとこだな」
文句を言って気が済んだのか、リヒャンデルが肝心の話を切り出した。チラリと目配せしあうサシーニャとグレリアウス、返事をしたのはグレリアウスだ。
「実は……」
明日の計画を聞いたリヒャンデルが顔色を変えた――
腕を組み、瞑目して考え込んだリヒャンデルが、溜息とともに組んでいた腕を解いた。
「一つ確認しておきたい。もちろんこの計画、リオネンデは承知しているな?」
「わたしの独断で出来るようなことではありません。当然リオネンデが断を下したことです」
静かに答えるサシーニャに、リヒャンデルが苦笑する。
「が、閣議にかけたわけではない、っと。どうせニュダンガのとき同様、リオネンデとおまえで決めたんだろう?」
それにはサシーニャ、気まずい顔をするだけで答えない。認めたということだ。
そんなサシーニャを舐めるように見て、リヒャンデルが尋ねる。
「シシリーズの時は納得できる理由もあった。今度はどうなんだ? こんな手の込んだ方法でわざわざバイガスラを陥れる理由はなんだ?」
「……バイガスラと戦を始めたいのです」
「サシーニャ、それくらい俺にだって判る。なぜ戦をしたいのか、それを聞いているんだ。バイガスラ王ジョジシアスはリオネンデの伯父じゃないか。国としたってこれと言って諍いがあるわけじゃない。争って益があるとは思えない」
「リヒャンデル、副官を三人にしたのはなぜだろうと考えませんでしたか?」
脈絡もなく別方向に話を進めたサシーニャを、もう一度リヒャンデルがマジマジと見る。
「グランデジア軍全体の強化を図ったのは一目瞭然。チュジャンが増員の希望を訊いてきたとき、要らないと答えたのに副官だけでなく兵も増やすとは余計なことを、と思ったさ。だが、戦を考えているなら合点も行く――でもサシーニャ、それは俺の聞きたい答えにはならないぞ」
「腕の立つものを三人、部下の中から選び、それ以外を三つの隊に分け、副官にそれぞれを任せてください。開戦はバイガスラとの緩衝地帯の平原、バイガスラのグリッジ、モンモギュ、テスレムの三門に一斉に攻撃をしかけます」
「おい、サシーニャ!?」
自分を無視して話し続けるサシーニャにリヒャンデルが慌てる。が、サシーニャは話をやめない。
「多分バイガスラも開戦時には門の外に兵を出してくるでしょう。それを蹴散らして門を破ります。グリッジ門は必ずです。テスレム門にはバチルデアの干渉が入るかもしれません。が、出来るだけバチルデアとはやり合いたくありません。テスレムについては緩衝地帯内で揉め続けるだけで結構です」
「だから! サシーニャ!」
「リヒャンデル、あなたには最前線に出て貰います」
「えっ?」
「選抜した三人とともに雑兵に紛れてリオネンデとわたしを守ってください」
「な……何を言っているんだ?」
通常、軍の後部において敵と自軍の動きを掌握し、指示を出すのがリヒャンデルの仕事だ。それを最前線に出ろと言い、雑兵に紛れろと言う。しかも、王と筆頭魔術師を守れ?
「まさか、おまえ……おまえとリオネンデは前線に出るつもりなのか?」
先ほどよりも蒼白な顔でリヒャンデルがサシーニャを見詰めた。
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