残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第6章 春、遠からず

王と 国と 民と

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 リオネンデがうなずくと、チュジャンエラが議事を進めた。

「バイガスラ国の言い分はきわめて遺憾いかん、まったく身に覚えのない言い掛かりであることは明白、謝罪も賠償も、まして王子にして筆頭魔術師の引き渡しなど言語道断、合戦やむなし、ということでグランデジア国として意思表明すると決まりまし――」

「いや、再度ご検討願います」
チュジャンエラをさえぎったのはサシーニャだ。

「遅参しておいて決まったことを覆すのは心苦しいのですが、それでは我が国のためにならないと愚考いたします」
ジロリとリオネンデがサシーニャを見る。が、何も言わずチュジャンエラに、先に進めろとあごで示す。

「え、え……では、サシーニャさまはいくさを回避すべきと?」
「バイガスラの申し出によると、謝罪と賠償、首謀者の引き渡しがあれば攻め込まないとあります。しかも賠償額については相談に応じる、とも。交渉次第でいくさは回避できると考えます」

「どう交渉なさるおつもりかな?」
訊いたのはクッシャラデンジだ。鋭い眼光でサシーニャを睨みつけている。

「まずはグランデジア国は一切関与していないと主張します。そのうえで樹脂塗り器の代金は放棄するとしましょう。代替品に関してはジッチモンデ国と我が国が交渉するとします。バイガスラ国には金貨六百枚を泣いていただくことになりますが、我が国の損害のほうが多額、これにて手を打って欲しいと要請します。いなとは言わないでしょう――最後の条件、首謀者の引き渡しですが、犯人捜索の時間を欲します。それが受け入れない場合……」
サシーニャが顔をしかめ、声を途切らせる。

「受け入れない場合は? 受け入れなければ、その時はどうするつもりだ、サシーニャ?」
怒気をはらんだ声で詰め寄ったのはリオネンデ、厳しい顔でサシーニャを凝視する。参席している者の誰もがサシーニャを見詰め、次の言葉を待った。

「その場合は……わたしをお引き渡しください」
「サシーニャ!」
怒声とともにリオネンデが立ちあがる。リオネンデとサシーニャの間に座していたチュジャンエラも慌てて立ち上がり、リオネンデに立ちはだかる。
「閣議中です、リオネンデさま!」

 ワズナリテとニャーシスも立ち上がり、リオネンデを止めるべく動けば、チュジャンエラの言葉にハッとしたリオネンデがすごすごと着席する。
「俺は許さないからな、サシーニャ」
絞り出すような声で、サシーニャを見ずにリオネンデが言った。

 チュジャンエラがワズナリテとニャーシスに頷いて着席すると、二人も自分の座に戻る。議場のどよめきが収まるとチュジャンエラが言った。
「サシーニャさまのただ今の発言はリオネンデ王により却下されました」

「ちょっと待て、チュジャン」
慌ててサシーニャが隣に座るチュジャンエラに向き直る。
「少しくらい検討したらどうだ? わたしはまだ言い足りない」
「いや、しかし……」

「言いたいだけ言わせてやれ。それで気が済んで納得もするだろう」
あざけりの色を隠さずにリオネンデが言う。
「そして大臣たちの意見も聞くがいい。どれほど自分が愚かなのか、サシーニャも身に染みるだろう」

 ムッとするサシーニャ、ぐっとこらえて静かに話し始める。
いくさをしてもグランデジアになんの得がありましょうか? ゴルドント・ニュダンガと立て続けに討伐し、兵も民も疲弊しています。交渉の余地があるのなら、講和の道を模索するのが得策と考えます」

 それからサシーニャはワズナリテを見た。
「ゴルドントにておいのちを落としかけたワズナリテさまなら、いくさの悲惨さをよくご存じでしょう? あんな思いを再び我が国の兵に、そして民に味わわせるおつもりか?」

 次にサシーニャはニャーシスを見る。
「コッギエサとの講和に奔走されたのはなんのためですか? 国と国がいさかうことなく平和のうちに付き合っていける、それを目指してのことではなかったのですか? この出来事がバイガスラではなくコッギエサだとしても、合戦あるべしと言えるのですか?」
ワズナリテは腕を組んで瞑目し、ニャーシスは気拙くうつむいた。ニャーシスの妻はコッギエサの王族だ。

「クッシャラデンジさま、いつもならいくさなどくだらないとおっしゃるあなたがどうしたのです? いつも通り、くだらないいくさなどやめろとおっしゃってください。それがグランデジアの国と民を守ります」
真直まっすぐにクッシャラデンジを見るサシーニャ、見返すクッシャラデンジもサシーニャから目をらさない。

「そうですな、我らの仕事は国と民を守ること」
横から口を出したのはマジェルダーナだ。このところうながされなければ発言しなかったマジェルダーナにしては珍しい。

「わたしの意見に賛成していただけるのですね?」
サシーニャが勢い込んでマジェルダーナに確かめる。内心、マジェルダーナの発言よりもその内容に驚いている。だがマジェルダーナなら有り得ることだとも思った。

 喜色を示すサシーニャと違い、ワズナリテとニャーシスは口々に反意を示す。
「サシーニャは我がグランデジアの王子なのだぞ? 他国になど渡せるものか!」
「しかも筆頭魔術師、王に次ぐ者。それを引き渡せばグランデジアの権威は地に落ちる」
クッシャラデンジは眉を寄せ、マジェルダーナを横目で見ている。

「誰が賛成すると言いましたかな?」
黙していたマジェルダーナが再び口を開くと、騒いでいたワズナリテとニャーシスも黙り、マジェルダーナに注目する。

「サシーニャさま、あなたはいつ、ご自分の勘違いにお気づきになられるのか?」
何を言いだすのかとサシーニャがマジェルダーナを見詰め、としを取ったと言っていたと思い出す。まさか?

 呆気にとられるサシーニャ、マジェルダーナがおもむろに立ち上がりサシーニャを見据えた。
「あなたはどれほどグランデジア国に貢献しているのか、ご自分ではご存知ない。あなたの父上シャルレニさまの功績をすでに超えるほどだ」

 そういう事か、マジェルダーナは決して老いに負けたわけではないと内心ほっとするサシーニャ、自分の杞憂に笑いそうになるが、この場で笑えるはずもない。

「そのあなたを失うことはグランデジア国にとって痛手、決して許容できるものではない」

 そう、グランデジアが筆頭魔術師を手放せるはずがない、グランデジアの誇りに懸けて……この後は王子の身分を口にするだろう。そして同じ理屈を繰り返す。神妙な面持ちでマジェルダーナの話に耳を傾けながら、サシーニャが心の中で計算する。全て読み通りに進んでいる。

「ましてあなたは王子だ。紛れもなく先々代の血を受け継いだ、我がグランデジアの王子、そのおかたをグランデジア国は、グランデジアの民は、命を懸けてもお守りする。それがグランデジアだとご存じないか?」
「お言葉だがマジェルダーナさま。わたしをグランデジアの王子、王家に連なる者とおっしゃるのなら、わたしはこう答えましょう。グランデジアの王と王族は国を守り、民を守る義務がある、それこそが王族たる者」

「だからそれを勘違いだと言っているのです。自分が犠牲になれば民が喜ぶとでも? 王族ならば生き抜いて、民を明日へと導くのが一番の勤め――そしてもう一つ、これは前々から感じていたことです。いずれ聡明なサシーニャさまなら言わなくても悟るだろうと今まで黙っておりましたが、今日は言わせていただこう」

 温厚なマジェルダーナの口調が険しいものに変わる。
「サシーニャさま、あなたはグランデジアの血を継ぐ者であり、このグランデジアで生まれ育った。まぎれもないグランデジアの子の一人、それを忘れてはいけない。民を守ることがご自身の務めだと言うのなら、グランデジアの子であるご自身を決して粗末にしてはいけない」
「……!」

 サシーニャがマジマジとマジェルダーナを見る。言い返すつもりももうない。あったとしても何も言えない。グランデジアの子……それはずっと以前から聞きたかった言葉ではなかったか? 込み上げてくるものに身動きが取れない。そうだ、グランデジアの子だと認めて欲しくて何をするにも懸命になったのではなかったか?

 頬杖をついて成り行きを見ていたクッシャラデンジが、茫然とするサシーニャからマジェルダーナに視線を移すとマジェルダーナが頷いて着席した。

「チュジャンエラ、サシーニャさまはもう何も仰らないだろう。議事をまとめたらどうだ?」
チュジャンエラに向かってクッシャラデンジがニッコリとした――

 ガツガツと飲み食いするサシーニャをリオネンデがニヤニヤと眺める。閣議は終わり、大臣たちは退出した。

「サシーニャさま、もっとよく噛んで、ゆっくり食べないと身体に――」
うるさいよ、チュジャン。いつもは食べるのが遅いって文句を言うくせに」

「昨日の朝、食べたきりか?」
ニヤニヤ笑いを止めることなくリオネンデが問う。

「えぇ! ガッシネで出してくれたのは魚介類ばかりで、少しスープをいただいただけ。ジェラーテンに果物があると思っていたら、休む間もなくフェニカリデに向かいましたからね。水を入れた革袋は用意したけど、食べ物までは用意しなかった。もっとも駆けっぱなしですからね、食べるヒマなんかなかった」
「丸一日、飲まず食わずか?」
「言ったでしょう? 水は用意したって――あぁあ、腰が痛くなりそうだな。ジャジャに回復術をかけて貰おうかな」

 そう言うと満腹になったのか、最後にレモン水をごくごくと飲み干してフゥと息をく。

「しかし、思ったよりもバイガスラ、早く動きましたね」
「こちらの狙いを読んだんだろうな――しかしさっきは冷や冷やしたぞ? 大臣どもがおまえに説得されるんじゃないかと思った」
自身をバイガスラに引き渡すようにとサシーニャが言いだした件だ。サシーニャが苦笑する。

「あれくらいやらないといくさの責任が自分にもあるって自覚してくれません。『サシーニャを引き渡しておけば良かった』ってあとからでも思うヤツがいれば、グランデジア内部の分断を引き起こすたねになりますからね」
「マジェルダーナには感謝だな。グランデジアたるものの意義を説いて、おまえを説得してくれた」
「よく考えれば、グランデジアはグランデジアを守る、マジェルダーナの言ったのはそれだけだけど、単純だし明快だし、勝敗によって揺らぐこともありません」
マジェルダーナには他の事でも感謝しているサシーニャだが、わざわざ言いはしなかった。

「で、サシーニャ、これからどうする?」
リオネンデが顔を引き締めた。
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